449 顔合わせ (1)
トーヤが皆伝になってから三日後。
道場の前で待ち合わせをした俺たちは、リアの案内に従い、彼女の実家へと赴いたのだが、そこにあったのは――。
「……随分と、大きな家ですね」
「お姉ちゃん、これは家じゃないの。お城なの!」
やや惚けた反応をしたのはメアリとミーティアだったが、その言葉通り、それはお城と呼んでも差し支えないほどの建物だった。
まず目に入るのは、敷地を囲む丈夫そうな石壁。
高さは俺の背丈の二倍ほどはあり、外側には深い水堀が巡らされている。
そこに架かる橋は固定式ながら、その先にある門は明らかに頑丈な造りで、十分に実戦に耐えうる砦としての機能も兼ね備えているように見える。
大きなお屋敷といえば、以前訪れたネーナス子爵も大きかったが、あそことは明らかに格が違い、それは建物のみならず、門を守る兵士にも及んでいた。
敵意こそないものの、【看破】で感じられる強さはかなりのもの。
仮に戦えば、勝てるかどうか――いや、俺たちが対人戦闘にそれほど慣れていないことを勘案すれば、かなり厳しいだろう。
そんな兵士が守る建物が、リアの実家。
それの意味するところを察し、ハルカは額に手を当てて空を仰ぎ、ナツキとユキは深くため息。トーヤはあわあわと挙動不審で言葉を失っている。
「あー、リア。ここがリアの家ということで間違いないのか?」
俺もまたため息をつき、そう尋ねたのだが、リアは不思議そうに小首を傾げた。
「そうだぞ? ――ん? もしかして知らなかったのか? 父上はこの町の領主だぞ?」
「知らねぇよ!? え、マジで? マジで領主なのか?」
「本当だが……すまない、有名な話だし、当然知っているものと」
目を剥くトーヤを見てリアは眉根を寄せるが、彼女は別に悪くない。
訊かれもしないのに『私は領主の娘だ!』というのはちょっと感じ悪いし、この町の人間であれば当然知っていることなら、リアが俺たちも知っていると勘違いしても仕方がない。
「俺たち、余所者だからなぁ……」
だから、あえて誰が悪いのかと言うなら、そんなことも知らずに結婚しようとしているトーヤである。
仮に外見がドストライクだとしても、それぐらいは知る努力をしろ、と。
そんな思いを込めてトーヤを見るが、彼はまだ呑み込めていないのか、口がポカンと開いて間抜け面。
そのことに俺は再度ため息、仕方なく言葉を続ける。
「トーヤが道場に行っただろ? この町に来たのが、その前日」
「そ、そうだったのか……では、知らなくても仕方ないな。トーヤとの修行は充実していたからか、長い時間を共に過ごしたような気がしていたが……考えてみれば、そんなに日は経っていないのだよな」
リアはふむふむと頷き、軽く笑みを浮かべる。
「サルスハート流の道場が特別という話は聞いてたけど……領主が道場主だからなんだねぇ」
「門下生になれば、領主に顔を覚えてもらえるという点は大きいでしょうね」
「だから、入門に制限があるのね」
「うむ。全員を受け入れるだけの余裕はないし、やや烏滸がましい言葉にはなるが、他の道場が潰れてしまうからな」
一定以上の腕前が必要なことに加え、仮に入門できたとしても素行が悪ければすぐに破門。
行状によっては、それ以上の制裁が加えられる。
そのような道場の門下生であれば、その腕前と品性には一定の信頼が置け、領兵のみならず、色々な場面で有利になるらしい。
「……トーヤ、よく入門できたな? 紹介状もなかったのに」
「それな! 無心の勝利? はっはっは!」
「自分で言うなよ……。つか、絶対に無心じゃねぇし」
脳天気に笑うトーヤの様子に俺がため息をつくと、リアは少し苦笑を漏らした。
「ははは……剣を合わせれば為人が判る、とまでは言わないが、腕前は十分だったし、以降の行動にも模範的だったからな。多少でも問題があればすぐに放り出していたが……」
他の道場で印可を得て入門した門下生であれば、指導や更生の機会も与えられるが、トーヤのようなパターンだと即破門。実はかなり厳しく見られていたらしい。
「それに、トーヤは冒険者ランクが六なんだろう? そのことも大きいな」
冒険者ランクは、強さだけでは上がらない。
それが六まで上がっている以上、冒険者ギルドからも信頼を得ていることを示している。
トーヤが何事もなく中伝の試験を受けられ、奥伝まで与えられたのはそのことが大きかったようだ。
「……オレ、冒険者ランクを上げておいて良かったと、初めて実感した」
しみじみというトーヤに、俺も頷く。
「冒険者は信用度、低いからなぁ……」
元の世界で喩えるならば、クレジットカードも持てなければ、ローンの審査にも通らないタイプの職業。それが冒険者――いや、下手したらそれ以下か?
