435 中伝試験 (4)
「さて、三つ目、斬魔は魔法を斬る奥義だ」
簡単に砕けた岩を見て、『むむむっ』と眉根を寄せているアルトリアだったが、師範はそれを気にした様子もなく話を続ける。
「正確には魔力を斬るってことになるんだろうが……魔法使いと戦うときの技だな。攻撃魔法だけじゃなく、設置型の魔法――例えば、『隔離領域』なんかでも斬れる。そんな機会はほぼねぇだろうが」
ナオは普通に使えるけどな、などとは口にせず、トーヤは『ふむ』と頷く。
試したことはないが、魔力を斬れるのであれば攻撃魔法以外も斬れるというのも理解はできる。
理解はできるが、実際にそれを実行できるかは別問題。
ナオの魔法を知っているトーヤとしては、木剣でアレを切り裂けるとは到底思えず、実戦用の武器を使ったとしてもできるかどうか。
もっとも、ナオは魔物の攻撃を防ぐために魔法を使っているわけで、同レベル帯であるはずのトーヤに簡単に破壊されてしまえば、ナオの方が納得いかないだろうが。
「けど、ま、斬魔を見せるのに一番良いのは、火系の魔法だろうな」
「ん? 水系や風系はダメなのか?」
「あん? 『氷剣』や『石弾』を斬っても、魔法を斬ったのか、“もの”を斬ったのか解りづらいだろうが」
それら二つの魔法と『火矢』など火系の魔法との違いは、実体の有無。
単純に武器を当てただけではすり抜ける、火系の魔法との違いは大きい。
「確かに、普通に弾けるよな……いや、“斬る”のは、どちらも難しいと思うが」
「石を斬るのは、破岩でも実現してねぇしな。もっとも、炎系が良いのは別の理由だが」
「それは……?」
「斬ったとき、一番格好いいだろうが。炎が」
「なるほど!」
トーヤが頷くと同時、周囲の門下生の大半が同様に首肯するが、傍にいたアルトリアからは深いため息が漏れた。
「師範……」
「リア、そんな顔すんなよ。そりゃ、難度が高いのは『鎌風』とかだぜ? でもな、そんなの実演しても、大半のヤツは理解できねぇじゃねぇか」
「見えねぇもんな」
実体がある水系や土系、炎が目に見える火系に対し、風系の魔法の大半は目に見えない。
感覚の鋭い者や魔力に敏感な者なら感じ取ることはできるのだが、それ以外の者が見ようと思うと、その場に煙を充満させるなどの一手間が必要になるし、それを斬魔で斬り払っても非常に地味。
奥義として披露するには物足りないだろう。
「そういうことだ。そもそも、実演もできねぇしな。リア、持ってきたか?」
「はい!」
ハキハキとした返事と共にアルトリアが構えたのは、五〇センチほどのロッド。
頭の部分に拳大の宝玉が取り付けられているほかはシンプルな作りで、あまり特徴がない。
剣術の鍛錬にはやや似つかわしくなく、何に使う物なのかと、トーヤは首を捻る。
「リア、それは?」
「これは、誰でも『火矢』を使えるようになる魔道具だ」
「へぇ! すげぇな!」
ナオのおかげで『火矢』の便利さを実感しているトーヤは、目を丸くして声を上げるが、彼の認識は微妙にずれている。
この魔道具で使える『火矢』はごく標準的な『火矢』。
威力としては駆け出しの魔法使いレベルで、ゴブリンなら一撃で斃せる程度の威力でしかなく、それも当たり所が良ければ、である。
当然ながら、オークの頭を一撃で吹っ飛ばすようなものではない。
だが、それぐらいの魔道具であっても便利なことは間違いなく、購入しようと思えば白金貨が何枚も飛んでいくほどに高価な代物である。
「本当は魔法使いがいれば良いんだが、なかなか捕まらないからな」
「だから、実演できるのは『火矢』の斬魔だけなんだよ」
使える魔法が限られるから、見せられるのも限られるってことなのだろうが――。
「……いや、絶対、師範の趣味だろ?」
その魔道具を持ってきたのはアルトリアだが、それを買ったのは師範であるはず。
トーヤは『別の種類の魔道具だって準備できたんじゃ?』と視線を向けたが、師範は無念そうに首を振った。
「いや、儂としては『火球』の魔道具の方が良かったんだが……リアに反対された」
「当然だ! この魔道具でも高いのに、『火球』などと! 魔力の補充も安くはないのだ」
誰でも『火矢』が使えるようになる魔道具とはいっても、無制限に使えるはずもなく、魔道具に蓄えられた魔力がなくなるまで。
なくなった魔力は補充することもできるのだが、それには魔法使いが必要で、依頼すれば当然ながら報酬が必要となる。
