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044 希望をプレゼント

前回のあらすじ ------------------------------------------------------

ユキ、ナツキを連れてアエラさんのお店へ行く。

店の敷居が高いことを指摘し、入りやすいように値段を外に表示することを提案。

でも、それだけでは上手く行かないと、ナツキが告げる。

「な、なぜですか? お客さん、来てくれるんですよね?」


「ええ、来てくれるようになるでしょう。でも、それと儲かるか――利益が出るかどうかは別問題です」


「え?」


 なんで? と首をかしげるアエラさん。

 うん、可愛い。

 ナツキを連れてきて良かった。

 俺だったら、このアエラさんに厳しいこと言えないもの。――いや、多分言うけど、心が痛いからさ。


「この日替わり、50レアなんですよね?」

「はい! 自信作です! 彩りや食材のバリエーションも考えて作ってるんですよ」

「はい、凄いですね。こんな料理、この街で初めて見ました」

「ですよね!」


 嬉しそうに言うアエラさんだが、次のナツキの言葉で再び、笑顔が固まる。


「でも、利益、出ますか?」

「……たくさん売れれば?」


 少し視線を逸らしてそんなことを言う。


「具体的に、どのくらいですか?」


「100皿です。でも、これは薄利多売なんです! 1種類の料理だけを提供してコストを下げ、安くて美味しい物を売る。1つの利益は少なくても、たくさん売れれば十分利益が出るんです!」


「――そう、教えてもらいました?」


「はい!」


「ダメですね」


「えぇっ!? 嘘なんですか?」


「いいえ、嘘ではありません。ですが、前提となる規模が違います。先ほど、100皿以上から利益が出ると言われましたが、このお店、何席ありますか?」


「満席で26席です」


 かなりゆったりと置かれているので、4人掛けのテーブルが5つだけで、カウンター席が6席。

 お店の規模に比べると、収容人数は少ない。


「つまり、ランチで4回転以上しなければいけません。30分で帰ってくれると仮定して、2時間。この時間自体は許容範囲かも知れませんが、このお店、アエラさんしかいませんよね?」


「はい」


「作り置きしておけば調理時間は不要かも知れませんが、あれだけの盛り付けをしてテーブルに運び、会計、お客さんが帰ったら片付け。1人あたり1分少々で行えますか?」


「………」


 飲食店の薄利多売と言えば、牛丼屋やハンバーガーショップなんかがそれに当たるが、それらが成り立つのは、ファストフード、つまり『速い』からである。


 提供されるのも速ければ、食べる時間も短く、場合によっては持ち帰って店には居座らない。

 それによってお客の回転率を上げているのだが、このお店の雰囲気はその真逆にある。


 持ち帰るようなランチではないし、どちらかと言えば、ゆっくりと腰を落ち着けて食事を楽しむようなお店。


 薄利多売を目指すならもっとテーブルを詰め込み、むしろ長居はしたくないような、立ち食いで済ませるぐらいのレイアウト変更が必要だろう。


「ランチ以外に注文されるドリンクで利益を出す考え方もありますが、先ほどのお茶、提供されるまでに数分は必要でしたよね? ある程度は並行して作業できるかも知れませんが、少々無理がありませんか?」


「それは……人を雇う、とか?」


「人を雇うなら、それだけ利益を上げる必要があります。アエラさんだけなら赤字さえ出さなければどうにかなるかも知れません。ですが、人を雇うとなれば利益を出さないといけません。ランチを200皿売りますか? 8回転、4時間。ランチとしてはちょっと長すぎますね。売れたとして、利益はいくらですか? 薄利多売なら、かなり利幅は薄そうですけど」


「…………」

「ナ、ナツキ、ちょっとストップ! アエラさん、泣きそうだから!」

「そうそう! ナツキの正論はよーく解る。解るけど、もうちょっと手加減してあげて!」


 アエラさんフルボッコである。

 マジで涙目になってるし。

 ナツキは声を荒げることもなく、穏やかに話しているのだが、それが反論が難しい正論だけに、かなり痛い。精神的に。


「そうですか? 経営状態を改善したいのなら、優しいことを言っても意味は無いと思いますが」


 これが何の関係もない人なら、『甘い考えで店を出して潰したんだね』で済むのだが、そそのかしたのがクラスメイトとなると、アエラさんの外見も相まって、罪悪感ハンパないんだよ。


