456 試される? (3)
あけましておめでとうございます。
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「いや、悪くねぇぞ?」
マーモント侯爵の返答は、予想外のものだった。
そのことに、俺たちが困惑した様子なのを見て取ってか、マーモント侯爵は頭を掻きながら言葉を続ける。
「あ~、お前らはメレディス家の事情について、どの程度知っている?」
「――メレディス家には、ディオラさんしか子供がいないことぐらいでしょうか」
実際には、ディオラさんが側室の子供であることや、正妻がちょっと困った人で、未だに自分の子供を跡取りにすることを諦めていないことなども、イリアス様から聞いてはいた。
だが、あまりペラペラと喋るのもマズいだろうと、控えめに答えた俺だったが、マーモント侯爵はあえて濁したことを理解したのか、片頬で笑った。
「およそ把握してるってところか。あそこの正妻は子爵家の出で、実家の力が強いことは確かなんだが、それに逆らえねぇメレディス男爵もなぁ。このままなら、メレディス家は次代で準男爵に落ちることは確実――いや、ディオラへの処遇を考えれば、騎士爵にまで落ちる確率の方が高ぇか」
「それは、継嗣を定めていないからですか?」
「それも含めて、国に貢献してねぇからだな」
メレディス男爵家は領地を持たない法服貴族である。
であるならば、官僚などになって国を支えるか、他の領地貴族の下で仕事をして国に貢献しなければ、爵位の維持は難しい。
だが現在のメレディス男爵は年金暮らしで、特に仕事はしていないらしい。
「ディオラは優秀だろ? 本来なら官僚になるぐらいは容易いし、メレディス家の継嗣であれば、それは十分な貢献と見なされる。だが、中途半端な立場のおかげで、それができてねぇ」
「……その影響で、結婚もできないと聞きました」
ハルカが小さく言葉を漏らせば、マーモント侯爵も深く頷く。
「あぁ。不憫だよな? かといって、他家のことに儂らが口を出すのも難しい――が、お前らがディオラを雇うとなれば、話は変わる」
マーモント侯爵からすれば、娘の部下となる人物のこと。
筋の通らない話を押し付けるならまだしも、非常に真っ当なことを正しくやれということぐらい、何の問題もないらしい。
「それにな? 子爵家の立ち上げに協力することは十分な貢献となる。そのタイミングで家督を譲れば、メレディス家はディオラの代でも男爵位を維持できる。その流れで話を持って行けば、メレディス男爵も拒否はしねぇだろ」
「侯爵に言われては、そうなるでしょうね」
俺たちが頼んだところで門前払いだろうが、マーモント侯爵であればどうか。
妻の実家である子爵の顔色を窺って、ディオラさんを継嗣と指定できない人物である。
ここで意地を張れるぐらいなら、問題にはなっていないだろう。
「儂だけでも構わねぇだろうが、姪のことだ、ネーナス子爵も賛同するだろうな。スライヴィーヤにも声を掛ければ、口添えぐらいはするんじゃねぇか?」
侯爵、伯爵、子爵がそろい踏み。
――それはもう、半ば脅迫じゃないだろうか?
「もしかすると、ディオラさんへの恩返しにもなるのかな?」
「随分お世話になりましたし、そうであるなら是非お願いしたいですが……」
「普通に考えれば、良い話だと思うぜ? もちろんそれだけじゃなく、お前らにとってもディオラを入れることは価値があると思うしな」
継嗣には指定されていないとはいえ、貴族の跡取りとして教育を受けてきたディオラさんは、俺たちが不足している部分を補えるだけの知識が十分にある。
それに加え、お隣さんとなるネーナス子爵家は縁戚であり、且つ現在は冒険者ギルドの副支部長という経歴。
ダンジョンをどう扱うかはまだ決めていないが、ギルドへのパイプを持つディオラさんの存在は非常に心強いものとなるだろう。
「何だったら、ディオラにも儂が話を通してやるが?」
「ありがとうございます。ですが、頼むのであれば、俺たちが直接言うのが筋だと思いますので……」
それに、一般的には良い話でも、ディオラさんが望むかどうかは別問題。
もし彼女が冒険者ギルドで働き続けたいと思っていても、マーモント侯爵から言われれば、非常に断りづらいだろう。
そうなれば、恩を仇で返すことになってしまう。
当然だが、そんなことは避けるべきだ。
「ただ、実家のことなどで障害があれば、そのときはお力添え頂けますか?」
メレディス男爵はともかく、正妻の方に邪魔をされることはあるかもしれないと、俺がそう頼めば、マーモント侯爵は軽く頷いた。
「構わねぇぞ。元々そのつもりだったしな。他に言っておくことは……特にねぇか」
「ということは、残る用事は一つだけですね、父上」
一見するとタイプが違うように見える、レイモン様とマーモント侯爵。
だがその時、二人が揃って浮かべた笑みは、とても血のつながりを感じさせるものだった。
◇ ◇ ◇
マーモント侯爵家の屋敷は、ミーティアがお城と見間違えるほどに大きい。
それは侯爵という地位を考えれば、ある意味当然であり、その敷地の中には、これまた当然のように立派な訓練場も設けられ、そこではマーモント家に仕える領兵が訓練に明け暮れている。
