第5話 チキン南蛮
ある平日の昼下り、俺は大学のラウンジで昼ごはんを食べていた。
俺は基本的に弁当は作らず、菓子パンやおにぎりを買っている。片手に昼食、片手にスマホでレシピを見ながら今日の夜ご飯の献立を考えるのが俺の楽しみだ。
「今日は何にするか…。おっこれは美味そうだな。」
サイトを見ているとオススメレシピにチキン南蛮が掲載されていた。最近食べてないし、久しぶりに作ってみるか…。サラダも昨日、コールスロー仕込んでるしちょうどいいだろう。
俺がそんなことを考えていると、誰かが肩を叩いてきた。叩いてきた方を見るとそこには栗色のウェーブがかった豊かな髪。服で隠しきれない大きな胸。凛々しい顔つきで眼鏡をかけた女性が立っていた。彼女は白い歯を覗かせ話しかけてくる。
「やぁ!シゲくん!学校で会うのは久しぶりだね!」
「あぁ…誰かと思ったらセンパイですか。そうですね…春休み以来ですか。」
彼女の名前は灰原千尋。一歳上の先輩でその凛々しい顔立ちと威厳ある佇まいや名前にある千と灰の二文字をもじってセンパイと呼ばれている。本人は気に入っているらしい。
「おいおい…元気ないじゃないか。カズくんからは最近楽しそうだって言っていたのだがな。」
彼女の言うカズくんとは高波一志ーーつまりコーハイのことだ。この二人は幼馴染で今は付き合っており、ちょくちょくそのラブラブっぷりを見せられている。
「別に大丈夫ですよ。センパイは座らないんですか?」
俺がそう言うと彼女は手を振り、胸を張って答える。
「いや結構だ。これから愛しのカズくんとデートの予定だからな!」
嬉々として自慢してくる。この裏表のない性格と美しい見た目から高校時代では男女問わず告白が絶えなかったとか。
「そうですか…。それは良かったですね…。」
彼女の太陽のごとき眩しいオーラに当てられた俺は力の抜けた声で返事をする。
だが、彼女はそんな俺の様子を無視し話し続ける。
「そういえば、カズくんから聞いたのだがな。君…女が出来たって本当なのか?」
「……ハァ!?一体何の話ですか!?」
いきなりの発言に思わず勢いよく振り向く。
彼女は俺の反応を見ると顎に手を当て面白そうに呟いた。
「ふむ…その様子だといるようだな…。彼女か?彼女なのか!?」
彼女の言葉に俺は冷や汗をかき混乱してしまう。
「い…いや、そもそも俺に女なんていませんよ!何の根拠あって…」
「それは当然カズくんが言っていたからな。君も彼の勘の良さは知っているだろう?」
「そりゃ知っていますけど…勘は勘でしょう…。」
俺はため息をつく。全く…勘だけで決めつけないでほしい…。
そんな俺の様子に彼女は笑う。
「ハッハッハ!確かに勘だがな。まぁそれは置いておいて…それでどうなんだ?」
「どうって言われましても…。確かに友達はいますが…。」
俺の返答に彼女はニヤニヤとこちらを見る。
「ん?確かに彼女はいますがって?」
「いやっ…だから友達ですって!!」
思わず叫んでしまった…。俺は恥ずかしさのあまり手で顔を隠す。この人は高校時代からこうやってからかってくるのだ。
そんな俺に彼女は満足げに頷く。
「ふっ…まぁそういうことにしておこう。」
彼女はそう言った後、時計を見る。
「おっとそろそろカズくんとのデートの時間だな。…とりあえず君が何だかんだで楽しそうで良かったよ。まさかあの君が異性について悩むとはな…。私もその女性に会いたいものだ。」
彼女はそう言って離れていった。
…相変わらず彼女には敵わない。確かにあの頃の俺からしたら今の俺なんて想像をつかないだろうな…。
そんなことを思っているとスマホにLIBONが届く。
「なんだ?……水国さんからか。」
見てみると「今日、そちらでご飯を食べてもよろしいでしょうか?因みにハイボール持っていきます。」的なことをかなり丁寧な言葉で書かれていた。俺は「良いぞ」と返信する。
「せっかくだしチキン南蛮にするか。」
