ヒトリのつぶやき~僕は存在しているの?~
やぁ。こんにちは。
怖がらないで。僕はただ君と話したいだけなんだ。
僕が誰かって?面白い質問だね。それじゃあ、それについて話そうか。
名前なんてどうでもいいだろう?そのうち話したくなったら話すと思うよ。
それで『僕』についてなんだけど、君はこんなことを聞いたことはあるかい?「我思う故に我あり」ってね。
聞いたことがないって!有名な、えっと...名前はどうでもいいか。有名な人の名言だよ。君はどうしてここに存在していると言える?
なるほど、身体があるからか。でもね、昔の有名人はそれは幻想かもしれないと考えたんだ。目で見るものも、耳で聞くものも、手で触るものも全てね。すると残るものが、なんにも無くなるわけだ。じゃあ、君は存在しないことになる。でもそんなはずはないんだ、と。半ば願望だね。それで思いついたんだ。今、自分は自分について「考えている」。「考える」こそ自分がいる証拠だ、とね。何となくわかったかい?
え?違うところがある?知っていたのに僕を試したのか。君、人が悪いなあ。まぁ違うところは目をつぶって欲しいね。僕だって又聞きなんだから。
でも、今は自分の存在は「我思う故に我あり」とは違って捉えられているんだ。どんなふうだと思う?
ほー、面白い考えだね。でも僕が知っているのとは違うな。もしかしてそれが今の見解なのかな?
適当に言っただけだって?それでそんなことを思いつくなんて君はすごいね。で、僕の説明を聞いてくれるかい?ここに来る人は少ないから僕は説明する機会が少ないんだ。たまには威張らせて欲しいね。
ん?威張っていいって?君はいい人だね。僕も機嫌よく喋れるよ。自分の存在は他者との関係が作っている、って言われているんだ。今、僕が知っている限りでは、ね。一応言っとくと、僕は又聞きだから違うところがあっても見逃して欲しい。失敗は誰にでも怖いものだからね。
うん、脱線してるね。僕の悪い癖なんだ。気になることがあるとそこに説明を入れたくなる。僕の場合、言い訳に近いところがあるけど。
ごめん。本当に脱線したみたいだ。話を戻そうか。え?その話にも興味がないって?そんな殺生なこと言わないで聞いてほしいな。自分の存在は他者との関係で作られる、そういう話だったね。昔の人は自分一人で考えていたんだ。だからあの名言が産まれたんだね。でも今は人間関係が自分を作ると言われているんだ。相手から見た自分と自分が思ってる自分。それは違うと言えるよね。でもさ、相手から見た自分になりたくて真似ている間にそれが普通になってしまうことは無いかい?君はまだ経験したことなさそうだね。
やはりないのか。僕も時々相手が望んでいる形になることがあるけど自分がそれになることは無いね。まあそれがわかってないだけかもしれないけど。
それだから人間関係が自分の存在を作るってことに何となくは理解できたかな?自分は相手に見られているからできているってことだね。
やっぱりよくわからないって?僕の説明が下手なんだ。自覚はあるよ。ごめんね。僕の理解も深くできてないのかもしれない。噛み砕こう。君だって親がいるだろう?
ああ、君は孤児だったのか。それじゃあ育ててくれた人はいるかな?お爺さんか。うん、君はそのお爺さんがいなければ今の君になっていたと思うかい?
そうだろう。お爺さんの影響を受けていない筈がないんだ。人は一人で完結していないってことなんだね。誰かから影響を受けたり、誰かに影響を与えているから自分の存在ができるんだ。
わかり易かったって?お世辞でも嬉しいよ。君は僕の機嫌を取るのがどうして得意なようだ。そこで聞きたいんだけど、誰かに影響を受けたり、誰かに影響を与えてたりしなければ人は存在しないことになるのかな?例えばなんにもない砂漠に一人置いてかれたとする。すると影響を受ける人がいないね。その時、その人は存在しないのかな。
そこにいるよね。誰かが見ればそこにいることはわかるんだ。でもさ、その誰かが見るまでその人は存在していたのかな?
