464 婚姻に向けて (5)
「あ、支出といえば、トーヤとナオ。お前たちは礼服を持っているか? 叙爵の式典の時に必要となるぞ?」
「……礼、服?」
トーヤがギギギと首を回し、リアを見ると、リアは「うむ」と深く頷く。
「特別に決まった物があるわけではないが、陛下の前に出るのだ。普段着とはいかないだろう? それなりにきちんとした服が必要となる」
「礼服か……。俺は以前、貴族の披露宴で着た物があるが、それで大丈夫か?」
イリアス様と一緒に参加した、ダイアス男爵の披露宴。
あの時に作ってもらった服は俺に合わせて作られた物だし、報酬の一部として貰っているので、一応マジックバッグに入れて持ち歩いている。
パーティーと式典、少し状況は異なるが同じ服で大丈夫かと確認すれば、リアは問題ないと頷く。
「国によっては、式典の種類ごとに別々の服が必要だったりするが、この国はそのあたり、厳しくないからな。みすぼらしくなければ問題ない。トーヤの方は……」
リアが窺うようにトーヤを見るが、トーヤは口を結んで沈黙する。
あの時、礼服を作ったのは俺とハルカのみ。
当然ながらトーヤは持っていないし、ついでに言えば、作るお金も持っていないだろう。
それ故か、トーヤは縋るような視線をハルカたちに向けた。
「……いつものように、作ってくれたりは?」
「いや、ダメでしょ。普段着ならともかく、式典に出られるような礼服は」
「そうですね。私たちは常識やタブーに関しては、詳しくないですし」
ハルカたちが作った服の中には、半ば趣味で作ったとしか思えないセミフォーマルに近い物もあるが、それは俺たちの世界であればそうというだけのこと。
こちらの世界の服飾に詳しいわけではなく、まかり間違って使ってはいけない色や意匠などが含まれていたら大問題である。
それもあってか、すぐに首を振ったハルカたちだったが、その遣り取りを聞いたリアは驚いたように目を瞠り、少し腰を浮かせた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかしてお前たちの服は、ハルカたちの自作なのか?」
「基本的にはそうだよ? あたしとハルカ、ナツキで作ってるんだ。買うより安上がりだし、好きな物が作れるからね」
「えぇ……ちょっと多才すぎないか? 有能な冒険者で魔法が使え、料理だってプロ並み。更には裁縫までとは……。そこに加わる私のことも考えてくれ!」
リアは若干引き気味に指折り数え、非難するような視線をハルカたちに向けるが、そんな視線を向けられたハルカたちは顔を見合わせて肩を竦める。
「冒険の合間の趣味みたいなものかしら?」
「お前たちの腕前で趣味とか、本職が聞いたら泣くぞ!? 服にしても、料理にしても!」
「いやぁ、そんなに褒められると、照れちゃうなぁ~」
「褒めてない! ――いや、褒めてるんだが、そうじゃなくて……」
頭を掻きながら「あはは」と笑うユキに、リアがツッコミを入れ、なんとも言えない表情で言葉を濁す。
実際、ハルカたちの多才っぷりはかなりのもの。
それと比べられかねないリアとしてはたまったものではないだろう。
そして、その技術は【裁縫】と【調理】だけに留まらず、【錬金術】や【薬学】だってプロ並みなワケで。
当然それを知るトーヤは、助け船を出すように話を元に戻す。
「あ~、とにかく、ハルカたちに作ってもらうのは難しいっつーことだな。ちなみに、オレがナオの服を借りるわけには――」
「いや、どう考えても無理だろ? 体格が違いすぎるし、そもそも式典は一緒に行われると思うぞ?」
獣人であるトーヤとエルフである俺。
上背はまだしも、身体の厚みなんかには大きな差がある。
俺の身体に合わせて作られた式服をトーヤが着たら、ぱっつんぱっつんとかいうレベルではない――というより、まず着られないだろう。
「だよなぁ。これ以上借金が膨らむのは避けたかったが……すまんっ! ナオ、もうちょっと金貸してくれ!!」
「無理」
「えぇ~!? 親友だろ? 絶対返すから!」
にべもなく断った俺に、情けない表情でトーヤが縋り付くが、俺はそれを振り払ってため息をつく。
「そこは心配してないが、俺ももうそんなに金がないんだよ。今後のことを考えると、多少は残しておきたいし」
折角来たヴァルム・グレという都会。
俺もハルカたちと一緒にショッピングと洒落込んだわけで。
無駄遣いをしたわけではないが、本などに手を出せば多少の金など簡単に蒸発する。
「しかも、次に向かうのは王都だぞ? そっちでも金は使うだろうし、これ以上所持金を減らすのは避けたいんだよ。礼服となると、結構高いだろうし」
「そう言われると、既に金貨数百枚借りている身としては、無理は言えねぇなぁ。それじゃあ――」
「トーヤお兄ちゃん、ミーが貸してあげるの! ミーは、ちょっとお金持ちなの!」
トーヤが『どうしようか』と言う前に手を挙げたのは、ミーティアだった。
「むふーっ」と鼻息も荒く、ふんぞり返るように張った胸をポンと叩くが、言われたトーヤの方は困ったように視線を彷徨わせ、ユキに顔を向けた。
「あ、いや、さすがにそれは……ユキ、頼めるか?」
「あたし?」
「えー! トーヤお兄ちゃん、ミーが、ミーが貸してあげるのっ!」
スルーされてしまったミーティアが不満そうに頬を膨らませ、両手を挙げて『はい! はい!』と主張。
しかしトーヤは、やはり困り顔で首を振った。
