064 マジックバッグが進化した
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
無事に街まで戻り、オークを売却。全員の冒険者ランクが2に上がる。
更に3日ほどオークをメインに狩ってお金を稼ぐ。
ディオラさんから土地の買い取りの進捗状況を聞く。
昨日の午後から降り始めた雨は、今日もまだ降り続いている。
必然的に今日の仕事は休みとなり、各自室内で訓練となる。
俺とユキ、ハルカは例の如く魔法と錬金術の訓練。ナツキは魔法陣の刺繍。
唯一することの無いトーヤはしばらくの間、ベッドでゴロゴロしていたのだが、先ほど「雨天訓練だ!」と叫んで外へと飛び出していった。俺たちは何も言わなかったのだが、1人だけ何もしていないのが耐えられなかったようだ。
普通なら風邪が心配なところだが、きっと【頑強 Lv.4】が仕事をしてくれるだろう。
「今日こそは『軽量化』と『空間拡張』を成功させたいな」
「大分安定して発動できるようになったから、なんとかなるんじゃない?」
「そう願いたい」
幸い、マジックバッグへの付加自体は、魔法陣に込められた魔力を解放することで何度でも練習ができる。
普通にインクで書いただけだと、付加と解放を繰り返すと劣化していくようなのだが、刺繍にした影響なのか、今のところ劣化の兆候は見られていない。
それでも一応練習は、バックパックでは無く、普通の麻袋を利用して行っている。そして、それを支えてくれているのがナツキである。
ハルカが錬金術師として付加作業、俺とユキが時空魔法を使う傍らで、チマチマと作業を続けてくれているのだから。
「多分、半分ぐらいは行ってるんだよなぁ」
魔法の付加は、魔法を使って発動直前で維持、その魔力を流し込むことで完成する。
今ネックになっているのは魔法の維持部分。感覚的には半分程度魔力を流し込んだぐらいで、魔法が崩れて魔力が霧散してしまっている。
ハルカの方はきっちり受け止めてくれているようなので、ちょっと情けない。
「もうちょっと小さい物でやってみる? 魔法陣を小さくすれば、流し込む時間は減らせるわけだし」
「う~ん、それとはちょっと、違う感じなんだよなぁ……」
最初の頃にやってしまったように、小さい魔法陣に大量の魔力を流し込むのは完全な無駄で、魔法陣の大きさに適した魔力を的確に流し込めば、最短の時間で付与が行える。
つまり、小さい袋と小さい魔法陣を用意すれば、僅かな時間だけ魔法を維持すれば、付与が完了することになる。
だが、今俺が失敗している原因が単純な維持の問題だけに起因するのかと言えば、何となく違う気がする。殆ど勘みたいな物でしかないのだが。
しかし、『では何だ』と言われてもよく解らない。『勘』なので。
「ねぇ、ナオ、この部分は読んだ?」
「ん? それは、時空魔法の魔道書、下巻か? 軽く眺めた程度だな」
ユキが差し出してきたのは時空魔法の魔道書、下巻。
まだまだ上巻ですら完全には理解できていないのだ。
下巻はどんな魔法が載っているか眺める程度しかしていない。
「なら、ちょっとここ、読んでみて」
「なになに……『コラム――時空魔法は儲かる魔法?』。おい、これが何の――」
「良いから取りあえず読んでみる」
「お、おう……」
予想以上に軽いタイトルにユキに抗議したが、少し強く『読め』と言われたので素直に読んでみることにする。
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【コラム――時空魔法は儲かる魔法?】
やあ、読者のみんな。魔法の習得は捗っているかな?
それとも習得難易度の高さに、挫折している頃かな?
気持ちはよく解るよ。他の系統に比べて難しいし、使いづらいもんね、時空魔法。
火魔法ならドッカン、ボッカン、解りやすいし、水魔法は水という必需品が出せる上に氷で攻撃もできる。更に夏場に氷を売れば楽に稼げるんだから一生安泰だよね。
土魔法もちょっと地味ながら侮れない。危険なことをしなくても土木工事の手伝いをしていれば歳をとっても働けるんだから、結構悪くない。
光魔法は言うまでも無いよね。レベル1から引っ張りだこさ。レベル5とか6にでもなれば、みんなに尊敬されて、その気になれば遊んで暮らせるよね。
その点、風魔法はちょっと親近感涌くよね。高レベルにならないとあんまり凄くないし。いや、あるとちょっと便利って感じの魔法なんだけど。
闇魔法? アレはちょっと別枠だよね。便利とか便利じゃないとか論ずる対象じゃ無いというか。
そう考えると、時空魔法はちょっと使いづらい。
レベル3ぐらいまではかなーり微妙な効果だし。
だから、レベル4の『聖域』とかちょっと期待しなかった? 誰が付けたんだろうね、この名前。凄そうなのに、効果はショボいというか……。
でも実際、ボクが一番使ったのはこの魔法だね。野営するときには便利なんだ。虫が一切入ってこなくなるから。もちろん、本来の使い方はそうじゃないし、高レベルの人が使うと凄いんだけど。ボクの師匠の場合、矢でも魔法でも跳ね返していたからね。
レベル6で『転移』を使えるようになったときは嬉しかったなぁ……その直後、全力で使っても視界内程度にしか飛べない事を知って滅茶苦茶ヘコんだけど。
もちろん、これも高レベルの人が使うと凄いよ?
