Episode.1 ド田舎暮らしの銀髪美少女
(このド田舎に来て、今日で二日か……)
俺は、やや年期の入った感じの机に置かれた数Ⅱの教科書の問題を解きながら、ふとそんなことを思う。
三年前に父が他界し、その分母が頑張って仕事をしてくれていたが、やはり家計は厳しくなる一方だった。そして、ついこの間、今ではもう使われていなかった母方の祖父母の家に引っ越すことを決心したのだ。
そんなワケで俺──交久瀬 カナタの都会生活に終止符が打たれ、替わるように幕が上がったのは極端なまでのド田舎暮らしだった。
ここは長閑な山村で、過疎地域と言って間違いない。見渡す限り田畑、田畑、田畑……
そして、これは田舎あるあるらしく、道には街灯が一つとしてない。街灯の明かりで害虫が寄ってきて、作物を荒らされないためらしい。
驚くのはまだ早い。
今現在俺がいるこの場所──一応学校なのだが、名前を奏条中学・高等学校千本松分校という。聞いてわかる通り、過疎地域であるこの千本松という村に設置された分校である。
校舎は古びた平屋建て。壁がコンクリートで作られているだけでも、まだましと言えるだろうか。
そして、全校生徒はこの教室にいる人達のみ。俺を含めて計四人。
俺の席の右隣に座るのは、三澄 彩夏──俺の一つ下の学年で高校一年生。黒髪ボブの少女で、あまり口数が多くないクールな印象。正直何を考えているのかわからない。
そんな彩夏の右隣は、清滝 香音──学年は中学二年生で、自然な茶髪のロングツインテール。ちなみに一つの毛束だけ赤く染められているのだが、どうやら……いや、百人いれば百人全員口を揃えてこう言うだろう、『中二病だ』と。そして驚くことに、この千本松の村長の孫娘だ。
なかなかに個性の強い生徒が揃っているのだが、またこの二人とは次元の違う個性を持った少女がいるのだ。
俺の左隣──窓際の席に座る栗花落 玲奈だ。
その日本人名とは似ても似付かない容姿──まるで純銀を溶かし込んだかのような艶やかなロングの銀髪を持ち、硬く精緻に整った顔には、高純度のサファイアを思わせる青い瞳。肌は雪を欺く白さで、もうすぐ夏になろうかというこの季節でも涼しさが感じられる。
何でも父方の祖母がロシア人で、その先祖返りだという。
その浮世離れした美貌のお陰で、女性に対する免疫がそこまで高くない俺が、この三人の中で最も話し掛けづらい少女だ。実際に、直接会話したのは初日の自己紹介的なときのみだ。
(まあ……他の二人ともそんなに喋ってないんですけどね……)
見知らぬ地で、それも既にグループが出来上がってしまってる女子に自分から話し掛ける勇気など、残念ながら俺は持ち合わせていない。
(さて、学校終わったら今日も村を歩き回ってみますかね……)
俺はそう放課後の予定を心の中で決めた後、再び数Ⅱの問題に取り掛かった────
■□■□■□
「マズった……」
予定取り、俺は学校が終わると、荷物と制服を着たまま自宅とは違う方向へ目的地もなく歩いた。
まだこの村の地形を全く把握できていないので、早めに理解しておきたいと思い、この村に来てからこういった散策を続けていたのだが……
今日、道に迷いました。
いや、道と言って良いのだろうか? しばらくは、ある程度舗装されたアスファルトの道を歩いていたのだが、やがてそれは植物が茂ったものへと変わり、今では辺りに木々が生い茂っている。
「ははは……これは迷子というより、遭難だな……」
良い歳した高校二年生が、まさかこんな状況に陥るなんて。誰かに見られでもしたら恥ずかしくてもう外歩けなさそう。
日はだいぶ長くなってきたとはいえ、このまま何もしなければ状況は悪くなる一方だ。
「よし、止まっててもしょうがない。頑張って道を探しますか」
と、俺が決意の一歩を踏み出そうとしたとき────
「そっちは森の奥ですよ?」
「うわッ!?」
背後から突然声が掛かってきたので、俺はビックリしてしまい、木の根っこに足元を取られ、躓いてしまう。転けなかっただけマシだが、何とも格好が付かない。
「つ、栗花落さんッ!? 何でこんなところにッ!?」
俺が視線を向けた先には、長い銀髪を垂らして、少し可笑しそうに微笑む玲奈の姿があった。
「私はコレを──山菜を摘みに来ていたんです」
そういって玲奈は手に持っていたカゴの中を見せてくる。中には茶色だったり緑だったりする、先端が渦巻いた植物が入っていた。
俺は玲奈の容姿とのギャップを覚え、若干戸惑ってしまう。それに、山菜を摘みにって……そんな言葉を口にされたのは初めてだ。
「ところで交久瀬君は……迷子ですか?」
「いや、好調に散策をしていたところだ」
「でもさっき『これは迷子というより遭難だな』って呟いてませんでした?」
「ど、どこから聞いてたんだ!?」
ものの数秒で俺の嘘がバレたどころか、俺が迷子になっている様子をわりと前から見られていたらしい。顔から火が出そうだ。
「これから私も帰るところなんですけど、一緒に来ますか?」
「ぜひお願いします」
背に腹は替えられない。俺は恥を捨てて、安全に帰宅する選択をした……のだが────
