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始まり

冒頭の部分と一部、修正加筆しました。

 

 夢を追うことは、それほど悪いことだろうか。

 馬鹿にされても、惨めな思いをしても、縁を切らされても、私にはこれしかなかった。 


 この道だけが、私が救われる道だと信じていた。 

 

 理不尽な人生だったけど、前を向いて生きてきた。


 でも違った。私はただ立ち止まって、後ろ向きになっていただけ。

 

 それを貴方が教えてくれた。

 貴方が私を救ってくれた。


 おかげで私は、本当の願いが叶えられた。



 ありがとう。

 愛している。



***


「私がご令嬢の身代わりに、公爵家に嫁ぐ? いやいやご冗談を…え、ガチ?」



 私には、砂籐美佳という人の記憶がある。これを人は、前世というのだろう。

 美佳は、役者を目指していた。夢はでっかくブロードウェイと語っていた。けれどある日、過労でぽっくり逝ってしまう。


 そして、気付けば私は、異世界に転生していた。


 美佳の記憶の中に、とても印象深い情景がある。

 スポットライトの中心で、特別な衣装に身を包んだ人。瞬時に変わる舞台転換。スタンディングオベーションの観客。拍手喝采を笑顔で受ける人達。


 美佳は、初めて見た舞台に魅せられ、役者を目指した。

 そして、私も魅せられた一人。生まれ変わっても役者を目指したのは、もはや自然な流れだった。




 ごく一般的な家庭に育ち、十六になった私は、小さな劇団に入団した。夢は、世界でも選りすぐりの役者を雇っている貴族御用達の劇団『リトルフェアリー』に所属し、主役を演じること。


 いつか舞台に立つ自分を夢見て、私は裏方作業の毎日を送っていた。

 そんなある日のことだ。突然クルーニー伯爵家の遣いと名乗る男が現れたのは……。





 そして、最初の発言に戻る。



 なんでも、クルーニー伯爵家の娘さん・エミリアは、ラングハイム公爵家領主と婚約しているらしい。二人の仲は良好で、結婚の準備も滞りなく進められていた。

 しかし、ここにきて非常事態が起きた。エミリアが病に罹ったのだ。彼女の婚約は貴族界では有名らしく、招待状もすでに送ってしまった。延期はできない。破棄なんてもってのほか。

 また、相手は公爵家。エミリアが病気と知れば、向こうから破棄を申しだされる可能性は十分にある。そうなれば、こちらは従うしかない。今後のコネクションのためにも、結婚は予定通り行われなければならないのだ。



 どうしようどうしようと悩んでいたら、なんと偶然町で私を発見。この国ではちょっと珍しい薄桃色の瞳。それなりに整った顔立ち。茶色の髪をクリーム色に染めたら、私はエミリアにそっくりなんだとか。

 報告を聞いた伯爵は思った。私を身代わりに仕立てよう、と。

 私の意思ガン無視である。


 身代わり期間は、エミリアの病気が完治するまで。少なくとも一年以上は、ラングハイム家でエミリアとして過ごさねばならない。最後まで演じきれた暁には、それ相応の報酬をくれるとのこと。ようはお金をがっぽり貰えるわけだ。

 まあ、一年くらいなら良いかと思う。お金があれば毎日の生活を考えずに、演技だけに集中できる。長い人生の中、ちょっと寄り道するとでも思えば短い時間だ。

 どうですか、と遣いの人が聞いてくる。



「やります!」



 …とか即答したかったよね。

 でも、できなかったの。そりゃあ、私が身代わりだってバレた時のこと考えたら怖いよ。命ないだろうからね。だけどね、この役を演じきる上で、最も懸念しなきゃいけないことがあるの。



 それは、私が希代の大根役者であること。

 むなしい。



 これでも前世の経歴を合わせたら、かなり役者経験はあるはずなのだけど、もう素人でもドン引きするくらい私の演技は下手くそなのだ。


「ここまで練習しても上達しないなんて、可哀想に、プフ」

「代役も務められないのかよ、下手くそ!」

「ママ、あのお姉ちゃんすっごい下手だよ」

「もういい! そこまでして団を抜ける気がないなら、裏方でもしていろ!」

「せんぱ~い、ま~た怒られたんですか~。いい加減、自分が大根なの自覚してよ~」

「本番には来るな。お前がいると士気が下がるんだよ」


 私にはその自覚はないんだけど、前世と今世を合わせて、ここまで言われたらさすがに理解するよね。



 そう、神は演技の才能だけは生まれ変わらせてくれなかった。





 腐れ神め。おっと失礼。

 



 伯爵様は、役者の私ならエミリアの演技を容易にできると思っているのだろうけど、残念私は大根です。

 それでも私は夢を諦めきれない。舞台の上に立ちたい。これで死んだとなれば、私の夢は、また一生叶わなくなる。

 だから、私はこの話を断ることにした。恥ずかしいけど、自分の何が駄目なのか理由もちゃんと説明した。しかし、こちらも諦めの悪い人で、演技しているところを見せてくれと言ってきた。

私は、笑われるのを承知で演技をした。




「ごきげん、う、うるわしゅう。私、クルーニー伯爵家が長女エ、エミリア、ともうし、ます」



 演技が終わると、遣いの人は目に涙を湛え、フルフルと震えていた。ああ、笑いを耐えているんだな、と思った。けど、彼は予想外の反応をした。



「素晴らしい演技です!」

「は?」



 遣いの人が震えていたのは、笑いを堪えていたのではなく、感動で打ち震えていたからだった。

 なんで?


「最高です! 演技指導が必要ないくらいの完璧な演技です! ああ、まさかこんなにもお嬢様そっくりに演じられる方がおられるとは、うぅ、すみません、私、感動で涙が」


 怖かった。

 これなら問題ないですね、て問題あるでしょ。

 見てた? 私の演技。

 本人どんな人か知らないけど、どこが似てるの。

 それくらい、彼の反応は異様だった。自分の演技が上手くないことを知っているから余計に。


 それから、私は押しに押されクルーニー家に連れていかれ、エミリアの家族に会った。彼女には両親のほかに弟が一人いる。彼らの前でも演技をさせられた私は、遣いの人と全く同じ反応をされた。



「エミリアだ、エミリアがいるぞ。おい誰か、部屋に本物のエミリアがいるか確認してこい!」

「すごいわ、まるであの子がもう一人いるみたい……貴女本当にエミリアじゃないのよね?」

「お姉様、いつお元気になられたのですか? ご病気は嘘だったのですか?」



 家族の見分けくらいちゃんとしなさい。一様に私に疑いの眼差しを向けるのは止めて。エミリアじゃないから。

 後ろに控えている執事やメイドに至っては、感動し過ぎて近くにいる者と肩を組み始めていた。大丈夫かこの家。


 クルーニー家は異様な熱気に包まれていた。これはもう、断れる雰囲気ではない。彼らの興奮が落ち着いてきた頃、本当に私で良いのか聞いたら、「君じゃないとだめだ!」と強く言われてしまった。



 ここまで言われたら、やってやろうという気が起きるもの。なにより、断らないよなという圧がものすごい。断ったら、命がない気配がプンプンしている。私は、ただの小市民。ここまでくればもうどうにでもなれ、だ。私は棒読みで、喜んで、と告げた。


 こうして、私の身代わり生活が始まった。




 だけど、私はもう一つ大事なことを知っている。

 じつは半年後に、エミリアは夫に手ひどく捨てられるということを……。



本作では、主人公の名前はエミリアで進んでいきます。

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