火系統では一番威力の低い『火矢』でもそうなのだから、より威力の高い『火球』では、魔道具自体の値段もさることながら、魔力の補充にかかるコストだって何倍にも膨れ上がる。
「それに、補充すればずっと使えるわけじゃない。運が悪いと壊れることもあるらしくてな。軽々には使えないんだ」
「さすがに儂も、これに関しては自分の財布から出すとは、気軽に言えねぇからなぁ。だから、これは本当に一回だけだ。よく見ておけよ?」
「おう」
念を押した師範の言葉にトーヤが頷くと、アルトリアと師範は互いに向かい合い、五メートルほどの距離を開け、アルトリアはロッドを、師範は木剣を構えた。
そして一呼吸。
「……『火矢』!」
アルトリアが唱えた瞬間、彼女の持つロッドの先から『火矢』が飛び出した。
その速度はナオが使う物とは比較にならなかったが、十分に速い速度で真っ直ぐに師範へと向かい――。
「ふっ!」
軽い気合いと共に、師範の木剣が振り下ろされた。
一見、何気なく振り下ろしたようにも見える斬撃だが、それは確実に『火矢』の真ん中を捕らえ、真っ二つに切り裂く。
そして二つに分かれた炎は、木剣の左右に分かれて飛ぶと、一メートルも進まないうちに空中へと溶けて消えた。
「「「おぉ……」」」
固唾を呑んで見守っていた門下生の間に、どよめきが広がった。
冒険者でも魔法を使える者は数少ない。
当然、普通の人なら攻撃魔法には縁がないし、ましてやそれを斬るなんて光景、見たことあるはずもない。
例外は、これまでに中伝の試験を見学したことがある門下生たちだが、その時も今回同様に一回のみ。
門下生たちから感嘆の声が漏れるのも当然のことだろう。
「どうだ?」
賞賛の視線を浴びながら、師範はどこか得意げにトーヤに視線を向けたが、彼の表情を見て、眉根を寄せる。
「いや……うん、凄いな?」
トーヤも一応は賞賛しているが、どこか奥歯に物が挟まったような口調である。
だが、それも仕方ないだろう。
普段、ナオたちの使う『火矢』に慣れているトーヤからすれば、アルトリアの放った『火矢』は端的に言って何ともしょぼい。
喩えるならば、弱火。
速度もイマイチだし、ともすれば斬魔とか関係なく、大剣でもぶつけてしまえば消滅させられそうな、そんな感じ。
それを木剣で、綺麗に真っ二つにして見せた師範の技量は凄いのだろうが、見た目的に地味なのは否めない。
これならば最初に見せてもらった瞬動の方が、よっぽど驚きである。
「なんでぇ。反応、わりぃなぁ」
「いや、思ったより『火矢』の威力が……」
「うっ。そこは、なぁ……。やっぱ『火球』――いや、ここは奮発して『爆炎』の魔道具を……」
トーヤが遠慮がちに答えると、師範は渋い顔で頷き、一転して少し楽しそうな表情で物騒なことを言い始めた。
「師範、無茶を言うな! 道場の予算以前に、そんな物、どこで売っている!」
「判んねぇだろ? 王都のオークションに行けば、あるかもしれねぇじゃねぇか」
「簡単に出るような物じゃない。出たとしても落札するような金もない!」
「トーヤの反応を見ろ。これは修行のために必要な予算だろうが!!」
「師範のそれは、見栄を張りたいだけだ! 奥義を見せるだけなら、この魔道具で問題はない!!」
自分の不用意な発言をきっかけに言い争いを始めた二人に、トーヤは慌ててその間に入り、師範を宥めた。
「あ、いや、すまん! さすが師範! 『火矢』を斬れるなんて、さすがだな!」
「下手くそな同情なんざ、いらねぇよ!」
「派手じゃないだけで、凄いと思っているのは事実だぞ?」
「本当かぁ~?」
「もちろんだ。形を崩さず、綺麗に切り裂くとか、本当に凄い技術だと思っている。普通なら、消し飛ばすとか、そんな感じになるだろ?」
大して威力のない『火矢』を形を残したまま綺麗に二等分、しかも木剣を使って実現しているのだから。
ある意味、似たようなことができるトーヤだからこそ、その技の冴えをよく理解できたとも言える。
そのことをトーヤの表情から読み取ったのか、師範は一転、機嫌の良さそうな表情になり、トーヤの肩をバンバンと叩く。
「なんでぇ。解ってるじゃねぇか! そうだよ、そうなんだよ! 派手なだけが凄いんじゃねぇ。細部にこそ技術は宿るってな! それが解らねぇヤツが多くていけねぇ」
ちょっと前までの自身の発言など記憶の彼方に放り投げたかのような言いようだが、藪を突く趣味のないトーヤとアルトリアは沈黙を守ったのだった。









