6話 一撃爆殺!
――――――――逃げるか。
突然の危機にも関わらず俺の頭は嫌に冷静だった。
煙玉をとりだし、地面に叩きつける。すぐにモクモクと黒煙があがった。
(いいか、囮の有無は逃走の成功率に大きく関わる)
再び、師匠の言葉が頭をよぎる。
気がつけば、俺は無言でその場から離れていた。無言で、だ。
俺の心が再び冷え込む。同時に、俺の思考も澄んでいく。
「うわー!置いてかないで!?」
チッ、その場に留まりはしなかったか。
黒煙の中から飛び出してきたクラウスと、その後ろから全力疾走を始めた土竜を見て、俺は内心舌打ちをした。
自分が囮にされようとしているなどとはつゆ知らず、クラウスは目を輝かせる。
「テディ殿、凄いぞ!あんな大きい生物は初めて見たのだ!」
感心してる場合か。
そう言いたい胸の内を押し込んで、俺は次のステップに進む。
「クラウス、アルカナって知ってるか?」
「………!もちろん知っているぞ!使えるのは火のアルカナだけなのだが……」
ならば好都合。
本当は音の激しい雷のアルカナが理想的だが……十分だろう。
「よし、クラウス。俺に作戦がある。
あいつは見たところ土竜から進化した化物だ。土竜は聴力が優れてるからな、火のアルカナで爆発音を起こしてあいつを脅かしつつ耳を潰せ」
「おお!テディ殿は頭がいいな!爆発でびっくりさせるのか!」
言ってることは半分が本当だ。土竜は聴力と嗅覚で獲物を追い詰める。
だが、あの巨体の耳が爆発音如きで潰れるわけがない。
どういうことかって?単純だ、あいつは目で獲物を追わない。だったら大きな音を出した方を追いかけるに決まっている。
アルカナは書くのにもイメージするのにも少し動きを止める必要がある。その間に俺は逃げる!
――――――ドドドドドドドドド
「よーし、やるぞ!」
迫りくる化物を相手に、クラウスは無邪気にアルカナを描き始めた。クラウスが正しい火のアルカナを描いているのを確認して、俺はほくそ笑む。
良心が痛むような気がしてくる。はは、何度も通ってきた道だってのにな。
(自分の心のために死ぬなんて馬鹿らしい。そう思わないか?)
……そう、その通りだよ師匠。
イメージするために走る速度を落としたクラウスを尻目に、俺は迫りくるクソデカ土竜と反対方向にトップスピードで駆ける。
しかし、思わず俺の首が後方を振り向いてしまった。
「ダイナミィィィィック!」
バカでかい叫び声とともに、クラウスが右腕を振り回す。
「グレェェェェト!」
クラウスの右腕が力強く発光。それと同時に、クラウスは振り返りクソデカ土竜と対面した。馬鹿なのか!?
その発光量に人間の俺は思わず顔を覆うが、クソデカ土竜は意にも介さない。視覚が退化してるから関係がないんだ、怯ませることもできてない!
次の瞬間だった。
「ボンバァァァァァァァァ!!!!!!」
――――――――――バコバキバゴボカドゴバキッッ!!
クラウスの拳から吹き出した怒涛の連鎖爆撃がクソデカ土竜を粉砕する!
「とりょああああああああ!!!!」
クラウスが叫んで拳を振り抜くと共に、クソデカ土竜が一瞬宙に浮き、そしてズン、という音を立てて地に落ちた。
声が漏れる。
「な……なんだこれ………」
「うわあ!すごい威力だぞ!見てたかテディ殿!」
胸を張るクラウスとは対照的に、俺の頭の中は酷く混乱していた。
3メートルだぞ!?身長の二倍以上ある化物を、たった一撃でぶっ飛ばしたのかこいつは!?人間業じゃない、俺の最大火力でも人一人を潰すので限界だ。
しかもそれだけじゃない。相手は突進してたんだぞ、あの巨体で!
……もしかして、俺はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
俺は唾をゴクリと飲んで、クソデカ土竜を突付き始めたクラウスに問いかけた。
「お前が、火のアルカナの至高『炎神』なのか?」
「『炎神』?至高?
それが誰だかは知らぬが、僕はクラウス・ラフティスハルトだぞ!」
………え?ラフティスハルト?
見れば、クラウスが「あっ」という感じで口を抑えていた。わかり易すぎる。
…………。
(超絶ボンボンじゃねえかッ!?)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なんとかかんとか寝床を確保した僕達は、先程倒したモグラさんを焼いて食べた。
テディ殿は凄い。すぐに寝床を用意したし、水も確保して、しかもサバイバルに必要なものを揃えている。
僕は何も出来なさすぎて物凄く呆れられた...。
野宿に慣れていない僕と違って、テディ殿は既にリラックスモードだ。
「それで、至高だとか『炎神』というのはなんなのだ?」
やっとこさ落ち着けたので、僕はさっきから気になっていたことを尋ねた。
やはり、僕は知らないことが多すぎる。恥も外聞も捨てて聞きまくるのだ!聞くは一時の恥聞かぬは末代の損!
……まぁ、このテディ殿の呆れた視線は物凄く痛いのだが!
