閑話・父と娘
ご無沙汰しております。
取りあえず、再開。
週一ぐらいで更新予定ですが、ストックがないので、忙しくなったら危ないかも?
トーヤの中伝試験から数日後。
アルトリアは師範に呼び出され、彼の部屋の扉を叩いていた。
「父上、お呼びですか?」
「おう、来たか。入れ」
「はい」
中から聞こえてきた声に応え、アルトリアが扉を開けて中に入れば、そこでは師範が机に向かい積み上がった書類の山を崩しているところだった。
「もうすぐ一区切りつく。少し座って待っていてくれ」
そう言って机の前のソファーを軽く示す師範に、アルトリアは頷いて応える。
「解りました。お茶でも淹れましょう。父上もお疲れでしょう」
「すまねぇな」
「いえ」
微笑んで軽く首を振ったアルトリアは一度部屋を出ると、しばらくして茶器のセットを持って戻ってきて、それをソファーの前のローテーブルに置いた。
それからソファーに腰を下ろすと、ゆっくりとお茶を淹れ始める。
そして数分ほど。
「……よし、終わりだ!」
持っていたペンを放り投げるようにして置いた師範は、書類を揃えて脇に寄せると、立ち上がってアルトリアと向かい合うようにソファーに身体を沈めた。
「お疲れ様です。どうぞ」
「あぁ。……はぁ」
師範は差し出されたお茶を一口のみ、大きく息を吐くとカップをテーブルに置いて、迷うように口を開いた。
「それで……修行の方はどうだ? なんとかなりそうなのか?」
「そうですね……、まだ形にはなっていませんが、今のところは順調と言っても良いと思います。少なくとも、自分一人で行き詰まっていたころに比べるとずっと」
「そうか。金の方は大丈夫か? なんなら儂が多少は負担しても――」
「いえ、大丈夫です。木刀に関してはトーヤが負担してくれましたので」
「……なるほど、甲斐性はあんのか」
嬉しそうに言うアルトリアを見て、ウムと頷く師範であるが、その内心は少々複雑である。
実のところ、一人娘であるアルトリアに対して、師範はかなり甘い。
尚武の気風が強いこの町であっても、武術だけにかまけているアルトリアはかなり異質なのだが、それを笑って許しているぐらいには。
特殊な木刀を使うのを禁止したことにしても、それは木刀を折り続けて迷走しているアルトリアを思ってのことであり、決してお金がもったいないとか、そんな理由ではない。
むしろ、アルトリアが求めるのであれば一〇〇本でも二〇〇本でも買ってやりたいぐらいだが、それを彼女が喜ばないことを知っているため、涙を呑んでいるぐらいである。
「だが、他にも必要な物はあんだろ? 岩や魔力の補充にも金は掛かるんじゃねぇか?」
「そちらも大丈夫です。トーヤがパーティーメンバーを連れてきてくれましたから。ナオというのですが、彼の協力もあって随分と修行は捗っています」
そのためにトーヤは額を床に擦り付けたわけであるが、もちろんトーヤはそんなことをアルトリアに伝えていないし、ナオの方もそれを口にしないだけの慈悲は持っていた。
「さすがはトーヤ、剣の腕だけではなく、信頼できる良い仲間を持っていますね」
笑みを浮かべてうんうんと頷くアルトリアだが、それを聞いた師範の方はどこか忌々しげに舌打ちをする。
「チッ。そうか」
「いや、父上、なんで不満そうなんですか。むしろここは喜ぶところでしょう? 婿候補が優秀なんですから」
「クソ野郎ならぶっ潰してやれるが、それなりに見所があるとそれもできねぇだろ?」
滅茶苦茶である。
アルトリアは呆れたような表情で、深くため息をついた。
「そんな、理不尽な……」
「娘を取られる男親は複雑なんだよ! つーか、ああは言ったが、トーヤとの結婚を強制するつもりはねぇからな? 嫌ならば断っても良い」
本来、家長が決めた結婚相手は絶対であり、それを拒否する権利などないのが子供である。
それでもなお拒否するというのであれば、家を追い出されるぐらいならまだマシ。
場合によっては、本人の意思を無視して結婚させられる。
もちろん逃げ出すという方法はあるだろうが、そうしたところで就ける仕事など冒険者ぐらい。
余程の幸運と才能に恵まれなければ野垂れ死ぬことになり、親の言うままに結婚することとどちらがマシか、難しいところだろう。
「良いのですか? さすがに私もそろそろどうにかしなければ、と思っていたのですが」
現在のアルトリアの年齢はトーヤと同じ。
この世界の標準的な結婚年齢からすれば、大半の女性は結婚して子供がいてもおかしくない歳である。
それにも拘わらず、そんなことを言う師範をアルトリアは不思議そうに見返したが、師範は肩をすくめて平然と言い放つ。