俺は今夜のことを内心楽しみにしながら教室に向かった。
しかし、俺はセンパイとの会話からLIBONの返信まで、ずっと俺を見る視線があることに気づいていなかった。
◇
大学から帰ってきた俺は買い物袋を置き、その中から材料を取り出す。
確か米には朝に炊飯器に入れ予約しておいているからそろそろ自動で炊かれるはずだ。
「よし。じゃあ作るか。」
俺はいつも通り食材の下準備から始めた。最初に玉ねぎの半分をみじん切りにする。その次に二パック分の鶏もも肉を一口大に切り、ポリ袋に入れて生姜と塩コショウを混ぜて揉み込み下味をつける。こうすると生姜の臭み消しの効果と肉を柔らかくする効果でより美味しくなるのだ。
「肉は終わったな。次はタルタルソースだな。」
耐熱容器にお湯を入れ、そこに卵を二つ割り入れる。爪楊枝で穴をあけたらレンジに入れ大体1分50秒ほどチンする。固めにしたいので半熟だったらそのつど10秒ほど追加する。温めたら玉子をとりだしキッチンペーパーで水気を取った後、別の容器に入れ玉ねぎを混ぜてフォークで潰し混ぜて、再びレンジに入れ一分ほど温める。最後にマヨネーズ大さじ6、ケチャップ小さじ2を入れ全力で混ぜたら完成だ。
「タルタルは完成…そうだ、甘酢タレ作らなきゃ。」
俺はボウルを取り出し、醤油大さじ3、ケチャップ小さじ2、お酢大さじ3、はちみつ大さじ3、旨味調味料を8振りを入れて混ぜる。
「よしっ。これでタレは終わりだな。」
タレを作り終えた後はとうとう鶏肉の番だ。鶏肉の入った袋に小麦粉を入れ揉み込み、次にボウルに卵を割ってかき混ぜたら余計な小麦粉をはたいた鶏肉を入れて絡ませる。所謂、ピカタ風だ。フライパンに油を一センチほどの高さになるまで入れたら冷たい状態のままで衣をつけた鶏肉を入れて少し強めの弱火に熱して、プクプクと泡が出てきたらもう一段回温度を下げて10分ほど揚げる。因みに卵がフライパンにつかないよう途中で箸でつついて剥がしておくといい。10分ほど経ったら肉をひっくり返し更に3分ほど揚げたら、一旦取り出し油を180℃ほどになるまで熱して再び投入する。裏表で1分二度揚げする。揚がったらキッチンペーパーをしいたトレイに取り出し数分放置して油を切ったら終わりだ。
因みにこの間に洗い物すると後が楽になるぞ。
「良い感じに油切れたし、盛り付けだな。」
俺は換気扇を切り、お皿を取り出して肉を盛り付け、甘酢タレをかける。最後にタルタルソースをたっぷり乗せたら完成だ。
次に米を盛ろうとするとインターホンが鳴る。
「はーい。」
今日はちょっと早いなと思いつつドアを開ける。
「…お邪魔します。」
「あぁ。いらっしゃい水国さん。悪いけどまだ準備終わってないからテーブルで待っててもらって良いか?」
そう言うと彼女は少し驚いた表情になる。
「…!そうですか。すみません。」
「いや、良いよ。」
俺は彼女をテーブルまで案内すると、台所に戻り米を茶碗に盛る。その後、冷蔵庫から仕込んでおいたコールスローを取り出して皿に盛ってお盆に乗せ運んだ。
「はい出来たぞ〜。」
「…ありがとうございます。これ今日のお酒…。」
テーブルに皿を運び終えると彼女は袋の中から炭酸水とウイスキーの角瓶を取り出し、テーブルに置いた。
「うおっ!まさか瓶ごと持ってきたのか?重たく無かったか?」
ハイボールって缶のやつかと思ったんだが、まさか瓶だとは思わなかった…。
「…大丈夫です。缶の方が良かったですか?」
彼女が心配そうに言う。
「いや…全然大丈夫だ。ありがとう。」
俺がそう言うと彼女は少しうつむく。
「…そうですか。それなら良かったです。」
おい…そんな顔されるとなんか照れるだろう…。
俺はちょっと抱いた邪な感情を振り払い立ち上がる。
「ハイボールなら氷いるな。少し待っててくれ。」
台所に戻りグラスに氷を入れ、運んでテーブルにつく。
…ハイボールの作り方は確か、酒と炭酸水の割合を1対3か1対4にするんだったかな?
