3話 ダイナミックグレートボンバー!
クラウスが氷の檻に囚われたのとほぼ同時刻、チーム『ハンマーヘッド』は報告のためにラフティスハルト城に来ていた。
「……ヤケに慌ただしいな?」
アフロ男――ラスカルの言う通り、ラフティスハルト城内はこれ以上無いほどの混乱に侵されていた。
そんな中、ラフティスハルト家の侍女の一人があまり状況が掴めずに只々立っているだけの彼らを見つけ、縋り付いた。
「ハンマーヘッドの皆さん、良いところに来ました!き、聞いてください………坊ちゃまが、坊ちゃまがぁ……!」
言いながら涙をボロボロと流し始める侍女に、縋りつかれたラスカルは慌てた。
「ちょ、慌てなさんなって!ゆっくり、冷静になって何が起きたのか教えてくだせえな」
優しく肩を支えるラスカルに、侍女は落ち着きを取り戻す。そのまま鼻をずずっと吸い上げながら彼女は答えた。
「じ、実は…坊ちゃまが、クラウス坊ちゃまが誘拐されて、身代金10億ギルを要求するって……!」
「「ッ!?」」
ハンマーヘッドの面々は思わずお互いに顔を見合わせた。
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「む、むぅ……」
壊れないのだ……。しかも、寒い。
びくともしない氷の檻に、僕はうめき声しか出せなかった。
(……なんとかするのだ………)
視界が少し変だ。さっき、涙をボロボロと流してしまったからだろう。それくらい、僕にはモリス殿の裏切り……いや、僕が騙されただけか。兎に角、悔しかった。
モリス殿は……僕を人質にすると言った。目的は父上。間違いない。父上は莫大な富を抱えるマンイーターを統べる男の一人である。なまじなんでも出せるから、モリス殿もとんでもないものを要求してしまっている可能性がある。
……出なければ。
僕は氷の檻をもう一度ひっつかんだ。
「うぐぐぐぐぐぐっぐう!」
あかないのだあああああああ!!!
顔を真赤にする僕を見て、檻の外で岩に腰掛けているモリス殿が不意に笑い声を上げた。
「あはははは。いや、やっぱり面白いなぁクラウス君は。でも、無理だよ。アルカナは人の力じゃ、ましてや君のような少年の力如きではびくともしない」
「……アルカナ?」
聞いたことがないぞ。魔術の類か?しかし、最近では錬金術は眉唾ものだという風潮が進んでいるし、魔法は……うぅむ、本土では魔女狩りなるものがあるそうだが……。
因みに、僕は無宗教だ。かなり珍しい。理由は、父上が「神など信じて何になる、それで戦争ばかりしているのであれば本末転倒だ」と日頃からおっしゃっているからなのであろう。強いて言うなら、僕はマンイーター教であるな。
うぬぅ、思考が逸れている。落ち着くのだ。先ずはアルカナとやらである。よくよく考えれば急に氷の檻などすぐに作れるはずがないのだ。
氷は、基本的に北のさむーい地域で切り出し、それを成竹保温して届けるのが一般的。それを、この一瞬で……魔術としか思えないのだ。
そして、その答えがモリス殿の口から語られる。
「そう、島の神秘。このマンイーターにしかない、本物の奇跡だよ。本土の魔法とやらは大体パチモン、ただの手品だけどね。このマンイーターのものは違う」
そう言うと、モリス殿は地面に複雑な紋様を描く。
「…凍れ」
そう言った直後、モリス殿の手のひらから小さな氷の塊ができる。
「今書いたのがアルカナだよ。表意文字ってやつだね。これが、開拓者がこの人外魔境でやっていける最大の理由だ。
文字を書くだけで使えてしまうから、開拓者も全力で隠す。いくらラフティスハルト家の長男でも知らなかったか」
「……それを、何故僕に教えるのだ」
純粋な疑問だった。しかし、モリス殿はそれに嘲笑で返した。
「知って、何かが出来るとでも?子供が、それも脳みそお花畑の君が?」
「ぐっ……」
そう言われてはどうしようもない。事実、僕はこうやって間抜けにも捕まっている。
む、むぅぅ……。父上に申し訳が立たぬ。なんとしてでも、突破口を開かなければ……。
(……そうか!)
氷の檻も、アルカナとやらの力だという。ならば、氷の檻の下にはその文様があるはずである!それを確認して、僕も氷の力を使えば良いではないか!
幸い、氷は透けて見えるほどに澄んでいる。僕は、地面を凝視した。
………。
………。
………あれ?
「あははは、言うのを忘れてた。アルカナは一度書けば消える。綺麗サッパリね。書き直すのが面倒だと捉えるか、それとも証拠隠滅が楽でいいと捉えるべきか、難しいところだけど」
「ぐぬぬぬぬぬ」
なんということだ、まさか何もないとは……。
僕が項垂れた、その時だった。
――――――ザッ、ザザザッ
(足音!)
