Episode.2 俺のファン
「えっと、初めまして、俺が田中 瀬久孝です」
俺と玲奈の間に沈黙が流れる。
玲奈はパソコンの画面と俺の顔を見比べながら、脳内の処理を急ぐ。そして、しばらくの時間を掛けて理解したらしい玲奈。
「わ、私……貴方のファンです……」
玲奈はそんな言葉を喉から絞り出すように言った────
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────後日、学校で。
「先生! 昨日の話、とっても面白かったです!」
俺が席に着くなり、左隣に座っていた玲奈が、それはもう嬉しそうに笑いながら言ってきた。
もちろん玲奈の言う『先生』とは学校の先生ではなく、俺のペンネーム田中 瀬久孝のことだ。俺の本名カタクセ カナタを逆から読んで適当に漢字を付けたペンネームだ。
「お、ありがとう栗花落さん」
「ん……レーナ、交久瀬君と仲良くなってる……」
(三澄さんが喋ったッ!?)
俺にはそっちの方が驚きだ。
ちなみに『レーナ』というのは玲奈のあだ名で、その日本人離れした見た目にもピッタリあっている。
「なるほど……来訪者の導き手はレーナ……貴様だったというわけだな?」
不適な笑みを浮かべ、片手を自らの眼前に持ってきてポーズを取りながら、意味ありげで実は大した意味のないことを言ってくるのは香音だ。
「聞いてください! 私がずっと話してたWeb作家さん、何を隠そうこの交久瀬君だったのです!」
「「──という夢を見たのか」」
「違いますよ!」
彩夏と香音の重なる言葉に、玲奈はぷくぅと頬を膨らませて否定する。
「栗花落さんの言ってることはホントだよ」
俺は半分苦笑いで彩夏と香音に言う。
「それは凄い……運命だね……」
彩夏がパチパチと軽く手を叩きながらそう言う。
「運命……? 否、これは必然! ボクの魔眼がそう告げている!」
香音が右目を押さえながらそう言う。
お前の目玉は言葉が話せるんだなと言ってみたい気もするが、まだそんなに打ち解けられてはいない。
「もう! どうして私の言うことは疑うのに、交久瀬君の言葉は信じるんですかぁ!?」
不満げにそう叫ぶ玲奈。そんな姿に、俺は彩夏と香音と一緒に笑った────
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学校が終わり、皆で帰路が同じところまで一緒に歩く。そして、十字路に差し掛かり、彩夏と香音とは別れる。
「じゃ、また明日」
俺は玲奈にもそう告げて、左に曲がろうとする。しかし、制服のシャツの袖がキュっと掴まれる。
「もちろん私もついていきますよ?」
「どこにもちろんの要素があるのか聞きたいな」
そんなワケで、玲奈は今日も俺の家に来た。俺が自分の部屋で私服に着替え終わったくらいに、コンコンとノックして玲奈が入ってくる。
何か変な想像をしていた昨日の玲奈はどこへ行ったのか、今ではもう慣れた様子だ。まだ来て二回目なのに。
「あの、これから執筆ですか?」
「ん、そうだけど」
「えっと……お邪魔じゃなかったら、見学してても良いですか……?」
自分の人差し指同士をツンツンと合わせながら、上目遣いで玲奈がそう聞いてくる。
(その頼み方はズルいだろ……)
そんな可愛らしく頼まれて、断れるわけがない。実際玲奈が見ている中で執筆がはかどるとは思えないし、正直に言えば邪魔ではある。しかし、俺の口が勝手に────
「まあ、良いけど」
(後で覚えておけよ、俺の口?)
こうして、謎の緊張感が漂う自室の中で、俺の執筆作業が始まった────
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(良く頑張った! 俺偉い!)
