059 勝てないもの
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
マジックキノコの採取の途中、ヴァイプ・ベアーに出会う。
トーヤが一撃で斃し、肉と毛皮をゲット。
アエラさんとギルドに肉と薬草、マジックキノコを金貨90枚ほどで売る。
「今日は結構儲かったね! 一日で金貨88枚かぁ……2人で必死で働いて、大銀貨2枚だった頃が懐かしい」
「アエラさんのも合わせると90枚ですよ、ユキ」
嬉しそうに手を取り合うユキとナツキ。
俺も嬉しいことは嬉しいのだが、ディンドルで荒稼ぎしていただけに、2人のようにヨロコビを表に出すほどでは無い。
「今日はマジックキノコが採れたからね。明日以降は難しいわよ」
半分以上はキノコの値段だからなぁ。薬草の採集時間を延ばしても、今日みたいには稼げないだろう。
「今日採らなかったキノコも、すぐには大きくならないよね。別の場所は無理なの?」
「そうなると、あまり慣れていない場所に行くことになるから、少しリスクは上がるわね。今日回った場所は、これまで何度も通って少しずつ探索エリアを広げた範囲だから」
思えば最初の頃は森の縁で薬草採取をしていた。
そこから少しずつあたりの地形を把握して、ディンドルの木に通い……成長したなぁ。
「う~ん、あまり深い場所に入るのは不安だけど、浅い範囲なら出てくるのは今日の熊でしょ? 脅威ではあるけど、不意打ちさえされなければ大丈夫そうじゃ無い? ナオも居るし」
「そうだなぁ、俺かトーヤが注意を怠らなければ、不意打ちの危険性は少ないな」
「オレも探索エリアを広げるのは賛成。大山椒魚を探しに行くよりはまだ安全じゃ無いか? 金も要るわけだし」
「それなら、明日からはその方向でいきましょうか」
「はい。今日の所は、各自訓練ですか?」
「そうね、さすがに今から外に行くには遅いし」
「わかりました」
そう言って立ち上がったナツキに続き、トーヤも剣を持って立ち上がる。
「ねぇ、ナオは時空魔法の魔道書を持ってるけど、他の魔道書は無いの?」
「買おうかと思ったんだけど、置き場所の関係で保留したのよね。……今は所持金の関係で、保留かしら」
「やっぱ高いの?」
「魔法全般の基礎魔道書が15,000レア、光系魔道書が36,000レアだったかしら?」
「高い! 何その値段!? 本棚持っていたら、家が建つね!」
確かに。10冊もあれば土地が買え、20冊もあれば家が建つ。
図書館とかあったら、城が建つんじゃ無いか?
「そんなわけで、そうそう買えないのよ」
「そっかぁ……」
「ユキ、取りあえず時空魔法の初級を読んで勉強しておけ。俺はその間、外で訓練してくるから」
残念そうなユキに俺の持っている本を渡し、俺もトーヤたちの後を追って立ち上がる。
ナツキには元々槍のレベルで負けているのに、あまり魔法にかまけていたら、ますます離されてしまう。
「あ、ありがと。でも、あたしはしなくて良いのかな?」
「私たちは後でやりましょ。裏庭、貸してもらってるけど、さすがに5人でやると狭いし」
「わかった。頑張ってね」
「おう」
手を振る2人に軽く手を上げ、俺は部屋を出た。
◇ ◇ ◇
『今日もキノコ狩りに勤しむ』。
そんな俺たちの意気込みを他所に、翌日の天気は雨だった。
夜半から降り始めた雨が今も上がること無く、地面を濡らしている。
「ただいま」
「おかえり。どうだった?」
宿の親父さんに話を聞きに行ってきたハルカに訊ねると、彼女は軽く首を振る。
「ダメ。この時期は1月ぐらい雨が降りやすくなるみたい」
「そうか。秋雨前線みたいなものか?」
当初は気にする余裕も無かったが、訊いてみると、この世界の暦は週6日の5週で1ヶ月、12ヶ月で1年、ごくたまに閏日が挿入される物だった。
曜日としては光から始まり、火、水、風、土、闇の順で分けられているが、『日曜日は休み』みたいな事が無いので、俺たちが意識することは殆ど無い。
一日の長さは、地球準拠の時計がないので解らないが、多分、20時間以上30時間以内の範囲には収まっているだろう。
