第7話 ピリ辛肉野菜炒め 前編
水国さんと遊びに行ったあの日から数日後、俺は今日もいつものスーパーで夜ご飯の材料を吟味していた。
「今日の夜ご飯、何にするかなぁ…」
最近、肉ばっか食べてるし野菜とか食べたい…。でも、栄養バランスも考えると肉も一応摂れる料理にしたい。
「そうなると…鍋か野菜炒めか…?」
鍋も悪くないが、最近は気温高いし今日は野菜炒めが良いか…。
献立を決めた俺は各種野菜と豚バラ肉、調味料などを買って帰ろうとする。
「あれ?あの後ろ姿は…?」
出口に向かう道中、見覚えのある男の後ろ姿があった。
「おーい。コウハーイ。」
コウハイは俺の声に気づいたのか、振り向く。
「シゲ先輩じゃないっすか!奇遇っすね。」
「そうだな。ここにいるなんて珍しいじゃないか。」
俺がそう言うとコーハイは頭を掻きながら苦笑する。
「あはは。実は千尋と…」
彼が話す最中、誰かが口を挟んできた。
「おいおい。私の彼氏と二人きりなんて妬けちゃうじゃないか。」
「あ…センパイ…。」
「やぁ!シゲくん!私の彼氏と勝手にイチャイチャするなんて酷いんじゃないかい?」
イチャイチャって…どこをどう見たらそんな言葉が出るんだ…?
まぁこの人ならいつものことか…。
俺はため息を吐きつつ口を開く。
「センパイ…何がイチャイチャですか…。俺にそんな趣味はないですよ。」
俺がそう言うとセンパイは口を大きく開けて笑う。
「ワッハッハ!冗談だよ冗談。そんな不埒な真似をするような輩など私の愛しのカズ君に近づかせるわけがないだろう。」
笑いながら言うが、この人ならコーハイに近づくやつは文字通り手段選ばずに潰すくらい躊躇いなくするだろうな。
というか何でこの二人がここに?このスーパーは彼らの家からそれなりに距離があるはずなのだが…。
「それで何故このスーパーに?」
「いやな。今日は彼と映画観る約束でな。放映までの時間潰しにこのスーパーに寄ったというわけなんだ。」
「そういうことっす!」
そういえば確かに映画館あったな…。普段、観に行かないから忘れていた。
それにこのスーパーはスーパーといえどもゲームコーナーも一応あったり暇潰しにはもってこいだ。
「それでシゲ君は何故ここに?」
「あー俺は夜ご飯の材料の調達ですよ。」
俺がそう言うとセンパイとコーハイは残念そうな顔をする。
「ふむ、なるほどな…。せっかくだしシゲ君の料理を食べたいところだが…残念だ。」
「そうっすねぇ。先輩の料理食べてないですし、久しぶりに食べたいっす。」
いや、お前らのデートに俺を巻き込まないでほしい…。
あの砂糖飲まされるような場面見せられるのは勘弁だ。
「よし、そろそろ出口に行こうか。せっかくだ。出口まで三人で話しながら帰らないか?」
「出口までなら…」
俺達はスーパーの出口まで共に話しながら向かった。
出口につくと偶然か否か中身の入ったマイバッグを持つ水国さんがいた。
「「あ…」」
「…た…高橋さん。」
「水国さん…どうも…。」
俺達は互いにどもりながら挨拶する。
そしてそんな場面に食いつくカップルが一組。
「おいおいシゲ君!その娘は誰だい?君も隅に置けないねぇ!」
「あれっシゲ先輩、確か…その人はこおr…むっ!?」
コーハイの口を俺は焦って塞ぐ。
流石に本人の前でそんな渾名呼びは駄目だろう…。
俺はコーハイの目を睨むと彼も察したのかコクコクと頷く。全くこんなときに限って勘の良いやつだ。
「それでシゲくん…。この娘は?」
俺はコーハイの拘束を解くと改めて水国さんの前に立つ。というか水国さんが人見知りなのか後ろで俺の服の裾を掴んで離さない。
「ええと…。とりあえずここだと邪魔になりますし、カフェにでも行きませんか?」
俺の案に賛成したようでみんなでカフェに移動した。
因みにその間も水国さんは俺の服を掴んだままで正直帰らせた方が良いのではないかと思い、彼女に聞いたが首をふって断った。
彼女も彼らと仲良くなりたいということだろうか…。
「さて、まずは私から自己紹介しようか。私の名前は灰原千尋だ。気軽に「センパイ」と呼んでくれ!」
