426 リザルト (3)
「……どんな?」
「シャリア、少しは考えましょうよ~」
「か、考えたよ? ……少しだけ」
うん、俺の問いかけから返答まで、考えたのは数秒だったな。
俺は苦笑し、気まずそうに視線を逸らしたシャリアから、タニアたちに顔を向ける。
「タニアとアーニャはどう思う?」
「私が気になったのは、穴の大きさと、ゴブリンの大きさです~」
「そうだな。ロック・ワームの掘った穴は、俺が腰をかがめてなんとか歩ける程度。ゴブリンが小柄といっても、普通に歩けるような広さじゃない」
そんな穴が岩山に開いていたとして、ゴブリンがわざわざ入ってくるかどうか。
広い洞窟なら塒にしようと思うかもしれないが、普通に歩くのも困難な通路を何百メートルも進み、坑道に侵入するというのは、少々不自然である。
「ミーは、ゴブリン・キャプテンがいたのがおかしいと思うの!」
「えっと……どういうことかな?」
「ゴブリンの上位種は、普通のゴブリンを従えているの。普通、単独ではいないの」
尋ねたシャリアが、ミーティアから俺に視線を移し、首を傾げる。
「そういうもの、なの?」
「ダンジョンだと少し話は違うが、それ以外だとそうだな」
例えばゴブリンの集落が森の中にあったとして、そこに上位種のみがいることはない、と言われている。
ゴブリンに限らず、通常の種が大量発生した結果、上位種が生まれるのであって、その逆ではない。
「この近辺でゴブリンの討伐が行われ、上位種のみが逃げ延びて坑道に侵入した、とかならあり得るかもしれないが……そんな話、聞いたことはあるか?」
「ないにゃ。上位種があれだけいるようなゴブリンの巣、討伐するならヴァルム・グレにも依頼は出たはずにゃ。私たちが見逃すはずないにゃ」
「ゴブリンの大規模討伐は、私たちにちょうど良いお仕事だからね~」
俺たちが斃したもの以外に上位種がいなかったとしても、通常ゴブリンの数は数百にはなる。
そのような規模の巣を包囲殲滅する人員を、コンブラーダの冒険者のみで賄うのは難しいだろう。
そうなると、他の町のギルドに応援を要請するか、領兵の派遣を依頼するか。
どちらにしても、ヴァルム・グレに噂も届いていないというのは考えにくい。
「もう一点、おかしいのは、ロック・ワームのいた位置だな」
坑道はすべて見て回ったが、ロック・ワームの掘った穴があったのは、あの一箇所のみであり、少なくとも俺が行った時には、その穴はロック・ワームの体で塞がれていたわけで。
あそこをゴブリンが通ったとするならば、たまたまロック・ワームが留守にしているタイミングで通り抜けたことになる。
だが、そんな偶然があるだろうか?
ロック・ワームが他に蚕食した跡がないことを考えれば、ロック・ワームが坑道側を長時間に亘って徘徊していたとも考えにくい。
やや偶然性が高い気もするが、ゴブリンとロック・ワームは全くの別件で、ロック・ワームは俺たちが調査に入るのと前後して、坑道に侵入したばかりだった、と考えた方がまだしっくりとくる。
「それらを踏まえると、誰かが意図的に、坑道の入り口からゴブリンを侵入させた可能性が高くなるわけだが……」
「そんなこと、あり得るの?」
「ないとは言えないだろ? 何らかの理由で鉱山の稼働を止めたい人物がいても、不思議じゃない」
坑道の入り口には扉があるし、警備もされているから簡単ではないだろうが、兵士の買収をするなり、人質を取って脅すなりすればそれも可能だろうし、もしも町長が首謀者であれば、そんなことをする必要すらない。
自身が管理している鉱山に対して、そのようなことをする理由はないように思えるが、政治がらみ、貴族がらみの面倒くさいことがあったとしても不思議ではない。
「そう考えると、ロック・ワームもどこかからおびき寄せてきた可能性もあるか……?」
「そんなこと、可能なんですか?」
「判らないが、ないとは言えないだろうな」
錬金術では魔物が近寄りづらくなる薬なんかも作れるのだから、特定の魔物を引き寄せる薬などがあってもおかしくはない。
もしそうなら、町長がロック・ワームを手に入れたがったのは、何らかの痕跡を発見されるのを恐れた可能性もある――さすがに穿ち過ぎかもしれないが。
「さてシャリア。以上のことから学べることは?」
俺がビシッと指させば、ぱしぱしと目を瞬かせたシャリアは、自信なさげに口を開く。
