7話 先住民
なんか暑いなぁ、と思って目を覚ましたら僕は大きな焚き火の前で柱に括り付けられていた。
「あれ?」
わけがわからないのだ。体は強く縄で縛られ、指一本も動かすことが叶わない。
僕が混乱していると、聞き慣れた声が横から聞こえた。
「起きたか。俺もついさっき起きたんだけどな。俺もこのザマだ」
テディ殿だ。彼も、僕と同じように柱に括り付けられている。
「くそ、寝込みを襲われるとは俺も落ちぶれたもんだ………」とテディ殿が言っている横で、僕は周りを観察する。
一言で言えば、大きな洞穴だ。本来なら暗闇に包まれているはずのその空間は、しかし目の前でゴウと燃える大きな焚き火のお蔭で赤く照らされている。
(それにしても、全く体が動かないのだ………)
凄い縛り方だ。足の指すら一本も動かない。
「こりゃアルカナ封じだな。指一本でも動けばアルカナは発動するから、こういうのが必要なんだろう。誰だか知らないけど開拓者相手に慣れてるな」
テディ殿がそういった時だった。
洞穴の小さな道から、布を纏った男二人が入ってきた。二人共弓を担いでいる。
その姿を見て、僕はピンと来た。
(先住民ポロッソ………!)
本土からマンイーターに移住する前にいた人々、ポロッソ。未開拓地域の中で村を作って暮らす、屈強な人々だそうだ。
肉体はフォースの影響を受けて本土の人々よりも力強く、悲しい話だけど……奴隷として利用している地域もあるらしい。もちろんラフティスハルト領は違うぞ!
因みに、なんで彼らが住んでいるのに未開拓地域と名称があるのかと言うと、各国が彼らを人として認めていないかららしい。なんでなのだ?
そんな彼らが、僕達二人を指さして口々に何かを言い合う。
「ブロバナモスポルカ?」
「ダナートス!グロカネイル」
うーむ、なんと言っているのかさっぱりわからぬ………。彼ら特有の言語で、ポロッソ語と呼ばれている。本土では基本的に言語が統一されているので、僕には未知の体験だ。
しかし僕のマンイーター観光計画の中には、当然彼らと会うことも織り込み済みである!僕は、事前に勉強していたポロッソ語を使ってみることにした。
「ア二ーサー!」
僕がそういった瞬間、ギョッとして二人がこっちを見た。
そのまま、一人が何か言いながらこちらに近寄って来た。
「デベバナスルカ?」
言葉がわかるのか?みたいなことを言ってるのかなぁ……?
いや、言葉は全然わかんないぞ!挨拶と自己紹介とイエス・ノーが言えるくらい!一応姉上に貰ったメモ帳に他にも使えそうな言葉を載せてある。
いま出てきたのだと……確か「ルカ」が疑問系の語尾だったはずだ。
とりあえず、自己紹介しよう。友好アピールだ!
「ハバフルキ|クラウス・ラフティスハルト《というものです》!ハバクルトナタタ!」
「「ッ!?」」
僕が二人に話しかけると、二人は目が飛び出んばかりに驚いた。
さっき挨拶したのだが……。ということは、「デベバナスルカ?」は「今誰かなんか言わなかったか?」みたいな言葉なのかもしれない。
メモしておこうとして、僕は今更ながら縛られていることを思い出した。
これ、解いてもらいたいのだ………。よし。
「ホスパナニ!」
これは父上に言われたことだけど、僕らと彼らでは舌の作りが違うらしい。発音の壁があるのだ。通じてくれれば良いなぁ………。
僕がそう思っていると、二人の男は僕の顔をペタペタ触ったりマジマジと観察し始めた。
(うぐぅ………)
「ヘネタッタ」
「ホノロパフロンティアヒンルカ?」
な、何を言っているのかさっぱりわからないぞ………。あっでもフロンティアと聞こえた!聞こえたぞ!
ひとしきり僕の体を触った二人は、そのまま洞窟の外に出てしまった。えぇ!?
「ホスパナニ!ホスパナニー!」
行ってしまった………。
愕然とする僕の横で、テディ殿が驚いていた。
「お前、ポロッソ語喋れんのか」
「ちょっとだけなのだ。挨拶、自己紹介、イェスノーくらいだぞ!他はメモ帳に書いてるけど今は取り出せないのだ」
「………ポロッソなんて、俺たち開拓者に取っちゃただの商品みたいなもんだろ」
………?
「商品?」
僕がそう言うと、テディ殿は露骨に苦しそうな表情をした。
「……ああ。そうだったな、お前は知らねーだろうな。忘れろ」
お、思わせぶりなことを………!
「ずるいぞ!それっぽいことを言われると気になるではないか!」
僕の反応に、テディ殿が更に顔を顰めて舌打ちをした。
「この際だし言っとくか。
おい、クラウス。この開拓者なんて輩はマジで碌でもねえぞ。お前みたいなやつが純粋に憧れるには汚れ過ぎちまってる」
「………?うむ、この世界が厳しいというのは僕でもわかるぞ。それに、昨日テディ殿も言ってたではないか。中々に血みどろな世界なのだな」
聞けば聞くほど危険と隣り合わせではないか。面白い!現に今も下手したら殺されそうな状況なのだ。外ではこうはならない。
だからこそ、ここでの経験の価値が莫大なのではないか?