「お前が行き遅れになったとしても、そして結果的に結婚できなかったとしても、儂は別に構わんからな」
「父上……娘に対してそれはどうなのですか?」
「いや、結婚したいってなら、止めるつもりは……あんまりねぇけどな? 娘が家を出るのを寂しいと思うのも事実なんだよ」
「愛されていることを喜ぶべきなんでしょうか……? しかし、ならば何故あんなことを?」
「うん? 儂はお前の気持ちを酌んだつもりだが?」
「なっ!?」
当たり前のことを、と言わんばかりに返ってきた答えに、アルトリアは絶句した。
「どうしようもねぇヤツなら問題外だが、見ればなかなかの良さそうな男じゃねぇか。親として多少の手助けはしてやるべきかと思ってな。お前、奥手だからなぁ」
ヤレヤレと首を振る師範を見て、アルトリアは顔を紅くして口をパクパクさせる。
「よ、余計な――」
「お世話か? あいつは冒険者なんだろう? ずっとこの町にいるわけではない」
「そ、それは……」
「あいつの方はそれなりに積極的そうだが、お前の方は、なぁ。儂が何も言わなけりゃ、受け入れにくいだろ?」
結婚の決定権が家長にあるのだから、アルトリアが頷いただけで結婚できるわけではないし、彼女の性格からしてトーヤに告白されたところで、父親の許可もなく頷くはずもない。
「それで、あの条件ですか」
師範がトーヤに出した条件は、二人が皆伝になれたら、である。
もしも『トーヤが皆伝になれたらアルトリアと結婚させる』と約束したのなら、家長としてそれを反故にすることはできないが、アルトリアが結婚したくないのであれば、皆伝にならなければ良いだけのこと。
選択権はどこまでもアルトリアにあるのだ。
「そういうことだな。結婚相手として不満なら、適当に時間を掛ければ良い。そのうち、あいつも諦めるだろうしな」
肩をすくめた師範を見て、アルトリアは深くため息をつく。
「……はあ。不満はないですよ。トーヤは優しいですし、冒険者として暮らしてきたという割に頭も良いと思います」
「ほう、そうなのか?」
「えぇ、話していると時折、驚かされます」
冒険者には粗野な者が多く、行動は野蛮で、話題と言えば女や酒のことばかり、というのがアルトリアが冒険者に対して持っていたイメージである。
その点トーヤは日本で教育を受けた現代人なので、こちらの世界にある程度順応したとしても、やはり他の冒険者とは異なる。
洗練された紳士とはとても言えないが、基本的に女性には優しく、頭も悪くない。
こちらの世界特有の知識に関しては足りない部分も多いし、冒険者としての生活でやや野放図なところはあるが、全体としてみればかなりの知的エリートに分類されるだろう。
「そ、それに、地位とかではなく、ストレートに私自身に好意を向けられるのは、面はゆいところもありますが、嬉しいですから……」
「あぁ……うむ、それは、な」
嬉しさの中にも少し寂しさが混じるアルトリアの言葉に、師範も微妙な表情で言葉を濁す。
過去何度も結婚の申し込みを受けているアルトリアであるが、『彼女自身の魅力』に限定してしまうと、極論、『剣術以外の取り得は外見だけ』で、結婚相手としてあまり優良ではなかったりする。
それどころか、唯一の取り得である剣術ですら、状況次第では美点ではなく欠点になりかねない。
全員とは言わないが、獣人には妻よりも夫の方が弱いのは格好悪いという風潮も強く、そういう男からすれば、アルトリアの剣の腕はなかなかに厄介。
長年努力しているのはもちろんのこと、父親譲りの才能もあるのだから、大半の男にとって彼女以上の腕になることはとてつもなく高い壁である。
「その点、トーヤなら私以上ですし、厄介な柵もありませんから、それなりに上手くやっていけると思います」
「だが、冒険者だぞ? お前に耐えられんのか?」
「その点は少し懸念するところですが……私とトーヤの腕があれば、そう悪い生活でもないと思いますよ?」
「そうか。お前がそう言うのなら、儂としてはこれ以上何も言わねぇ。ただし、条件については変えるつもりはねぇぞ?」
「構いません。それぐらい乗り越えてこそ、と思っていますから。近いうちに二人揃って皆伝になります!」
「良く言った! 期待している」
「はい!」
力強いアルトリアの返答に、師範は深く頷きつつ、内心『トーヤの経歴を洗っておくか』と、師範は心に決めたのだった。
来週は『新米錬金術師の店舗経営05』と
新作の『魔導書工房の特注品』が発売されます。
よろしくお願いいたします。
詳細は活動報告をご覧ください。
 