「その顔は等級すらも知らねえ、って顔だな」
「うむ、知らぬ。教えてくれ」
ぐれーど?開拓者の肩書かナニカなのだろうか。
正直な話、僕は開拓者自体にはあまり興味がない。ただマンイーターを探索したいだけなのだ、僕は!
はぁ、とため息を付いたテディ殿は、5本の指をぴっぴっと順に折り曲げた。
「いいか、等級ってのはアルカナに定められた特性だ」
おお、アルカナのことだったか!しかし、肝心のアルカナに定められた特性というのがわからぬぞ。
テディ殿は話を続ける。
「そもそもの話、アルカナってのはそこら辺に落ちてるようなシロモンじゃない。大体は隠された洞窟の奥地にあると言われてるんだ。
この時、一番最初にアルカナを見つけた奴が至高………一番乗りの褒美として、そのアルカナの力を100%引き出せるようになる」
ふむ。
「じゃあ、僕らはまだ100%引き出せてないってことになるのか!」
「そうだ。そして、二番以降は別にその洞窟に行く必要はない。一番乗りの奴に教えてもらってもそれは二番、三番乗りを達成したことになる。
因みに、二番乗りが修羅、三番乗りが豪将、四番乗りが金剛、それ以下は、ひっくるめてコモンって呼ばれてる。
出せる出力は、順に50%、33%、25%、20%だ」
おお!凄いな!
「つまり、至高は僕達の五倍のパワーを出せるのか!」
「そういうことになるな。
だから、等級争いは激しいものになる。上の階級のやつを殺せば自分の出力が上がるからな。
開拓者ってのはお前が思ってるよりも何倍も血生臭さいぜ。国同士でアンチフォースの奪い合いしてお互いに領土拡大を狙ってるし、オマケに個人個人でも等級争いと来た」
「はぇ~」
大変だ。予想以上に大変だ。
「わかったか?開拓者は金持ちの道楽には厳しすぎるぜ。人がポンポン死ぬしな」
「なにっ!?道楽ではないぞ!僕は本気でやってるのだ!」
説得力皆無なのはわかってるけど!
「どうせマンイーターの摩訶不思議を体験したいとかそんなんだろ?お前の年齢じゃ少ないけど、結構そういう奴いるぜ」
ず、図星だ………。僕は道楽……道楽……。
魂が抜けかけている僕に、テディ殿が畳み掛ける。
「大体、あのラフティスハルトのご子息なんて立場を捨てるのは勿体なさすぎる。
素直にお屋形様に政治を教えてもらえよ。こんな開拓者なんてやってないでソッチのほうが100倍イイぜ。
わかってないだろうから言っとくけど、お屋形様はメチャクチャ有能だぜ。他の貴族はひでえもんだ」
「おお!父上はやはり凄いのか!」
「なんでそんなに嬉しそうなんだお前……」
流石父上だ!こんなにも凄いテディ殿にまで認められるとは!
僕がニコニコしていると、テディ殿がため息を付いた。
「わかってんのか?お前は順当に行けば金でも権力でも手に入る立場にいるんだぞ」
「うむ、その通りだ。しかし、それではマンイーターを楽しめない!『白骨谷』『爆竹林』『黄雲海』!話だけではつまらないぞ、実際に行ってみなくては!」
「………全く、貴族様ってのはわかんねーなぁ」
呆れたらしく、テディ殿は欠伸をして帽子を顔に被せた。
確かにテディ殿の言う通りだ。父上はお金を使いたがらないからあまり気にしたことはないけど、ラフティスハルト家には莫大な財産があると聞いたことがある。
それに、父上が手紙を出せば大抵のことは父上の思った通りに動く。
他の人からすれば、喉から手が出るほど欲しいのかもしれない。そういうものは。
「そういえば、テディ殿はお金が欲しいから開拓者になりたい、と言ってたな!」
僕が尋ねると、帽子越しにチッ、と舌打ちの音が聞こえた。
あっ、寝ようとしてたのか。考え事に夢中で気づかなかった……。
テディ殿が帽子を外して起き上がる。
「お前、世の中で一番自分を守ってくれるものって何だと思う?」
え、えぇ?
「な、なんだろう……強さ?うーん、いや、人望かもしれないなぁ」
「お前の言うその二つ……いや、それ以上を兼ね備えた人がいた。俺の育ての親だ。
誰よりも強くて、仲間と強い絆で結ばれていて、何より頭の切れた人だった。
そんな男がな、何も出来ずに殺されたんだよ。仲間が買収されてな。持ち前の強さでなんとかしようとしたんだが、流石に雇われた傭兵共まで来ちゃあどうしようもなかった。
わかるだろ?金一つで力も心も手に入っちまうんだ」
一息に言われて、僕は言葉を失うしかなかった。
確かに、そう言われるとお金が一番強いのかもしれない。
………。
でも、なんか違う気がするなぁ………。
「ま、お前もわかる日がくるだろ。
兎に角、開拓者は儲かる。未知の動物や植物、領土獲得による報酬、情報屋、稼ぎ方はいくらでもあんのさ。
何故か今はルーキー講習にも参加できずこんなことになってるけど」
誰かさんのせいでな。
そう言ってニヤリと笑ったテディ殿は、もう一度帽子を顔に被せて寝息を立て始めた。
う、うぅむ………難しすぎて頭がこんがらがってきた……。
よし、寝よう!
僕は考えるのをやめて、寝袋の中に潜り込んだ。