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005 街に着きました (2)

前回のあらすじ ------------------------------------------------------

悠のおかげで上手いこと街に入った3人は、

異世界の食事のまずさに愕然とする。

 『微睡みの熊』は屋台の親父が言ったように、少し判りづらい場所に立地していた。

 何度か人に道を訊ねて辿り着いたのは、大通りから路地を一本入り、街の中心から少し離れたところ。

 外見はやや古びてはいるものの、薄汚れた印象は無く好感が持てる。


「さて、入るわよ。今回の交渉も私に任せてね」


 そう悠に言われ、無言で頷く俺たち。

 少し情けないが、やはり常識の有無は大きい。

 悠が最初に扉を開けて入り、その後に続く。

 入ってすぐ目に入るのは、テーブルが並んだ食堂。当たり前かもしれないが、ホテルのようにロビーがあったりはしないようだ。

 4、5人座れそうな丸テーブルが、広めのスペースを取って10個程度並んでいるので、それなりに広い。

 その部屋の一辺に長いカウンターがあり、その中にかなり大柄で、ちょっとマッチョな髭親父が立っている。

 その横には階段が付いているので、たぶんそちらが客室なんだろう。


「こんにちは、泊まりなんですけど、3人部屋、ありますか?」

「1部屋1泊500レアだ。朝夕の食事を付けるなら、80レア追加。水は裏庭の井戸を使え。湯が必要なら桶一杯で15レアだ」


 無愛想な親父だな。

 必要なことはきっちりと言っているが。


「解りました。では、1泊、食事付きで」

「740レアだ」

「――はい、ではこれで」


 悠は特に気にした様子もなく頷くと、俺のポケットから勝手に大銀貨を1枚取り出し、自分のポケットから取り出したお金と併せて支払ってしまう。

 そういえば、街に入る税金も悠が払ってたんだったな。

 つまり、悠の手持ちは現時点でほぼゼロか。結構厳しいなぁ。


「客室はその階段を上がって一番奥、右側だ」


 そのお金と引き替えに鍵を悠に手渡し、ぼそりとそれだけを言うオヤジ。

 しかし、ホント愛想無いな。余計なことを聞かれてボロが出るよりは良いけどさ。


「解りました。2人とも、行くわよ」

「おう」


 さっさと階段を上がった悠の後を追い、俺たちも2階へと上がる。

 少し暗い廊下を進み、指定された部屋に入ると、そこは思った以上に明るかった。

 ベッドは4つ置いてあり、小さな机と物入れらしき木箱、道に面した側にはやや大きめの窓がある。


「へぇ。結構良い感じ? 日本の場末の木賃宿よりも良いんじゃ無いか?」


 ベッドのシーツや部屋の内装を確認して、うむうむと頷く知哉。

 しかし、日本で木賃宿?


「知哉、お前そんなとこ泊まったことあるのか?」

「ああ。数回だけど、旅行に行ったときにな。まともな窓は無いし、布団を敷いたらそれで一杯だし……。その点、こっちの方が雰囲気が良いよな。エアコンは無いが」


 俺なんか、カプセルホテルすら泊まったこと無いぞ。

 悠もちょっと驚いたように知哉の方を見ている。


「私は旅館やホテルにしか泊まったこと無いけど、どんなところなの?」

「ん~、寝るだけ? エアコンとテレビはあっても、シャワーは共有だったりする。その分安いから、目的次第では便利だぞ。女性にはあまり勧めないが。……しっかし、思った以上に疲れた~~」


