070 お食事会?
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
資料から魔物に関する情報やオークに関する情報、周辺の地理に関する情報を得る。
昼が近くなったので、ギルドを出る。
宿に戻り、女性陣の部屋を訪ねると、3人はすでに戻ってきていた。
やはりあまり細かい打ち合わせはなく、こちらの希望と予算、それに簡単な質問に答えるぐらいで注文は終わってしまったらしい。
「それで、どれくらいでできるんだ?」
「天候にもよるみたいだけど、2、3ヶ月。遅くても年が変わる前にはできるって」
年が変わるまでとなると、すでに4ヶ月は切っている。結構大きい家であることを考えると、やっぱり早いよなぁ。
「前金をポンと払ったことと、予算があんまり厳しくないこと、それに取りっぱぐれが無さそうなのが高評価だったみたいね」
「前金とかはともかく、取りっぱぐれが無さそう、っていうのは?」
俺たちが冒険者なのは知っていても、稼ぎが解るほどには有名じゃないだろ。
「アエラさんの店の関係みたいよ? 手がけた関係で、時々食べに行ってるらしくて、私たちがお肉を卸してるのも知ってたわ」
「肉の値段を考えれば、回収は難しくないと思ったワケか」
事実、必要なだけの肉は持っているわけだし。
「ナオくんたちは何してたんですか?」
「俺たちはギルドに行って、ディオラさんに話を聞いたり、資料を読んだり、だな」
ついでに、オークの巣や氾濫に関することも伝えておく。
ナツキは資料を読んでいるだけに、氾濫については少し考えていたみたいだが、魔石の買い取り価格が上がることやギルド主催の討伐などについては知らなかったらしい。
1日あたり4匹、額にすると金貨12枚分稼ぎが増えるわけで、教えてくれたディオラさんには感謝である。
「それより、メシを食べに行こうぜ。ハルカたちも食べてないんだろ?」
「えぇ。あなたたちが帰ってきてからと思っていたからね」
「じゃあ、アエラさんのとこでどうだ? そろそろあのソースができる頃だろ? アレを使ったメニューとか増えてるかもしれないぜ?」
「そういえば、もうそんな時期ね。私たちのも完成してるのかしら?」
そう言ってハルカが視線をやる先には、アエラさんから分けてもらったソースの壷が。
自分たちで料理を作らないので、放置したままである。
せっかくの機会なのでフタを開けて覗いてみると、あれだけ詰め込んでいた果物や野菜類の形は完全になくなり、すべて液状になっている。
漂ってくる香りは、アエラさんのところで食べた物よりも少し甘いような気もするが、良い感じである。
「無事にできているみたいだな。しばらくは使えないが」
「そうですね。あえて使うなら、お昼を自分たちで作る時でしょうが、買って行ってますからね」
森の中で火を熾して料理するのは、結構手間がかかるのだ。
微睡みの熊亭で購入できる昼食、そして時にアエラさんのところまで足を伸ばして買ってくる肉ポステ。これらが十分に美味しいので、時間を掛けてまで自分たちで昼食を作る気には、あまりなれないのだ。
そして作れる料理が基本、肉を焼いた物に限られることも影響している。美味いのは美味いんだが、塩で焼いただけの肉なんて、あまり頻繁に食べたら飽きるよな? 多少金銭的には余裕があるのだから、普通にアエラさんのお店で美味い物を食べたい。
「それよりメシだよメシ。そしてできればトミーも誘いたい。できたら奢ってやりたいんだが……」
待ちきれないようにトーヤが立ち上がってそんなことを言い、財布を握っているハルカを窺う。
う~む、確かにトミーにも昼休みぐらいはあるかもな。誘いたいのは多分、身体強化について訊きたいからだろう。
「トミーを? 1食奢るぐらいは構わないけど、突然ね?」
「いや、実はさっき、ディオラさんに話を聞きに行ったのは、そのあたりのこともあったんだよ」
そう言ってトーヤは、魔力を使った身体強化や魔法剣に関する話、そしてそれにトミーの【筋力増強】が関連しているのではないか、という予想を話す。
そう聞かされて、ハルカのみならず、ナツキとユキも少し考え込んだ。
身体能力の強化は可能なら全員できるようになりたいことだし、トーヤと同じように接近戦を主とするナツキは特に興味があることだろう。
「なるほどね。私たちも覚えられるなら昼食代ぐらい安い物ね」
