第6話 鮭のベーコン巻き 前編
日曜日の早朝、俺は駅へと向かっていた。
「早くなるかもしれないが、まぁ大丈夫だろう。」
今日は水国さんと遊びに行く日であり、駅が待ち合わせの場所になっている。遅刻するのも嫌だし、集合の二時間前くらいに着いてカフェとかで時間潰せばちょうどいいくらいだろう。
正直、隣同士なのだからアパートから一緒に出かけた方が良いのではないかと前に彼女と一緒に酒を飲んだ時に言ったのだが、彼女が頬を膨らませながら「こーいうのは雰囲気とかシチュエーションが大切なんですよ!」と怒られた。どうやら待ち合わせするというシチュエーションが大事らしい。
そんなこと思いながら歩いていると駅が見えてきた。
「ついたな。一応待ち合わせの場所の確認しとくか…ん?」
待ち合わせ場所に行くとそこには既に水国さんがいた。彼女はこちらに気づいていないのか、手を握りうつむきながら立っている。
「おーい水国さん。」
「……!?」
俺が呼びかけると彼女は驚いたのか飛び上がる。
「…お、おは…‥オヒャヨウゴザイマス!!」
「お、おはよう…。待たせたみたいですまないな。」
彼女はカチコチに固まりながら言う。
「…い、イえ!わたヒも今キタとコロでス!!」
「そ…そうか。」
「…そ、それで…あの、服…どうでしょ…うか?」
服…?そうだな…。そういえばコーハイが女性の服はよく褒めろ的なこと熱弁してた気がする。
「あぁ…うん。その…水色の服とベージュのスカートとかよく似合うと思うぞ。…すまんな。こういうのはあんまり慣れていなくてな。」
俺がそう言うと彼女は頬を赤らめる。
「……そ…そうですか。…えーと、その高橋さんも似合っていると思います。」
「あ、ありがとう。」
「「・・・・・・」」
お互いに黙り込んでしまう。
駅前で騒がしいはずなのに何故か俺達の周りだけ、まるで別空間にいるように静かだ。
この沈黙に耐えられなかった俺はたまらず口を開く。
「あーその。開店するまでまだ時間あるけどどうする?カフェで時間潰そうかと思っていたんだが…どうだ?」
今日は2駅位先のデパートに行く予定だ。実は俺も彼女も行ったことないのだが、どうやらリニューアルしたらしく、この機会に行こうという話になったのだ。しかし、今行っても開いてはいないだろう。
「・・・・」
少しすると彼女は無言で頷いた。
「そうか。じゃあ行くか。」
◇
カフェに入った俺達は当然ながら相席で向かい合う。
「さて…何にするか。」
まだ朝ご飯食べてないんだが、正直、ご飯ものより甘いもの食べたいんだよな…。
「水国さんは決まった?」
彼女は頷く。
どうやら決まったようなので店員を呼ぶ。
「すみません。ホットケーキと紅茶のセット1つと…」
「………サンドイッチセットお願いします。」
オーダーしてすぐ運ばれてきた紅茶を飲みながら待っているとオーダーした皿が来た。。
「お待たせいたしました。ホットケーキとサンドイッチでございます。」
早速俺達は食べ始める。
「………?どうした?」
食べている途中、視線を感じた方を見ると彼女が俺のホットケーキを食い入るように見ていた。
「食べるか?」
「…!?…いいえ、大丈夫です。」
そんなこと言いつつもホットケーキを見つめている。まぁ人が甘いもの食べているところ見ると自分も食べたくなる気持ちはわかる。
「食べたいんだろ?分けるよ。」
俺は使われていない方のフォークを取り出す。
「………そんな厚かましいことする訳には…」
「なら、そのサンドイッチと交換ってのはどうだ?俺もその玉子サンド気になってるし、それなら良いだろ?」
「…え、あの良いんですか?」
「良いんだよ。」
俺はナイフでホットケーキを切り分け、口をつけてないほうを彼女の皿に渡す。その後、玉子サンド1つを俺の皿に置いた。
「……ありがとうございます。」
俺はフォークを渡すと彼女は早速ホットケーキを食べ始め、幸せそうな顔で頬張った。
◇
私ーー水国玲奈は今、高橋さんと一緒にデパートの中にいた。
「水国さんはどこか行きたいところはあるか?」
彼がこちらを見ながら聞いてくる。
正直、何故私がこの場所を選んだのか、私自身よくわかっていない。お酒の勢いとしか言えないのだが、彼とお出かけすることに対する楽しみで頭がいっぱいでデパートのどこに行くかなんて考えていなかった。
「…高橋さんはどうですか?」
我ながらズルいと思う。来たいと言ったのは私なのに、選択肢を彼に押し付けているのだから。
