第2話 肉じゃが 前編
俺が彼女と出会ったのは桜が咲いた4月、大学二回生になってすぐのことだった。
「あ〜ついた。なんでうちの大学への道はこんなに坂が多いんだ…。」
俺はヘトヘトになって自転車を押しながら呟く。俺が通っている大学はちょっとした山のような高い場所に建てられており、行くためには多くの坂を登らなくてはいけないのだ。バスも出ているがバスのある駅に行くまでの時間と大学までの時間は対して変わらないし、お金も少しは節約しておきたい。
俺が校門を目指して歩いていると後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。
「おーい!シゲ先輩待ってくださいっす〜!」
俺が声が聞こえた方向を見ると、金髪の小柄ながらも筋肉質な男がこちらに走ってきた。
「お前は…もしかしてコーハイか?本当にこの大学に入ったんだな…。」
「はいっす!それにしてもまだコーハイって呼ぶんすね…。まぁいいっすけど。」
如何にも後輩キャラな彼の名前は高波一志といい、親しい人からは『高波一』でコーハイと呼ばれている。俺が高校の時からの一歳年下の後輩だ。この大学を受験するとは聞いていたが本当に合格するとは…。
「お前はサッカーが有名な大学にでも行くと思っていたよ。」
そう彼は高校2年生からサッカー部のエースナンバーを背負うほどの逸材だった。うちの高校はサッカーでは県大会でも決勝戦常連の有名校といえばその凄さがわかるだろう。
「まぁサッカーはどこでもできるっすからね。それに今はサッカー以外のことにも挑戦したいんす!」
彼は鼻を鳴らし意気込む。彼のそういう前向きなところには俺も尊敬している。
俺達が話しながら歩いていると周りが騒がしくなる。
「なんか騒がしいっすね。」
「そうだな…。なんだろうな?」
見渡すと特に男が騒いでいるようだ。一番近くにいるやつらからは「あぁ…氷姫様…今日も美しい…。」「告白しようかなぁ…。いや無理だよなぁ」と聞こえた。
「氷姫?誰っすか?」
「あぁ…彼女のことだよ。」
俺が他の学生が向いている方向に顔を向けると、そこには立った一人で本を読みながら歩く黒髪の女性ーー水国玲奈がいた。
「へ〜綺麗な女性っすねー。っていうか氷姫って?大学生に付けられる名前じゃないっすよね?」
彼は目を見開いて彼女を見つめている。
「あぁ…どうやら去年、大学入学に調子にのった一回生が一目惚れで告白したらバッサリ玉砕して、それをキッカケに多くの男子学生がアタックしても氷のごとく冷たくフラれたことから付けられた渾名らしい…。本人にとっては迷惑極まりないだろうがな。」
「そうなんすか。っていうか先輩詳しいっすね?」
「…っ!?まぁちょっとな…。」
言えない…その調子に乗った一回生が俺の友人なんて…。
俺は話をすり替え誤魔化す。
「お前もあんまり彼女のことそんな見つめるようなことやめろよ?あの人にお前が別の女追っかけてたってチクるぞ〜。」
俺がそう言うと彼は驚いた表情でこっちに振り向いてきた。
「先輩!それはやめてくださいっす! 確かにあの女の子も綺麗っすっけど、俺の彼女は世界一可愛いんすから!!」
そう彼には彼女がいる。俺も時々会うが、彼らのラブラブっぷりにはエスプレッソすら甘く感じてしまう。
「冗談だよ。そんな真に受けんなって。」
彼が肩を落とす。
「先輩の冗談は冗談に聞こえないんすよ…。そういう先輩はどうなんすか…?」
「どうって?」
「先輩は彼女作らないのかってことっすよ。」
彼の質問に俺は首を振る。
「俺は…まだいいよ…。なんというかそういうことは考えられないんだよな…。」
俺がそう答えると彼は神妙な顔で頷く。
「そうっすか…。何となく先輩には氷姫?って人とか気が合いそうっすけどね。」
「いや、ないない。なんの根拠があって言うんだよ。」
彼は胸を張って答える。
「勘っす!!」
「勘かよ…。まぁ今の俺は好きなことして暮らすのが一番だ…。」
「好きなことって…料理っすか?」
「まぁな。今日は午前で終わる予定だし何作るかで頭一杯だよ。」
「いいっすね~。俺も久しぶりに先輩の作るメシ食べたいっすけど…今日は用事あって無理なんすよね…。」
ガクンと残念そうに肩を落とす彼を励ます。
「まぁいつも自炊してるし予定空いてる時にでもご馳走するさ。」
「約束の約束っすよ!!」
俺達はいつかご飯を食べる約束?をし笑いながら教室へと向かっていった。
◇
大学が午前に終わり、スーパーに寄って行った俺はアパートに帰った。このアパートはそこまで家賃が高くなく大家さんも優しくてお風呂もついている良い物件なのだが、如何せん木造建築でボロく大学や駅周辺にはより防犯設備の整った物件もあるからかこのアパートの住居者は少ない。俺を含めて四人くらいしかいなかった気がする。
俺は部屋に入るとレジ袋を置いて手洗いうがいをし、調理道具を取り出した。
「少し早いけど…やることないし良いか。」
レジ袋からスライスされた豚バラ肉のパックを取り出すと、ビニールを剥がし酒をかける。こうすると臭みもぬけるし肉が柔らかくなる。
「これで肉の下処理はいいか…。次は野菜だな。」