「すまん。ミーティアの気持ちはありがたいが、オレのメンツも立ててくれ。結納金に加えて、更に借金するのは、外聞が悪すぎる」
「ミー、私たちはまだ子供でしょ? トーヤさんは大人だから、子供からお金を借りるのは恥ずかしいの」
フォローするようでありながら、おそらく無意識にトーヤの心を抉るメアリ。
その言葉にトーヤは顔を歪めて胸を押さえ、ミーティアは少し不満そうながらも渋々と姉の言葉を受け入れる。
「むー。そういうことなら、諦めるの。でも、困ったら遠慮せずに言ってほしいの」
「お、おう、ありがとな。ってことで、ユキ、頼めるか?」
再度トーヤに頼まれ、ユキは苦笑しながらも軽く頷く。
「いいよ~。それなりに残ってるし……リア、金貨一〇〇枚もあれば足りるよね?」
「十分だ。ウチが使っている職人を紹介しよう。少し急ぎにはなるが、そこなら対応してくれるはずだ」
「それじゃ、話し合いが終わったら、すぐ注文に行った方が良いね。えーっと、切りよく一〇〇枚渡しておくから、返すときは纏めて返してね」
「おぅ、助かる。急がないとな。――あと話し合いが必要なのは?」
ユキからお金を受け取り、トーヤが少しホッとしたようにリアに確認すると、彼女はすぐに答えを返した。
「急ぎなのは家名と紋章だな。これが決まらなければ、授爵できないからな」
「家名と紋章……それって、なんでも良いのか?」
「基本的には。だが、既存の貴族と同じ家名を無断で付けることはできないし、過去存在し、今はない家でも、避けた方が良い家名もある。決まったらウチの紋章官に一度確認するべきだろう」
「紋章官……大貴族ともなると、やはり抱えているんですね」
紋章官という職業を簡単に説明するなら、貴族に関する専門家。
紋章や家名に関する知識に留まらず、貴族の歴史や伝統、仕来りなどについても学んでいる職業で、それらの深い知識から使えない名前や縁起の悪い名前、過去の歴史などから避けた方が良い名前なども指摘してくれるらしい。
「貴族家の当主が勉強しておくのが理想ではあるが、やはり大変だからな。あまり必要になる知識でもなし、専門家に任せる方が楽なんだ」
「じゃ、紋章の方は? こっちも基本的には自由? あたしたちが適当に考えても良いの?」
「いや、紋章は家名より面倒だ。使ってはいけない意匠もあるし、王家は当然として、有力貴族の紋章に似たものは使えない。紋章官にモチーフを伝えて、作ってもらうのが現実的だと思うぞ?」
俺たちも学校で美術は学んでいたし、簡単なロゴデザインぐらいはできるかもしれないが、その知識を使ったところで、この世界で違和感のない紋章がデザインできるかは別。
リアの言う通り、専門家に頼るのが順当だろう。
「それもマーモント侯爵家に頼っても良いのか? 報酬とかは……」
「必要ない。ウチの紋章官なら、逆にお金を払ってでも、大喜びで引き請けるだろうな」
「え、なんで? 紋章を作るのって、結構大変だよね?」
マーモント侯爵家が雇っている紋章官だから追加の報酬は必要ない、というのならまだしも、『お金を払ってでも』というのは何故なのか。
ユキが不思議そうに訊き返すと、リアは苦笑気味に肩を竦めた。
「紋章官に紋章の作成スキルは必須だが、実際に使う機会なんかほとんどないんだ。貴族家なんて、そうそう増えるものじゃないからな」
「あぁ、そういうこと?」
「うむ。大変ではあるが、そのスキルが生かせる上、自分の作った紋章が歴史に残るのだ。紋章官としては本望だろう? ウチは給料も良いから、お金も持っているしな」
「それじゃ、申し訳ないけど頼らせてもらえる?」
「気にせず頼ってくれ。自分の家と主家となる家のこと。私としても他人事ではないのだから。それらを含めて手助けするのが、ウチの役目だからな」
実際、平民から貴族になる場合、どこかの家が手助けしなければ立ち行かない。
通常は推薦した貴族が後ろ盾となって補助するようだが、今回はトーヤがいる関係でマーモント侯爵家がその立場となっているらしい。
少々スライヴィーヤ伯爵に対して不義理になってしまう気がするが、今の段階でスライヴィーヤ伯爵から俺に対するアプローチがない以上、そのあたりは侯爵家と伯爵家で話が付いているのだろう。
「それじゃ、家紋は紋章官に相談して決めるとして、だ。家名の方はどうする? 長く使うものだし、簡単には――」
「別に、ナオの家名で良くないかしら?」
『決められない』と続けようとした俺の言葉を遮るように、ハルカがあっさりとそんなことを言う。
俺の家名となると『神谷』――いや、ステータスの表示に倣うなら、カタカナで『カミヤ』か。
それであれば悩む必要もなく、俺としても違和感はないが、それを聞いたリアが小さく「家名……」と呟いているのが耳に入る。
先ほど『別に言う必要はない』と言った手前、追及する気はないのだろうが……。
でも今後、一緒に活動していくとなると、俺たちのことを秘密にしておくのも正直面倒だよなぁ。
元々が平民であるメアリたちは、俺たちの会話が理解できなくても『難しいことを話している』という感じでスルーしてくれるが、リアは貴族教育も受けている知識階級。俺たちに対する違和感は、二人よりも大きいだろう。
このまま黙っていることもできるだろうが、トーヤの家庭の平穏を考えるなら……。
俺はハルカたちに対して、問うように視線を向けた。