「う~ん、できたらコピーさせてもらおうか? それであたしが覚えられたら、教えやすいし?」
「おぉっ! 確かにそれは良いかもな!」
魔法が使えて魔力操作に慣れていて、さらに【スキルコピー】ができるユキなら、ある意味うってつけかもしれない。問題は、トミーにユキを指導するだけの時間が取れるかだが……。
「トミー、この宿に移りたいって言ってたんだよな? 数日分の宿賃を負担してやって、それを対価にユキに教授してもらうか?」
「数日分ぐらいなら構わないけど、それ以降は? 『覚えられたから、帰って良いわよ』はさすがに可哀想じゃない?」
俺がそう提案すると、ハルカは頷きつつも疑問を挟んだ。
「あ、それは大丈夫だぜ? 移るのはほぼ決まりのはずだし、宿賃を出すぐらいの給料はあるはずだから。さらに数日分それが浮くならトミーとしても助かるだろ」
「じゃあ、取りあえずは誘ってみましょうか」
「オッケー! じゃ、オレが誘ってくるわ。アエラさんの店の前で待ち合わせな!」
そう言うが早いか、部屋を飛び出していくトーヤ。
まぁ、トミーが昼食を先に食べてしまうとダメなんだから、急ぐこと自体は構わないんだが、何か忙しない。
「それじゃ、私たちも行きましょうか」
「そうですね。トーヤくんだと、あまりのんびりしていると待たせることになりかねませんから」
普通に考えて、ガンツさんの店に寄る必要があるトーヤの方が早いことはあり得ないのだが、あのペースで走って行かれると無いと言いきれないところがある。
俺たちは顔を見合わせて頷くと、やや足早に宿を出た。
◇ ◇ ◇
アエラさんの店に着いて待つこと暫し、トーヤが1人のドワーフを連れて小走りにやって来た。
言うまでも無く、そのドワーフはトミーである。全力疾走でないのは彼への気遣いだろうか。
「すまん、待たせたか?」
「いいえ、思ったよりも早かったぐらいね。こんにちは、トミー」
「お久しぶりです、ハルカさん、ナオ君」
「おう、久しぶり。急に誘って悪かったな」
「いえ、奢って頂けるなら、来ますよ。それと初めましてと言うのも変ですが、古宮さんと紫藤さん、ですよね?」
「その姿とは初めましてですね、トミーさん。ナツキでお願いします」
「あたしもユキで、ね。しかし、見事に変わったもんだねぇ~」
「ははは、そうですね。言われないと解らないですよね」
感心するような、それでいて少し呆れも交じったようなユキの声にトミーも苦笑する。
ほぼ変化していないユキとナツキ、かなり面影の残っている俺とハルカ、それにトーヤに対し、トミーは元の姿からは全く想像できないからなぁ。
「それじゃ入りましょうか」
ハルカに促されて店の中に入ると、すぐに明るい声がかかった。
「いらっしゃいませ! あ、ハルカさん! 5名でよろしいですか?」
「今日は6人なの。あいてる?」
「えーっと、はい。あそこの奥にお願いします。すぐに椅子をお持ちしますので」
アエラさんの指さす方を見ると、テーブルが1つだけ空いている。
それ以外はカウンターも含めてすべて埋まっているので、お店の方も無事盛況なようだ。
「あ、自分で持って行くよ。椅子は……」
「ありがとうございます。あそこから持って行ってください」
見ると、壁際に椅子がいくつか並べておいてある。この前来たときはなかったので、5人以上でテーブルを使うお客用に新たに購入したのかもしれない。
その中から2つ、俺とトーヤが椅子を持ってテーブルに向かい、席に着いた。
「注文は日替わりで良い? トミーも」
「はい。ボクは何でも構いません」
俺たちも頷くのを確認して、ハルカが6人分の日替わりを注文する。
そして俺たちが一息ついたのを確認すると、トミーは居住まいを正し、深々と頭を下げた。
「えっと、改めましてハルカさん、ナオ君。あの時は助けてくれてありがとうございました。それから、あの時貸して頂いたお金、大変助かりました。あれがなかったら正直、かなり厳しかったです。お返し致します」
そう言って取りだした金貨3枚をハルカに差し出す。
「お金、余裕はあるの?」
「はい。トーヤ君のおかげで定職に就くことができましたので、大丈夫です」
「そう。じゃあこれは受け取っておくわね」
半ばあげたようなつもりだったし、今の俺たちからすれば金貨3枚ぐらいなら返してもらわなくても問題ないのだが、きちんと返そうとする律儀さは好感が持てる。
ハルカもそう思ったのか、素直に受け取り財布に入れる。