元と同じ身体であればもっと絞り込めただろうが、この世界に順応していると思われるこの身体では、体内時計の感覚もイマイチ信用できないからなぁ。
「ちなみに、こんな風に天気が崩れるのはこの時期だけみたいよ。梅雨も無いし、ドカ雪が降ったりもしない。冬場の気温も屋外で氷ができることがほぼ無いみたいだから、過ごしやすいと言えるでしょうね」
俺たちが住んでいた地域では、一番寒い時期には普通に氷点下になっていたので、それに比べれば随分マシだろう。
だが、過ごしやすいと言えるかどうかは……。
「それでも冬支度は必要でしょう。15度を下回ってくれば、さすがに今の衣服だけでは寒いと思いますよ」
「そうだよなぁ。特にユキとナツキは」
俺たちは防具代わりに着ていた革の服がある。通気性が悪くて快適とは言えなかったのだが、冬の防寒着としては使えるだろう。
贅沢を言えば、蒸気は通すが水と風は通さない、みたいな服が欲しいが、まぁ、無理だよな。
「そうよね、全員の服を考えると……少しはリスクを取らないと、冬を自分の家で過ごすのは難しいかしら」
「いや、無理じゃないか? 金はなんとか間に合っても、建築期間が必要だろう?」
「それがそうとも言えないのよね。この世界だと、多人数で一気に作り上げることが多いみたいで。2ヶ月もあればできるんじゃないかしら?」
日本だと、どうしても人手が必要なとき以外は数人、場合によっては1人で作業を進めるため時間がかかるが、こちらの場合は短期集中型。冒険者ギルドなども使って人手を集め、一気に作り上げてしまうらしい。
特に今回の場合は、元々家が建っていた土地を使うので、地盤に関しての問題が無い。
更に、この世界には魔法もあるし、身体能力自体が元の世界の人よりも高いので可能な事なのだろう。100キロ超えの荷物でもひょいひょい運べる人が普通に居るのだから。
「それでもギリギリなのは違いないけど。しばらくは雨の日もあるでしょうし、何か考えないといけないかしら」
「雨の日は仕事したくないしな」
「その言葉だけ聞くと、ダメ人間だな! オレも同感だが」
確かに日本で「今日は雨だから仕事休む」とか言ったら、「ふざけてるのか?」と言われること、必至だろう。いや、建築業界とか一部の業界なら通るのか? よく知らないが。
「そもそも俺たち、雨具を持ってないからなぁ」
「雨具があっても危ないですよ。獣に比べて道具を使い2本足で歩く私たちは確実に不利になりますから」
「だよねぇ。切羽詰まってないと、雨の森には行きたくないな」
やはり皆、雨の日の仕事には否定的である。
ハルカも苦笑しつつ頷きながらも、一応釘は刺してきた。
「気持ちは解るし無理強いをするつもりも無いけど、そのうち、雨天での戦闘訓練もしないといけないわよ? 移動中に『雨が降ったから戦えません』じゃ危ないんだから」
「それはそうだよなぁ」
自分たちだけなら雨の日は逃げるという選択肢も取れるが、護衛依頼でも受ければそうはいかない。
安全のためにもいつかは訓練するしかないのだろう。
そういえば、自衛隊は『水たまりがあれば飛び込め!』的に、雨天だろうが、泥まみれになろうが、戦闘訓練をすると聞いたことがあるなぁ。
そして災害となれば暑かろうが、寒かろうが、汚かろうが必死で働いてくれるのだから。マジで頭が下がる。
「できたら雨天での訓練は、風呂が手に入ってからにしたいよな」
「そうだよね。ハルカのおかげでサールスタットに居たときに比べれば天国だけど、お風呂は恋しい」
「はい。私も」
日本人でも『シャワーで十分。風呂は使わない』という人もいるみたいだが、このメンバーは全員風呂に入っていたタイプなので、これについては異論は出ない。ここだと、シャワーすら浴びられないのだが。
「さて、そろそろ今日何するか決めましょ。魔法が使える組がそっちの訓練で良いとして、トーヤだけはすることが無いわね」
トーヤは魔法系スキルを取っていないので、室内でできる訓練が少ないのだ。
筋トレぐらいはできるが、狭いからなぁ……側でやられると暑苦しい。トーヤは俺たちの部屋、俺はハルカたちの部屋に移動して訓練するか?