「まぁまぁまぁ。アエラさんの方法じゃダメなことは解った。それは解った。アエラさんも、解ったよな?」

「……ぐすっ。は、はい」

「で、それだけ言うということはもちろん、対応策もあるんだよな? なっ?」


 これで『ダメだから諦めてね』じゃ、連れてきた俺も泣きたくなるから。


「それは、多少はありますが……所詮は学生の浅知恵ですよ?」


 「ダメ出しだけなら簡単なんですから」とナツキは言うが、それでもこのままよりはよっぽど良い。


「それでもそれを元にして全員で考えれば、きっと良くなる。俺はそう信じている!」


 むしろそう信じさせてくれ。

 俺は介錯の要員を連れてきたわけじゃないと。


「まず、店の前に看板を出す。これは確定です。ですが、ランチの値段は上げるべきです。味とお店の雰囲気。それを考慮すれば明らかに安すぎます。最低でも20皿、できれば10皿売れれば利益が出る程度にすべきでしょうね」


「それなら、ランチの時に1回転しなくても大丈夫だね。このお店の雰囲気を楽しんで、のんびりと食事。あたしも目指すべきはそこだと思うな」


「アエラさん、どうだ?」

「どれだけ作るかによりますが……100レアぐらいにすれば、余裕はあります」

「そこはもう、『ランチは限定40皿』とか、書いてしまえば良いだろ。回転率やお客の入り具合で調整しても良いし」


 薄利多売の場合は大量に作らないといけないし、廃棄を見込むから利益率も悪化する。

 売り切ってしまえるのなら、ある程度原価率が高くなっても損失が出ない。


「回転率を落とせば、ドリンクやサイドメニューで利益を確保することもできます。一般的に、ドリンクの利益率は高い……ですよね?」


「はい。このムスーク茶も結構良い茶葉を使ってはいますが、手間としてはお湯を沸かして入れるだけですから、利益率は高いです」

「あぁ、美味しいよな、このお茶」


 紅茶っぽい色で香りが良く、ほんのり甘みがあるようなお茶。

 渋みやクセがないので、飲みやすい。

 メニューを見ると、お値段は35レアか。

 以前行った喫茶店に比べれば安いが、一般的な食堂に比べれば高い。

 もちろん、一般的食堂にそんな良いお茶は置いていないのだが。


「あとは、対象とする客層を考えて、少しメニューの見直しをした方が良いかもしれません」

「客層ですか……」


 そう言って考え込むアエラさん。

 あまりそのへんは考慮せずに店を作った――というか、自称コンサルの言うがままに作ったんだよな。


「2人はどう思いますか?」


「俺なら、昼間は一切お酒を出さない。夜に出すお酒も、高級な物を少数だけに限定。そして夜の食事の値段は少し高めに設定する」


「えっと、お酒を出さないお店ってほぼ無いと思うんですが、なぜですか?」

「まず、昼間から酒を飲む奴にはろくなのがいない!」


 俺が力強く主張すると、アエラさんは困ったように苦笑した。


「あの、それはさすがに偏見では……?」


「――まぁ、それは否定しない。まともなのもいると思う。ただまぁ、そのへんの食堂を見ると、昼間から酒を飲んで食堂で騒いでいるのがいるだろ? ああ言うのが来ると、せっかく金をかけて作ったこの店の雰囲気が壊れる」