人のものだ。僕だって流石に聞き分けは出来る。さっきからドリルペッカーが何かに衝突する音か、草木が風に揺れる音か、よくわからない変な3本足のよくわからない生き物がもぞもぞと土の中に潜る音だけだったのだ。
しかし、その音を聞いてモリス殿は更に何かを察したらしい。すぐに笑みを深めた。
「……来たね」
(………ッ!)
僕は、草むらの向こうから現れた彼らを見て言葉を失った。
「ハンマー、ヘッド?」
僕が呟いた直後、ラスカル殿が笑顔でサムズアップする。
そしてそれを、今度は下に向けた。
「クラウス、なーにほいほい捕まってんだあほたれ」
「むぅ……」
返す言葉もない……。
落ち込む僕の横で、モリス殿が笑った。
「実際楽だったけどね。さあ、約束通り10億ギル、渡して貰おうか」
じゅ、10億ギル!?
く、くそぅ……。僕がもっと冷静だったなら、もっと考えておけば……。僕のせいだ。くそ、くそ、くそっ……!
父上は、偉大な人だ。僕の祖父は、騎士ではあったものの奔放な冒険家であったという。騎士道物語の如く各地を旅し、そして……亡くなられた。
父上は若年にしてラフティスハルト家を継がなければならなくなり、その中で苦しんで苦しんでなんとか騎士から貴族にまで上り詰めたという。
更に当時発見されたばかりのマンイーターの開拓を任され、様々な難題と悪戦苦闘する日々。そして苦節15年、なんとかここまでラフティスハルト家を大きくした。
その父上に、僕は自らの軽薄な行動で迷惑をかけてしまうのか……。
その時だった。
「あっーっはっはっはっはっは!」
急にラスカル殿が大声で笑いだした。チームメイトですらドン引きしている。
しかし、当の本人は気にした様子もない。笑いを止めると、ビシッと僕を指さした。
………僕?
「まさかこんな形で役立つとはなあ。クラウス、ポケット探ってみな」
僕が言われたとおりにポケットを探ると、変な紋様の書かれた紙切れが出てきた。
僕が疑問を思っていると、すぐにモリス殿が呟いた。
「火のアルカナか。そんな物を渡して何になる?素人がアルカナを使えるわけがないだろう」
「あーそうだ、なんにもならねえな。おいクラウス、その紙っ切れ握ってでっかい炎イメージしてみろ」
でっかい、炎?
僕がイメージしようとすると同時に、モリス殿が笑う。
「なんだ?まさか、アルカナでこの氷の檻を溶かさせる気か?諦めなよ、こいつはただの大馬鹿者。期待するだけ無駄だよ」
「確かに、炎をイメージするって意外と難しいからなぁ。でもよ――――」
炎、炎、炎。でっかい炎、とびっきりの炎、渦巻いて突風を伴うようなそんな炎!
「――そいつ、お前の言う通り抜群の大馬鹿者だからな!」
「点火!」
直後、僕の体から爆風が吹き出す!
「なんだとっ!?」
「うおおおおおおおっ!!!!」
氷の檻が、溶け切る!そして爆発!
――――ドン!
「ぐああああああ!?馬鹿な、一瞬でアルカナをここまでイメージ出来るやつなんて、しかもこれだけの火力!そんなやつはいるはずがない!」
焦っているモリス殿が、吹き飛ばされながら叫ぶ。
む、むぅ……頭が少し重い。体もダルいのだ。
「はぁ、はぁ……。僕は、今まで妄想ばっかりしてきたのだ。みんながいつもバカにするけど……それでもやめられないくらい、色んな妄想をしてきたのだ」
僕の隣に、ラスカル殿が立つ。
「そういうわけだ。事実、俺はこいつにはアルカナの才能があると見込んで今朝紙っ切れをこっそりポケットに突っ込んだんだけどな。
……肝心のアルカナを使わせるのを忘れていた」
「お頭……」
「ラスカル……」
「ラスカル殿……」
皆のジト目がアフロ頭に突き刺さり、ラスカル殿は狼狽した。
「い、いいだろ!?結果的に良かったじゃん!バンザイ!ピンチをチャンスに変えた!バンザイ!」
一人で勝手に両手を上げ下げするラスカル殿に、ついにモリス殿が逆上した。
「ふざけるな!そんな、そんなメチャクチャな話があるか!馬鹿がバカしたせいで僕が負けたというのか!」
「そうだぜ」
バンザイをやめ、ラスカル殿が笑いながら答える。
「俺が思うに、開拓者ってえのは職業自体が馬鹿馬鹿しい。なんで人のために人外魔境突っ込んでアンチフォースぶっ刺ささねえといけねえんだ?
一攫千金?金ってのは命あっての物種だ。マンイーターは危険すぎて命がいくらあっても足りねえ。割に合わねえよ、流石に。じゃあ開拓者になるべきなのは誰なんだ?ってなるよな」
そこで、一度ラスカル殿は言葉を区切った。
そして、僕の頭をガシッと掴む。
「決まってるだろ、それこそお前の言う『大馬鹿モン』だ。理屈とか全部ほっぽりだして、本気でマンイーターに恋してるやつ。本能で動いちまうようなくるくるぱー。
こいつだよ。一流の開拓者っつーのはな、お前がついさっきまで嘲笑っていたこいつみたいなやつのことを言うんだぜ!」
(………ッ!)