次に俺はじゃがいも三個を取り出し、水で洗いながら丸めたアルミホイルで擦る。これで身を削ることなく汚れを落とすことができるのだ。しかも新じゃがは皮が多少残っていても美味しく食べられる。洗ったじゃがいもを包丁で切っていく。俺は大きい方が食べごたえあって好きだから二等分にする。ここは人の好みだろう。そして切ったじゃがいもを水につけたら芋の仕込みは終わりだ。
「じゃがいもも終わったし人参と玉ねぎだな。」
人参を水で洗ってそのまま切る。人参は出荷された段階でそれなりに綺麗だから皮を剥かなくても十分に食べれるのだ。というか皮付きの方が栄養価は高い。人参を切り終えると最後に玉ねぎの皮を剥き、5ミリ位の厚さにスライスする。ちなみに春は新玉ねぎが有名だが、新玉ねぎは溶けやすく煮物に不向きなので普通の玉ねぎを選ぼう。
「よし…これで仕込みは終わりだ。」
俺は鍋にゴマ油を敷き、チューブから生姜を絞って底に豚バラ肉を並べコンロの火をつける。鍋が冷たい状態から肉を並べ弱火で焼くと柔らかく焼けるのだ。このテクニックは豚の生姜焼きや肉野菜炒めといった肉を使う料理に応用できるので料理初心者にはオススメだ。
「良い感じに焼けたな…。」
肉が焼けると俺は切った野菜と白滝、そして袋のカットされているシメジを投入して炒めていく。影響ない範囲で手間を減らすのも料理のコツだ。
「次は調味料だな。」
俺は冷蔵庫や棚から調味料一式を取り出し鍋の中に醤油60mlとみりん大さじ1、白だし大さじ2に酒120ml…そしてはちみつ大さじ2を加える。
ここまで言えばわかるだろう。そう俺が作っているのは煮物料理の代表ともいえる料理ーー肉じゃがである。
「おっとこれこれを忘れていた。」
そう言って俺が取り出したのはケチャップである。和食でケチャップ!?って思う人もいるかもしれないがケチャップの原材料であるトマトは和食のプロの料理人が出汁として使うほど和食とのシナジーが高く、旨味成分が豊富なのだ。そのトマトを凝縮したケチャップは気軽にトマトの出汁として使える凄い調味料なのである。
「まぁ入れすぎるとケチャップ味になるからそこまで量は入れなくていいがな。」
俺は鍋の中に大体小さじ2くらいのケチャップを入れてアクを取るシートをかぶせ、蓋をしめる。その後、コンロの温度が弱火なのを確認し大体30分くらい煮込む。
「この間に洗い物済ませとくか。」
◇
洗い物を済ませ、大体30分経つと俺は鍋の蓋を開けシートを取り出す。
「うん…。良い感じに煮えてるじゃないか。どれどれ味はと…。」
俺は小皿に汁を入れて味見する。この時、味が濃ければ酒を足し少し煮込んで調節するのだ。
調節し終えると、俺は火を止め蓋を閉める。煮物は早めに作って寝かせると味が染み込みやすい。本来なら冷蔵庫に入れたいところだが、悲しいかな、一人暮らしの部屋にはそこまで大きな冷蔵庫はない。
「あー冷蔵庫欲しいなぁ。でもスペースないんだよなぁ。」
俺がため息をつくと、ふとやり残したことがあったのを思い出す。
「そうだ米炊かなきゃ…。」
そう和食における絶対主役の米…これが無ければ始まらない。
「さて米研ぐかぁ…。」
そう言って俺はザルに生米を入れ水で研ぎ始めた。
◇
夜になると俺は台所へ向かいコンロの火をつける。なんか隣の部屋がドタドタうるさいが文句言うのも面倒くさいのでスルーする。
「そういえば隣の部屋の人…見たことないなぁ。」
俺が入居するときには隣の部屋は埋まっていたし、それから会ってもいないため男か女かすら知らない。まぁ俺は買い出しと大学の講義以外は基本部屋にいて外に出ないから会えないだけなんだろうけど。
鍋に火をかけてからしばらくするとぷくぷくと沸騰してきた。
「よし…良い感じに温まってきたな。」
俺はテーブルを片付け、晩酌用の日本酒を置く。
「さてさて…日本酒と肉じゃがが合うか楽しみだ…。」
夕食をつまみに酒を一杯だけ飲む…これこそが俺の今のトレンドである。
「それじゃあよそおうかな。」
俺が一旦コンロの火を止め、肉じゃがとご飯を器に盛り付ける。
盛り付けた器をテーブルに持っていき、日本酒をグラスに注ぐ。これで準備完了、後は食べるだけだ。俺は食べる前に手を合わせる。
「いただきm……っ!?」
いただきますを言おうとしたら隣の部屋からバコォン!!と大きな爆発音が聞こえた。
「なんだ!?一体何があった!?」
慌てて外に出ると隣の部屋のドアの隙間から何やら焦げ臭いニオイがする。確か…俺が肉じゃがを温めて直すまでドアが開いた音は聞いていない。つまり先程の騒音から考えるとまだ人がいる可能性が高い。そう考えた俺はドアを叩き、隣人の安否を確認する。
「何がありました!?大丈夫ですか!?返事してください!」
しかし返事がない…。俺がドアノブをひねるとどうやら鍵はかけてないようだった。
「くそっ!開けますよ!」
俺がドアを開けるとそこにいたのは蓋が外れ中から煙が出ている電子レンジと…腰を抜かし、震えている黒髪の女性ーー水国玲奈だった。
こんにちわ味噌漬けです。今回は肉じゃがのレシピと新キャラのコーハイ君の登場でした。個人的にコーハイ君は気に入っているキャラなので活躍させていきたいですね。肉じゃがですが今回は色んなレシピを参考にした上で作りました。和食×トマトは本当に相性がいいのでオススメです。ぜひ試してください。
今回は読んでくださってありがとうございました。ご感想やご意見、作って欲しい料理などぜひ送ってくださると嬉しいです。