 知哉はそう言ってベッドに倒れ込み、大きく息をつく。

 その尻尾がユラユラと揺れて……


「な、なぁ、知哉、尻尾触っても良いか?」

「え、男に触られるのは微妙なんだが……。まぁ、ケモナーとして気持ちは解るから、いいけどよ」

「サンキュ!」


 ちょっと嫌そうな顔をしながらも許可が貰えたので、早速触ってみる。

 おおっ! 思った以上にふわふわしてるな。もうちょっと毛が硬いかと思ったんだが。

 そのままさらっと撫でてみる。


「――うひょうわぁぁ!!」


 その途端、知哉がベッドから飛び上がった。


「な、なんだ! いきなり叫ぶな知哉!」

「いや、だって、お前が変に触るから! もうダメだ! 触るな!」

「えぇ~~~!」


 名残惜しく手をわきわきさせるが、知哉は断固拒否、と首を振る。


「なんか気持ち悪いんだよ! 何というか――背中をつつーって触られるような、ぞわぞわした感じがダメ」

「――ああ、それは確かにダメかも」


 表現に迷ったのか、ちょっと考えてそんな例えをする。

 しかし、それだと他の獣人にも早々触らせてもらえそうもないし、これからも獣耳や尻尾を触る機会は無いのか。せっかく異世界なのに……残念。

 少々名残惜しげに知哉の尻尾に目をやる俺を見て、悠が呆れたようにため息をついた。


「ほら、2人とも、遊んでないで買い出しに出かけるわよ」

「えー、今日は休もうぜ。2人も疲れただろ? 特に、精神的に、さ」


 そういう悠に、再びベッドに寝っ転がった知哉が抗議するが、悠の方はため息をつきながら知哉の頭をぺしりと叩いた。


「気持ちは解るけど、そんな余裕があるわけ無いでしょ。知哉、今いくら持ってる?」

「えっと……いち、にぃ……970レア?」

「はい、没収~~」

「ああっ!」


 ポケットから出した硬貨を手のひらに乗せて数えていた知哉から、素早くそのすべてを取り上げてしまう悠。

 更に俺の方にも手を差し出す。


「ほら、尚も全部出して。今は個人でお金管理するような余裕は無いんだから」

「はい」


 この状態の悠に逆らっても良いこと無いので、俺も素直にポケットの硬貨をすべて悠に渡す。

 悠が持ち逃げするわけもなし、まとめて管理する方が面倒が無いよな。


「全部で……1870レアね。これで冒険者になる準備を調えないといけないわけ。どう思う?」


 詳しい物価は解らないが、少なくとも全く余裕がないのは解る。

 あと2日しかこの宿に泊まれない残金なのだから、まだ日の高い今日をのんびりと過ごすわけにはいかないだろう。


「えっと、まず質問なんだが、仕事は冒険者、なのか? 定番ではあるが」

「定番と言うよりも、どちらかと言えば『選択肢がない』からかしら?」


 そう言って悠が説明してくれたところによると、一応、仕事としては土方のような日雇い労働者もあるらしいが、これも冒険者の仕事の範疇で、ギルドから紹介を受けて働くらしい。

 女性であれば酒場の給仕のような仕事もあるが、こちらは給料がかなり安い。

 運良く住み込みの仕事でもなければ、宿代でギリギリ、お金を貯めようと思ったら身体を売るしかないような状況とか。

 その他、職人は徒弟制度で紹介の無いものは雇ってもらえず、兵士などに関しても紹介がない上に、常識的な知識の面で難しい。


「そんなわけで、えり好みできない状況なのよ」


 悠は肩をすくめてため息をつく。

 確かに日本でも、履歴書がなければバイトすら採用されないよなぁ。

 そう考えれば、俺たちでも登録ができるらしい冒険者ギルドが現実的選択肢なのかもしれない。


「――他に質問は? はい、知哉」


 ベッドに寝たまま、ぴっと挙を上げた知哉を指さす悠。


「冒険者は別に反対しないけど、今の所持金、ええっと……日本円なら2万円足らずだよな? 無理じゃね? 3人分の着替えすら買えないよな?」


 日本なら百均で下着買って、し○むらで服買えば何とか?

 ここでは量産品なんて無いだろうし、服だけ買えば終わりというわけで無し。


「そう、凄く厳しいのよ。さすがに今日から仕事はしないけど、少なくとも明日の朝から動けるように準備しないと、野宿になるわよ?」

「それはさすがに嫌だ! ――とは言っても、何が必要か……とりあえず、常識持ちの悠に挙げてもらってから検討しようぜ」


 慌てて起き上がってそういった知哉に、悠は少し考えて言った。


「最低限で考えると、まず荷物を入れる背負い袋、水袋、採取品を入れる布袋に、肉や毛皮などを入れる革袋ね。これらが雑貨。後は武器と防具だけど……」

「買えるのか?」

「……厳しいわね」


 悠から相場を聞くと、雑貨だけなら何とかなっても他に何も買えなくなる。

 どうしても減らせない水袋のみ3人分買い、背負い袋は共通で1つ、他の袋も1つか2つに減らす。

 下着の替えも悠のみ買い、残りは知哉の武器につぎ込むことにする。

 防具はもちろん、俺と悠の武器も保留である。


「ここまで減らしても、まともな武器は厳しいかも」

「それは仕方ないだろう。機械が使える日本でも、包丁1本数千円はするんだから。知哉、いざとなったら棍棒な」

「おう。最初は『ひのきのぼう』とか、冒険者っぽいな!」

「いや、むしろ勇者だぜ!」

「実際、周りの視線を気にしなければ、鉄の棒でも十分だと思うけどね。ま、とりあえず買いに行ってみましょ」


 なんとも微妙な冒険者人生スタート。

 無理してテンションを上げる俺たちに、悠は苦笑するのだった。


    ◇    ◇    ◇


 最初に向かったのは雑貨屋。

 無口な宿のオヤジにオススメを聞くと、やっぱり無愛想ながらもあっさりと教えてくれたので、特に迷うことは無かった。

 ここでも買い物を担当したのは悠。

 上手いこと交渉して、元値よりも何割か安く手に入れていた。

 俺たちはその後ろで立っていたり、商品を眺めたり。交渉にはノータッチである。


「なぁ、オレたち、役に立ってないよな?」


 買う物も少ないので、荷物持ちの役にも立っていない。


「……気にするな。ナンパ避けだと思え。日本でもそんな感じだっただろう? それに、美人が交渉する方が値引きしてくれそうだろ?」

「それは、まぁ、なぁ。だが、今のお前の容姿なら、女性相手なら効果あるんじゃね?」

「交渉能力は上がってないんだが、そう言うなら今度試してみるか……?」


 容姿は良くなってるんだよな?