「トーヤ、誘った理由とかは話した?」
「いいや、何も」
「トーヤ……まあ、良いわ。一先ずは、食事にしましょうか。来たみたいだし」
ナツキの視線を追って後ろを向くと、アエラさんがお皿を持って近づいてきていた。
「お待たせしました。日替わりです」
ささっと並べられた今日の日替わりは、スープが1皿にパン、それになんとトンカツが付いていた。
「今日は少し豪華にお肉付きですよ。ソースができましたから! お肉を出せるのは皆さんのおかげですけどね」
えへへっ、と笑って、「他の皆さんのも持ってきますので、少し待ってくださいね」と言い、厨房へ引き返すアエラさん。
「こ、これってトンカツですよね? しかも、それっぽいソースまでかかってますよ?」
驚いたようにお皿を指さすトミーに重々しく頷く俺たち。
「ああ。正確には、豚じゃなくて、オークカツだな」
最近、アエラさんに売っているお肉はオークだし。
はっきり言って、タスク・ボアーよりも美味いので全く問題ない。
「ソースも、まぁ、多少の好みはあるかもしれないが、十分美味いぞ? 『どこのメーカーのトンカツソースじゃないとダメだ』なんて事は言わないだろ?」
「そんなこと言いませんよ! 日本で売っているソースなら、どんな物でも受け入れられますね、今なら! トンカツに焼きそばソースを掛けられても文句は言いません」
個人的には、焼きそばソースよりはよっぽどトンカツに合うソースだから、そこは安心しても良い。
その後、全員の料理が揃ってから食べ始めたのだが、今回のソースは前回食べたソースよりも僅かに甘みが強く、香りはより際立っていた。とても1週間ほどしか熟成していないとは思えないその深い味わいは、文句なく美味い。
ソースの味が濃いため、野菜たっぷりのあっさり風味のスープも、口をさっぱりさせるのにちょうど良い。
今回のパンは木の実などは含まれないプレーンな物だったが、ソースを付けたトンカツと一緒に食べるには合っている。
「今日の日替わりも美味しいですね」
「うん。トンカツも柔らかいし、良くできてる」
「オークと聞いて一瞬躊躇しましたが、ソースもお肉も美味しいですね!? 微睡みの熊亭以外にもこんな良いお店があったとは……お店も綺麗ですし、このお値段なら、ボクでも食べに来られそうです」
他のメンバーからの評価も高いようで、ランチは瞬く間になくなった。
「ふぅ、美味しかったです。ごちそうさまでした。こんなソース、あったんですね」
「これはエルフ秘伝のインスピール・ソースらしいわよ? この街だと、このお店でしか出てこないんじゃないかしら?」
庶民が入れないような店を除けば、このレベルの料理が普通に出てくるお店があれば、多分耳に入っている。当初は料理屋に関しては、色々と情報収集したのだから。
その中で知ったのが例の喫茶店だが、確かにそれなりに美味かったが、高い上に、このお店には全く敵わない。
このお店には立地という不利な点はあるが、近いうちに評判になるのは間違いないだろう。
アエラさんを応援したいのは本心なのだが、そうなると俺たちもなかなか利用できなくなりそうで、痛し痒しである。
「秘伝のソースですか。売っているなら、買い込みたいところだったんですが。これを掛ければ多少不味い料理でも食べられそうですし」
そう言うトミーの言葉に俺たちは顔を見合わせ、首を振った。
俺たちのインスピール・ソースを分けてやっても良い気もするが、何分、このソースは凄すぎる。
適当に果物と野菜を放り込むだけで簡単に増やせてしまうのだから、その製法と味が知られてしまえば、ドンドン増やされてしまうのは想像に難くない。
そうなるとアエラさんの店の売りが1つ無くなってしまうわけで、アエラさんの厚意でソースを分けてもらい、製法も教えてもらった俺たちとしては安易に漏らせるようなことではない。
「皆さん、いかがでしたか?」
「ええ、すごく美味しかったわ。ソースも美味しくできてたし」
「はい! やっぱり良い物を使うと味も良くなりますね。昨日からカツサンドも売っているんですけど、凄く好評ですよ。昨日買った人が、今日は何個も買って行ったせいですぐに無くなっちゃいましたから!」
肉ポステよりも高い値段を付けていたため、初日こそ売れ行きが悪かったらしいが、一度食べるとリピーターになるほどには評判が良かったのだろう。
正直、俺も買いに来たいし。
走り込みがてら、朝の訓練前に買いに来るようにしようか?