あぁその前に彼女にどんな濃さが良いか聞かなきゃな。
「お前はウイスキー薄めと濃いめどっちが良い?」
俺が聞くと彼女は少しだけ悩み、口を開く。
「…それじゃあ薄めで。」
「わかった。」
俺は彼女と自分の分のハイボールを作り手渡した。
「…ありがとうございます。」
「よし…じゃあ食べるか。」
俺が手を合わせると、彼女は何か言いたげなそんな表情になる。
「……あ…あの…」
「なんだ?」
「…いえ何でもありません。食べましょうか。」
彼女はそう言って手を合わせる。本当に何でもないのか?ないなら良いんだが…。
「「いただきます」」
俺達はハイボールの入ったグラスを傾けた。
「ングッ…ングッ…プハァ…。あ〜生き返りますね〜!!」
彼女はハイテンションな状態に変わり、顔を上げすっきりとした表情でまるで仕事後のサラリーマンのようなことを言い出す。
「久しぶりにハイボール飲みましたけど、この独特な香りと炭酸の爽快感がたまりませんね!少し暑くなったこの季節にちょうどいいです!」
彼女の見事な食レポ?酒レポ?を聞きながら飲む。
「確かに美味いな。」
俺がそう言うと彼女は嬉しそうに胸を張る。
「そうでしょそうでしょ!これを見たとき美味しいってピンと来たんですよね!!」
「そうだな。こんな美味い酒買ってきてくれたお前に感謝だ。…ありがとう。」
俺がお礼を言うと彼女は顔を真っ赤にする。酒でも回ってきたのか?
「そ…そんなお礼なんていいですよ。そ…それじゃあ!次はご飯食べましょうか!どれも美味しそうですね〜!」
「あぁ…今日のメインは特製チキン南蛮だ。」
「そうなんですか!それでは早速!!」
チキン南蛮を見た彼女は目を輝かせながら箸を伸ばし、口に入れる。咀嚼すると驚愕した表情になる。
「美味しい!こういう揚げ物って少しお肉がパサってしてるものだと思ってましたけどしっとり柔らかいです!タレも甘じょっぱいし、タルタルとも相性抜群ですね!ご飯が止まりません!!」
彼女は米とチキン南蛮を夢中になってパクパクと食べる。
その姿を見た俺は少しだけ笑ってしまう。
「おいおいそんな急いで食べると喉詰まらすぞ。」
「大丈夫へふよぉ!…あ、お酒も飲まなきゃですね!」
ゴクリと飲み込むと彼女はグラスを持ち、酒をあおる。
「あ〜美味しい!こってりとしたチキン南蛮と爽やかなハイボールがたまりません!!高橋さんが作る料理はどれも美味しいです!!」
彼女のストレートな褒め言葉に頬を熱くしてしまう。
「そうか…。そう言ってくれると嬉しいよ。」
俺達はその後も食べ進めた。
◇
「ぷひぃ〜。あ〜美味しかった。」
食べ終わると満腹になったのか水国さんは無防備の状態で大の字になって寝そべっていた。
「おいおい。男の前で…そんな格好するものじゃないぞ。」
俺はできる限り彼女を見ないようにしながら皿を重ねる。
そんな俺の様子を見たのか彼女は笑う。
「あはは。大丈夫ですよぉ。私、高橋さんのこと信頼してますので〜。」
それはヘタレという意味か?それとも本当に信頼しているのか?そんな微妙な気持ちで皿を台所まで運んだ。
皿洗いを終え、水が入ったグラスを持ちながらテーブルまで戻ると彼女は苦しそうに起き上がった。
「う〜…。すみません。手伝えなくって…。」
「いや、良いさ。お腹いっぱい何だろう?仕方ない。」
さてこの後どうするか…。いつもは彼女を部屋まで送るのだが、今の彼女を無理やり立たせるわけにはいかない…。
俺が悩んでいると彼女が口を開く。
「そういえば…高橋さん…。」
「どうした?」
聞き返すと彼女はどう言えば良いのかわからないのか、悩んだ表情になる。
「…いえ…何でもありません。」
何でも無いと言うが明らかに何か言いたげな顔だ。
「なんだ?はっきりしないな。お前は友達なんだしはっきり言ったって良いんだぞ?」
