5話 再び、平穏の一歩先へ
「テディ殿はスラム出身なのか!凄いな!僕には想像もできない世界なのだ!」
――――厄介なやつに捕まってしまった。
俺は、割と素直にそう思った。
時は30分前に遡る。なんかいきなり叫んでるキチガイがいるな、と思っていたらそいつが笑顔で俺に話しかけてきた。出来るだけ冷たく接したのだが、こいつまるで引かない。
というわけで、俺は半分諦めてコミュニケーションをとっている。
「何もすごかねえよ。スラム育ちは逞しいなんて言うやつもいるけど、そんなのはスラム街で生きてる自分をどうにかして肯定したいだけだ」
「そ、そういうものなのか……!」
異様に目が光り輝いている。このポンコツぶりをみるに貴族のボンボンだろう。まったく、訳が分からない。なんで恵まれた環境に生まれたのに開拓者なんてなろうとしてんだ?
というか反応がバレバレすぎる。名前を聞いたら「クラウス・ラ――む、なんでもない。クラウスだ!」などと言いやがる。とりあえずやんごとなき身分のやつがお忍びで来てるんだってことがわかっちまった。くそ、こいつどう扱えば良いんだ?
内心俺が頭を抱える横で、その元凶は俺の苦悩などつゆ知らず話しかけてくる。
「うぅむ、しかし僕から見ればテディ殿は凄く逞しそうなのだ!その背の銃は何なのだ?見たところ火縄銃ではなさそうなのだが」
困ったことに、こいつ声が大きい。今はねじ巻き峠の中にある訓練場目指して他の受講者と共に歩いているのだが、周りが口数少ないから余計目立つ。
頼むから静かにしてくれよ……とは思いつつも相手は貴族のご子息だ。機嫌を損ねれば後ろ盾のない俺なんて一瞬で消し炭になる。
慎重に、しかし表面上は態度を変えずに俺は話を続ける。
「知らないか?最近流行ってるタイプなんだけどな。このハンマーで火花を起こして発砲すんだ。手に入れるの、結構苦労したんだぜ?」
本当はかっぱらってきただけどな。わざわざ言うことはないだろう。
どうやら俺の言葉はツボにハマってくれたらしく、クラウスのテンションが目に見えて上がった。よくわからないな、あげるわけでもないのに。
「凄いぞ、テディ殿!僕の歳でそこまで色んなことに詳しい人は見たことがないのだ!
うぅむ、やはり仲間にはなってくれぬのか………?」
……仲間として優秀なことを喜んだのか。
ある意味普通とも言えるが、流石に脳みそお花畑すぎないか?くそ、貴族と関係は持っておきたいが仲間にはしたくない。俺には秘策がある。開拓者としてやっていくための。それにはこいつは邪魔になりそうな気がする。
不意に、俺の頭に師匠の言葉が蘇った。
(――――テディ、人情を大切にするのは確かに大事なことだ。けどな、それが妨げになるってんならぱっぱと捨てろ)
急速に心が冷え込んでいくのを感じる。
「お前が役に立つと思えばな。悪いけど、足手まといはいらないんだ」
それはある意味、本心からの言葉だったかもしれない。
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「おかしいですね、ここらへんにいるはずなんですが……」
僕達をここまで連れてきてくれた職員さんが、開けた場所でそう呟いた。
辺りを一度眺めると、彼はこちらに振り向く。
「すみません。次の職員がここにいるはずなんですが、少し遅れているみたいです。私は少し探しに行きますので、皆様はここにお待ち下さい」
「………」
少し周りが殺気立った。うぅむ、ガラが悪すぎるのだ………。
できるだけ隅っこに寄って、僕は先程までしていた思考を再開する。
――――――お前が役に立つと思ったらだな。
(うーむ、やっぱり僕には……)
何もない。こう振り返ると、僕がどれだけ甘やかされて生きてきたか……いや、愛情に囲まれて生きてきたかがわかる。
現に、ついさっきまで話に乗ってくれていたテディ殿が急に冷たくなった。
開拓者というのはやはりシビアな世界のようだ。何もできない僕では何にもなれない。むぅ、何か考えねば………。
………。
(………!)
あったぞ!………しかし、これはそこまで役に立つ情報かどうかは……。それに、テディ殿はなかなかにしっかりしてそうだ。こんな情報一つで変わるかどうか……寧ろ既に知ってる可能性もある。
いや、マイナスなことばかり考えても仕方がない!僕はすすすっとテディ殿に寄って小声で話しかけた。
「テディ殿、僕は一度ここに来たことがある。その時知ったことを教えることで僕の価値を証明したい」
「あ?とりあえず言ってみろよ。話はそれからだ」
お、反応してくれた!
返すテディ殿も小声だ。うむ、こういうのも悪くない。秘密の会話!ロマンの塊だ!
うむ……しかし、考え直してもそんな大したことでもないぞ。正直に言ったほうがいいだろうか。嘘はつきたくない。僕は小声で追加した。
「しかし、そんな大したことでもないかもしれない……うむぅ………」
僕がそう言うと、テディ殿は少し考えて、小さく舌打ちした。こ、怖い……。
「阿呆。てめぇはその話で自分を売り込もうとしてんだろ?誰が「しょぼいもんです、どうぞ」なんて言われて受け取りたがんだ。
お前さ、適当に法螺吹いてでもでっかく見せる気概くらい持てよ」
「………っ!」
な、なるほど、かっこいい!
