第6話 鮭のベーコン巻き 後編
夕方、デパートから駅に戻った俺達は一緒に帰り道を歩いていた。
「今日は楽しかったな。」
「…そうですね。」
彼女はうつむきながら歩いている。昼の件がまだ頭に残っているのだろうか…。
「大丈夫か…?やっぱり昼のアレが…」
俺が心配して聞くと彼女は顔を上げ、大きく両手を振る。
「…いいえ!もう大丈夫です。」
「そうか…だが元気がなさそうに見えるが…。」
彼女は顔を赤くして再びうつむく。
熱でもあるんじゃないか…?
「…そ…それは高…橋さんがかっこ…よく……」
いつにもまして彼女の声が小さくて聞こえない…。
「水国さん…?」
「…ひゃい!……っ!」
俺が彼女の名前を呼ぶと彼女は慌てたように反応する。その直後に彼女のお腹から「ク〜キュルル…」と可愛らしい音が鳴った。
「…………」
唯でさえ赤かった彼女の顔が完熟トマトのように真っ赤になる。
そんな彼女を見て俺は思わず吹き出してしまった。
「…ぷっ」
俺が吹き出すと彼女は不機嫌な表情になる。
「…笑わないで下さい。」
「す…すまん。俺も小腹が空いたしどこかで食べていくか…?」
「…そうですね。そうしましょうか。どこで食べましょう?」
「そうだな…どこにするか…」
残念なことにここら辺にはレストランとか華やかな店はない。そんな店に行くためには駅に戻る必要がある。
俺は彼女と話し合い、とりあえず歩いて良い感じの居酒屋とかがないか探すことにした。
俺達がしばらく歩くと緑色の暖簾と赤い提灯を下げた店が目に映る。
「えーと「大衆酒場色縁」…。どうする?ここにするか?」
彼女に聞くと彼女はコクリと頷いた。
「じゃあ入るか。」
俺達は暖簾をくぐり抜ける。
「…いらっしゃい。」
「いらっしゃいませ〜」
店内には木製のテーブルやカウンター席があり、壁にはビールのポスター、カウンター席のそばには酒瓶が置いていたりとテレビで観たような懐しさが感じられる居酒屋だった。
店の中に入ると女性の店員が声をかけてきた。
「お二人様でしょうか?」
「あ、はい。」
「テーブル席とカウンター席、どちらにします?」
「テーブルでお願いします。」
「はーい。お客様二名ご案内しまーす!」
俺達は店員にテーブル席に案内してもらうとテーブルのそばにある座布団に腰を下ろした。
「ごゆっくりとお寛ぎください!」
店員はそう言うと離れていった。
「どうする?」
俺は水国さんにメニューを渡す。
「…どれも美味しそうで…悩みますね。」
彼女はメニューを見ながら真剣に悩んでいた。
「確かにな。」
「…高橋さんはこういう時…どう…してます?」
俺?まぁ居酒屋のメニューってどれもシンプルで却って美味そうに見えるからな…。
「俺は…迷ったら店員にオススメ聞いてるな。」
というかこういうお店の料理ってどれも美味いから何を選んでも問題ないんだよな…。
俺がそう言うと、店員がお冷を持ってきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「あー…」
彼女を見るとまだ悩んでいるようだった。
「まだ決まって…」
俺が断ろうとすると彼女が口を挟んできた。
「…すみません。今日のオススメは…?」
「オススメですか?そうですねぇ…少々お待ち下さい。」
店員はそう言うとキッチンの方に行った。
水国さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「…すみません。却って時間をかけさせちゃって。」
「いや、全然良いよ。」
別に時間とか気にしていないしな…。
俺がそう思っていると、先程の店員が戻ってきた。
「お待たせしましたー。それでオススメですが、今日はこの熟成させた鮭が美味しいですよ!特にベーコン巻きなんか絶品です!!」
「そうですか。ありがとうございます。…水国さんどうする?俺はこれにするつもりだが…」
彼女に尋ねると彼女も同様のものが良かったのか俺の目を見て頷いた。
「じゃあ、その「鮭のベーコン巻き」を二つ…そして…」
酒を何にするか悩むと店員が話しかけてきた。
「ビールも合いますけど焼酎炭酸割りなんかも美味しいですよ!」
「じゃあそれで…水国さんも良いかな?」
彼女は再びコクリと頷いた。
「ありがとうございます。ご注文を繰り返しますね!鮭のベーコン巻き、焼酎炭酸割りお二
つでよろしいでしょうか?」
「はい。それで。」
「かしこまりました!少々お待ち下さい!」
店員は元気そうに言うとキッチンの方に行った。
「焼酎炭酸割り二つ、鮭のベーコン巻き入りました!!」
店員のはつらつな声が聞こえる。
どんな料理なのだろうか…。水国さんの方を見ると彼女も楽しそうにウキウキとお冷を飲んでいた。
◇
