047 トンカツ(材料)が現れた!
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
ディンドルがたくさん欲しい女性陣の圧力で、
バックパックが一杯になるまでディンドルの木を巡る事になる。
俺たち3人のバックパックが一杯になったのは、更に2本のディンドルの木を巡った後だった。
その移動途中、アエラさんお勧めの、森で採取できる香草も結構な量確保できたので、結果としては悪くなかったのかも知れない。
「さて、少し遅くなったが、昼にするか?」
「そうですね。一応、予定としては帰還途中にタスク・ボアーを狩って帰るんですよね?」
「ああ。一応戦闘になるわけだし、その前に腹ごしらえしておいた方が良いだろ」
少し拓けた場所を見つけ、俺たちは腰を下ろした。
ディンドルが詰まったバックパックは少し重いが、この程度では疲れないぐらいは身体を鍛えている。
この世界に来たときとも違うので、毎日訓練を続けているのは決して無駄ではないのだろう。
「あの、良ければこれ、食べませんか?」
差し出されたのは葉っぱで包まれた、拳大の丸い物が3つ。
「あ、それって、持ち帰りで売ろうか、って言ってたヤツだよね?」
「はい。皆さんに1つずつ、作ってきました」
「「ありがとう(ございます)」」
受け取って葉っぱを剥くと、出てきたのは昨日食べた肉巻きマッシュポテト。
昨日食べた時は少し温かかったが、これは冷たくなっている代わりに、巻いてあった葉っぱの香りがアクセントとなって、かなり美味しい。
「美味い」
「うん、やっぱりこれは売れるよ! アエラさんのお店が近かったら、毎日買いに行くのに~~」
「ええ、すごく美味しいですね。この葉っぱの香りも効いています」
「ありがとうございます」
俺たちに口々に褒められ、嬉しそうに頬を染めるアエラさん。
一見すると子供みたいなのに、かなり凄腕の料理人なんだよなぁ。【調理】、レベル3だったし。
調味料とかの種類が増えれば、もっとすごい料理が作れるんじゃないだろうか?
「お返しに、あたしたちのパンと干し肉、あげるね。干し肉は自家製だからけっこうおいしいよ?」
ユキは自信満々に差し出すが、見た目的には微妙である。
ただの干し肉なので。
もちろん、ハルカの作った物だけに美味いのだが。
「えっ、自家製なんですか? 私も実家では作ってましたけど……ん!? 美味しい……」
「でしょ! そのへんで売っている物とは違うよねっ!」
「こちらのパンは宿で購入した物ですが、これもまあまあですよ」
「……あ、ホントだ。私が訪ねたパン屋さんは全部これ以下でした」
店で出すパンを仕入れられないかと、いくつかのパン屋を巡ったアエラさんだったが、お眼鏡にかなうパンが見つけられず、結局は自前で焼くことにしたらしい。
ランチでパンが出てこなかったのは、自分で作ると大量に出すのは大変なため、薄利多売のランチには付けないことにしたからなんだとか。
アエラさんは明言しなかったが、どうもこのパンよりも美味しいみたいなので、機会があれば食べてみたい。
「干し肉は、ユキさんが作られたんですか?」
「いや、今日は来ていないもう1人、ハルカというエルフが作ったんだ」
「あ、もう1人おられるという、同族の方ですね。これ、お肉自体も良いんでしょうが、調理の腕もかなりの物ですよ?」
「プロにそう言ってもらえると、あいつも喜ぶと思うよ」
確か、ハルカの【調理】はレベル1だったと思うから、スキル自体はアエラさんに全く及ばない。
有利な点は、元の世界の料理に関する多くの知識がある点だろうか。
例えば、カレーを知らないプロ料理人が新たにそこに辿り着くより、カレーの味を知っている素人がその味に近づけるように調合する方が容易だろう。
「その方とは会ってみたいですね。できれば、一緒に料理してみたいです」
「少し暇になれば、機会もあるかもな。――そろそろ行くか」
「そうですね。早めに帰るに越したこと無いですから」
全員が食べ終わるのを確認し俺がそう言うと、みんな頷いて荷物を担ぎ直して立ち上がった。
「後は、タスク・ボアーを狩れば帰れるが……」