そう言われては変に謙虚になるのは失礼だ。僕は胸を張った。
「うむ、ではそれはとても有益な話であると僕が保証するぞ!」
「おう、とりあえず聞くだけ聞いてやるよ。聞いてから考えてやる。あっち行こうぜ?」
……?今ちょっと騙されたような………まぁいっか!
僕は茂みに向かうテディ殿を追った。
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皆から見えないくらい距離を取ったところで、僕達は腰を落ち着けた。
「それで、話ってなにさ?」
「うむ!それでは今から僕を見て欲しい!」
そう言って、僕はブンブンと腕を振り回す。
ぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶん。
20秒ほど回したところで、僕はポケットから小石を取り出した。小石を空中に放り投げ、それを思いっきり叩く!
――――――ドシュッ!
軽い感触とは裏腹に、物凄い勢いで小石がぶっ飛ぶ!
そのまま木を一本ぐちゃぐちゃにした!やった!成功なのだ!
僕はテディ殿に振り返って胸を張った。
「こんな感じで、ねじ巻き峠には回転そのものにパワーを与える性質があるのだ!」
しかし、どうにもテディ殿の反応が薄い。
胡座をかいて、肩肘をついてブスッとしていた。
途端に冷や汗がブワッと噴き出る。どどど、どうしよう……どどどどどどど……。
「駄目………?」
「……わりーけど、知ってた」
そ、そんなぁ………。駄目か……仲間……。いや、友達からお願いすれば……友達からならいいよね……良いかな……?駄目そう………。
予想どおり、テディ殿の反応は冷たかった。
「はぁ、無駄な時間だったな。おい、さっさと戻るぞ。周りに睨まれるのはゴメンだ」
ぐっ………!
本当に何も出来ない自分が悔しすぎて、涙が零れそうになる。でも駄目だ。開拓者も泣くけど、それはこういう時じゃないのだ。
目元をこっそり拭って、僕はテディ殿を追いかける。
それにしても、テディ殿は行動が素早い。決断したらぱっぱと行動する。歩くのも早い。置いてかれないように頑張っていると、すぐに元の場所まで戻ってきた。
「………あれ?」
人が誰もいない。場所はあっている。こうやって嫌に開けた場所は他にないはずなのだ。
困惑してるのはテディ殿も同じのようで、首を傾げた。
「おかしいな。おいクラウス、ここで合ってたよな?」
「うむ、間違いないぞ」
流石の僕でもそれくらいはわかる。僕が即答すると、テディ殿はだよな、と呟いた。
「なら、近くにいるはずだな。さっきから5分も経ってないしな……ほらみろ、あそこ!」
テディ殿が指さしたところを見れば、確かに遠くに人の一団の背中が見える!ホントだ!
「テディ殿!」
僕が叫んだときには、もう既にテディ殿は駆け出していた。僕も慌てて追いかける。
「むぅぅぅぅ!」
獣道を全力で二人で走るけれど、中々追いつかない。あれ、あれれれ……?
「む、寧ろなんか遠ざかってねえか!?」
「むおおおおおおおおお!!!!」
テディ殿の言う通り、本当に背中が遠ざかっていく!あっちはゆっくりと歩いているだけなのに!バキバキと鳴る枝たちが鬱陶しい!
「おーい!止まって欲しいのだああああ!!!!」
叫ぶ。声を枯らして叫ぶけれど、まるで声が届いてない!なんで!?
「く、くそ!銃が重すぎる!」
「下ろせば良いのだ!」
「ばか、こいつがなかったらどうにもなんねえんだよ!」
じゃあどちらにせよだめではないか!うわああああっ!
「ハァ、ハァ、ハァ………駄目だ、姿すら見えなくなっちまった。わっけわっかんねえ」
「あっちは歩いているだけなのに!うがーっ!」
ねじ巻き峠に隠されたナニカ?いや、わからない……それ以外に思いつかないのだ。いくらなんでも僕達だって歩いている大人には追いつけるはずなのに!
それにしても、まずいことになってしまった。
とにかく頑張って走っていたので、完全に道がわからなくなってしまった。
「くそ、ここ、どこだよ!?」
「わ、わからないのだ………」
僕が呟くと、テディ殿がイライラしだした。
「ばか、お前が変なこと言うからこんな事になっちまっただろうが!」
「うぅ………ごめんなさい……」
ぼ、僕のせいだ………。でも、まさかこんな事になるとは僕も思っていなかったのだ……。
僕が萎縮するばかりだろうか、テディ殿は怒る気も失せてプイ、とあっちを向いてしまった。
「チッ、キレててもしょうがねえ。兎に角帰る方法探さないとな」
そうはいっても、獣道の中を走ったせいで辺りは代わり映えのない林である。どこもかしこも同じ景色に見えてしまう。
肉体的にも精神的にも疲れてしまった僕が、近くにあった大きな岩に背中を預けた時だった。
――――ボゴゴゴゴォォォォ!
地面から、巨大なドリルと肉体を持った化け物が飛び出す!
「う、うわあああああ!!!???」
「なんだこいつッ!?」
3m位あるだろうか。そんな化け物が、僕達を見据えて両手を広げる!
突然地中から現れたその巨躯に、僕達二人は腰を抜かしてしまった。