センパイの太陽の如き圧に水国さんはさらに萎縮してしまった。
そんな水国さんの様子を見たのかコーハイが嗜める。
「千尋。そんなグイグイ行くとその人も怖がるっすよ。すみません。俺の彼女が…。あっ俺の名前は高波和志って言いますっす!!シゲ先輩は俺のこと「コーハイ」って呼ぶっすけど、まぁ何でもいいっすよ。」
「水国さん…この人達は俺の友人だ。まぁ変な奴等だが、信頼できるよ。」
「「誰が変な奴等だ!」」って声が聞こえたがスルーする。
俺たちのやり取りで肩の力が抜けたのか水国さんが少し震えながらも口を開いた。
「…水国…玲奈…です。よ…よろしくおねがいします。」
小動物のように話す水国さんにときめいたのかセンパイが食いついた。
「か…可愛いじゃないか!!おいおいシゲ君はいつの間にこんな可愛らしい女の子と恋人になったんだい?」
「はぁ!?」
「…こ…こいびと!?」
おいおい突然何言い出すんだ…。俺が水国さんのような可愛い娘と恋人なわけがないだろう…。
見てみろ、水国さんもパニック起こして頭から煙みたいなの出てるぞ。
「センパイ…俺は水国さんとそんな関係じゃないですよ。友達です。」
俺がそう言うとセンパイは残念そうな顔になる。
「そうか…シゲ君にもようやく春が来たと思ったんだがな…しかし…」
センパイは水国さんの方を見るとコーハイと何やら耳打ちしてこそこそ話をし始めた。コーハイも頷きながら話している。
「なんですか…?二人揃って…。」
「いやいや、なんでもないさ。ただ将来が楽しみになっただけさ。」
「自分は水国先輩も高橋先輩も楽しそうでいいなーって思っただけっす。」
俺は二人の意味のわからない発言に首を傾げる。
「はぁ?」
そんな俺の疑問をよそに二人は立ち上がった。
「さてそろそろ映画の時間だし、そろそろ出ようか。お代は置いておくぞ。あ、そういえば…」
センパイは水国さんの耳元に近づく。何か話したのか水国さんの顔が真っ赤になった。
「それじゃあ!シゲ先輩!水国先輩!さよならっす!また会いましょうね。」
そう言うと二人は去っていった。
「えーとそれじゃあ俺達も帰るか。」
「…そうですね。」
彼女はそう言って立ち上がり、マイバッグを取ろうとする。しかし手を滑らせたのかバッグを落とした。
「…あ!?」
「大丈夫か!?…ん?」
バッグの中から出てきたのはカップラーメンや缶詰、レトルトパックなどの保存食ばっかだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
思わぬ中身に俺も言葉が出なかった。
しかし、心の中でこの人をこのまま放置してはいけない…そんな義務感が芽生える。
「水国さん…」
「…はい」
彼女を見るとどうしたらいいのかわからないのか顔を真っ赤にして固まっていた。
「今日、俺の部屋に来い。ご飯ご馳走するよ。」
割ととんでもないこと言ってる気がするが、それよりも彼女にちゃんとした食事を取らせることが優先だ。
俺がそう言うと彼女は顔を真っ赤にしながらも
「…は…はい。よろしくおねがいします。」
と言って頷いた。
◇
俺達がアパートの部屋の前に着くと俺は彼女を俺の部屋に入れた。
「とりあえず、お茶飲んで待っててくれ。」
俺は彼女をテーブルまで案内すると、作っておいた冷えた麦茶をテーブルについている彼女に渡した。
「…あ、ありがとうございます。」
「それじゃあご飯作るわ。」
「…あの何かお手伝いすることは…?」
手伝うことか…。米も既に炊いてるし、後は…肉や野菜を切るくらいだから別に一人でも大丈夫なんだが…。
「………」
彼女の不安…そしてほんの少しの期待が混じったような目で見られると断るなんて出来ないな。
「じゃあ、肉を切ってもらえるか?」
俺がそう言うと彼女の顔がキラキラと喜びの表情になる。
「…はい!」
少しウキウキしてる彼女にハサミを渡す。
「…ハサミですか?」
「あぁ。まな板や包丁は一つしかないからな。悪いけどそれで切ってもらえるか?三等分くらいの長さで頼む。んで切ったら料理酒で漬けてくれ。」
ハサミなら包丁よりも危険性は低いし大丈夫だろう。
