S005 トミー立志編 (1)
今回から数回、番外編です。
東さん――いや、ハルカさんと言うべきかな?――たちと別れた僕は一人、ラファンという街に続く街道を歩いていた。
こちらの世界に来たときに一緒だった2人と死に別れたのが、2週間ぐらい前。
はっきり言って元の世界では親しい間柄でもなかったけど、数日は一緒に過ごしていたので、死なれたときはかなり動揺した。
ただ、数日経ってその動揺が、知り合いが死んだ悲しさよりも、頼る人がいなくなったことによる不安が理由と気づき、自己嫌悪でかなり落ち込んだ。
まぁ、その自己嫌悪も1日と持たなかったんだけど。
ある意味で暢気に自己嫌悪をしていると飢えて死ぬ。
森の中で食べられる物は限られているし、火起こしは全く成功しなかったので、生で食べられる物しか食料にならない。
弓錐でも作れたら別だったんだろうけど、そのへんに落ちている木を擦り合わせた程度では黒くなりもしないんだよ。
だから、僕の身体は日に日に弱って、ついには意識が朦朧として倒れてしまったんだ。
ついにお迎えかぁ~~なんて考えて目を閉じたものだから、次に目を開いたときには一瞬、あの世に来たと思ったね。
だって目の前にはすごい美形がいるんだもの。
すぐに永井君に気付いて、現実だと認識したんだけどね。
正直、その時はすっごくホッとして、助かった!と思ったんだけど、現実は結構厳しかった。
ハルカさんに1人で生きていけ、と突き放されちゃったから。
その時は『なんで助けてくれないの!?』と思ってたんだけど、冷静に考えてみたら、当たり前なんだよね。
ハルカさんたちだって同じ条件でこの世界に飛ばされ、多分苦労して生活している。
なのに、お荷物を1人抱え込むのはリスクが高い。
永井君に言われて気付いたけど、クラスメイトと言っても所詮は他人。生活の面倒を見る義理なんて無いわけで。
仮に元の世界で、クラスメイトが僕の家に転がり込んで居座ったら、普通に警察呼ぶもの。
元の世界よりも大変な状況なのに、『理』も無く助けてくれといった僕の方が非常識だったんだよね。
不満を口にした僕に対しても、ハルカさんたちは――ちょっと厳しいことは言われたけど――親切にアドバイスをくれて、最後にはお金も貸してくれた。
大銀貨30枚。最初から持っていた金額の3倍。
ハルカさん曰く、価値としては3万円ぐらい。
返せる当ても無いのに「余裕があった方が良い」と貸してくれた。
一人きりなのは心細いけど、金銭的には他の人よりも4倍有利なのだ。
最後にハルカさんに言ったみたいな『役に立てる人』になるのは難しいかもしれないけど、少なくとも借りたお金に利子を付けて返せる程度には頑張りたいな。
◇ ◇ ◇
ハルカさんたちと別れて1時間ぐらいは歩いたかな?
ラファンの街へ辿り着いた僕は、門番の人に大銀貨1枚を支払い、冒険者ギルドの場所を聞いてそこに向かっていた。
途中で価格調査も兼ねて店を覗きながら歩く。
「物価の違いは……物によるね」
単純に1レア10円と考えて換算したときに、安いと感じる物と高いと感じる物色々だけど、あえて言うなら人件費が安い?
現代だと人手がかかっている物ほど高くなるのが普通だけど、ここだとちょっと違う。
極端な物に例えるなら、砂糖細工を作った場合、その値段の内訳は、現代なら大半が『人件費』、ここなら『砂糖の値段』という感じ。
原料の値段から考えると、加工品が安いんだよね。
屋台の食事なんかも量から考えるとかなり安い。
逆に希少そうな物――果物や香辛料なんかは結構高い。
今の所持金じゃとても手が出そうに無いほどに。
「あ、アレってさっきナオくんにもらった果物だよね……1個600レア!? 高っ!」
大銀貨1枚が100レアで、おおよそ千円ぐらいらしいので、6,000円前後の果物って事になる。
「さっき、3つも食べちゃったんだけど……」
何も言われなかったけど、結構悪いことをしちゃったんじゃ……?
