062 オークを斃せ
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
更に他のエリアで、マジックキノコを探すがあまり見つからない。
利益の上がるオークを討伐するべく森の奥へ。
最初に見つけたのはホブゴブリン。あっさり斃すが魔石は1匹わずか600レア。
その反応が俺の【探知】に引っかかったのは、ホブゴブリンを斃して僅か数分ほどだった。
ヴァイプ・ベアーよりも少し大きな反応が2つ。こちらに向かって近づいてくる。
「オークかどうかは解らないが、反応2つ。ヴァイプ・ベアーよりは多少強そう」
「それならほぼ確実にオークですね。このあたりでヴァイプ・ベアー以上は、ごくごく希にオーガーが報告されるぐらいですから」
オーガーは圧倒的に強いので、『多少』ぐらいではすまないはず、らしい。
「どうする? あまり時間は無いぞ」
こちらを把握しているのかどうかは解らないが、ほぼ真っ直ぐにこちらに近づいてくる反応。
余裕は数十秒程度だろう。
「今度は私とトーヤくんで対応しましょう。危なければ援護をお願いします」
「解ったわ。気をつけて」
トーヤとナツキが前に出て武器を構え、ハルカは少し下がって弓を構える。俺とユキは武器を構えつつも、基本的には魔法の準備。『火矢』なら発動時間も短いため、準備をしておけば万が一の際に牽制としても使えるだろう。
そして見えてきたオーク……って、イメージと違う!?
俺としてはでっぷりとした、豚が2足歩行になったような魔物をイメージしていたのだが、現れた魔物には毛皮があった。
身体も想像よりも引き締まっていて、体長は3メートルを超え、ヴァイプ・ベアーと同じぐらい。猪をベースにして2足歩行になったような感じである。
顔には多少短いながらも牙があり、そこも猪に近い。
棍棒代わりなのか、手には太い木の枝を持っているが殆ど加工された様子も無く、衣服の類いも身につけてない。結果、股間のイチモツが丸見えだが、人間と違ってある程度収納可能なのか、タマはともかく、竿の方はさほど目立ってはいない。
よかった。あそこまで臨戦態勢だったら、女性陣はもちろん、俺たちだって近づきたくないところである。
戦闘に興奮して……とかならなければ良いんだが。
「向こうも気がついていたみたいだな」
「そうだな。どの時点かは分からないが……匂いか?」
棍棒を構えて慎重に近づいてくる様子からは油断は見えない。少なくとも視界に入る前からこちらに気がついていたのは確実だろう。
猪も地中のトリュフを探せるほどに鼻が良い。風向きによっては俺の探索エリアを越える距離から、こちらを発見できるのかもしれない。
彼我の距離が近づいてきて、最初に動いたのはナツキ。
低い姿勢で槍を構え、一気に距離を詰める。そのすぐ後ろを追いかけるようにトーヤも飛び出す。
そんな2人に反応を見せるオークだが、僅かに遅い。
手に持った棍棒を振り上げた時点でナツキはすでに攻撃範囲に入っており、槍が突き出されていた。
その穂先は顎の下から潜り込み、頭上へ抜けて血塗られた切っ先を現す。と、同時に振り上げられた手からは力が抜け棍棒が地面に転がる。
トーヤの方は長物ではないと言う理由もあるのだろう。もう1匹の前で飛び上がり剣を振り下ろしたが、僅かな時間の差でオークの構えた棍棒に受け止められる。
太い棍棒の中程まで潜り込んでいるが、かなり丈夫な木なのか、折れる様子も無い。
オークはその棍棒を振ってトーヤを飛ばそうとするが、上手くタイミングを合わせたトーヤは無事に地面に降り立つ。
「援護は!」
「いらん!」
トーヤはそう叫び、一歩引くと次の瞬間、ぐっと身体を縮め、左手の盾を前に構えて飛び出す。