 乗せられて作ったとは言え、この店の出来自体は良いのだ。

 せっかくなのだから、比較的安価で上品な雰囲気を味わえる店とした方が成功するんじゃないだろうか。

 他の店と同じ事をするのであれば、せっかくの内装が無駄になってしまう。

 そのあたりを説明すると、納得したようにうんうんと素直に頷くアエラさん。


「それに、酒の数を増やしても、消費が少ないと古くなるだろ?」

「あ、はい。特にエールはドンドン劣化しますね」

「あとは、アエラさんが心配だから、かな」


「えっ?」


「安酒を提供すると、どうしても酔いつぶれる人が出てくるだろ? 今後人を雇うかもしれないが、今はアエラさん一人なワケだし、危ないかな、とね」

「ナオさん……」


 そう言った俺を、アエラさんは嬉しそうに見つめ……ユキが手を上げてぶった切る。


「はいは~い、あたしは店内にも黒板を張り出して、メニューを書いた方が良いと思う。毎回アエラさんがメニューを持っていくのは、時間がかかるし」

「あっ、はい、そうですね。確かにそれはあるかもしれません」


 そのへんの食堂みたいな感じではなく、少し上品なメニューなら壁に掛けていても店の雰囲気は壊れないだろう。


 それからも色々と4人で意見を出し合った結果、客層は女性やこのあたりに住む公務員などをターゲットにして、ドリンクは少し数を絞ってソフトドリンクのみ。


 その代わりに高価格帯のお菓子の数を増やして、利益を確保。

 夜は予約のみに限定して、記念日的な高級な食事を出す方向で決まった。


「でも、大丈夫でしょうか? 腕には多少自信がありますが、高級な料理となると……」


「多分大丈夫でしょう。ランチであの出来ですし、予約を入れるのはランチを食べに来た人の中から、と言うことになるでしょうから」


「あぁ。大通りにある喫茶店と比較しても、知られさえすれば十分勝てる」


 料理の腕自体は十分に高いのだから、プロモーションさえできればそれで良いのだ。

 それに、人員を増やすのなら別だが、1人でやっていく方針なら、このくらいが限度だろう。

 仕込みなども考慮すると、夜も普通に営業するなら寝ずに働くことになりかねない気がする。


 同じくらいの規模で、微睡みの熊亭の親父さんは熟しているが、アレは例外だろう。何で店が問題なく料理が出てくるのか不思議なほどだ。


「う~ん、あたしとしては、朝の客も狙いたいかな? せっかく通勤客が多く通るのに、勿体ないと思うんだよね」


「通勤客なら、持ち帰りのランチか? アエラさん、何かある?」

「持ち帰り……ちょっと待ってください」


 そう言って厨房へ引っ込んだアエラさんが、しばらくしてお皿にのせて持ってきたのは、肉巻きおにぎりみたいな物。

 カットして食べてみると、中に入っていたのはマッシュポテトみたいな物。

 衣が薄切り肉になったコロッケという感じだろうか。

 普通に美味い。

 宿の近くで売っていたら、仕事に行く前に1つ2つは買っていくな、これ。

 ユキたちの表情を見るに、2人の舌にも合ったようだ。


「今はお皿にのせていますけど、これを葉っぱで包んで売るんです。大体一つ10レアぐらいですね」

「へぇ、美味しいね。あたしは見たこと無いけど、一般的なの?」


「どうでしょうか。私が修行した街では売っているところもありましたけど……」

「俺はこの街では見たこと無いなぁ」

「隣のサールスタットにもありませんでした。これは売れるんじゃないでしょうか?」


「うん、ちょっと朝忙しいと思うけど、これを早朝、お店の前で売ったらどうかな? 10レアならお試しで買う人もいそうだし、美味しいからこれを食べてお店に来てくれる人も増えるかも?」


「なるほど……頑張ってみます!」


 ふんっ、と少し鼻息荒く、手を握りしめるアエラさんに、ナツキが再びダメだしをする。


「バリエーションはありますか? 毎日同じだとさすがに飽きられると思いますよ?」

「バリエーション……これに関しては多少肉や中のイモの味を変えるぐらいしか……」


 コロッケみたいな物と考えれば、それでもある程度は飽きさせないと思うが、もう一品ぐらい欲しいよなぁ。


「う~ん、濃厚なソースがあれば、『カツサンド』とか作れるんだがなぁ」

「濃厚なソースですか? インスピール・ソースとかどうでしょう? 『カツサンド』は知りませんが」


「インスピール・ソース? なにそれ?」

「あぁ、ユキさんは知らないかもしれませんね。エルフでは一般的なんですが……ねぇ、ナオさん」


 おっと、ここで俺に振るかい?

 当然だが――


「すまん、知らない」


「あれ? そうなんですか? 大抵の家庭では作っていると思ったんですが……味見してみますか? 元は実家から持ってきた物ですけど、原料はこのあたりで手に入る物を使っているので、ウチの家庭の味とは少し違いますが。少し待っていてください」


 そう言って厨房に戻ったアエラさんは、すぐに戻ってきて手のひらサイズの小皿を俺たちに差し出した。

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