いっぱい持ってたから、買ったんじゃなくてどこかで採取してきたのかもしれないけど、それでも売ってお金にできる物を食べてしまったのは間違いないわけで。
「ううぅ……治療もしてもらってるし……かなり態度悪かったかも」
何かの社会実験で見たことあるけど、現代社会ですら行き倒れを見ても大半の人は無視するのだ。
それなのに、ハルカさんたちは森で倒れていた怪しい人物――髭面の男が怪しいという自覚ぐらいはあります――を救助してくれた。
最初はクラスメイトと気付いていなかったんだから、こんな状態でも他人を気遣えるほどには優しい人たちなんだよね。
「うん、今度会えたら、改めてお礼を言おう」
そのためにも、まずは自立しないと。
僕は道を尋ねながら冒険者ギルドに向かう。
入ってきた東門ではなくて南門付近にあるらしく、結構距離はあったけど、冒険者ギルドは近くに辿り着けばすぐに解るぐらい立派な建物だった。
「よし……!」
少しドキドキしながら扉を開けて中に入る。
これが冒険者ギルド……と、感慨にふける暇も無く叫び声が聞こえてきた。
「なんで紹介してくれないのよ!」
「ヤスエさんは、先日仕事を途中で放棄しましたよね? お店の方から苦情が来ています」
「それはっ……」
「何か理由があったのかもしれませんが、無断でいなくなり、事情の説明にも来ない。問題外です」
「――っ!」
ヤスエ?
そっとそちらを窺うと、多分クラスメイトらしき人がカウンターの人と揉めている。
僕はハルカさんのアドバイスを思い出し、辺りを見回して鉢合わせしない場所へと移動する。
まぁ、ナオくんたちも解らなかったみたいだし、ばれる心配は無いと思うけど。
元の姿と今の姿、違いが大きすぎるからね。
近いところなんて、身長が低いことぐらい。
それも種族的な物だから、手がかりにはなり得ないし。
「とにかく、あなたにはしばらくお仕事の斡旋はできません。あとお仕事先にはきっちり謝罪に行ってくださいね。それが無ければ今後一切、斡旋しませんから」
「わかったわよ!」
ドスドスと足音も荒く近寄ってくる女性から視線を逸らし、僕は入り口横の掲示板を読む振りをする。
クラスメイトとバレなくても絡まれると面倒くさいから。
「クソッ! せっかくコピーしたスキルは使えないし、バイトは首になる! やってられないわ!」
こちらには意識も向けていないのか、そんな愚痴をこぼしながら乱暴に扉を開けて出て行くヤスエさん。
――ヤスエさんって誰だろ? 女子の下の名前って数人しか覚えてないから解らないんだよね。
覚えている数人?
そりゃ、可愛い女子。
男子なら当然だよね?
ハルカさんとか、ハルカさんといつも一緒に居る紫藤さんや古宮さんの名前なんかは、クラスの男子は全員知ってるんじゃないかな?
ヤスエさんは知らないから、そのあたりの女の子じゃないんだろうけど……顔は見たことある気がする。
――しかし、あの人、『コピー』って言ってたよね?
うん、なるほど、あれが地雷だね。
スキル以前に人として地雷な感じがする。
どうも勝手に人のスキルをコピーしたみたいだし、ギルドの人にイチャモンも付けてた。
バイトの仕事を途中で放り出したら、クビになるのは当たり前だよ。
この世界では、元の世界以上に信用が重要なのは僕でも解る。
履歴書やら保証人やらが無いんだから、信用できない人を働かせるのは店としても嫌だよ。
そう考えると、僕の鍛冶師も弟子入りするのは結構難しそうだよなぁ。
弟子として雇った人物が、強盗にならないとも限らないんだから。
現代でも自宅に住み込みで働かせるとすれば、縁故採用でもしなければ安心できないと思うし。
おっと、ギルドに登録に来てたんだった。
宿も探さないといけないし、早めに登録してしまおう。
困った人の相手をさせられて、少し疲れたような顔をしているカウンターのお姉さんに声を掛けた。
「お姉さん、こんにちは」
「こんにちは。本日はどのようなご用件ですか」
「登録をお願いします」
「はい、登録ですね。300レアになります」
「では、これで」
大銀貨3枚を差し出す。
この時点ですでに4枚で残り6枚。ハルカさんがお金を貸してくれなかったとしたら。
確かにこれは厳しいなぁ。
「はい、確かに。説明は必要ですか?」
「お願いします」
お姉さんの冒険者ギルドに関する説明を聞きながら、記入していく。
名前と種族、自己PRしか書くことないけどね。
そこには『力が強くて頑丈さには自信があります』って書いておいた。
本当は『鍛冶の才能があります』って書きたかったけど、この世界の人にはスキルを確認する方法がないみたいなので、それは避けた。ただの自信過剰な変なヤツになっちゃうから。
そうやって作ってもらったギルドカードはかなり単純な物で、不思議な機能なんて物は全くないらしい。
少し夢が壊れるなぁ。
異世界転移だと、なぜか凄く便利なギルドカードがあるのが定番なのに。
「以上ですが、何か質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です。それで、お仕事を紹介して頂きたいのですが」
「えぇっと、冒険者の依頼ではなく、お仕事ですよね?」
「はい」
正直に言えば、永井君たちみたいに街の外で採取をしたり敵を斃したりしたいけど、今の僕にそれができるとは思えない。
小説では異世界転移した少年がたった1人で冒険者になって成り上がるとかあるけど、どんだけ度胸があるの?