ワシの名前は重田権蔵。この小さな酒場ーー「色縁」の店主をしている。
「焼酎炭酸割り二つ、鮭のベーコン巻き入りました!!」
「あいよ!!」
先程、二人組みの注文だろうか…。最近の若い者はこんな昔ながらの居酒屋ではなく、もっと大手な居酒屋に入ると思っていたが折角入ってくれたんだ。その腹も舌も満たしてやりたい。
ワシは冷蔵庫の中からタッパーを出した。この中には塩麹の中に寝かせておいた鮭が入っている。塩麹で漬けた鮭は甘みも旨味も段違いになり、身もふっくらと焼けるのだ。
「よし、作るか…。」
鮭を取り出し、塩麹と水分をキッチンタオルで拭き取る。その後、皮を剥いで一口大に切れば鮭の下準備は終了だ。
「次はベーコンだな。」
ワシは薄切りのベーコンを巻きやすい長さいに切る。このベーコンもいつもお世話になっている卸問屋から仕入れた一品だ。信頼性も味も申し分ない。
ベーコンを切った後、鮭をベーコンで巻き爪楊枝で留める。鮭とベーコンは相性が良い。肉と熟成された魚の合わさった旨味はどう考えても美味いとしか言いようがないだろう。
「さて、焼くか。」
フライパンの中にベーコンを巻いた鮭を並べ、弱火で焼いていく。ベーコンと鮭はじっくりと火を通すことでベーコンはカリカリと鮭はふっくらと焼けるのだ。
両面をこんがりと焼いたら、フライパンの中にバターを入れ溶かし全体に行き渡らせていく。バターが十分に溶けたらニンニク一欠片分を刻んだものを入れ強火で熱する。香りが立ってきたら酒を入れ蓋をして少しだけ蒸し、中まで火を通したら醤油をかけ回し香りをつけたら出来上がり。
「後は盛り付けだな。」
皿に鮭を盛り付け、黒胡椒とパセリで飾り付ければ鮭のベーコン巻きの完成だ。
料理と酒は人を笑顔にし絆や縁を繋いでいくもの。
あの二人組みもこの料理を食べて、もっと絆を深めてほしい。酒を通し、色んなお客さんとの縁を深め、時にはお客さん同士の縁すらも繋いでいく。それがこの店ーー「色縁」に込められたメッセージなのだから…
◇
「お待たせしましたー!鮭のベーコン巻きでーす!!」
テーブルに置かれた皿を見るとこんがりと焼かれたベーコンに巻かれた鮭と飾られたパセリの緑が映える一品だった。バターと醤油の香りが何とも食欲をそそる。
「それじゃあ食べるか。」
「…そうですね。」
俺達は手を合わせる。
「いただきます。」
「…いただきます。」
本来なら「乾杯」と言うべきだと思うが、習慣で「いただきます」と言ってしまう。
俺達はグラスを持ち上げるとまずは少しだけチューハイを飲んだ。
「あぁ〜美味しいですねぇ!」
「そうだな。」
一口、酒を飲むとさっきまで元気がなさそうだった彼女の顔が明るくなった。
「実は居酒屋さんって初めて入ったんですけど、お店で飲むお酒も良いですねぇ!」
「俺も久しぶりに居酒屋に入ったな。」
「そうなんですか?」
「あぁ。というか、二人切りで来たのはお前が初めてだ。」
いつもはコーハイとセンパイと行ってるからな。目の前でイチャイチャされて辛口の日本酒がめっちゃ甘く感じたり、正直辛かった…。
「そうなんですかぁ…。私が…初めて…エヘヘ…。」
彼女を見ると何やら嬉しそうに頬を手で押さえていた。
「どうした?」
俺が聞くと彼女は笑顔で俺を見る。
「いいえー何でもありませんよ〜だ!さぁ!おつまみも食べましょう!」
何でもないか…それにしては結構はしゃいでいるけどな。
彼女は皿に箸を伸ばし、鮭のベーコン巻きを口に入れる。
「あ、美味しいです!これ!高橋さんも食べてみて下さいよ〜!」
彼女はそう言って皿を勧めてくる。
「じゃあ遠慮なく…。」
俺も鮭を口に入れ、味わってみる。
「あ、確かに美味いな。」
香ばしく焼かれたベーコンの肉の旨味とふっくらした鮭の旨味の相性が良い。塩麹に漬けているからか、塩加減も濃いわけではなく薄いわけでもない何というかまろやかな味わいだ。
「ですよね〜!バターの風味も良いですし、おつまみとしては最高ですよ!!」
彼女はそう言ってチューハイを飲み、恍惚した顔を浮かべる。
「あ〜あぁ…しっかりとしたおつまみには濃いめのチューハイが合いますねぇ…。」
「………」
俺はそんな彼女の表情に思わずドキッとしてしまった。
俺の視線に気づいたのか彼女はニヒヒとからかうような笑みを見せる。
「あれれ〜高橋さんどうしましたぁ〜?ひょっとして私に見惚れちゃいました?」
恥ずかしくなった俺は彼女から目を逸らす。
「いや…別に…」
「あー今、目を逸らしましたよねー!そんなに私の顔が綺麗でした?」
あーこのウザさ…なんか久しぶりな気がするな…。
彼女のウザさに少しイラついた俺は彼女を笑顔でからかうことにした。
「そうだな。お前は誰よりも綺麗だし可愛いよ。」
我ながらチープだったか…?