でも、そこまで到達できるのはほんの一握り。レベル6の魔法を使えるようになるのすら普通は難しいんだから。
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「……なぁ、ユキ。これって愚痴しか書いてないんじゃ?」
「まぁまぁ、最後まで読んでみてよ」
「そうかぁ? 時間の無駄なような気もするが……」
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そんなわけで、大抵の人は途中で挫折するんだよね、時空魔法って。
『極めれば凄い!』と言われても、自分が使えるようになった魔法がショボいのばかりだと、モチベーションが維持されないし、現実的に生活に困るからね。
普通の人は魔法の練習ばかりしていられないんだから。
そんな人がすぐに思い至るのはやっぱりマジックバッグじゃないかな?
マジックバッグといえば時空魔法、時空魔法といえばマジックバッグ、と言うぐらいによく知られた話だからね。
そう、確かにマジックバッグを作ることができれば、時空魔法使いも将来安泰、左うちわの生活が約束されている。ボクも結構稼がせてもらったからね。
だからこんな本をのんびりと書くような時間が取れたんだけど。
それはともかく。
マジックバッグと言っても、実際はそんな簡単には作れない。
実質、レベル3までの魔法で十分なんだから、途中で挫折したような時空魔法使いでも作れる、そう思うだろ? いやいや、簡単にできるなら、もっと売っているはずさ。売っていないということは、そういう事。
まず錬金術師。ペアで仕事をする相手が必要になる。
この相手の錬金術師にはあまり高度な技術は求められないんだけど、適性が必要だから、誰でも良いというわけではない。
それに、時空魔法使いと呼吸を合わせないといけないから、相性が悪いと全く上手く行かないんだよ。つまり、逆に言えば、上手くできる相手とは相性が良いって事だね。実はボクの奥さん、錬金術師なんだよね。はっはっは。
おっと、また話が逸れたね。
マジックバッグの話だ。
実のところ、マジックバッグに付与する魔法が1つ、つまり、『軽量化』、『時間遅延』、『空間拡張』のどれか1つだけならマジックバッグを作るのはそう難しくない。
初級の時空魔法使いでも結構成功させるんじゃないかな?
それに、実際に使うなら1種類しか機能がないマジックバッグでも意味はあると思うんだけど、これが売れない。
いや、売れないというか、『軽量化』、『時間遅延』、『空間拡張』がかかっている物がマジックバッグと思われているから、マジックバッグ扱いしてくれないんだよね。
固定観念というヤツかな? 単機能のマジックバッグという市場があっても良い気がするんだけど、商人が買ってくれないんじゃ製作者はどうしようもない。ボクも最初のウチはかなり金策には苦労したよ。
さて、単機能のマジックバッグが売れないとなれば、もう頑張って3つの魔法を付与した、一般的概念でマジックバッグと呼ばれる物を作るしかないよね?
でもこれが難しい。
まず3つの魔法を同時に発動させないといけない。気分的には両手で文字を書きながら、足で絵を描くような感じさ。
これに関するコツはあんまりないね。ほぼ無意識で魔法が使えるように練習するしかないかな? 結構練習でなんとかなるよ、これは。
ネックになるのはその次。発動した魔法を魔法陣に流し込むんだけど、単純に流し込むだけじゃ、ほぼ確実に失敗する。ボクもこれで悩んだ。
発動した魔法を均等になるように同時に流し込んだり、順番に流し込んだり、順番を変えてみたり……とにかく何度もいろんな事を試したものさ。とにかく大変だった。
多分、パートナーの励ましがなかったら途中で挫折していたね。その試行錯誤の日々が二人の愛を育んだわけだから、無駄ではなかったんだけどさ。
ま、結局必要だったのは、それぞれの魔法を自分の中で1つに混ぜ合わせてから、魔法陣に流し込むことだったんだけどね。
え? そんな風に言われても解らない?
そうだね、イメージとしてはそれぞれの魔法を色つきの水に例えて、それを自分の中で混ぜ合わせて新しい色を作り、それを魔法陣に注ぐ感じかな?
少なくともボクはそれで上手くできるようになった。
キミもそれができるようになれば、お金をガッポリ稼げて、優雅な生活ができるようになるよ。
もちろん、気の合うパートナーが必要だけどね?