その先にはオークの左足。太もものあたりにぶつかったかと思うと、『ドガンッ』という音と同時に『バギッ』という枝の折れるような音、それにオークの悲鳴が重なる。
体勢を崩して倒れるオークに横をすり抜けるように背後に回ったトーヤは、オークの首の後ろに剣を突き込み、一瞬にして止めを刺した。
「お見事」
俺がそう言ってパチパチと手を叩くと、トーヤは少し悔しそうに口を開く。
「いや、ナツキには負けてるし」
「いえ、それは武器の特性ですから。トーヤくんみたいなチャージ? ですか? それは私にはできませんし」
「そういえば、トーヤのちゃんとした【チャージ】は初めて見たな」
「剣を振るときの踏み込みにも影響しているみたいだが、純粋な意味での体当たりではそうだな。……想像以上に威力があったが」
あの巨体を支える大腿骨が一撃でへし折れているのだ。
関節部分を横から狙った、とかでは無く、筋肉に包まれた大腿骨に真っ正面からぶつかって折るのだから、その威力はすさまじい。
「と言うかトーヤ、あのチャージはどうなの? 運良く折れたから良かったけど、タイミングはともかく、場所が悪いでしょ。せめて関節を狙わないと」
「そうだよね。踏ん張られたら、背中から棍棒の一撃を受けるわけだし?」
ハルカとユキ、2人のダメ出しに、トーヤは頭をかいて苦笑する。
「うん、そう言われると否定は出来ないな。体格の違う敵相手との戦闘経験は、積む必要があるよなぁ」
「まぁ、多分、【チャージ】を使わなくても、普通に勝てたよな。体格の差を考えれば、止められる可能性もあったわけだし、安全性を考えたら、無しか」
「まぁまぁ。初めてのオークとの戦いですし、トーヤくんもバックアップが3人も居る状態だからこその戦い方でしょう? そうで無ければもっと慎重に戦うと思いますよ、ねぇ?」
「それは……うん、そうだろうな」
そう言われれば、安全マージンがある状態で試すのは悪いことでは無いか。
「しかし、正直なことを言うと、案外弱かったな? ナツキなんて1撃だったし」
「そうですね、動作も遅いですし、あまり強くはありませんでしたが、妥当かもしれませんよ?」
「……どういうことだ?」
「私の【槍術】はレベル4、トーヤくんも【剣術】レベル3です。この世界のスキルレベルが最高10だとするなら、私たちはそれなりに高いレベルと考えて良いと思います。それに対し、この付近では少し強敵のオーク、それにまだ出会ってはいませんがオーガーにしても、全体から見たら弱い敵です。私たちのレベルで苦戦するなら、本当に強い魔物は斃せる人がいなくなってしまいます」
「そうね、キャラレベルという概念があるから、単純にスキルレベルだけでは比較できないと思うけど、スキルを万全に発揮できるなら、ナツキの言うことは尤もよね」
「俺も、スキルレベルが上がってなくても、最初よりは上手く槍を使えるようになったしな」
スキルレベルってなかなか上がらないよなぁ。
まぁ、真面目に訓練はしているが、所詮、2ヶ月足らずしかやってないから当然かもしれないが。数ヶ月程度で上がるなら、最高でレベル10なんてことも無いだろう。
「あ、ちなみに私は、弓のレベルが3になったわよ?」
「え、マジで? 俺、ハルカより練習してたよな?」
あれ? そう簡単に上がるの?
ハルカの方が魔法を多く覚えているだけに、訓練時間で言えば俺より魔法の比重が高かったはず……。
「いやいや、それ言うならオレなんて、ずっと剣の訓練をしてるぜ? 一時期は【棒術】の訓練になってたが、それでも訓練時間はハルカよりもずっと多い! でも、レベル3のまま!」
「それは3から4だからまだ解る。でも俺とハルカは同じレベル2。才能持ちも同じ……」
もしかして、同じ『才能』でも差がある?