「私は……魔法の訓練よりも、ギルドに行って調べ物をしてこようと思います。確か、資料室があるんですよね?」
「そこまで大きくなくて、近辺の情報が手に入るぐらいだけどね」
俺は入ったことが無いが、ハルカは何度か調べ物に行ったことがある。
薬草や動物、魔物の情報も、普通はここで調べてから採取に行くのが出来る冒険者の嗜みらしい。俺たちの場合は、スキルのおかげで調べなくても有用な薬草は採取できるわけだが。
「なら、オレもそこに行こうかな。知識を増やせば【鑑定】スキルがパワーアップするかも知れないし」
「そうなると良いな。俺たちの【ヘルプ】は変化しないみたいだから」
トーヤの【鑑定】に表示される内容は、トーヤ自身の知識や経験によって少しずつ変化するらしい。
調べなくてもある程度の知識が得られる【ヘルプ】は有用だが、そういった点ではやはり専用の【鑑定】スキルには劣る。
ひたすら【鑑定】を使えばレベルが上がるというほどには、万能でも楽でも無いようだが、十分に使えるスキルである。
「それじゃ、今日は全員、基本的には自由行動ね。ナツキとトーヤは……雨具無いのよね。どうする?」
「オレは革の服でも着ていくかな。頭は……濡れていくしかないか。手ぬぐいを持って行って拭くさ」
「私は……ナオくん、革の服、持ってるんですよね? お借りできますか?」
「あ、ああ、構わないが……」
女の子に服を貸すとか、ちょっとドキドキ。――いや、革の服は半ば防具だし、日本に居たときでもハルカにコートを貸したりすることは普通にあったんだが。なんとなくな。
「……やっぱり、フード付きの外套ぐらいは買うべきかしら? ナツキ、買いに行く?」
「いえ、今日の所は大丈夫ですよ?」
「そう?」
「えぇ。お金、大事ですからね」
そう言ってニッコリと笑うナツキに、俺は荷物入れから取りだした革の服を手渡す。
しばらく着ていなかったが、片付ける前にハルカの『浄化』で綺麗にしておいたから、大丈夫だろう。ちょっと臭うが、それは革のにおいで、決して俺の体臭ではない。
「まぁ、ナツキがそう言うなら良いんだけど……」
少し不承不承という雰囲気を漂わせながらハルカが頷く。
「おぉ……これはもしかして……戦いか……」
「ん? ユキ、何がだ?」
「いやいや、何でも無いよ? うん。ちょっと面白いな、と思っただけ」
「そうなのか?」
少し口元をニヨニヨさせながらそんなことを言うユキに俺は首をかしげる。
よく解らん。昨日は時空魔法の練習をしながら「概念が理解できなーい!」と騒いでいたのに。
ちなみに俺もよく解らない。三次元空間はまだ理解できるし、重力もグラビトンを仮定すればまだ何とか。
だが、時間軸に関しては難しいよなぁ。
あまり考えていると、物理学じゃなくて哲学の世界に入りそうな気がする。
「オレたちはそろそろ行くな。ナオたちも勉強、頑張れ」
「おう。ってか、どっちかと言えばお前たちの方が勉強だろ」
俺たちは魔道書も読むが実践もするのだから。
「それもそうだったな。それじゃお互い頑張るって事で」
「だな」
そんな感じで、その日は一日訓練に費やすことになったのだった。