涙が、両の眼から溢れ出る。
ラスカル殿がそんな僕の頭をワシャワシャと乱暴に撫でた。
涙が、止まらない……っ!
「ぼ゛、ぼ゛く゛は……!ぼ゛く゛は゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
「いいか、クラウス。胸を張れ。お前は一流の開拓者になれる男だ。
大いに泣け。好きに妄想しろ。そして、お前が自分の心を偽らなければ必ず最高の開拓者になれる素質を持っているのだってことを自覚しろ!」
「は゛い゛!」
涙をゴシゴシと拭う僕の前で、遂にモリス殿の怒りが最高潮に達した。
「茶番を見せやがって………何が最高の開拓者だ!馬鹿は馬鹿だ、それ以上でもそれ以下でもない!開拓者なんて、金を稼ぎやすいだけの職業に過ぎないんだよ!」
「おうおう、かかってきなクソ野郎!サシでぶちのめしてやるよ!」
「黙れ!絶氷の槍!絶氷の盾!」
瞬時にモリス殿の手に氷の槍と盾が生成され、それを彼は構えた。
そして、槍を突き出しながらモリス殿は駆け出した!
「……え?」
狙いは、僕!?
どんどん、槍が近づいてくる。な、何か。何かしないと……!
――――ブチュ!
肉が貫かれる音がする。
でもそれは、僕の体からではなかった。
「……くそー、いてえ」
「ラスカル殿!?」
ラスカル殿の左腕を貫いて、槍は止まっていた。僕の目の前で。
怒りに顔を染めたラスカル殿は、荒い息を吐き出しながら叫ぶ。
「モリス、いや詐欺師ランバーと言おうか!取り出す武器もありふれてるかと思えばやり方も狡い事極まりねえな!しかもカネ目当て?論外だ!」
そう言って、ラスカル殿は貫かれた左腕に力を込めた。
モリス殿が焦る。
「ぬ、抜けない!」
「食らいやがれド三流!こいつが、本当の『アルカナ』ってやつだ!」
そう言って、ラスカル殿が右手を振り上げる。
「ダイナミィィィック!」
腕をグルングルンと振り回す!ねじ巻き峠の性質が、ラスカル殿にパワーを与える!
「グレェェェェト!」
ラスカル殿の右拳が発光し、そのまま強烈なストレートを氷の盾に叩きつける!
「ボンバァァァァァ!!」
直後、ラスカル殿の拳から連鎖爆発が巻き起こる!
――――――ドカンドカンドカンドカン!
「ぐあああああああ!!!!!」
絶叫とともに、モリス殿は完全に地に伏した。す、凄い……同じアルカナでも、僕とラスカル殿ではこんなにも規模が違う!
ボロ雑巾のようなになったモリス殿を担ぎ上げて、ラスカル殿はニカッと笑った。
「帰るぞ、クラウス!」
そう言われた瞬間、僕の今まで張り詰めていた心が一気に緩む。眠いのだ……。僕の視界は暗転した。
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「はっ!」
「ぼ、坊ちゃま!ご無事ですか!」
起きると、僕はラフティスハルト城のベッドにいた。
皆僕の周りに集まっている。
「大丈夫なのだ。心配をかけたのだ」
周りを見渡していると、そこには先程貫かれたところに包帯を巻いているラスカル殿がいた。
「ラスカル殿、怪我は大丈夫なのか!?」
「ん?ああ、あいつの槍細かったからな。そんな大惨事にならねえよ。全く、槍までもしょぼいとは正真正銘の三流だぜ」
よ、よかった……。僕は庇われた側だ。ラスカル殿がこれで大怪我をしていたら、後悔してもしきれなかったと思う。
そんなところに、父上が入ってきた。
「起きたか、クラウス」
「父上……!」
父上の表情は暗い。当然だ。父上にとっては、頭の痛い話だったと思う。
僕はすぐに頭を下げた。
「父上、この度は申し訳ございませんでした。今後はこのようなことがないよう、軽率な行動は控えて学業に専念し――――」
「クラウス」
父上の声が、僕の声に被さった。
「楽しかったか?」
「………ッ!」
ど、どうしよう。なんと言えば良いのかわからない。
「た、楽しかったです………」
い、言ってしまった。素直に言ってしまった。なんて言われるだろう。父上はあまり激しく怒らない方だ。でも、今回ばかりは――――
「――そうか」
あれ?
声音が、優しい。俯く僕の前で、父上は僕に背を向けた。
「明日午前10時。新しい開拓者……ルーキーを求める試験がある。イーストサイドだ。好きにしろ」
「ち、父上!」
「二度は言わんぞ」
う、うぁぁぁ………。ま、また涙が……。
「は゛い゛!」
ボロ泣きする僕の横で、ラスカル殿も号泣する。
「う゛お゛お゛お゛!よかった、よかったなぁクラウスうぅぅ!」
――――開拓者でも泣くのか。
「うわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!」
僕は大泣きした。
アルカナのルビが英語なのは演出です。実際はアルカナは地球とは全く関係ない表意文字です。