しかし、そんな私のワガママも彼は嫌な顔せず受け入れてくれる。…でも私は彼に何も返してはいない。今日こそ恩返しをしなければ…。
「うーんそうだな。とりあえず…色々歩き回ってみるか。」
彼はそう言いながら歩きだした。
行く場所を決めるのも良いけど、色々見てから決めるのも楽しそうだ。
私は彼の背中を追いかけていった。
しばらくデパートの中を歩き回っていると衣服売り場にたどり着いた。
様々な服屋さんが並んでいる道を通ると、小さなアクセサリー売り場にあるブレスレットが目に映る。
そのブレスレットにある深い青空のような色をした石が美しかった。
「どうした?」
私の様子を変に思ったのか、彼が聞いてきた。
気にはなるが少し高いし、このお金は彼への恩返しのために使いたい。
「…いえ。何でもありません。行きましょう。」
「あ、あぁ。」
私達が再び歩きだす。
衣服売り場を抜け、エスカレーターで上に昇ると次に着いたのは本屋さんだった。
「水国さん、本屋に寄っていっても良いか?」
「…はい。良いですよ。」
私達が本屋さんの中に入ると彼は真っ先に料理本売り場へと向かった。
本当に彼は料理することが好きなのだろう。
「うーん…。」
彼は料理本の中でもお菓子に関する本をパラパラとめくっていた。
おつまみやおかずに関する本を選ぶと思っていたので少し意外に思った。
「…その本…気になっているんですか?」
私が尋ねると彼は悩ましげに答えた。
「あぁ。最近、菓子作りにも興味があってな。だが…この本は少し高い。」
残念そうに本を置く。
今のご飯も十分に美味しいのに、彼が作るデザートなんてどんなに美味しいのだろう…。
私がそんなこと考えていると彼は私の方を見る。
「水国さんは何か見たいところはあるか?」
「…!?え、ええと…。」
ひょっとして今が恩返しのチャンスではないのだろうか?
彼の代わりに本を買うなんて言っても彼は納得しないだろう…。それなら…!
「……いきなりすみません。少しお手洗いに行きたいのですが…。」
恥ずかしいが、前もって作戦など考えていない私にはこの程度の案しか思い浮かばない。
「そ、そうか…。なら店から出るか。」
それはマズい。なんとしても彼とここで別れ、バレずに本を買わなくては…
「…いいえ。大丈夫です。高橋さんはここで色々見ていてください。すぐ戻って来ますので…。」
「え、でも…」
「…大丈夫です!!すぐに戻ります!!」
私は彼に念入りに言うと、すぐに本屋さんから出る。
その後、遠めから彼が料理本売り場から離れるのを確認すると、すぐに戻り本をとってレジに向かい購入した。
「……なんとか買えた。」
私は運が良い。すぐに買えるよう代金分ピッタリのお金があったし、何よりもちょうどレジが空いていた。
こんな大きいデパートの本屋で並ばずに済むのは珍しいだろう。
「…ハァ…疲れた。」
ずっと気を張っていたからか、そんなに激しく動いていないはずなのに汗が凄い…。このまま高橋さんに会うのも恥ずかしいし、少し処理しに行くべきだろうか…。
そんなこと考えていると、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい水国さ~ん。」
「…高橋さん!?」
私は急いで本をバッグの中に入れた。
「水国さん大丈夫か?」
「…えぇ。時間取らせちゃってすみません。」
「いいや、俺は大丈夫だ。それで…もう行くか?」
「…そうですね。そろそろ次の場所に行きましょうか。」
本屋さんから出ると私達は近くにあるベンチに座った。
「さて…どうするか…。水国さんはどこ行きたい?」
彼はこのデパートのマップを見ながら聞いてくる。
「…そうですね。そろそろお腹も減りましたし、デパ地下に行くのはどうでしょうか?」
このデパートの地下は惣菜やスイーツ店が多数存在しており、有名店も多い。
折角、デパートに来たのだから少しくらい食べてみたい。
私が提案すると彼は顎に手を当て考え込む。
「確かに、今は昼前だし普通より混んでいないかもしれないしな…。行くなら今か…。」
彼は何か小声で呟くと、すぐに立ち上がる。
「よし、それじゃあデパ地下行くか!」
「…はい!」
私達はエレベーターへと向かった。
◇
デパ地下に着いた私達はその広さと賑やかさに啞然としていた。
「…人…多いですね。」
「多いな…。」
まだ昼前なのに飲食店や喫茶店、お惣菜を売る店もお菓子屋さんも多くの列が出来ている。
「…どうしましょうか。」