「そう上手く行きますか? 地元ではあまり獲れない獲物でしたが」
「大丈夫だ。見つけるのは得意だ。――よしっ。俺とアエラさんが先行するから、2人は少し後ろを付いてきてくれ」
「解りました」
俺とアエラさんなら【忍び足】があるから、見つかりにくいだろう。
2人は持っていないから、と思ったのだが、歩き出して比較的すぐに違和感が。
後ろにいるはずのナツキの気配が殆ど感じられない。
ユキがはっきりと解るのとは対照的に。
――そういえば、【隠形 Lv.2】を持っていたな。
俺の【忍び足】が足音を消すようなスキルなのに対して、ナツキの【隠形】は気配を隠すようなスキルなのだろう。
どちらが有用かは状況に依るだろうが、隠れたりするときにはかなり便利そうではある。
「あっ、見えました。ナオさん、私が先制しましょうか?」
森の先に見えたのは、中型よりも少し大きいぐらいのタスク・ボアー。
俺たちが普段狩るサイズから言えば、少し小さい部類に入るだろうか。
「そうですね。お願いします」
「解りました」
アエラさんはそう答え、素早く側の木の上に登ったかと思うと、弓を構えて即座に矢を放った。
それと同時に、俺もナツキに合図して猪に向かって走る。
突然の攻撃に叫び声を上げる猪。そして、ほぼ同時に突き刺さる2本の槍。
ドゥと倒れる猪。
そう、俺とナツキの槍はほぼ同時だった。俺の方が何歩か前を歩いていたのだが、追いつかれてしまったらしい。
槍のスキルで距離は縮められないので、単純な身体能力差だろう。
単純な素早さであれば負けないと思うのだが、森の中を走るという体力も含めると、どうやらナツキよりも少し劣っているらしい。
これが種族差というものか……うん、鍛えよう。
基本値で劣っていても、鍛えればなんとかなるはず。
まぁ、ナツキも同程度に努力したら、種族差を考えると差は広がる可能性の方が高いのだが。
「お二人とも、素早いですね」
「一応冒険者だからな。どちらかと言えば、料理人なのに的確に当てたアエラさんの方がすごいと思うが」
アエラさんの放った矢は、的確に猪の目を射貫いていた。
筋力不足故か、ダメージ的には大きくなかったようだが、行動阻害の面ではかなり効果的だっただろう。
「昔は結構、狩りにも行ってましたから。このサイズの猪だと、サポートがメインでしたけど」
『鳥を捕るのが得意だったんです』と言ってニッコリと微笑む。
ハルカも的確に鳥を射貫くが、先日魔法を使ってもかなり苦労した俺としては、その難しさがよく解っている。
アエラさん、こっち方面でもプロになれるんじゃないだろうか。
「それじゃ、解体しましょうか。私がやりましょうか? それなりに慣れてますので」
「えーっと、それじゃお願い」
ユキとナツキに視線をやり、2人が頷くのを確認してアエラさんに頼む。
「解りました」
アエラさんは自分の背負い袋からナイフを取り出すと、すごく鮮やかな手つきで猪を解体する。
その動作によどみはなく、俺たちの中で最も上手いハルカよりもなお上手い。
的確に皮を剥ぎ、肉を切り取り、俺たちの差し出した革袋に詰めていく。
「凄く慣れてるんですね」
「えぇ。地元では狩りにも行ってましたし、修業先でも、枝肉の処理はかなりやらされましたから。肉の処理は基本ですね」
日本なら肉の処理は肉屋の仕事、多くの飲食店ではすでにスライスされた状態で納品されるのが普通だろう。
しかし、この世界では枝肉の状態で買ってくるようだ。
やはり保存技術の問題だろうか。
ミンチ肉が傷みやすいように、サプライチェーンの発展していないこの世界でスライスして販売するのは、少しリスクが高いのだろう。
普通の料理人でも肉の解体技術が必要とか、なかなかにハードルが高い。
だが、アエラさんにその技術があるおかげで、俺たちならそのままにする骨付き肉もブロック肉に変わり、無駄な骨を持ち帰る必要が無くなるのだからありがたい。
但し、俺たちが普段捨てている内臓部分も一部は回収するらしく、その分、量が増えるので、トータルとしてはさほど変わらないかもしれない。
回収しているのは心臓と肝臓、あれは腎臓か? あと、舌か!
