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図書館とモリー


「つ、つかれた」


 誰もいない馬車の中。私は椅子に寝転がった。


(もう何であんなに怖いの! 貴族ってみんなあんな感じなの!? そりゃエミリアも緊張するわ! 引きこもりたくなるわ!)


 あれからお茶会は続き、私は何度もカトリーナの追求を交わし続けた。よくもまあ口が回ったものだと、自分を褒めてやりたい。


「うぅ、胃潰瘍になりそう」


 病気のエミリアに身代わりの私まで病気になるって…なんて笑えない結末。

 次も絶対呼ばれるんだろうなと思うと、今から胃がキリキリと痛む。



(ええい、先のことを考えるのは止めよ。本気で胃潰瘍になるわ)


 悪い方向にいきそうになる思考を、頭を振って消し去る。ストレスマッハのお茶会は終わったのだ。この後の楽しみだけを考えよう。


(と・しょ・かん・と・しょ・かん♪ と・しょ・かん・と・しょ・かん♪)


 馬車が図書館の前で止まる。馬車を降りた私は、建物の中に入る。カウンターにいる司書の人に、軽く頭を下げて通り過ぎる。


 私が今いる建物は、グアステア王国で一番大きな図書館だ。

 蔵書数もさることながら、国指定の貴重な本も厳重に保管されている。また、ここの図書館でしか読めない本も数多くある。


 ただ、この国では図書館で本を借りるより、購入する人の割合が高い。


 誰とも知れない人が触った本を読むより、自腹を切って本を購入した方が安全だという考えがこの国にはあるのだ。私は読みたい本を全部買っていたら、お金がすかんぴんになってしまうので以前から図書館を利用していた。それに、私は図書館の静かで、紙の匂いに包まれたこの空間が好きなのだ。それはここでしか味わえない。



(『リトルフェアリーの台本集』、今日はあるかな)


 勝手知ったる場所とばかりに、迷いなくあるジャンルが置かれた棚に向かう。

 そこは、演劇に関する本が置かれたところだ。そこの棚には演劇で使われた作品や、声の出し方、演技の磨き方などの本が置かれている。

 その中で人気なのだが、『リトルフェアリーの台本集』だ。今までリトルフェアリーが公演した作品の台本が収録されており、演劇好きや劇団の人達に人気の本なのだ。


 この図書館でも人気が高く、毎回行くたびに確認するのだが、いつも本棚にない。


 劇の台本を、そんなに簡単に売ったりして良いのかと疑問に思う人もいるが、演劇は演じる人たちによって形を変える。舞台セットも自分たちで作るのだから、雰囲気だって変わる。たとえ同じ劇団が何度公演しようと、同じ舞台は一つとして起きない。それが演劇というものなのだ。


 本棚に行って、目当ての本を探す。


(あった!)


『リトルフェアリーの台本集』


 その文字が目に飛び込んだ瞬間、体に溜まっていた疲れが一気に吹き飛んだ。今日の地獄は、この為に起きたのではないかとさえ思った。私は迷わず、本を手に取った。



「「あ」」



 しかし、同時に本を掴む手がもう一つ現れた。思わず声が出て、相手と被る。私は隣を見た。相手と目が合う。

 そばかすの目立つ子だった。けれど、化粧をすれば化けそうな顔立ちをしている。私より少し背が高い。まだ幼い顔立ちをしているから、私より年下だろう。

 そばかすの子は、私の服装で貴族と分かったのだろう。勢いよく頭を下げてきた。


「すみません!」


 静かな図書館に声が響く。視線が集まる。


「取ろうとしてごめんなさい! どうかお許しください!」

「ちょっ、謝らなくていいから、とりあえず顔を上げて」


 焦る私とは反対に、そばかすの子は頭を下げて謝り続ける。冷たい視線が突き刺さる。

 これじゃあ私がいじめているみたいじゃないか。私は、そばかすの子に頭を上げるように促した。


「貴族様の前で顔を上げるなんて、そんな恐れ多いことできません!」

「恐れ多くないから、それにここ図書館だから声を落として」

「ハッ、すみません!」

「だから声抑えて」


 このままじゃ埒が明かない。私は本とそばかすの子の手を掴んで、カウンターに行く。そして、そばかすの子に本を借りさせ外に出た。



「貴族様を差し置いて、ウチが借りてしもうた。ひぃ、恐ろしや、明日ウチは拷問にあってゴミみたいに道端に捨てられるだぁ」

「誰もそんなことしないから。ちょっと手が触れただけでどうしてそう後ろ向きなの」

「だって院長先生が、自分は貴族様に気に入られたせいで、奥方様の反感にあって、いじめられて最後には貴族様にも捨てられて屋敷を追い出されたって言ってたからぁ」

「すごいドロドロ劇! それで一個の作品が作れるわ!」


 院長先生というからには、彼女は孤児院の子なのだろう。服装も城下の子達より少しくたびれている。そばかすの子は、今もえぐえぐ泣いていた。所々に訛りがある。田舎から出てきたのだろうか。


「いつまでも泣かないでよ。別に怒ってないから」

「ぐす、ホント?」

「ホントよホント。ほら、分かったら泣き止む」

「…うん」


 彼女は、私が渡したハンカチをぎゅっと握った。



「貴女、名前は?」

「モリー」

「そう、モリー。私はエミリア。ご覧の通り貴族だけど、取って食ったりしないから、安心して」

「…うーん」

「そんな疑う顔しないでよ。はぁ、私はもう帰るから、その本はちゃんと期限までに返すのよ」

「うん」


 まだ瞳が潤んでいるモリーが、上目遣いを向けてくる。

 こちらの方が背が低いのに、なぜこうもいじめているような気になってしまうのだろう。あと、モリーは多分、頭が少し弱い。


「それじゃ」

「エミリア! …さん」


 これ以上、馬車を待たせられない。私は、モリーに背を向けようした。けれど、彼女によって止められてしまう。


「なに」

「また、会えますか?」


 思わぬ言葉に、私は面食らう。さっきまで怖がっていたのに、どういう心境の変化だろう。


「…ここの図書館を利用していたら会えるかもね」

「ウチ、週一で来てます!」


(週に一回来てるからって、何時に来るとか分かんないんだけど。これはあれかな、また会おうとかいうやつかな)


 彼女の言葉に返事をすることなく、私は今度こそ馬車に乗った。

 馬車が走り出す。窓から顔を出すと、モリーがずっと手を振っていた。



 私はこの日、のちに世界最高の遺産とまで言われた女役者に出会った。

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