スポーツで例えるなら、プロリーグに入れるなら才能があると言えるだろうが、オリンピックに出られるレベルの才能とはレベルが違う、みたいな。
「比較する物じゃ無いでしょ。トーヤなんて、才能無くても比較的すぐに【棒術】を得て、レベル2にしたんだから」
「……それもそうか」
うん。変に比較して自己嫌悪しても仕方ないことは元の世界でも解っていたこと。
「俺の方が勉強時間多いはずなのに、成績で負けてる! 何でだ!」とか思っていたら、ハルカたちとは付き合えない。
そんなことを考える前に、素直にアドバイスをもらったり、努力する方がずっと有意義である。
「ねぇ、そんな話をしてないで、早く解体して帰ろうよ。あんまり時間無いよ?」
「おっと、そうだな。すまん」
しびれを切らしたように口を挟んだユキに謝り、全員でオークの解体を進めていく。
ヴァイプ・ベアー以上のサイズで2匹分だから肉の量もかなり多いので、肋骨なども綺麗に剥がして極力量を減らす。
幸い、俺とトーヤも無事に【解体】スキルを手に入れ、ハルカはレベル2になったので作業効率も上がっている。ナツキにはまだ無いが、手伝いはしてもらっているので、そのうち取得できるだろう。
料理が出来るためか包丁捌きも手慣れた感じなので、俺たちよりも短い期間で可能なんじゃないだろうか。
モツは猪と同じ部位を回収、頭と手足の先は何となく気持ち悪いので廃棄する。だって、指とかあるし。
「猪っぽいのに、何で指とかあるんだろうな?」
「あら、猪って偶蹄類だけど、別に指が無いわけじゃないのよ?」
「そうなのか?」
「はい、そうですね。あると言って良いのかは微妙ですけど、指が退化して、第3指と第4指が蹄になっているわけですから、退化しなければ他の指も残っている可能性はありますね。もしくは、退化してからまた進化したか。それは解りませんけど」
あの蹄って指だったのか。
猪からオークになったのか、それとも別の進化の過程を辿ったのか、はたまた魔物だけにそんなの一切無視なのかは解らないが、指自体は別に不思議じゃ無いと。
「そういえば、犬とか猫もよく見ると指あるよな」
「意識しないと、あんまり指って気がしないけどね。指って言うより肉球って印象だし」
そう言うユキによると、犬と猫は前足に5本、後ろ足に4本指があるらしい。
「このオーク、足は4本だな。手は5本だから、犬猫と近いな」
「なるほど。だがトーヤ? わざわざ見せる必要は無いぞ?」
切り取られた足を持ち上げて、こちらに足裏を向けてくるトーヤにそう言って抗議する。
見た目は犬猫よりもむしろ猿に近いのが更に嫌である。
「そうか? 生物学的にはちょっと興味深いが」
「それは学者に任せるよ。それよりも早く解体を進めろ」
「おう。……って言っても、ほぼ終わりだが」
肉は部位毎に分けられてそれぞれのバックパックに詰め込まれ、入らない分は別の袋に入れて側に置かれている。そんな袋が全部で5つ。
大小サイズに違いはあるが、それぞれが1つずつは持たないと運べない量の肉が回収できている。地面に残ったのは手足と骨、それに頭に内臓。……改めてみると、猟奇殺人の現場みたいだな。
「う~む、骨、勿体ないな。持ち帰ればとんこつが……」
「これを見て思うのそれか!? この状況じゃ、俺、正直食欲涌かないぞ?」
トーヤの精神構造、タフすぎる。最初の頃は俺と一緒に、猪の解体で顔を青くしていたのに。
そのうち俺も、血にまみれたモツを見ても『美味そう』とか思うようになるのだろーか。
「トーヤ、それはダメよ」
おう、ハルカも言ってやれ!
「豚骨は臭いし、時間がかかる。家を買うまでは使えないわよ」
「そっちかよ! そもそもとんこつなんて、ラーメンでも作らないと使い道無いだろ」
「まぁ、よっぽど暇じゃないと、家庭で作ったりはしないわよね。コストが見合わないもの」
骨を煮て、洗って砕いて、更に野菜や出汁と一緒に煮て……必要な燃料、時間、素材を考えると、数人程度で食べるために作るにはハードルが高すぎる。
長期保存できるわけでも無いのだから、大量には作れないし。……いや、今なら可能? マジックバッグ、『時間遅延』の物は作れるようになったわけだし。
「ねぇ、そんなことより早く帰ろうよ。あんまり時間無いよ?」
「そうだったわね。急がないと暗くなるかもしれないし。ナオ、それからトーヤ、極力敵に出会わないコースでよろしく」
「無茶言うな。取りあえず来た道を戻る。索敵はするが……オークに出会わないことを願ってくれ」
ホブゴブリンはこちらに気付かなかったが、オークの動きからすると、俺の索敵範囲外から、先に気付かれた可能性があるんだよなぁ。
俺たちはそれぞれが肉の入った袋を持ち上げ、森の外へと向かって歩き出した。









