049 ソースを作ろう! (2)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
アエラさんの店に戻って収穫物を置いた後、ソース用の壷を買いに行く。
路地裏の焼き物専門店で壷を入手する。
アエラさんのお店に戻ると、そこにはすでにハルカとトーヤがやって来ていた。
ユキによると、店内に掲げる黒板が少し大きいため、先に呼びに行ってから受け取りに行ったらしい。
「初めまして、アエラさん。ハルカです」
「トーヤだ。よろしく」
「初めまして、お二人とも。ナオさんたちにはお世話になってます」
「気にしないで良いですよ。ちょうど私が他のことで手が離せなかった関係で、時間がありましたから」
「ありがとうございます。では、まずはインスピール・ソースを作ってしまいましょうか」
「ええ、トンカツはその後で」
「はい。厨房……はちょっと狭いので、こちらに持ってきましょう」
元々アエラさん1人で作業することを考えて作られている厨房は、俺たち全員が入って作業するのは無理がある。
俺たちは買ってきた壷を綺麗に洗うと、客席のテーブルの上に乗せた。
「まずはインスピール・ソースですね」
アエラさんの持っていたインスピール・ソースの壷は、俺が買った壷よりも一回りほど大きい物で、中を見せてもらうと8割ぐらいの所までソースが入っている。
それを3分の1ぐらいずつ、アエラさんが買ってきた大きな壷に入れ、残りの半分を俺たちの壷に入れてくれた。
「随分と少ないけど……大丈夫なんですか?」
俺たちの壷はともかく、大きい壷に入れたソースは、その底に少し溜まっているだけ。
鰻のタレとか、継ぎ足し継ぎ足しで作るという話は聞くが、これだと元となるソースがあまりにも少ない気がするのだが……。
「えぇ、大丈夫ですよ。量が少ないと、少し時間がかかりますけど。ただ、その場合は入れる物はできるだけ細かく刻んだ方が良いですね」
「そうなんですか」
「次は果物ですが、今回はディンドルですね。皮だけじゃなくて実も入れてしまうなんて、すっごい贅沢ですよ!」
「買ったら高いからなぁ。今日採ってきたもの、全部入れるのか?」
バックパック3つにほぼいっぱいだから結構な量あるが、大きな壷2つに小さな壷2つ、入らないことはないだろう。
「いえいえいえ! それはさすがに勿体ない――いえ、ディンドルの味が勝ちすぎますから、3分の2……半分も入れれば十分でしょう」
「……ディンドルが勿体ないとかではなく?」
「ええ、もちろん。味の問題ですよ?」
「だよね! 味の問題だよね?」
「そうです。味の問題ですよ、きっと」
ユキとナツキも同調しやがった。
明らかにディンドル食べたいだけだろ。
「まぁ、半分以上、アエラさんが採ったんだから、別に構わないが……」
「そうそう。トンカツにデザートも必要だよ!」
「ですよね。アエラさん、ディンドルは刻んで入れれば良いのでしょうか?」
俺の気が変わらないうちにとでも言うように、ナツキがディンドルを取り出して、テーブルに並べ始めた。
「はい。綺麗に洗って、軸だけ取って、皮も一緒に細かく刻んで入れてください。ちょっと待ってくださいね」
アエラさんが水の入った大きな桶を持ってきたので、ディンドルを洗っては刻み、壷に入れていく。
「あ、この壷には入れないでくださいね。後でトンカツのソースに使いますから」
「あぁ、それが必要でしたね」
とにかく刻めば良いので難しくはないのだが、やはり一番手早いのはアエラさん。包丁捌きが目に見えないほどである。
次にスキル持ちのハルカとユキ、僅かに遅れてナツキ。
ナツキが「ユキに負けるとは……ちょっと屈辱です」と呟いているところを見ると、元々はナツキの方が料理が上手かったのだろうか。
ちなみに、俺とトーヤはどっこいどっこい。
俺が1つ処理する間に、ハルカたちは2個、アエラさんが3個は軽く処理していると言えば、俺たちの微妙さが解るだろうか?