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「何じゃこりゃぁぁ!! 殆ど愚痴とのろけ! 必要なのは最後の数行のみ! ついでに言うなら、そんなアドバイスは上巻に書いておけよぉぉぉ!!!」
ユキに言われるままに全部読んでみたが、大半は大して意味も無い内容だった。
最後の部分のアドバイスは多少有益だったが、それならマジックバッグに関する記述がある上巻に数行追加して書いて置けば済む話である。
「嫌がらせ? 嫌がらせなのか!?」
「気持ちは良~く解るよ。途中で読むの、止めたくなったよね? 無駄に長いし、『コラム』で本文と関係なさそうだし」
俺の憤りにユキも同調するように、深く頷く。
「そして最後にさらっと重要そうなアドバイスとか、絶対自分が苦労したから、ちょっと困らせてやれ、とか思ってるよね、これ」
「おう、そんな気がする。わざわざ下巻に書いてあるあたりもな!」
せめて上巻、マジックバッグに関する記述近くに載っていれば、まだ読んだ可能性もある。だが、実際には下巻である。
下巻に載っているのは、レベル8以上の魔法と、より高度な概念などである。そこまで到達していない魔法使いの場合、下手したら買っていない可能性すらある。
「よく解らないけど、何か良いことでも書いてあったの?」
そんな風に意気投合していた俺とユキに、ハルカが首をかしげて訊いてきた。
「全体としては駄文。但し、一部のアドバイスは使えるかも?」
「取りあえず試してみるしかないよな。ハルカ、頼めるか?」
「ええ」
使うのは『軽量化』と『空間拡張』。
それぞれに色をイメージ……赤と青で良いか。
それをグリグリと混ぜ合わせ、紫色にしてから流し込む――おぉ、何かスムーズ。
2つの魔法を流し込むよりもよほど楽じゃないですか。
これは上手く行くんじゃ……?
「よし、完了――?」
途切れることもなく上手くいった感じなんだが、これは成功なのか? これまでが失敗続きだっただけに、不安が……。
「私も問題なかったと思うけど……試してみましょ」
「そうだな」
今回作ったのは、コンビニのレジ袋程度の大きさ。
取りあえず、手近にあった槍を突っ込んでみる。
「お、お、おぉぉぉぉ! 入った!?」
改めてみると凄い違和感。2メートルはある槍が小さな袋にスルスルと入っていくのだから。
袋を持ち上げても、軽い。少なくとも槍が入っているような重さじゃない。
「やったじゃない、ナオ! これですっごく楽になるよ!」
「だよな! だよな! 早速、量産しようぜ!」
手を取り合って喜ぶ俺とユキ。一緒に苦労してたからなぁ。
ホント、時空魔法って難しい。
「待ちなさい。まずはどの程度入るのか、重さはどの程度軽減されるのか、そして大きい魔法陣でもできるのか、量産前にやることがあるでしょ? あと、『時間遅延』は追加できないの?」
ハルカに冷や水を浴びせられ、俺は考え込む。
「大きさについては、問題ない、と思う。それぐらい安定していた。もう1つ加えて3つは……どうだろう?」
発動だけなら3つでもできるようにはなったんだが、3つを混ぜられるか? それに――
「今、俺は青と赤を想像してやったんだが、3色目は何にすべきだ? それにどんな色になるんだ?」
「色の三原色を考えたら、黄色でしょ。混ぜたら黒……つまり、4つ以上は混ぜられない?」
「今の発想方法だとそうなるか? 基本的にはマジックバッグにしか使わないわけだし、4つめは必要ないとは思うが」
少なくとも、時空魔法の魔道書に載っている魔法に関しては、4つ付加して便利になるような魔法はない。
あえてやるなら、『時間遅延』を『時間停止』に置き換えるという方法はあるかもしれないが、これはレベル9の魔法。難易度と実用性を考えれば、無駄だろう。
「今は3つを付加できるかでしょ。ためしてみましょ」
「そうだな」
ハルカにそう言われ、俺は大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと魔法を発動させた。
結論から言うなら、『軽量化』、『時間遅延』、『空間拡張』を付加したマジックバッグを作ることには成功した。
ただし、バックパックサイズになるとダメ。最大でもスーパーのレジ袋サイズまで。なので、バックパックの付与は解除して、その中にレジ袋サイズの麻袋を入れて対処することになった。
だが、実用上は全く問題がないんだよな、これ。
このサイズの袋に全力で付与した場合、その効果は『空間拡張』で空間が100倍以上。『軽量化』の効果も重量100分の1以下。
いずれも推定値。
部屋にある袋の口から入るサイズの物を、とにかく詰め込んでみたのだが、一杯にならなかった結果から予測した値である。
つまり、これまで全員で運んでいたオークの肉も、たった1人で運べるようになったということなんだよな。
これならテントや調理用具、果てはこの宿の部屋に置いたままになっている乾燥ディンドルや干し肉もすべて持ち運べる。
ちなみに、唯一の欠点は、『袋の口以上のサイズの物は入れられない』という事だろう。
袋の外の空間まで歪める事ができるなら、それも可能になるだろうが、おそらくは不可能、もしくはかなり困難なんじゃないだろうか。できるならそんなマジックバッグに関する記述があるだろうし。
これが問題になるとするなら、樽が持ち運べないという事だろう。
干し肉なんかは漬け込むときに使った樽に入れて保管してあるのだが、これが入らない。肉だけなら袋に詰め替えれば良いだけなのだが、野外でドラム缶風呂、ならぬ樽風呂は無理って事だな。
一応、『樽が入るような袋に付加できるようになる事』を長期目標として据えておくことにしよう。