「うーんそうだな…水国さんは何食べたい?」
「…‥…そうですね…」
さっきまで色々気を張っていて疲れたし、正直甘いものが食べたい…。
そう思って周りを見渡すと、ちょうど列が短くなっていたドーナツ屋さんがあった。
「…あのドーナツ屋さんなんかどうでしょうか?」
「ドーナツか…良いな。せっかくだし他にも色々空いているところから買って休憩エリアでゆっくりと食べるか。」
「…そうですね。波が引いてきたのか今ならそこまで列も長くありませんしね。」
それから私達は短い列のお店の食べ物をひたすら買って回っていった。
◇
デパ地下でも買い物を終えた私達は休憩エリアで休んでいた。
「…沢山買ったな。」
「…買いましたね。」
ドーナツを始めに唐揚げ、サンドイッチにサラダと食べ物がテーブルに並んでいる。この休憩エリアはデパートで買ってきたものなら持ち込み可なのだが、それにしたって買いすぎだろう。
「昼少し過ぎたし食べるか。」
「…そうですね。」
私達は「いただきます」をして食べ始めた。
「…美味しいですね。」
「確かに美味い…。」
正直、ここまで美味しいとは思わなかった。個人的に高橋さんの料理には敵わないと思うものの唐揚げはジューシーでサンドイッチはソースの旨味と具材のバランスが素晴らしい。どれもこれもデパ地下の惣菜だけあって絶品だった。
食べていると彼は突然立ち上がった。
「…どうしました?」
「すまない…トイレに行きたくなったから行ってくる。」
「…はい。わかりました。」
私がそう言うと彼はすぐさま跳んでいった。
「…………」
一人になった私は今日のことを思い返していた。
本を見に行ったり、デパ地下で美味しいものを買い込んで食べたり…私には色んなことが新鮮で楽しかった。…でも彼は楽しんでくれているだろうか…。こんな無愛想でワガママな女と一緒で…楽しいのだろうか…。
「………駄目…こんな卑屈じゃ…」
私自身を卑下すればこんな私を友達と言ってくれた彼に失礼だ。彼は…私の無知が原因で起こしたあの事故でも助けてくれただけじゃなく、掃除を手伝ってくれたり、さらに美味しいご馳走まで食べさせてくれた。本当に嬉しかった。あの日から彼と一緒にご飯を食べると心の中まで暖かくなってくる。それなのに当の私は彼の優しさに甘えっぱなしで何も返すことができていない。だからこそ今日、私は彼の友人としてふさわしい人間にならなくてはならないのだ。
私が決意してからしばらくするとこのテーブルに見知らぬ男が近づいてきた。
「おーい。そこの綺麗なおねえさん♪席空いてるなら一緒に食べない?」
誰?何で私に話しかけてくるの…?なんで彼の椅子に座ろうとするの?
「…すみません。その席は私の友人のものです。」
「へ?あーあぁ…友達のってね。でも~その友達いないじゃん。なら良いよね?」
「…え?」
駄目だ…。彼の言ってることの意味がわからない…。なんだか…怖い…
「……い…いや…」
見知らぬ男が近づいてくる恐怖が心をしばり、声を絞り出すのが精一杯になる。
「嫌っていわれてもな~。それにその友達って本当にいるの?やたら戻ってくるまで時間かかっているけどさ~。もしかして帰ったんじゃない?」
男が笑いながら言う。
そんなことない。彼はそんなことをするような人じゃない!…でも、本当はどうなんだろうか。この男が言うとおり彼がトイレに行ってから30分以上は経っている。彼の様子をからお腹を痛めているわけではなさそうだし、もしかして…私が無愛想でワガママばっかりだから愛想尽かして帰ったんじゃ…いや…そんなことない…いや!でも…みんなも私を…
私の心の中が不安と自己嫌悪で満たされる。胸が痛い…苦しい…
「だ~か~ら~そんなやつ放っておいて俺と遊ぼ?」
徐々に男が近づいてくる。男は何かに気づいたのかその何かに手を伸ばした。
「おっこれデパ地下のドーナツじゃん!美味そうだなー。あの男も戻らないし食べちゃって良いよね!いただきまーs…」
駄目っ!それは彼の…!
私はとっさにドーナツを手に取ろうとする男の手をはたいた。
「…っ!…痛ってーなー。ちょっと見た目良いからって調子乗ってんじゃねーぞ!!」
男は怒り、私に向け拳を振り上げた。私は恐怖で目を閉じる。
ぶたれる…怖いっ…いや…私は…高橋さん…!
「………っ!?…あれ?」
ぶたれる気配がなくなり私は目を開ける。
「おい。俺の友達に何しようとしてたんだ?」
「な…なんだお前?痛た…おい!手を離せ!」
そこにいたのは男の腕を掴む高橋さんだった!