「えっと、もう道はわかるけど……?」
「いえ、交久瀬君の家まで行こうと思います!」
一度玲奈の家に寄り、摘んだ山菜の入ったカゴを置いた後、玲奈は道案内をしてくれたのだが、知っている道に出てもずっと付いてくる。
「誰かが家を知っておかないと、もし交久瀬君が風邪を引いてしまって学校を休んだとき、配布物を届けられません」
「ま、まぁ筋は通ってるけど……そんな急を要する配布物なんて配られるのか、あの学校で?」
「いいから、いいから!」
ないんだな、と俺は確信する。
だが、引っ越してきたばかりでまだ馴染めてない俺にとって、こうやって気さくに接してくれることは結構ありがたい。
十数分歩くと、二階建ての木造建築が現れる。二日前に引っ越してきた、今ではもう使われていなかった母方の祖父母の家だ。
「まあ、ここまで来たんだし、折角だから上がってて」
「では、お言葉に甘えて」
俺は、玲奈が意外と図太い性格をしているのではないかと疑いながらも、玲奈を家に上げ、居間に通す。
そして、グラスに冷えたお茶を入れ、玲奈の前に置く。玲奈は礼儀正しくペコリと軽く会釈して「ありがとうございます」と言う。
「俺、着替えてくるから。ゆっくりしてて」
「はーい」
玲奈の返事を聞き、俺はやや傾斜のキツい階段を上り、自分の部屋に入る。そして、シャツを脱ぎ、ベルトを外し、ズボンを脱ぐ。
制服から私服に着替え直し終わると、俺は机に置かれたデスクトップ型のパソコンに向かう。スリープ状態を解除すると、画面に小説投稿サイト『小説家になれる!』の作者のホーム画面が表示される。
実は、俺は三年程前から小説を書き始めており、そこそこランキングにも顔を出す程度になっている。これまでに書いてきた作品は五作品。ジャンルはファンタジーが多いが、最近ではワケあってラブコメを書いている。
下に玲奈を一人置いているので、俺はなるべく早く次話の更新をする。更新が完了すると、再びパソコンをスリープにして部屋を出る。
「悪い、待たせて」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「……」
「……」
(気まずいッ!)
母は千本松から離れた町に仕事に出ており、この家に帰ってくるのは週に二、三日程度。当然今も家におらず、今は俺と玲奈の二人っきり。
そこまでコミュニケーション能力に乏しい自覚はなかったが、こういう状況でどうすれば良いのか全くわからない。
そんなとき────
ピロン、と何かの着信音が玲奈のカバンの中から聞こえてくる。
玲奈は「ちょっとごめんね」と一言断って、カバンの中からスマホを取り出す。すると、画面を見た玲奈の表情が、パァっと明るくなる。
「な、何か良いことでもあったのか?」
聞いて良いものなのかどうか少し迷ったものの、玲奈があからさまに嬉しそうにしているので、気になって尋ねてみる。
「え、わかっちゃう?」
「そりゃ、そんなに嬉しそうな顔してたらな」
玲奈はえへへと少し恥ずかしそうに笑う。
「実は私、Web小説を読むのが好きで……といっても、一人の作者さんのしか読まないんだけどね」
そう話しながら、スマホの画面を向けてくる。
「この田中 瀬久孝先生が今書いてるラブコメの最新話が更新されたの!」
(田中 瀬久孝だと……?)
「瀬久孝先生の一作品目からずっと読んでてね、情景描写が凄いの! 読んでると本当にその世界の光景が目の前に──(略)──でね、最近ではラブコメを書かれてるんだけど──(略)──(略)(略)(略)──」
と、延々に瀬久孝先生の話を続ける玲奈。正直、こんなに情熱を持って話す感じの人ではないと思っていたので、その点でも驚いたのだが、そんなことがどうでもよくなるほど今の俺は驚いている。
「──あ、ご、ごめんね? ちょっとテンションが上がっちゃって……興味なかったよね?」
「いや……そうじゃなくて……」
「交久瀬君?」
「ちょ、ちょっと来て!」
「え、ええッ!?」
俺は玲奈の細い腕を掴み、二階の自分の部屋に連れてくる。
「え、えっと……交久瀬君、その……まだ会ったばっかりだし、お互いにまだ知らないこといっぱいあるし……そりゃもちろん不用心に男の子の家に上がり込んだ私にも責任はあると思うけど……そういうのはまだ早いというか……」
俺の部屋に入った玲奈は、後ろでモジモジとしながらそんなワケのわからないことをモゴモゴ言っているが、俺は再びパソコンに向かってスリープ状態を解く。
「コレ見てくれ」
「え?」
俺は脇に避け、パソコンの画面を──『小説家になれる!』の作者ページが映された画面を玲奈に見えるようにする。
玲奈はおどおどしながら、「わぁ、凄いパソコンだね」とか言いながら、そのパソコンの画面を覗き見る。
すると────
「え、ちょ、コレって……?」
驚愕と困惑半々という感じの顔をゆっくり俺に向けてくる玲奈。俺は「そのとおりです」という意味を込めて一つ頷き……
「えっと、初めまして、俺が田中 瀬久孝です」
「続きも読みたい!」
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