「じゃあ、お店の方も順調?」
「はい! 最近は夜の予約も入るようになりましたので、利益は確実に出るようになりました。これも皆さんのおかげです。ありがとうございます」
アエラさんが笑顔でぺこりと頭を下げる。
やっぱり可愛い子は笑顔が良いよな。最初、俺が店に入ったときには、ほぼ泣いていたことを思い出すと、ちょっと感慨深い。
まぁ、実際は俺たちよりも年上なんだが。
「それはアエラさんの美味しい料理があってこそですよ」
「そうそう。あたしたちはちょっとアドバイスしただけだから」
「でも、そのアドバイスのおかげで店が続けられたんです。これ、お礼というほどじゃないですけど、お茶のサービスです。ゆっくりしていってください」
そう言ってアエラさんはテーブルにティーカップを並べ、日替わりのお皿を回収して、少し足早に戻っていく。
テーブル数は少ないとはいえ、1人で切り盛りする以上はやはり忙しいのだろう。
「皆さん、あの方になにかされたんですか?」
「そうだな……トミー、この店を見てどう思う?」
「すごく良いお店ですよね。綺麗でゆったりしていて、このティーカップも陶器製ですし。ボク、こちらに来て陶器の食器なんて初めて見ましたよ」
焼き物の器は割れるので、安い食堂なんかでは全く使われていない。カップも木製か、少しマシなところで金属。パンを出すときなんか、そのままテーブルに置くような所すらある。
「他には?」
「他、ですか? さっきのエルフさんが可愛い?」
うん。そうだね。でもそこじゃない。
「それは同感だが、店じゃないだろ?」
「あとは……普通の喫茶店みたいですし……普通? いえ、普通じゃないですよね、このお店。『日本では』普通かもしれませんが」
「そこだよ。予想だが、多分クラスメイトの誰かが中途半端なアドバイスをしたみたいでな。行き詰まっていたアエラさんとたまたま知り合った関係で、この世界の状況に合うように多少アドバイスをしたってわけ」
「それで、ですか。確かに、日本の喫茶店をそのまま持ってきても上手く行くわけ無いですよね。誰か解りませんが、困った人がいますね」
「この世界の常識って物があるからなぁ。無償ならまだしも、しっかり金はもらってとんずらしてるわけだから」
「うわ、それは結構悪質ですね」
どうも店が営業を開始する前に姿をくらました節があるので、案外、簡単に上手く行かないことは認識していたのかもしれない。だとすると、余計に悪質だが。
「でも、皆さんが立て直したおかげで、ボクも美味しい食事ができるわけですか。トンカツ、美味しかったです」
「まぁ、俺たちも食べたかったから、アエラさんに教えたんだけどな。知り合えたのは互いに幸運だったよ」
可愛いエルフさんを助けられて、美味い食事が食べられるようになって、インスピール・ソースまで貰えて。
多少の手間はかかったが、収支は大幅なプラスである。
「ところで、食事に誘ってくれたのには理由があるって事でしたが?」
「ああ、そうだった。トミーに聞きたいことがあったんだよ」
「お世話になってますし、大抵のことならお答えしますが……」
答えられるようなことがあったかな、とでも言うように首を捻るトミー。
「今日、トミーを呼んだのはあなたのスキル【筋力増強】について訊きたかったからなの」
そう言ったハルカに、トミーは少し驚いたように、数度瞬きをした。