「…わかりました。頑張ります。」
彼女は「ふんす!」と鼻息を吐き出し、隣で作業し始めた。
しかし、若干距離が近いような気がして落ち着かない。
「すまないが、包丁危ないし少し離れてもらえるか?」
俺がそう言うと彼女は残念そうな顔で
「…わかりました。すみません。」
と言って離れた。
さて、俺も作業を始めなくては。
今回使う野菜はキャベツや玉ねぎ、人参に舞茸とシンプルな材料だ。もやしやピーマンも考えたが、これ以上入れると食べ切れなさそうなので止めておいた。
「最初はキャベツからかな。」
俺はまず、4分の1のキャベツの芯をくり抜き食べやすい大きさに切った。切った野菜はザルとボウルに重ねたものに入れておく。次に玉ねぎをスライスし人参も短冊切りにする。最後は舞茸をほぐして野菜の下準備は終わりだ。
「…高橋さん。終わりました。」
「おっ、ありがとう。」
俺は彼女から肉と酒が入ったパックを受け取る。
「水国さんありがとう。後は炒めるだけだし大丈夫だ。」
「…そうですか。わかりました。また何かお手伝いできることあったら言ってください。」
彼女はそう言ってテーブルの方に戻っていった。
俺はフライパンを取り出し、彼女が切ってくれた豚バラ肉を並べる。キッチリ三等分くらいに切ってくれてるな。
材料も切れるし、あんなインスタント食品ばっか買い込まなくても十分料理できると思うのだが。
まぁそれはおいて置いてコンロを点火する。もちろん弱火だ。
「あー肉の香りがいいねぇ。」
両面を焼き終えたらアルミホイルに肉を取り出してフライパンに残った脂をキッチンタオルで拭く。これは肉からでた灰汁を拭き取るためであり、旨味すら拭き取ってしまうのではないかと心配になるかもしれないが問題ない。旨味は拭き取ってもフライパンに残る。
「よし、野菜炒めるか。」
フライパンの中に野菜を入れサラダ油を少しかけて絡ませる。こうすると野菜が油でコーティングされ旨味が逃げない。
コンロを再び点火し、弱火で熱する。時々、かき混ぜ炒めていく。野菜がしんなりしたら肉を入れ醤油と酒を入れもう少し炒める。
「後は…豆板醤か…」
フライパンの中心を開け、そこに豆板醤、ニンニク、ごま油をを入れ強火にし香りをだす。
「…美味しそうですね。」
「うわっ!?水国さん!」
俺がコンロ止めると後ろから水国さんが話しかけてきた。
気配がないもんだから心臓に悪い。
「水国さん。どうしたんだ?」
「…何か手伝えることがないかと思いまして。」
そう言うが彼女の顔はフライパンに釘付けであり、なんならよだれも出ている。
「本音は?」
俺が聞くと彼女は即行で観念したのか告白する。
「…美味しそうな匂いがしたもので。」
うん。正直でよろしい。
いい匂いなんて料理好きからしたら最高の褒め言葉の一つだ。
「…でもお手伝いに来たのも本当です。」
俺の目を真っ直ぐ見ながら言う。
彼女がそう言うなら手伝ってくれるのはありがたい。
「そうだな…じゃあお椀取ってもらえるか?」
「…わかりました。」
彼女がお椀を取り出して渡してくれた。俺はお椀に米を盛り付け、お盆に乗せる。
「これ運んでくれ。」
「…はい。」
彼女はテーブルまでお盆を運ぶ。
俺はその間に最後の作業をすることにした。
野菜炒めを盛りつけると、俺はレジ袋からレモンを取り出しおろし金で皮を削ってそれぞれのお皿にかけた。
レモンなどの柑橘系の香りはこってりした味付けをさっぱりと食べやすくしてくれる。
「よし完成だな。あーそうだ。ついでに…」
俺は冷蔵庫から炭酸水と焼酎を取りだし、チューハイを作る。ビールがベストなのだろうがないので許してほしい。
というかいつの間にか彼女との食事は酒とセットなのがデフォルトになってるな…。
チューハイを作った後、俺はテーブルまで野菜炒めと酒を運んだ。
「じゃあ…食べるか!」
「…そうですね。」
彼女の声は相変わらず小さいが目がお皿に釘付けである。
そんなに楽しみにされるのは料理好きにとっては本望だ。
俺達は食べる前にいつも通り手を合わせ「「いただきます」」をした。
…