それでも、【解体】スキルのおかげか、元の世界にいたときよりは刃物の扱いがマシになっていると思うのだが。
「よし、これくらいでしょうか。この段階でよく混ぜておきますね」
ディンドル総数の半分を刻み、壷の大きさに合わせて分けて入れた後、アエラさんが底のソースに絡めるようによく混ぜる。
ディンドルがかなり瑞々しいので、しっかり混ぜると果肉が潰れて、この時点ではケチャップなどよりも少し緩いぐらいになる。
ディンドルの量が多い大きい壷なんて、殆どディンドルジュース(皮入り)で、ソースの面影なんて、僅かな匂いぐらいしか残っていない。
「この時、面倒なら放置でも構いませんが、混ぜた方が早くできます。家庭で作る場合はちょっとずつ追加するので、あまり関係ないですけどね」
今回は大量に増やすため、ソースの量が僅かしかないが、普通はソースの中に野菜や果物の切れ端が浸かる形になるので、そのまま放っておけば良いらしい。
「次は適当なお野菜ですね。これはウチにある物を使いましょう。お客さん来なくて、大量のお野菜が萎れかけていますから……ふふ……ふふっ……」
ちょっと暗い目で笑うアエラさん――怖いぞ。
俺たちも手伝って、冷蔵庫から持ってきた野菜は木箱に何箱もあり、アエラさんの言うとおり、少し萎れていた。
言うまでもなく、これらは薄利多売を目的に買い込んでおいた食材である。
「これらの野菜を種類が偏らないように、それぞれの壷に入れていってください。腐っている物は無いと思いますが、一応、注意してください」
「これ、全部入れて良いんですか? 割合とかは……」
「問題ありません。結構適当でも、きちんとできますから。ただし、匂いの強い野菜を入れる場合は少し気をつけた方が良いですね」
再び、ひたすら洗って刻むの繰り返し。
切実にフードプロセッサーが欲しい。
トーヤはもちろん、ハルカたちもかなり疲れが見えているのに対し、一番多く刻んでいるのに、動きが衰えないアエラさん、さすがである。
「アエラさん、その速度で良く続くなぁ」
「あははは、料理人の下積みは結構厳しいですよぉ。半日、イモの皮を剥き続けるとか、ざらでしたから。最初の頃なんて、夢に見ましたから……。それに比べれば適当に細かく刻めば良いこれなんて、楽な物です」
料理人の修行は現代でも厳しいと聞くが、この世界ではそれ以上か。
単純作業を熟してくれる機械が無いのだから、大きな料理屋ならそれらをすべて人手でやることになる。つまり、その仕事が新人に回ってくるのだろう。
「それでも料理人になりたかったんですか?」
「はい。実家にいるときも知り合いに料理を食べさせたりはしていたんですが、やはりもっと多くの人に私の料理を食べてもらいたくなって。
夢だったんです、自分のお店を持つこと。そのために料理の腕を磨いて、お金を貯めて……お店のことを思えば、辛い修行も耐えられました。
ここまで来るまでとっても時間がかかりましたけど、やっと、お店ができて……でも……」
「「「………」」」
無言になる俺たち。
誰だよっ! こんないい人を騙したヤツ!
