465 婚姻に向けて (6)
来週、2023年3月3日は『異世界転移、地雷付き。』第八巻の発売です。
どうぞよろしくお願いいたします。
毎度のようにご購入特典の小説も公開予定です。
「あ~、この際だから伝えておくか?」
俺たちの事情はあまり公言するものでもないだろうが、結婚相手、そして養子に取ろうかと考えている相手にまで秘密にするほどのことでもない。
そう思って水を向けた俺にトーヤは深く、ハルカたちはあっさりと頷く。
「オレとしてはできればそうしてぇな。話す内容に気を付けずに済むし」
「まぁ、夫婦間で秘密を持つのもなによね。良いんじゃない?」
「ですね。今となっては、秘密にする意味もあまりありませんから」
「メアリたちにも話してなかったし、良い機会じゃないかな?」
アドヴァストリス様が本当に邪神であったなら隠さないとマズいだろうが、この世界では普通に信仰されている神様である様子。
それに今なら、多少の不利益ぐらいなら撥ね除けるだけの力とお金があるし、貴族の地位も手に入れれば、権力によるゴリ押しに怯える心配も少なくなるだろう。
「秘密、ですか? 興味はありますが……」
「よく解らないけど、ミーは聞いてみたいの!」
俺たちの言葉に目を輝かせたメアリたちに対し、リアの方はやや迷うような素振りを見せる。
こちらの表情を窺うように視線を行き来させ、躊躇いがちに口を開いた。
「――冒険者になる者たちは、大抵なにかしらの理由があるものだ。知られたくないことなら、無理に話す必要はないんだぞ?」
冒険者の多くは家を継げなかった子供や、他の職業に就くことができなかった人たち、何らかの理由で故郷を離れざるを得なかった人たちなど。
世間一般の見方では所謂負け組であり、どちらかと言えば暗い過去を持つ人たちである。
それを踏まえてのリアの言葉なのだろうが、俺たちは例外――ん?
そうでもないか?
しっかり死んでいるわけだし、普通に考えれば結構暗い過去。
もっとも普通は、一度死んだら過去云々以前に、現在がないのだが。
「別に知られたくないってわけじゃねぇよ? なぁ?」
「そうね。面倒事を避けるために秘密にしているだけね。リアたちが吹聴しなければ問題ないわ」
「そうか? そういうことであれば、聞かせてもらおう」
「わ、解りました。誰にも言いません!」
「ミーも、口は硬いの!」
そう言って居住まいを正すリアと、身を乗り出すメアリたちに対し、俺たちは誰が説明するかと視線を交わすが……あぁ、俺なのね。
ハルカたちの視線がこちらに集まっているのを見て、俺は少し考えてから口を開く。
「気構えているところ悪いが、そこまで大した話じゃないぞ? 単に俺たちが、神様によって別の世界から連れてこられた、ってだけだからな」
短く纏めてしまえば、ただこれだけのこと。
細かく話すなら、元の世界で死んでこの世界で生まれ変わったとか、ステータスやレベルがどうこうとか、そういう話もあるが、それらを今話しても更に混乱するだけ。
そちらは追々で良いだろうということで、簡単に話してみたのだが、それに対する反応はリアとメアリたち姉妹で対照的だった。
「なんだ――って、それは十分に大したことじゃないか!?」
「えっと、別の世界……? よく解りませんが、ナオさんたちは遠くから移住してきた、ということで良いんでしょうか?」
「んっと……神様に、引っ越しを手伝ってもらったの?」
はっきりと驚いたリアに比べると、メアリとミーティアの反応はやや淡泊である。
貴族であるリアと異なり、普通の平民にとっては自分たちの暮らす町が世界のすべて。
一生町の外に出ないことも一般的であり、メアリたちからすれば、別の世界と言われてもピンとこないのだろう。
「多少違うが……まぁ、大体そんな感じだな」
「いやいや、そんな軽い話じゃないだろう! ほ、本当なのか……?」
確認するように、リアが俺以外のメンバーに顔を向けると、トーヤたちは苦笑しながら頷き、口を開く。
「信じがたいとは思うが、本当だぜ?」
「こんなことで、嘘を言う理由もないしねー」
「そうか……。冗談ではないのだな。ちなみに、いったいどの神様が……?」
「アドヴァストリス様だな」
トーヤの答えを聞き、リアはなんとも言いがたい複雑そうな表情を浮かべた。
「アドヴァストリス様……。それなら、少し納得するものはあるな。色々と、その……こう……独特な逸話のある方だからな」
「言葉を選んだわね」
「言葉を選んだね!」