「高橋さん!!」
私は嬉しさと安堵のあまり大声で彼の名前を呼ぶ。
「すまない水国さん…。俺が長く目を離したばっかりに…。」
「…‥いいえ。戻ってきてくれて嬉しいです。ありがとうございます。」
私がお礼を言うと男が喚き散らす。
「おい!痛てぇって言ってるだろうが!訴えるぞテメー!」
「悪いが、お前が彼女に手を出そうとしている以上これは正当防衛だ。訴えてもお前が不利なだけだぞ?それでも良いなら警備員でも警察でも呼んでやるが?」
彼がそう言うと男は警察という言葉に反応したのか顔を青くする。
「わ…わかった‥。悪かった…だから…」
「…早く行け。もう二度と彼女に近づくな!!わかったな!!」
彼の鬼のような顔で男を睨むと男は震えながらコクコクと頷き、その場から離れていった。
男が去ると彼は息を吐き出し、頭を下げた。
「……皆様…休憩中のところすみませんでした。」
彼が頭を下げると周りの人達は拍手しながら歓声を上げ「いいや!よくやったぞ!」「兄ちゃんやるなぁ!」と彼を褒め叩いていた。
そんな周りの様子を見た彼はあははと苦笑いしつつ席につく。
「よし…じゃあ食べるか。」
「…いいの?ここから離れなくて?」
「あの男がどこにいるかわからないからな。下手にどこか別の場所に行って遭遇するのも面倒だし、あの男が何をしでかすかわからん。それならさっきの出来事を覚えている人が多いこの場所にいる方が安全だろう。幸い周りには家族連れやお年寄りくらいしかいないし、そんなに騒ぎにもならないだろうしな。」
そこまで考えてるんだ…。確かに騒ぎはすぐに収まった。これならある程度静かかつ安全にお昼ごはんを食べられるだろう…。
それに比べて私はなんて役立たずなのだろうか…。あんな男に近づかれ、良いように言われ、まして高橋さんのことを疑うなんて…。
「ごめんなさい高橋さん…」
「ど‥どうした?」
私の謝罪に驚いたのか戸惑ったような反応をする。涙なのかなんなのか目の前の彼の顔がぼやけて見えない…。
「わ…私はあなたが帰ったと疑って…。あんな男の言うことを真に受けて…」
何が彼の友人としてふさわしい人間になるだ…私にはもう彼の友人としての資格なんてない!!
「まぁ…時間かかった俺も悪いしなぁ。本当は帰りに渡そうと思っていたんだけど…」
彼はそう言うとバッグの中から小さい紙袋を取り出した。
「そ…それは…?」
「開けてみな。」
言われた通り開けると袋の中にあったのは、あの小さなアクセサリー売り場にあった青いブレスレットだった。
「これは…」
「なんか欲しそうに見ていたからな。せっかくだから買ってきたんだ。でも、あの店がある階ってやたら広いし、店自体も小さいから見つけにくくてな…。あと似たようなアクセサリーがあったりやたら時間がかかってしまった。すまない…。」
彼はそう言って頭を下げる。
「い…いえ…本当にありがとうございます。でも…良いんですか?」
「良いんだよ。あの男が水国さんに手をあげようとしたのもお前が俺の昼飯を守ろうとしてくれたからだろう?遠目からだが見えていたんだ。本当にありがとう…俺のために…。お前は大切な友達だ。」
「友達」…この言葉がさっきまで心を縛り付けていた不安や自己嫌悪が溶かし、暖かい何かが心を満たしてくれる…。
「ありがとうございます。あ…あの!!」
「…?なんだ?」
私はバッグを開け、急いで本を取り出す。
「こ…これどうぞ…!!」
彼に本が入った袋を渡す。
彼が袋の中身を見ると驚愕した表情になった。
「これは…欲しかった菓子作りの本…いつの間に…。良いのか?」
「は…はい!だって…友達なんですからね!!」
「そうか…そうだな…。本当にありがとう!」
本を受け取った彼の笑顔はとても凛々しく…魅力的だった。
こんにちわ味噌漬けです。初めて書いたデート回でしたがどうでしょうか?私自身が食べることが大好きなので自然と食べることが中心の話になっちゃいましたね。因みに水国さんのセリフが「…〜」から「…」がなくなっていたのは引っ込み思案な彼女の心が表に出てきたことを表しています。あと、高橋さんが”あの男”に対して正当防衛云々に関しては彼のハッタリです。実は彼自身も内心汗を掻きまくりだったりします。
今回は話の尺上、タイトルのおつまみを出すことができませんでした。次は後編として絶対におつまみを出しますので楽しみにしててください。
今回は読んでくださってありがとうございます。ご感想やご意見、書いてほしい料理の案などいただけたら嬉しいです。よろしくおねがいいたします。