俺たちは視線を交わして揃って頷く。
これは絶対立て直さないと、寝覚めが悪い。
「数日前まではもうどうしたら良いか、解らなくて……本当に、あの時お店に入ってくれたナオさんに感謝です」
「あぁ、いや、これも巡り合わせだろ。俺たちもアエラさんに知り合えて良かったと思ってる。なぁ?」
「そうそう、美味しいお店を知ることができたし」
「インスピール・ソースの作り方も教えて頂きましたから」
「そう言って頂けると、私も嬉しいです」
そんな話をしながら、野菜を入れてはかき混ぜる作業を何度か繰り返し、木箱が空になる頃にはそれぞれの壷の中身が8割を超えるぐらいになっていた。
「お疲れ様でした。後もう少しですよ。次はイモです」
そう言ってアエラさんが持ってきた木箱に入っていたのは、マッシュポテトにも使われる、ジャガイモっぽいイモ。
かなり安く手に入るので、パンの代わりに主食として食べられることも多い。
「これも刻んで入れるんですが、甘さの決め手なので、他の野菜と違って適当には入れない方が良いです。私のソースは少し甘めなので、この壷で5個ぐらい入れてますね」
「なら、私たちの壷だと、4個ぐらいかしら?」
「そうですね……ディンドル以外の果実が入っていませんし、5個で良いかもしれません」
ここは素直にアエラさんのアドバイスを聞いて、5個のイモを刻んで入れる。
アエラさんの大きい壷はその何倍もあるので、やっぱり何十個ものイモを刻むことになる。
「次は香草。今日、森で採ってきたものを入れますね。これも適当で良いんですが、香りが強い物は少し加減した方が良いでしょうね。お好みですけど」
今度は適当に手でちぎって壷に放り込んでいく。
加減が解らないので、今回もアエラさんに言われるままに入れる。
目標はアエラさんに食べさせてもらったソースなので、問題ないのだ。
「最後に香辛料。塩の量は控えめに。他の香辛料も少なめが良いですね。刺激物を多く入れると、取り返しが付きませんから」
「間違えて入れちゃったら?」
「その時はインスピール・ソースを大量に作って薄めるしか方法がないですね。昔、香辛料の瓶をソースの中に落としたことがあるのですが……母に滅茶苦茶怒られました」
そう言って苦笑するアエラさん。
普通の料理なら、失敗したら捨てれば良いが、インスピール・ソースの場合、作るためにインスピール・ソースが必要なのだ。捨てられるわけがない。
そう考えると、俺たちも2つぐらいに分けて保管しておいた方が良いかもな。
片方が失敗しても、取り返しが付くように。
「後は、良くかき混ぜて1週間も置けばできあがりです。時々かき混ぜると早くできますよ」
そう言いながら、厨房から食品加工工場で使うような長い木べらを持ってきて、グリグリとかき回すアエラさんだが、殆ど中身が動いていない。
俺たちの方は小さいので、何とかかき混ぜられるのだが。
「ぐぬぬぬぅ、さすがに重いですね」
「あー、アエラさん、オレがやるよ」
「えっと……すみません、お願いします。トーヤさん」
少し壷とトーヤを見比べていたが、さすがに2つの壷を混ぜるのは無理と思ったのか、素直にトーヤに木べらを渡す。
受け取ったトーヤは比較的軽い様子で壷を底からかき回すが、見た目、とてもソースには思えない。
例えるならば、チョップドサラダだろうか。
「アエラさん、これ大丈夫なのか? ソースの面影が無いんだが」
「ええ、大丈夫ですよ。今はこんな感じですけど、一晩もおけば水分が出てきますから。3日もすれば、かなりソースっぽくなると思います。完全に滑らかなソースにするなら、時々かき混ぜて1週間ぐらいでしょうね」
「一週間で、これが……」
漬物でも塩をして重しを乗せておけば、一晩で滅茶苦茶水が出るので、水気が出ること自体は理解できる。
しかし、1週間であのソースができることは納得がいかない。どんだけ代謝機能が優れた菌類なのかと。
むしろあの黒いソースそのものがバクテリア、いや、もしかしたらスライムみたいな――
おっといけない。これ以上は考えまい。
あの美味いソースが食べられなくなる。
「取りあえずこれで作業は終了です。お疲れ様でした」
「アエラさんこそお疲れ様。それじゃ、今度は私の番ね」
「いよいよトンカツですね!」
アエラさんは笑顔を浮かべて身を乗り出した。