君はそう思うのかい。僕の見解?ここで話すのはやめておこうか。それは興味深い質問だから。僕はまだこの問題に答えを出さないで迷っていたいんだ。
どうだい?存在の話は面白かったかな?僕は自分の存在について考えるのは好きな方なんだ。有意義な時間を過ごしていると感じられるからね。僕の存在はある時はあって、ある時はないんだ。こういうのを世間では哲学?って言うらしいね。僕は又聞きしたことを自分の口から話しているだけだから自分の答えじゃないのだけれど。
意味がわからない?困ったな。どこがわからないんだろう?哲学って言葉はもう廃れてしまったのかな?
ああ、僕の存在の話か。哲学はまだ存在しているらしいね。いい事だと思うよ。自然を知り尽くしても自分のことは知り尽くせないからね。哲学という学問は実に有意義だよ。
おっと?また、話が脱線したって?どこで脱線したかな?僕は僕が喋りたいこと以外はすぐ忘れてしまってね。えっと、僕の存在についてかい?それはまだ話したくないんだ。君がここを出ようと思った時にでも話すよ。僕の存在は異常でね、君との最後の別れに意見を交わしたいな。何か君も話したいことは無いかい?僕は十分喋り終えたんだ。次は君の番になるよ。
なんだって?喋りたいことがない?ならどうしてここに来たのかな?疑問符が多いって?これも癖なんだ。たぶん僕は君に譲歩してるのだと思う。疑問符がつくと相手に確認を取るような形になるだろう?僕は失敗が怖いんだ。だからきっと君からの同意を求めてしまうのだと思う。それに君も同意してくれたら距離が縮まる気がするだろう?
ん?「ゆるふわ」っぽい?ゆるふわとは何かな?ゆるゆるふわふわか。擬態語なんだね。新しい言葉だ。覚えておかなくてはね。さあ、話を戻そうか。余談が多すぎる。スパッと本題に僕は入れない呪いでもかかっているのかな?呪いではなくて癖なんだけど。
ああ、また話が逸れそうだったね。僕が知りたいことは君がどうしてここに来たのか、だ。ここは喋りたいこと、人には言えないことを話す場なんだ。だから大抵、いや、ほとんど、いや、君以外の人は全員喋りたいこと、話したいことがあるからここに辿り着いたんだ。なのに君と来たら喋りたいことがないだって?君が初めてなんだ。とても興味深い。何故、ここに辿り着いたんだい?
何かをしなきゃいけないと思った?何か大切なものを追いかけていた気がする?つまり君は何か大切なものがここにあると思ったから辿り着いたんだね。その大切なものが何か教えてくれないか?
え?思った気がする?どういうことかな?思った気がするってことは記憶がないのかな?確かにそう思ってた、と思う、か。曖昧だね。嫌いじゃないよ。曖昧なのは。そんなことを言い始めたら世の中全て曖昧だからね。
もう帰るのかい?もう少しいたらどうかな?思い出すかもしれないよ。それでも帰るというのか。なら、最後に僕の話を聞いてくれないかい?さっき言ってた僕の存在についての話だよ。君は僕のことを知っていたかな?
うん、知らないよね。ここに来た人全員に聞いたらしいんだけどみんな知らなかったんだ。なら、僕が与えている影響はないんだ。
家族はいないのかって?見たらわかるじゃないか。僕はここでずっと一人だよ。ここはなんにもないけどいいところだよ。別に僕は一人なことに不満はないんだ。他人の目を気にするって、大変なことらしいね。他人の目を気にしなくてもいいこの場所は僕にとってはなかなかいい場所なんだよ。もちろん人が偶にしか来なくて話したいことも話せないのは辛いけどね。
ああ、一人なことに不満はないってのと矛盾してるって?どう言えば伝わるかな?世の中には孤独になると、寂しくなる人がいるらしいね。僕は喋れないのは嫌だけどそれ以外の人の温もりとかは正直わからないからいらないんだ。だから一人は平気って言うと伝わるかな?平気って言葉には痩せ我慢っぽいニュアンスがあるけど僕は別に痩せ我慢はしてないからね。
ほんとごめんね。話が逸れまくってるよ。家族はいないし、僕は影響を受ける人がたまに来る君のような訪問者しかいないんだ。だから僕の存在は訪問者がいる時にはあって、それ以外の時間はないんだ。僕は僕自身のことを考えるのはやってるんだけどね。こうなると「我思う故に我あり」の方が僕に合ってるのかな。でも僕はずっと僕の存在について考えているわけじゃない。
そんな変な人じゃないんだよ。誤解しないで欲しいね。だから僕の存在はある時はあって、ある時はないんだ。
何か引っかかった?どこかが抜けているような気がする?うーん、どこだろう?