普段よりかなりペースダウンした執筆作業であったが、一応一日六千文字以上書くというノルマは達成した。
ベッドに腰掛けて無言で見詰めてくる玲奈の横からの視線を気にしていない振りをしながらの作業。そして、よりにもよってこんな美少女と二人っきりの空間でラブコメを書く羽目になるとは……
「疲れたぁ……」
「お疲れ様です!」
俺が椅子の背もたれに大きく寄り掛かると、玲奈が労いの言葉を掛けてきてくれた。
「もう日が沈みかけてるけど……帰らなくで大丈夫か?」
「はい、親にはちゃんと友達の家に遊びに行くと連絡してますから」
「友達……」
「えッ!? 友達……ですよね?」
何かにすがるような、不安げな瞳を玲奈が向けてくる。
「あ、ああ! 友達だな!」
「はい! その……私のことレーナと呼んでもらって構わないので、私もカナタ君と呼ばせてもらっても良いですか?」
いちいち心臓がドキッとするので、その上目遣いで頼んでくるのは控えていただきたいものだ。こういうことをされると、絶賛思春期中の俺は脈があるのではないかと勘違いしてしまう。
「わ、わかった……レーナ」
「良かったです、カナタ君」
少し恥ずかしくなって、俺は視線を逸らす。
「ところでカナタ君、なぜ最近はラブコメを書いているんですか?」
玲奈が不思議そうに首を傾げて聞いてくる。
「えっと、恋愛描写の練習をするためかな」
「練習ですか?」
「俺さ、Web小説とは別に新人賞とかにも応募してるんだけど、返ってきた評価のコメントには、いっつも恋愛描写がイマイチとか、心情の動きをもっと捉えましょうって書かれるんだよ……」
「なるほど……」
「でも、そう言われてもなぁー。俺、恋愛とかしたことないからわかんない!」
わからないものをどう書けというのか……彼女作れということか? 随分と非情なことを要求してくるものだ、小説の世界というものは。
「えっと、もう一つ昔っから聞きたいことがあったんですけど……」
「ん、何?」
「ど、どうしてカナタ君の作品のメインヒロインは皆銀髪なんですかッ!?」
何故か後半声を裏返させながら、玲奈が尋ねてくる。
「そりゃ、銀髪好きだからだけど?」
「ひゃぁ……!」
「ど、どうした?」
「い、いえ何でもありませんはい!」
「そ、そう……」
突然どうしたのか、顔を真っ赤にした玲奈は、俯き加減で自分の髪を人差し指で弄んでいる。
「あ、そうだ。レーナさ、俺の作品しか読んでないって言ってたけど、どうして?」
「え、ああ……それはですね……」
俺がそう聞くと、玲奈は自嘲的な笑みを浮かべる。
「実は私、中二のときにこの村に来たんですけど、それまでイジメられてたんですよ……」
「イジメ……?」
「私、こんな姿じゃないですか。小学校まではそうでもなかったんですけど、中学に入ったとたん……」
玲奈は話しながら、シュンと肩を落とす。
「こんな世界から抜け出したい、幸せな世界を見たい……そんなとき、たまたまカナタ君のファンタジー小説を見付けたんです。衝撃を受けました……読んでいくと、見たことのない世界の美しい光景が段々鮮明に脳裏に広がっていくようで」
玲奈は懐かしむように目を閉じる。
「そして、メインヒロインはいつも私と似た容姿の──銀髪の少女なんです。私は彼女達の視点で主人公の少年と冒険したり生活したり、そうやって幸せになる姿を想像して……」
玲奈の暗い表情は、既にパッと弾けて消えていた。目を開くと、玲奈は真っ直ぐ俺を見詰めてくる。
「私は別に小説が好きなんじゃありません。カナタ君の書く物語が好きなんです。だから、私はカナタ君の作品しか読まないんです」
「そっか……」
凄く嬉しかった。思わずにやけそうになるのを、俺は必死に我慢する。
「なら、これからも銀髪ヒロインを幸せにしていかないとな!」
「はい、お願いしますね!」
玲奈は、過去一番のとびきりの笑顔を浮かべた。