俺がそう言うと彼女は意を決したように話す。
「じゃあ…遠慮なく…。………今日の昼休み、楽しそうに話していた女性って…誰ですか?」
「っ!?…んん!?え…え……え?」
思わぬ質問に水を吹き出しそうになる。
もしかしてあの時の会話聞かれてたのか?もしそうならかなり恥ずかしいんだが…。
「もしかして…彼女…だったり…します?」
「い…いやいや違う。あの人とはそんな関係じゃない。彼女は俺の先輩だよ。」
流石に友人の彼女を奪うような趣味は無い…。
「先輩…。」
彼女はホッと安心したような表情で呟く。
「そうですか…高橋さんが女の人と話しているところ見たこt…それで!!高橋さん!その人がどんな人なんですか?」
彼女はブツブツと何か言った後、何かを打ち消すように質問してきた。
「あ〜あの人はなぁ…。正直、なんて言えば良いのかわからないんだが…。所謂変人で…」
「え?」
俺の言葉に彼女は目をぱちくりさせる。あの人は時間がないからってサッカー部の部室で着替えたり、逆に男子が着換えているところに堂々と入ってきて洗濯物を取り込んだことや、高校の文化祭では色んなことをすっ飛ばして一人でギター担ぎながら歌って開催宣言したりと色んな伝説を生み出している。
「そして…天才で…」
成績は学年1位、模試でも全国の猛者と渡り合う頭脳に加え空手といった武道で鍛えた肉体を合わせ持ち、そのカリスマ性を持って生徒会長として君臨。さらにその手腕やビデオを少し見るだけでチームの弱点や傾向を掴む頭脳を振るいマネージャーとしてサッカー部を全国まで導いた経歴を持つ。
あんまり天才という言葉は好きじゃないが、あの人を表すに当たってこれほどちょうどいい言葉はないだろう。
「んで…」
恩人ーーこの言葉を思わず飲み込んでしまう。隠すことでもないはずなのだが、何となく…言うのを躊躇ってしまった。
「?」
彼女は首を傾げる。
とにかく俺は少しだけ誤魔化しながら話し続けた。
「まぁ…とりあえずそんな人だ…。」
彼女は納得していなさそうな顔になるも頷いた。
「なんか隠しているような気もしますが…良いです。つまるところ凄い人ってことですね。」
彼女の端的な言葉に少し笑ってしまう。
「そんなところだ。でもあの人は彼氏いたり、決して人間離れしているわけではないからな。」
俺がそう言うと彼女は驚く。
「え?そうなんですか?それならそうと早く言って…さ…い‥ぉ。」
最後の部分だけ声が小さくてよく聞こえなかったが、まぁ誤解が解けて何よりだ。
俺がそんなこと考えていると彼女は何か考え込んでいた。
「…どうした?」
俺が聞くと彼女は少し不安気に俺の目をチラチラと見る。
「高橋さん…もう一つだけ良いですか…?」
「なんだ?」
彼女はふるふると足を震わせ、不安そうな顔から一転、覚悟を決めたような顔になる。
そうして彼女はとぎれとぎれながらも口を開いた。
「次の土日…も…もしも空いていたら…どこか…お出か…けしませんか?」
え?それってつまりデートってことか?
こんにちわ味噌漬けです。少し遅くなってすみません。実は昨日のうちに完成していたんですがアクシデントで半分消えてしまい投稿できませんでした。かなりやる気が削ぎ落ちましたがラブコメ読みまくって何とか復活した次第です。
今回で一応メインキャラは全員登場のつもりです。みんなのお姉さん的な存在であるセンパイが自信なさげな二人にどう影響していくか楽しみにしててください。次はとうとうデート回です。正直、どう書けば良いかわかりませんが頑張りたいと思います。…あ、ちゃんとおつまみも出す予定ですよ。
今回は読んでくださってありがとうございます。ご感想やご意見、料理のリクエストなど送ってくださると嬉しいです。よろしくお願い致します。