ああ、訪問者の存在があるから、ずっとその訪問者が知っていると、僕は存在する。確かにそうだね。その訪問者が存在していれば僕はその訪問者に影響を与える存在になって、存在する、と。そこが抜けていたのか。
なんで抜けていたのかって?なんでだと思う?君は僕の存在を知らなかった。君ほどの物知りの人が。
物知りじゃないって?まあいいんだ。そんなことは。問題は今まで僕が出会った人は僕の存在を知らなかったってことだ。全員が全員、知らないってことがあるかい?誰か一人でも僕の噂を聞きつけて来そうじゃないか。僕に似た存在でもいいから誰かしらは知っていそうじゃないか。でも誰も知らなかったのさ。なぜだろうね。こんなにも僕は人にあっているのに。
ああ、僕は長生きらしいんだ。偶に、と感じるのにもう何千人とも出会っているからね。その何千人の中にも例外なく僕の存在を知らないんだ。ということは誰も僕に会ったことを話してないんだよ。僕はただの人間なのに。だろう?
ん?もう一度聞くよ?僕は人間だよね?
そうだよね。僕は人間なんだ。怪物って言われた気がしたけど気のせいだよね。ああ、空耳も酷くなったものだよ。ただの人間なのにどうして誰も僕のことを話さない!どうして僕のことを知らない!だから僕の存在は君みたいな人がいない間はきっとないんだよ。それがそういう答え。
さあ、お別れみたいだ。もう少しだけ聞いてくれるかい?僕の記憶は特殊なんだ。考えたこと、感じたことは全て忘れて喋ったことだけ覚えている。それにいつも訪問者はある言葉をきっかけにいなくなってしまうんだ。
ある言葉が何かって?本当に知りたいのかい?後悔しないかい?
ある言葉ってのは君もよく口にする言葉だと思うよ。少なくとも僕の記憶がそう言ってる。本当に本当に知りたいのかい?君がそこまで言うならば、言わないのは失礼だよね。後悔はしないで欲しい。どちらかと言うと後悔するのは僕の方なんだけど。でも、今回は違うかもしれないって言う願望だけど希望的観測があるんだ。だから試してもいいかい?ある言葉ってのはね。
食べるーーー
うん、やっぱり僕の記憶はここまでか。それに相手の言葉が僕に残ってないってことはやっぱり『君』の存在が無くなったってことでいいのかな?でもあの言葉でなんで記憶が無くなるんだろう?『君』はどんな人だったのかな。男?女?子供?大人?言葉だけが記憶に残ると想像が広がるけれど、やっぱり僕の存在はあるんだろうか?もしかして『君』の存在は僕が作り出した幻なのかな。僕はずっと一人だからおかしくなっちゃったのかな?自問自答を何回繰り返した?僕は何回この質問に囚われなきゃいけないんだ?僕はなんでここにいる?なんでここから外に出られない?僕はなんでーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⋯⋯
誰か来たね。久しぶりだな。どんだけ時間が経ったかわからないけど。おっ、入ってきたね。今度の訪問者はどんな人かな?人ってどんな格好してるのかな?楽しみだな。
やぁ。こんにちは。
怖がらないで。僕はただ君と話したいだけなんだ。
『僕』は昔、罪を犯したらしい。それを見たカミサマは『僕』を閉じ込めた。誰にも見つからず、誰も到達できない場所へ。