そういえばアレは回収してなかったな。豚のタンは食べたことあったのに。
それに、首の後ろあたりからも肉を取っている。
頭は見た目がアレなので、そのまま埋めていたのだが、案外取れる場所、あるんだなぁ。
一応、猪は豚の仲間なので、耳や鼻も食べられるんだろうな、と考えたことはあったが、見た目的にダメなので、回収しようと思ったことはなかった。
「誰か、水系の魔法は使えますか?」
「あー、それは、今日来ていないハルカだな」
「そうですか。なら、胃や腸は諦めますか。洗わずに持ち帰るのはちょっと嫌ですし」
消化器官は気をつけて丁寧に洗わないといけない上に、下手をすると他の肉が汚染されるので、取扱注意らしい。
つまり、素人は手を出すなと言うことである。
「よし、完了です。それでは急いで帰りましょう。時間が経つとせっかくのお肉が美味しくなくなってしまいます」
「えっと、残った物は放置で良いの? 埋めるとか」
ユキが猪の頭や内臓を示す。
そういえば、今日は鍬を持ってきていない。
ユキに穴を掘ってもらうか?
「あぁ、このくらい、構いませんよ。森の動物が勝手に処理してくれますから。もちろん、近くで休憩や野営するなら埋めないと拙いですけど」
そうだったらしい。
日本で害獣駆除をすると、埋めて処分しないといけないと訊いていたが、異世界ではまた別だったようだ。
このへんは【異世界の常識】でもフォローしていないと言うことは、一般常識ではなくて、猟師や冒険者の常識になるのか?
「へぇ、そうなんだ?」
「はい。あとは、人里近くの場合ですね。まぁ、余裕があれば埋めれば良いと思いますけど」
自分の背負い袋にも結構な量を詰め込んだアエラさんが、よいしょと立ち上がり、俺たちにもそれぞれ革袋を差し出す。
想定よりも少し小さな猪だったので、1人あたり10キロもないか?
この程度なら問題は無いだろう。
「よし、じゃあ少し急いで行くぞ。体力は?」
「大丈夫です。先ほど休んだところですし」
俺の問いにナツキがそう答え、残り2人も同意するように頷く。
「なら、少し小走りで行くか。アエラさん、キツいようなら言ってくれ」
「はい。でも多分大丈夫ですよ?」
かなり重そうな背負い袋を軽々と持ったアエラさんは、そう言って微笑んだ。
◇ ◇ ◇
自己申告のとおり、アエラさんの体力は俺の予想以上だった。
アエラさん曰く、「料理人は体力勝負ですから」という事らしい。
速度を優先したため、途中一度、ゴブリンと遭遇したのだが、俺とナツキの槍、それにユキの鉄棒であっさりと片が付いた。
アエラさんの弓はおろか、俺たちの魔法も必要なかったぐらいである。
ゴブリンは人型という部分で、気分的に少しだけやりづらい所はあるのだが、ある意味、急所が解りやすく、そして狙いやすくもある。
槍を使えばアウトレンジから心臓、もしくは目から脳を一突きにできるのだから、覚悟さえ決まれば楽なのだ。
ユキとナツキも、初めてのゴブリン相手に躊躇を見せずに斃していたが、これは気丈と評価すべきだろうか。
但し、ゴブリンの魔石に関しては今回も、『時間が勿体ない』という理由を付けて放置である。
やるなら、ユキの鉄棒で頭をかち割ることになるのだろうが、ユキもやろうとは言わなかったので、まぁ、そういう事だろう。
そして俺たちは、夕方になる前にアエラさんの店に帰り着いたのだった。