テディ殿は、眩しそうに目を細めた。
「クラウス、ポロッソを売り飛ばし「アニーサー!」
!?
「アニーサー!」
テディ殿が話してる途中で、先程の二人が連れてきた老人が挨拶をしてきた。
その老人が、僕の前にたった。
「アナタ、ワレワレ、ハナセル、コトバ?」
うーん……?ポロッソ語を話せるかってことなのかな?
「ちょっとだけなのだ。ポケットに自分で作った辞書みたいのがあるのだ」
僕がそう言うと、老人はニッコリと頷いた。
そして、後ろの二人に号令を出す。
「ホスパナニ!」
僕のロープが解かれる。地面の感触が心地いいのだ。
テディ殿を開放する様子がないので、僕は二人に話しかける。
「ハバ、ナタタ!」
そう言って、テディ殿を指差す。あ、合ってるかな………。
「ホスパナニ!」
僕がそう言うと、二人は老人に同意を求めた。
老人がそれに対して頷くと、テディ殿を縛っていた縄が解かれる。
「ルンバルイ」
男の片方になんか言われたが、なんて言ってるのかがわからない。
老人に目で助けを求めると、老人が補足してくれた。
「ルンバロイ、ツイテコイ、イミ」
なるほどなのだ。僕達は、男二人について行った。
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洞窟の先にあったのは、大きな村だった。
「おお、ねじ巻き峠にこんな立派な村があったのか!」
「フロンティア、オシエル、ダメ。デモ、オマエ、シンジル」
掟で禁止されてるのかな?それにしても、なぜか凄く信頼されているのだ……。
「テディ殿、ポロッソ語を覚える人は少ないのか?」
質問して、僕はあっ、となった。テディ殿は、さっきから機嫌が恐ろしく悪い。ポロッソの人々を見る度に舌打ちしたいような、なんとも言えない複雑な表情をしている。
「……覚えようとするやつなんて、ポロッソを食いもんにしようとする奴しかいねえよ」
「うーむ、じゃあなんでこんなに良くしてくれるのだ?」
「知るかよ」
冷たい……。
でも本人には聞きづらいぞ。
なんて思ってるうちに、僕達は大きなお屋敷に招き入れられた。
「ココ、クラセ」
む。
「それは無理だぞ。僕はマンイーターで色々見て回りたいのだ!」
僕がそう言うと、途端に老人がオロオロし始めた。
「チガウ。トモダチ、トモダチ!」
な、何を言っているのか分からないのだ………。
そうだ、ポロッソ語に僕が合わせてみよう。あちらが伝えたいことがあればポロッソ語で、僕が使えたいことがあれば共通語で。聞くことよりも話すことは難しいのだ。
メモ帳を取り出して、僕はお願いした。
「ポロッソ、ルレバ」
あちらも僕の意図を掴んだみたいで、ポロッソ語に切り替えた。
「ロルァニトハバケタホスピタ。ルトナトニリンスタロタフパパナタタ」
えぇと………わかる言葉は「あなた、私、今、もてなす。一緒に、仲良く、未来」
おお、いい感じに伝わったぞ!
「なんつってんだ?」
「多分だけど、僕達をもてなすから今後仲良くしよう、って話だと思うのだ」
僕がそう言うと、テディ殿はあぁ、と言った。
「そりゃいいな。じゃあ、飯だけ食って帰り道教えてもらったらぱっぱと帰るか」
えぇっ!?
「もったいないぞテディ殿!ポロッソの暮らしなんて何処にも載ってないではないか!それを体験しないで帰るなんてもったいない!もったいなさすぎるぞ!」
僕はぶるんぶるんと腕を振り回しながら力説する。
すると、テディ殿が冷めた声で僕に耳打ちした。
「ポロッソとかどうでもいいだろ?どうせただの奴隷だぜ」
………!
そ、そんな事を考えていたのか………。しかし、次第にふつふつと怒りが湧いてくる。
許せん!
「なんでそういう事を言うのだ!さっきからおかしいぞ、テディ殿!ポロッソに対して冷たすぎるではないか!
そこまで言うなら一人で帰ればいいではないか!僕は残る!」
僕が睨むと、テディ殿は目に少しビックリして黙った。
少しの静寂の後、テディ殿が口を開く。
「………クソが、わかったよ。どうせ俺はお前のアルカナの戦闘力なしじゃ帰れねえ。お前の気が済むまで付き合ってやる」
「やった!
という訳で、ええと……あれ、そう言えば名前を聞いてなかったのだ。おじいさん、名前は?」
「ラルバ。『村の長』、イミ」
「おお、村長殿だったのか!ラルバ殿、それでは今日からよろしくお願いするのだ」
僕は深々とお辞儀した。