日本でも誰も居ない山の中に1人で分け入るのは度胸がいるのに、より危険度が高い異世界でそれができるとか……理解できないよ。
『そんなの大したことない』と思うなら、一度、田舎の山の中で一晩過ごしてみると良いんじゃないかな? キャンプ場みたいな整備された場所じゃなく。
「トミーさんにお勧めとなると、どうしても肉体労働になってくるかと思いますが、はっきり言ってしまうと、条件の良い仕事は取り合いになるんです」
「そうなんですか?」
「はい。皆さん朝早くから来て、並ばれますね。少し言いづらいのですが、今ここに残っているのは、誰も受けなかった条件の悪い仕事なので……」
「明日来た方が良い仕事が受けられる?」
「絶対とは言えませんが、その可能性が高いですね」
そのあたりは競争なのか。
お金がなければすぐにでも働かないといけないけど、幸い、3,600レア残ってる。これなら少しは余裕があるはず……。
「あの、仕事を受けるためには毎日並ばないといけないんですか?」
「いいえ、日雇いでも一度受ければ、その仕事がなくなるか、辞めると伝えなければ続けられます。ですので、良い条件の仕事を探すことに皆さん必死になるんですけど」
なるほど。
これは最初にどんな仕事が取れるかが勝敗を分けるんだね。
良い条件の仕事が取れなかったら毎日仕事を変えるという方法もあるだろうけど、その度に並び直し、別の仕事を受けていたら信用してもらえるかどうか。
「ちなみにですけど、鍛冶屋さんに弟子入りする方法とかありますか? 僕、将来的には鍛冶師になりたいんです」
「弟子入りですか……う~ん……」
そう言ってお姉さんは難しい顔をして唸る。
「正直に申し上げて、かなり難しい、です。基本的に知り合いから紹介されない限り、弟子を受け入れることはありませんから。一般的には親族の伝手を使って、となると思いますが、そう言われるということは、その伝手がなかったんですよね?」
「はい」
そもそも親族、居ませんから。まともな知り合いも、神谷君、永井君、それにハルカさんのみ。まともじゃないのなら、あの『ヤスエさん』もそうなんだろうけど。全く意味は無いけどね。
「方法の1つとしては、こういった日雇いの仕事を続けて行って知り合いを増やし、信用を勝ち得て、誰か鍛冶師に伝手のある人から紹介してもらう方法があります。よほど信用されないと難しいですが」
真面目に仕事して知り合いを増やせということですね。
保証人になるような物だろうから、結構難しいよね、やっぱり。
元の世界でも、仕事の同僚の保証人になんて、そうそうなってくれないだろうし。むしろ、僕の親からも、「保証人には絶対なるな」と教育されてます。
「もう1つの方法は、冒険者としてランクを上げる方法です。現時点では登録したところなので、ランクとしては0ですが、5とか6になれば、かなり信用できる人物と見なされるようになります。そうなれば弟子として受け入れてくれる鍛冶師も居るかも知れません。もちろん、保証はできませんが」
「そうですか……ありがとうございます」
やっぱりそう簡単にはいかないか。
【鍛冶の才能】と【鍛冶 Lv.3】があるから、弟子入りさせてもらえば、それなりに仕事はこなせると思うんだけど、最初のハードルがめちゃめちゃ高い。
これ、絶対元の世界で刀鍛冶になる方が楽だよね? それで生活できるかは別にして。
ウチの場合、まともに定職に就いている親が居るんだから、それだけでも就職には十分な価値があるんだよね。
「お仕事は明日来てみようと思いますが、適当な宿、紹介してもらえませんか?」
「宿ですか。どんな宿が良いですか? 料理、治安、設備、いろんなランクがありますが」
「できるだけ安い方が良いです。それなりに安全なら共同部屋でも構いません」
「でしたら、このあたりでしょうか。朝夕の食事付きで、100レアほどで泊まれますよ。本当に最低限の宿ですが、おかしな宿ではありませんから」
そう言ってお姉さんが街の地図を見せて、場所を教えてくれた。
街の中心からは外れた路地裏にある宿。ここからも結構離れている。
結構複雑なので、場所と名前を必死に覚える。『木の枕』か……微妙な名前。
でもこれで目処は立った。
「ありがとうございます。それでは、また明日よろしくお願いします」
「はい、お気を付けて」
お姉さんの笑顔に見送られ、僕は冒険者ギルドを後にした。