 自分の顔だけに確認できてないのだが。鏡が欲しい。


「アホなこと考えるぐらいなら、値引きの必要が無いぐらい稼ぐことを考えなさい。ほら、次は武器屋に行くわよ。その後ギルドにも行かないといけないんだから」


 そんな会話をしていると、戻ってきた悠が呆れたように言って、さっさと歩き出した。

 俺たちもすぐにその後を追うが、数分も歩かないうちに悠は一軒のお店に入る。

 看板に剣と盾が書かれている所を見ると、武器屋なんだろう。

 出迎えたのはやっぱりオヤジ。チラリとこちらを見て、いらっしゃいの一言も無い。

 この世界ではカワイイ看板娘とか居ないのだろうか?

 今まで関わった人、門番以外、全員オヤジ。

 その門番も男だったし――ある意味、現実的ではあるが。

 可愛い女の子の兵士とか、そうそういないよなぁ。


「一応、1,300ちょっと残ったけど、やっぱり剣は無理があるわね……」


 壁の一面には剣や槍が並べられ、その対面には盾とメイスなど武器が置いてある。

 鎧は展示されておらず、木の板に値段の目安が書かれて掲示されている。


「えーっと、安い剣で……4,000ぐらいからか?」


 一番安い物を試しに手に取ってみるが……剣の形をした鈍器?

 これならむしろ鉄棒で良いんじゃないか? 刃筋を考えなくて良いし。

 他に安い物は……槍とワンド、ナイフぐらいか。


「悠、どうする? 槍なら一応買えるぞ。ギリギリだが」

「う~ん、よく考えたら、ナイフは必要なのよね。獲物解体に」


 そういえば、【解体】のスキル、取ってましたね、悠さん。

 やるんですか? やっちゃうんですか?

 俺、哺乳類を捌くのは無理そうなんですが。

 生魚は捌けるから――頑張って爬虫類まで……?


「それに、ギルドの登録料もかかるみたいだし」


 おう。更にお金が……。

 訊いてみると、何でも3人で900レアとか……って、もう選択肢ないよね? ひのきのぼう一直線だよね?


「2人とも、2人とも! 良い物があったぞ!」


 俺と悠が武器を眺めながら頭を悩ましている所に、なにやら嬉しそうに知哉がやって来て、手に持っていた物を俺たちに差し出した。

 それは……木剣? 丈夫そうな木を何となく剣の形に整形し、持ち手の部分に申し訳程度の滑り止めの布が巻いてある。

 京都の土産物屋に並んでいる木刀よりは少しだけ実戦向き。

 でも木製。使えるのか?


「値段は……150? それならギリギリナイフも買えるわね。よし、それにしなさい、知哉。私たちの魔法もあるし、問題ないわ。きっと」


 まだ魔法を使ったことないので希望的観測。

 でも、無い袖は振れないのだ。

 俺たちはその2つだけを購入し、そそくさと武器屋を後にした。

 オヤジの視線が、『けっ、しけてんなぁ』と見えたのはきっと俺の被害妄想。

 見るからに初心者以前の冒険者に、期待なんてしていなかったはずだ。


「さて、これから冒険者ギルドに行くわけだけど、その前に登録名を決めておきましょ。私のハルカは珍しいけど、何とか大丈夫だと思う。尚史なおふみはいかにも日本人だから避けましょう。あと、登録に名字は必要ないから」


 これも異世界の常識からのアドバイスらしい。

 俺たちは別に有名になりたいわけじゃ無い。目立つ必要は無いのだ。


「まぁ、トラブル要因は少ない方が良いよな。俺はナオでいいか?」

「うん、それなら良いと思う。私たちも呼び慣れているしね。知哉は?」

「オレは、トーヤとかどうだ? お前たちが呼び間違えても聞き間違えで済みそうな範囲だろ? オレも似た名前の方が反応しやすいし」

「そうね。じゃあ、今からはお互い、今の名前で呼ぶようにしましょ」

「了解。ま、尚史は前からナオって呼んでたし、違うのはオレだけだけどな」


 うん、ちょっと迂闊な知哉、改め、トーヤが呼び方を気にする必要が無いのは安心だな。

 言いはしないけど。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 文明的に、鉄の棒は、結構入手困難なのではないでしょうか?
[一言] 主人公って、何もできないのに文句ばっかりだねぇ。 心も狭いし、読んでてイライラする。 それに比べて、知哉は単純だけど素直で好感が持てる。 もし、悠が主人公を好きなんだったら、見る目がないなぁ…
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