そんな冒険者に多少なりとも信用を持たせるのが、冒険者ランクである。
普段の生活では、あまり意識することもないんだけどな。
「それにしても、リアが侯爵令嬢か……。アルトリア様と呼んだ方が良いか?」
一応とばかりに確認してみれば、リアはやや不機嫌そうに口を曲げた。
「む、不要だ。リアと呼んでくれと言っただろう?」
「だが、マーモント侯爵の前では、さすがに……」
「父上はそのようなこと、気にせんよ。さすがに公の場では控えてほしいが……それも、私が家を出るまでのことだしな。それよりも早く入ろう。父上たちが待っているからな」
「……そうね。あまりお待たせしては、申し訳ないわね」
気になることは多いが、侯爵を待たせている以上、ここで長々と相談するわけにもいかない。
歩き出したリアの隣にトーヤが付き、俺たちはその後ろに続いて門を潜る。
その先にあるのはこれまた立派なお屋敷。
戦いを意識してか多少の武骨さは感じられるが、それでもその造りの良さは疑いようもなく、これまたネーナス子爵のお屋敷とは一線を画し、侯爵と地位は決して伊達ではないと感じられる。
そんなお屋敷でもリアは気負った様子もなく足を進め、ごく普通に中に入る。
――うーむ、確かにここがリアの実家なんだなぁ。
俺がしみじみそう感じていると、隣を歩くユキが俺の袖を引いた。
「……ねぇ、ナオ。どう思う?」
「どう、とは?」
「そりゃ、トーヤのことだよ。先日は話し合いの結果次第とか言ったけど、これ、ダメじゃないかな?」
「冒険者と侯爵令嬢。物語なら面白いが……普通に考えれば難しいだろうな」
「あーあ、『残念でしたの会』かぁ」
「その可能性が高くなったのは、間違いないな」
普通の道場主でも難しいと思っていたのに、侯爵ともなれば言うまでもない。
「でも、トーヤが冒険者なのは知っていたのよね? そう考えると、可能性は残ってるんじゃないかしら?」
「文字通りに門前払いなら、家には呼ばないですよね」
「で、でも、侯爵様なんですよね? 私たち、大丈夫でしょうか……?」
メアリはそう言って、ミーティアの手を握り、やや不安げに俺たちの顔を見る。
二人もネーナス子爵とは会ったことがあるが、子爵でも緊張していたのに、侯爵となるとそこから更に二段階上。
この国は比較的マシなようだが、それでも横暴な貴族もいるわけで。
俺たちとは違い、封建制度のこの世界で生まれ育ってきたメアリたちが緊張しないはずもない。
「マーモント侯爵なら大丈夫だと思うぞ? ――よほど無礼なことをしなければ」
以前会った時のことを思いだし、俺はそうフォローするが、メアリの表情は晴れない。
ま、気分次第で平民の命を刈り取れる貴族だもんな。
対してミーティアは、理解しているのかいないのか、メアリに手を繋がれて笑顔である。
「心配しなくても、今日の主役はトーヤ。対応は俺たちに任せてくれれば良いさ」
「ありがとうございます。ミー、静かにしててね?」
「解ってるの。ミーは良い子にしてるの!」
そう言ってミーティアが頷いた時、先頭を歩くリアが大きな扉の前で足を止めた。
そして、こちらに少し顔を向けて俺たちを確認すると、その扉をノックして声を掛けた。
「父上、トーヤたちを連れてきました」
「入れ」
応えはすぐに返ってくる。
リアは扉を開けて中に入り、俺たちも後に続いた。