そう思いながらも彼女を見ると彼女は頭から湯気が出ていそうなくらい顔を真っ赤にしていた。
「あ…う……。か、可愛いぃぃ…」
そんな反応されると俺も恥ずかしくなってくるだろうが…。
「食べるか…」
「そ…そうですね…。」
俺達はこの変な空気から気を取り直し、再び食べることにした。
◇
飲み終わって外に出ると、すっかり暗く涼しくなっていた。
「あー美味しかったですねぇ!!」
あの後、彼女はビールも頼んでガブガブ飲んでため、すっかりあの変な空気は払拭された。
しかし、そのせいで今の彼女は立派な酔っぱらいとなっている。
「おい、ちゃんと前向いて歩け。危ないぞ。」
彼女がふらふらと俺の方を見ながら道路を背に歩いている。正直、危なっかしい。
「大丈夫ですよぉ!これでも注意はしてますから!!」
いや、そんなふらふらと歩かれると説得力ないんだが…。
そんな俺の心配を知ってか知らずか、彼女は笑って空を見る。
「それにしても今日は楽しかったですねぇ!!」
「そうだな…。だが…」
俺は彼女を危険に巻き込んでしまった。結果的に助けることができたとはいえ、サプライズのために女の子を危険な目に合わせるなんて男失格だろう。
そんな憂鬱した俺の心情を察してか彼女が話しかけてきた。
「もしかして、昼のこと考えてるんですか?」
「あ、あぁ…。」
「仕方ないですよ!誰もまさかデパートの人の目があるところであんなことされるなんて想像できませんって!それに高橋さんは助けてくれたじゃないですか!」
「だが…それでも…」
もっと俺が周りにも気を使っていれば防げた事態のはずなんだ。
俺が考えこむと彼女が目の前にくる。
「全く高橋さんは真面目ですねぇ…。かっこよかったですよ♪あの時の高橋さん♪」
彼女はそう言って笑顔で俺を見る。
俺はそんな彼女の笑顔にちょっと救われたような気がした。
「エヘヘ…おっと!」
彼女は躓いて俺の肩の方へ倒れかける。
「っ!?大丈夫か?」
俺はとっさに彼女を支えた。
「あはは…。す…すみません。…高橋さん。」
彼女は俺の身体にくっついた状態で真剣な顔になる。
「今日は本当にありがとうございました。色々迷惑かけちゃってすみません…。」
別に迷惑なんて感じちゃいない…。
俺が訂正しようとすると彼女は「それでも…」と話を続ける。
「あなたが迷惑じゃないなら…また、いつか…私と遊びに行きませんか?」
「もちろんだ。あと、迷惑なんかじゃないからな…。」
俺がそう言うと彼女は俺の身体から離れ、笑顔で答える。
「はい!」
俺はそんな月夜に照らされた彼女の魅力のある笑顔に見惚れてしまった。
こんにちわ味噌漬けです。何とかデート回前編後編書き上げることができました。次からは水国さんと他のキャラを絡ませる予定です。楽しみにしててください。
今回は読んでくださってありがとうございました。ご感想やご意見、出してほしい料理などコメントいただけたら嬉しいです。よろしくもおねがいします。