顔合わせの場となった部屋を出て、俺たちが案内されたのは、そんな訓練場。
そこには今、俺たちに七人に加えてマーモント侯爵家の四人、そして訓練を中断してこちらを見ている領兵たちの姿があった。
これが、ただの見学であれば気は楽なのだが、当然ながらそんなはずもなく――。
「実は、トーヤと試合をずっと楽しみにしていたんだよ」
「えーっと、本当にやるんですか? レイモン様」
「おっと、トーヤ。私たちは義兄弟となるんだ。普通に話してくれて構わないよ?」
「……なら、お言葉に甘えて」
「うむ。それから、『本当にやるのか』という問いには、『当然だ』と答えよう」
そう。ここに来た目的は、顔合わせの最初にレイモン様が宣言した、トーヤとの手合わせを実行に移すため。
他の兄弟に代わって、などと言っていた割に、レイモン様はとても乗り気な様子。
更にはマーモント侯爵は言うに及ばず、予想外なことに一緒に来ているエミーレ様ですら止める様子はない。
「レイモン様、予想以上にやる気ね?」
ハルカが暗に『止めなくて良いの?』と問うような視線をリアに向けるが、彼女はどこか諦めたようにため息をついた。
「ああ見えても、私の兄上だからなぁ……。忙しくてなかなか時間が取れないが、剣術自体は好きなんだよ」
「そうなの?」
「あぁ。父上と母上を除くと、マーモント家の中で唯一、サルスハート流の皆伝を許された人だからな。――今は私もだが」
「へー、そうなんだ。……あれ? エミーレ様も?」
意外そうに小首を傾げたユキに、リアは平然と頷く。
「母上の腕前は兄上以上だぞ? さすがに父上には及ばないと思うが……」
「あの方が? 本当に? とても上品そうに見えますけど」
ナツキが戸惑いを顔に浮かべてエミーレ様に視線を向けるが、それに気付いたエミーレ様は優しげに微笑むのみ。
一見すると、とても剣を取るようには見えない。
「外見はな。だが、私の母上だぞ?」
「それは、説得力があるな。ってことは、止めてもらうことは期待できないか」
「口には出さないだろうが、トーヤの腕前を見たいのは、母上も同じだろうからな」
「あぁ、それはそうよね」
元の世界なら、結婚相手の学歴や収入、性格などを気にするところだろうが、こちらの場合、腕っ節も結構重要だったりする。
町から一切出ないのであればそこまででもないが、貴族のようにある程度の立場がある人たちの場合、どうしても町から町への移動が発生する。
勿論、貴族であれば護衛も付けられるだろうが、夫となる相手が強ければそれに越したことはなく、安心感に繋がることは間違いない。
「けどよ、怪我をさせてしまったら、マズいんじゃねぇの?」
「だよな? レイモン様は侯爵家の跡取りだし」
いくら挑まれた手合わせとはいえ、大怪我をさせてしまったらどうなるか。
もしかすると、リアとの結婚は破談になるかもしれないし、下手をすれば俺たちが罪に問われたりする、なんてこともあるかもしれない。
トーヤもそんなことを考えたのか、困ったようにリアとレイモン様を見比べていたが、そんな彼の背中を強く叩いたのはマーモント侯爵だった。
「儂の息子はそこまで軟弱じゃねぇ。大怪我をしようと、死ななけりゃ構わねぇぜ? なぁ?」
「えぇ、勿論です。むしろ、それぐらいの腕前を見せて欲しいですね。それに、あなたたちは治癒魔法が得意とか。――腕や脚が取れるぐらいは大丈夫ですよね?」
それは切るのか、切られるのか。
爽やかな笑顔でとんでもないことを言われ、ハルカとナツキがドン引きしたような表情で声を漏らす。
「ぇえ……さすがに切り落とすのは勘弁して欲しいですが……」
「はい、繋げた経験はないですし。せめて、骨折ぐらいまでで」
ハルカたちは不完全ながらも『再生』が使えるし、切断された部位が残っていれば繋げることもできそうだが、幸いなことにこれまでそれが必要になったことはない。
そのこともあってか、やや控えめに答えた二人だったが、それを聞いたマーモント侯爵は嬉しげに笑う。
「ほぅ、骨折なら問題ねぇのか。こりゃ、思いっきりやれるな。儂も後で――」
「ダメですよ? あなた。レイモンの手合わせが終わったら、仕事に戻ってください。近いうちに王都に行かないといけないんですから」
微笑みを浮かべながらも、有無を言わせぬ迫力を感じさせるエミーレ様に、マーモント侯爵は言葉に詰まり、残念そうにため息をついた。
「ぐっ……はぁ、仕方ねぇか。トーヤ、剣はあそこにある。好きな物を使え。それから、手に負えねぇ怪我なら、ウチで治癒士を呼ぶ。トーヤも安心して遣り合って良いぜ?」
「……解った」
マーモント侯爵が指さしたのは、訓練場の隅。
そこには訓練用の剣が大量に刺さった箱が置かれている。
トーヤはその中からいくつか手に取ると、何度か振ってみてそのうちの一本を選択、それを手に訓練場の中へと足を進めた。
対してレイモン様の方は、兵士の一人が持ってきた剣を受けとり、それを右脇にぶら下げるように片手で持ってトーヤと対峙する。
「では、やろうか。トーヤ」









