悪役令嬢とのお茶会
お茶を飲んで、話すだけ。
これを毎日開いて何が楽しいのだろう。
もう何度目かも分からない疑問を心の中で反芻する。
(私ならセリフを覚えたり、練習したり、研究したりするのに)
貴族のご令嬢になって、一番辟易したのがお茶会という貴族の道楽だ。
初めはマジもんのお茶会だキャッホーとか、前世のノリでいたのだ。
しかし、いざ参加してみたらつまらない自慢話に、悪口や噂話の応酬。せっかくのお茶がまずくなる話ばかりだった。
もう二度と行きたくない。
そうは思っても、貴族は繋がりと位がモノをいう。公爵夫人である私は、その繋がりを維持しなくてはいけない。たとえ嫌味を言われようとも、馬鹿にされようとも、スキャンダルを探られようと、繋がりを絶つことだけはできないのだ。
「エミリア様、どうですこのドレス。我が家の最新作なんですのよ」
「お似合いです」
「ありがとう。でも、残念ですわ。エミリア様にもぜひ着てほしかったのですけど、こちら少々主張の強いものですから、着こなせるかたが少ないんですの、申し訳ありません」
へーへー、どうせ地味な私には着られませんよー。良かったですねー、ドレスに負けない主張の強い顔に生まれて―。
出そうになる溜息を喉の奥で押し殺す。どうしてこう、面倒臭い言い回ししかできないのだろう。周りの令嬢達は、口々に彼女へ賛辞を贈っている。
(ドレスより、私は貴女の巻きすぎな巻き毛が気になるわ)
コテもない世界で、そこまでクルンクルンの巻き毛が作れるとは驚きだ。
この目の前で己の優位をひけらかす令嬢は、カトリーナという。ヨハンと同じ公爵家の令嬢で、令嬢達の頂点みたいな人だ。彼女は昔からヨハンを狙っており、結婚した私を妬んでいる。
そのため、こうしてお茶会に呼んでは、あからさまな嫌味や小さいいじめのようなことをしてくるのだ。
「エミリア様は、ヨハン様とはどうですか? ほら、最近よくない噂なども出ておりますでしょう。私、友人として心配しておりますの」
(エミリアとカトリーナが友達とか絶対ありえないでしょ)
少なくとも私は友達になりたくないタイプだ。
「さあさあ、遠慮しないで。なんでも話してくださいな」
美人の笑顔ってこんなに迫力あるんだ。
劇団でも美人が笑顔で迫ってくるシーンというのは何度も見たことがあるが、実際にされると迫力が違う。
しかもこれが素なのだから、もう怖い。私は泣きそうになる顔の筋肉に力を入れて、この場を切り抜ける方法を考えた。
「ご心配あ、りがとうございます。ヨハン、様は、良くしてくださいます。私には、もったいないくらいです」
「そう? あの方はお忙しい方だから、エミリア様のようなおっとりした方には、大変なことがおありではなくて?」
「慣れないこ、ともありますが、ヨハン様を始め、屋敷の皆さまに助け、ていただいておりますから、大変ということはありません」
「エミリア様とヨハン様は付き合いが長いですものね。詮無いことを聞きました。ごめんさいね」
思ったより、カトリーナはあっさり引いてくれた。
私は内心でホッと安堵の息を吐いた。我ながら良い回避だったのではないだろうか。
ちなみに、最近は声に抑揚が付いてきたと思うのだが、それをライラに言ったら「全く変わりなし」と言われてしまった。無駄話休題。
緊張で喉が渇く。カップを持つ手が揺れ、それをカトリーナに見られたが見咎められることはなかった。これもエミリアがよくやることなのだろう。
私が喉を潤すまで、令嬢達は一言も言葉を発さない。それが怖くて、お茶を一気に飲み干したい衝動に駆られる。けれど、それは淑女として反すること。私は、泣く泣くカップを下ろした。
令嬢達の視線が一手に私に向いている。
さならが、さながら学級裁判のような雰囲気だ。
目を合わせたくないと思いながらも、こちらが妥協しない限り帰されることはないだろうし、向こうは諦めない。
私は観念して、カトリーナの瞳を見つめる。カトリーナは笑顔だ。しかし、その瞳の奥は全く笑っていない。
(いいわ、ここまで来たら受けてたとうじゃない!)
ここまで追及を受けるのは初めてだ。今までは、あのヨハンと結婚したことで陰口を言われるくらいだったが、何を思ったのかカトリーナは本気で私の弱みを握ろうとしている。
それをどう使うつもりか知らないが、エミリアの身代わりとしてここに居る以上、彼の不利になることはだけはしたくない。
そんな私の心境など知らないカトリーナは、世間話をするような軽い口調で爆弾を投下してきた。
「ところでエミリア様、お子の予定はいつ頃ですか?」
「…へぁ!?」
思わぬジャブに素っ頓狂な声が出た。
(お子、お子ってあのお子よね。子どもってことよね。えっと、子どもができるのは、あの、つまりそういうことで)
質問の意味を理解していくごとに、顔じゅうが熱くなっていく。
「やはりお子を産むにも時期がありますでしょう。跡継ぎをお産みになるのは私達の義務ですから、エミリア様たちはもうお考えになられているのかと気になっておりましたのよ」
「私たちも気になっておりましたわ」
「ヨハン様の似られたお子なら、きっと見目麗しく育つでしょうね」
「お子が出来ましたら、私達もお祝いしたいですし、ぜひご予定があるのなら聞いておきたいですわ」
追い打ちを掛けるカトリーナに、周りの令嬢達が同調する。
(子供なんて一生できないわよ!)
恋愛対象にもなっていない。近いうちに離婚を言い渡される女に、子どもができる可能性など0.1%もない。
と、そんなこと正直に話せるわけがない。私は、しどろもどろに当たり障りのない言葉を探す。
「ま、まだ結婚してから? 日も経っておりませんので、二人でゆっくり考えたいと思って、おります」
「あら、ではチャンスはいくらでもあるのね」
カトリーナの瞳が一瞬キラリと光ったのが見えた。
(ひぃ~、横恋慕だ。この人、横恋慕を狙ってらっしゃる!)
何を隠そうこのカトリーナという女性は、セリーヌのライバルとなる悪役令嬢なのである。
彼女はヨハンに恋心を寄せているがゆえに、彼に相手にされない。本気の遊びは破滅しかない。
物語では、セリーヌに嫌がらせした証拠を突き付けられ、辺境に棲むおじいさま貴族に嫁いでいたはず。
彼女は肉食の中の肉食令嬢なのだ。
(もう帰りたい。怖い)
まるで私の考えを読んだかのように、目の前の新しいお菓子が置かれた。傍には新しいティーポットまである。
捕食者の目をしたカトリーナが私を捕らえる。
「さあ、お飲み物もお菓子も、まだまだありますからね。遠慮せずに召し上がってください」
(あ、駄目だこれ)
私はこの世の無情さを悟った。