Episode.6 恋愛は仮でも難しい……
────勉強会開始から数十分が経過した。
皆は黙々と自分の勉強に集中していた。しかし……
「く……何だこの意味不明な線は……ッ!?」
そんな声の主は香音。視線を向けると、むむむと唸って眉を潜めているのが見えた。
「わからないところがあるのか?」
「ここだカナタ、まるで時空の歪みを示したかのような湾曲した線が……」
「二次関数……放物線だな」
俺は立ち上がって、香音の隣に行く。すると、香音がスッと問題をスライドさせてきたので、教えてくれということなのだろう。
それからおよそ五分────
「なるほど、助かったぞカナタ」
「おう」
ぱぁっと顔を明るくした香音がお礼を言ってくる。どうやら俺の説明で理解してくれたようだ。
(でも、そんなに難しい問題じゃなかったよな……? 香音は数学が苦手なのか……)
そして、俺が再び自分の勉強に取り掛かり始めてからしばらくして────
「何だこの異界の文字はッ!? 一体何を言っているッ!?」
再び香音の声。
異界の文字……まあ、英語のことだろう。実際目を向けてみると英語のワークに取り掛かっていた。
「どうした?」
「カナタ、助けてくれ……」
俺は再び香音の隣へ行き、ワークを見る。どうやら仮定法の単元をやっているらしい。
「えっと、仮定法はな──」
しばらくして……
「流石カナタ! 異界の文字も解読可能というわけか!」
「お、おう……」
(これもそんなに難しい問題じゃないし……英語も苦手なのか……?)
俺は三度自分の勉強に取り掛かり始める。しかし、すぐにまた香音の呻き声が聞こえてくる。
「お、おい……今度は一体どうしたんだ……?」
「実は今……この書物を記した人間の考えを答えよなどという無理難題をだな……」
俺は悟った。この香音という中二病中学二年生は、どの教科が苦手とかそういう問題ではなく、勉強自体苦手なのだと。全教科、どの単元も満遍なく苦手……。
(なるほど、この勉強会は香音のためにやっていたのか……)
俺はそう理解して、玲奈と彩夏に視線を向けてみる。すると、俺がこのことに気が付いたのを察したのか、まるで、その通りだよと肯定するかのように、二人がコクリと頷いてきた。
俺はそんな二人に苦笑いを返し、この後も香音につきっきりで勉強を教えていったのだった────
■□■□■□
「……レーナさん? なんか怒ってません?」
勉強会が終わり、俺と玲奈は途中まで一緒に帰っている。空は茜色に染まり、その色が染み込んだかのように玲奈の銀髪も赤みを帯びている。
「別に怒ってませんけどー?」
よくわからないが、彩夏と帰り道で別れた後、二人っきりになった瞬間不機嫌ですアピールをしてくるのだ。
俺は、何か怒らせることをしたかなと記憶を振り返ってみるが、これといった原因は見付からない。
そんなとき、俺の少し前を歩いていた玲奈が立ち止まる。
「レーナ?」
「もう……わからないんですか?」
ぷくぅと不満げに頬を膨らませた玲奈が振り返る。
「わからないです」
「はぁ……私、勉強会の間、カナタ君にほったらかしにされていました」
「あ……」
「カナタ君は、仮とはいえ彼女であるこの私をほったらかして、他の女の子とばっかり話してました」
「す、すみません……」
「だってレーナ全然質問とかしてこなかったじゃん!?」とは流石に言えない。「しょうがないじゃん、香音に教えるので精一杯だったんだから!」とも言えない。となると、返す言葉が見付からない。
俺が黙り込んでいると、その様子が面白かったのか、玲奈がぷっと吹き出す。
「すみません、ちょっとカナタ君を困らせたらどうなるのか気になってしまって……もう、だからそんなに落ち込まないでください」
「な、何だよ……怒ってなかったのかよ」
まったく、からかうならからかうとそう言って欲しいものだ。まあ、当然それではからかうことにはならないのだが、結構真面目に考え込んでしまったではないか。
「でも、ほったらかしにされていたのは本当ですよ?」
「うっ……」
確かにそれは事実だ。それを言われては何も言えない。
すると、玲奈は少し俺に近付いてきて、俺の顔を覗き込むように上目遣いになる。
「そんなことされると、私は寂しいです」
「──ッ!?」
そう呟かれた玲奈の言葉に、俺は、まるで胸に大砲を喰らったかのような衝撃を感じる。心臓はこれでもかというくらい早打ちし、その音が玲奈に聞こえてしまうのではないかと恥ずかしくなる。
「だから、ちゃんとかまってくれないと──」
「──あああ! 待て待て、わかった! 次からは気を付けるよ、あはは……」
俺は慌てて玲奈の話を止める。このまま玲奈の話を聞いていると、本気で惚れてしまいそうだったのだ。
俺達は仮の恋人。これを本気にしてしまっては、玲奈に迷惑だろう。
玲奈はジト目で「本当ですかー?」と聞いてくるので、俺は不覚にも玲奈にときめいてしまったことを隠すように笑いながら「ほんとほんと」と答える。
俺は自分の顔が熱くなっていくのを実感する。恐らくは若干赤くなってしまっているだろう。この茜空でなければ、玲奈にバレていたかもしれない。
(ま、まあ……こういうのも小説に活かしていこう……)
このドキドキも全ては小説のため。そう自分に言い聞かせながら、俺と玲奈は再び歩き始めた────