「仕方ないだろう!? 五大神の一角たる、アドヴァストリス様だぞ!!」
ニヤニヤと笑うハルカとユキに、リアが少し焦ったように言い返す。
だが、神様が存在し、神罰も執行されるこの世界では、その反応も当然なのかもしれない。
まぁ、実際に会った俺からすれば、アドヴァストリス様がその程度のことを気にするとも思えないのだが。
「そ、それで、お前たちは神の使徒なのか? 例えば、何か使命とか……」
「それはないな。何をしろとも言われてないし」
「なんで私たちをこの世界に呼んだのか、その理由も解りませんよね」
俺の言葉にナツキも続き、俺たちが顔を見合わせて頷き合えば、それを見たリアも小さくため息をつく。
「普通なら考えにくいが、アドヴァストリス様なら、そういうこともあるだろうな」
ある意味で、リアのアドヴァストリス様への信頼感が凄い。
宗教に関してはあまり興味がなかったので、詳しく調べていないのだが、アドヴァストリス様の神殿には興味が湧いてきたかもしれない。
「しかし、別の世界か……。もしかして、いつか帰るようなこともあるのか?」
「いや、それはねぇよ。そんな予定があったら、リアに結婚してくれなんて言えねぇし」
少し不安げに尋ねたリアの言葉を、トーヤが即座に否定。
そのことにリアは安堵の表情を浮かべると、ため息を漏らすように言葉を続けた。
「そ、そうか……。だが確かに、これは秘密にしておくべきだろうな」
「やっぱり、知られたら面倒なことになりそうよね?」
困ったように確認するハルカに、リアも頷く。
「場合によってはな。この国の神殿は良識的だが、中には狂信的な者もいないわけじゃない。お前たちの事情を知れば、祭り上げようとするものも出てくるかもしれない」
「うぇ~、それは絶対嫌だよ。あたし、今の生活を気に入ってるし」
「だろう? お前たちは、敬虔な信徒というわけじゃなさそうだしな」
「アドヴァストリス様には感謝してるけど……そこまでじゃないわね」
寄進は頻繁にしているが、それはレベルの確認を兼ねた感謝の気持ち。
アドヴァストリス様の宗教については教義すら知らないのだから、敬虔どころか、信徒とすらもいえないだろう。
だが、そんな俺たちの話を訊いていたメアリは少し戸惑ったように、俺たちとリアの顔を見比べる。
「えっと、ナオさんたちって、凄いんですか?」
「見方によってはな。まあ、ナオたちがこんな感じだし、メアリたちは気にしなくて良いと思うぞ?」
リアが軽く肩を竦めてそう言うと、ユキもそれに同意するように言葉を続ける。
「そうそう。孤児院の子たちが光魔法を使えるようになったら、『神に選ばれた』って言ったりするじゃん? そんな感じで考えれば良いんじゃないかな?」
「な、なるほど……?」
「解ったの。ミーは気にしないの!」
メアリは少し迷いながら、ミーティアはあっさりと頷く。
二人もアドヴァストリス様に限らず、神殿には縁がなかったようだし、あまり拘りはない、という感じだろうか。
「ま、そんなわけでね。リアも、メアリたちも、私たちがよく解らない会話をしていたら、元の世界でのことなんだなと流してくれたら、ありがたいわ」
「了解だ。つまり、さっき言っていたナオの家名も、元の世界でのものなんだな?」
「そういうことだな。元の世界では俺たち全員に家名があったからな」
「ということは、トーヤも?」
「オレは『ナガイ』だな。ちなみにナオは『カミヤ』だ」
トーヤの言葉に、リアが「ふむ」と頷く。
「ナガイとカミヤ……。やや聞き慣れないが、それを家名にしても特に問題はないと思う」
「そうか? なら――」
「いや、待て。ここはちょっと捻って、『ゴッドバレー』という手もあるぞ?」
それにしよう、と言いかけた俺の言葉を遮り、トーヤが妙なことを言い出した。
神=God、谷=Valleyか?
「……いや、そんな手はないだろ。ならお前は、『エターナルウェル』にするのか? そんなの……微妙にありだな」
「ありか? セーフ寄りのアウトじゃないか?」
「ゴッドバレーよりは?」
俺の方はともかく、トーヤは案外そんな名前の人がいてもおかしくないかも、と思った俺だったが、そんな俺たちの遣り取りに対して、露骨に顔を顰めたのはハルカだった。
「無理に捻る必要なんてないわ。素直にいきましょ」
「……まぁ、そうか。だが、ハルカたちは神谷で良いのか? 東や古宮、紫藤でも構わないんだが――」
「それは嫌」
少し意外なことに、ハルカはこちらも即座に否定した。