「え? え~っと……もっと調査すべきだった?」
「違う。タニアは?」
「『さっさと帰ってきた私たち、とっても賢い』にゃ」
自信ありげなタニアの言葉にシャリアが苦笑する。
「さすがにそれは――」
「その通り」
「えぇ!? それで良いの?」
シャリアが驚いたように声を上げたが、俺は肩をすくめて言葉を続ける。
「厄介そうな臭いを感じたら、無駄に首を突っ込まない。それが冒険者として正しい生き方だと思うぞ? 今回のことは、どう考えても領主が対処すべきことだろ?」
貴族からしたら、冒険者の命なんて軽いもの。
余計なことを知られてそうだから、取りあえず消しておく。
もしも領主を敵に回したりすれば、そのぐらいのことは容易くできるし、殺人事件として調査されることもない。
俺たちが戦うことになった元クラスメイトのバンパイアだって、逮捕して裁判なんて手順を経てはいないのだから、怖いと言えば怖い。
ネーナス子爵を信用しているから、安心して暮らせているだけで、やはり元の世界とは違うことは常に意識しておくべきだろう。
「もし、危険性を承知の上で成したいことがあるとか、リスクを上回るリターンがあるとか、それらを理解した上で関わるのなら止めはしないが、権力者の後ろ盾なしにやるなら、覚悟が必要だぞ?」
「うん、忘れた! 今回のお仕事は、何の問題もなく終わったね!」
即答だった。
「早いな、おい」
「でも、これが正解でしょ?」
「まぁ、そうだろうな」
今回の事件に何らかの裏があったとして――いや、裏があるのはほぼ確実だろうが、それを解決したとして、どれほどの利があるか。
ゴブリンの上位種、それも複数を坑道の中に放り込むようなことができる組織から目を付けられることを考えれば、きっと関わるデメリットの方が大きい。
「タニアとアーニャもそれで良いよね?」
納得してね、みたいにタニアたちを振り返ったシャリアだったが、二人の反応はあっさりとしたものだった。
「私は最初から気にしてないにゃ。考える必要もないにゃ」
「私もです~。怪しいのは判ってましたし」
「えぇ!? なら言ってよ!」
「判ったから、口を噤んだんですよ~? ナオさんがさっさと帰ろうと言った時、シャリアも賛成したから、理解していると思ってました~」
「うっ、いや、なんとなく、従った方が良いような気がしただけで……」
ふむ。基本的に俺たちの決定に異を唱えないメアリたちはともかく、シャリアたちもすぐに賛成したのはそのためか。
「シャリアって、理論的に説明できないだけで、勘は優れているのか?」
「そうですねぇ~、危険な所を歩きながら、致命的なところは自然に避けてるところはありますね~」
「今回も、ナオたちを誘おうと言ったのはシャリアにゃ。私だったら、たぶん誘わなかったにゃ」
「一見すると、ナオさんが子供を引率しているようにしか見えませんでしたし~」
そう言えば、あの時はまともに武装もしていなかったんだよな。
そして連れている二人は、明らかに子供。
俺たちのランクを知っていたわけでもないし、判断材料としては俺が他の冒険者を追い払ったことぐらい。
厄介そうな依頼のメンバーとして、よくぞ声を掛けようと思ったものである。
「なるほど、直感で生きているのか」
「そうなのにゃ。それで上手くいってるけど……微妙にバカっぽく見えるのが難点にゃ」
「ですねぇ~、ちょっとだけ」
「バカなんて、ひどい!?」
「バカとは言ってないにゃ。見えるだけにゃ。ほら、もう一杯、飲むかにゃ?」
「えぇ、外見は仕方ないですよ~。こっちも食べますか~?」
「うーん、そう言われると……。ゴクゴク、パクパク」
「――バカじゃないとも言ってないけどにゃ」
「やっぱりひどい!」
その後、お腹いっぱいになったミーティアがウトウトし始めたところで、打ち上げは終了。
ひとまず臨時パーティーを解散した俺たちだったが、それからもシャリアたちとは、時々依頼を共に熟す関係になるのだった。
『異世界転移、地雷付き。 第五巻』が2021年4月5日に発売されます。
どうぞよろしくお願いいたします。
購入特典のショートストーリーも下記URLで公開予定です。
https://itsukimizuho.com/#mine5
詳細は活動報告に書きましたので、そちらをご覧ください。









