423 坑道の中へ (6)
「ふぃ~、な、何とかなった……」
「怖かったです~」
初めて戦う強敵に、シャリアたちは精神的にも余裕がなかったのだろう。
戦いが終わるなりへたり込むように地面に腰を下ろした。
「上位種ばっかりって、聞いてないにゃ……」
「聞いてないはボクの台詞だよ! タニア、強い敵がこんなにいるなら、教えてよっ! ナオたちがいなかったら、ボクたち、絶対に死んでたよ!?」
「うにゃっ!? 仕方なかったのにゃ。ちょっとは強いと思ったけど、ここまでとは判らなかったのにゃ……」
シャリアの責めるような口調に、タニアは耳をぺたん、尻尾をたらんとして項垂れる。
だが本来、離れたところから敵を感知すること自体、そう簡単にできることではないのだ。その強弱が掴めなかったからといって非難するのは酷というものだ。
「まぁまぁ。事前に察知できただけでも十分だろ。気付かずに広間に侵入した場合を考えればな」
「それは、そうだけどぉ~」
同意しながらも、頬を膨らませるシャリア。
理解はしているが、ゴブリン・ファイターと対峙した恐怖感は拭えないというところか。
「シャリア、そもそも私たちだけだったら、この仕事を受けていないから問題ないですよ~」
「確かに! あ、でも、最初は同じランクぐらいのメンバーを探してたよね? そのメンバーで来ていたら……うわっ、考えたくない! ねぇ、ナオ。見る余裕はなかったんだけど、ゴブリン・キャプテンって強いんだよね?」
ファイターに比べ、キャプテンは二段階上の上位種。
強いことは理解しているだろうが、それがどのくらいかは判断できないのだろう。
俺も通ってきた道故によく理解できるが、俺がそれに答える前にメアリが口を開いた。
「強いですよ。私一人だと、まだ無理です」
「ミーも無理なの! お姉ちゃんと一緒なら、何とかなる――かも?」
少し自信なさげなミーティアだが、今の二人であればおそらく勝てるだろう。
避暑のダンジョンのゴブリンエリアで一度、戦わせてみても良いかもしれない。
あのエリア、見方によってはルーキーから一歩踏み出した冒険者の訓練にちょうど良い、とも言えるんだよな。
「そんなに……。私だときっと死んじゃいます~」
「よく考えたら、ランク二の冒険者パーティーが行方不明になってたにゃ。ちょー危なかったにゃ。崖っぷちだったにゃ!」
「ナオ、本当に助かったよ~。ありがと!」
座り込んだまま、感謝の視線を向けてくる三人に、俺は肩をすくめる。
「それは別に良いが、三人とも、あまり気を抜くのはどうかと思うぞ? それに、魔石の回収がまだだ。上位種だから、普通のゴブリンよりは金になるからな」
気持ちは理解できるが、ダンジョンほどではないとはいえ、ここだって安全とは言い切れない。
すでに回収に取りかかっているメアリたちを指さすと、シャリアたちも慌てて立ち上がった。
「う、うん、そうだね! タニア、アーニャ、やるよ」
ゴブリンの魔石の位置は頭の中であり、それを取り出すためにはどうしても必要な作業がある。
ある程度慣れたとはいえ、その絵面はなかなかに酷いのだが、そこは感覚の違いか、シャリアたちは平然と――いや、どこか嬉しそうにゴブリンの頭をかち割っている。
その嬉しさは、きっと高価な魔石が手に入ることによるものだろう。
むしろ、そうであってくれないと困る。
――じゃないと、付き合いを考え直したくなるから。
「これって、どれぐらいになるのかな?」
ニコニコとナニカにまみれた魔石を見せるシャリアに少し引きながら、俺は考える。
「あ~、全部合わせれば、一万レアあまりじゃないか?」
「あれ? そんなものなの?」
「強い割に、あんまり高くないのにゃ?」
どこか拍子抜けしたようにシャリアが小首をかしげ、タニアは残念そうに自分が持つ魔石を見る。
安いわけではないが、命の危険に見合う額かといえば、ちょっと微妙。
上位種であっても所詮はゴブリン。
死体を持ち帰ったところで売れるわけでもない。
「魔石の買い取り価格は、魔物の強さに比例しないの」
「強い魔物ほど、良い魔石が得られやすいことは間違いないですけど。だから、冒険者として成功しようと思うなら、効率の良い魔物を探すことも必要でしょうね」
年下ながらも経験豊富な冒険者のようなことを言うメアリを、シャリアは感心したように見て、ふんふんと頷く。
「なるほど……。ちなみに、オススメは?」
「持ち帰ることができるなら、オークでしょうか。魔石はさほどでもないですが、お肉や皮も売れますからね、お得です。お肉、美味しいですから。お肉、食べ放題です」
大事なことだから、とばかりに繰り返される『お肉』。
ややくどくも思えるメアリのお肉推しであるが、シャリアたち三人は凄く納得したように深く頷いた。
「オーク、素敵にゃ。私、強くなったら死ぬほどオーク肉を食べるにゃ……」
「ボクも! 夢だよね~」
「飽きるほど食べてみたいです~」
「ミーはもう、いくらでも食べられるの! 成功した冒険者なの!」
獣人、あるあるなのか?
――正確に言うなら、肉食系の獣人あるある?
ちなみにオーク肉、イメージ的には松阪牛までとは言わないが、国産牛ぐらいの感覚だろうか。
買えなくはないが、日常的にはちょっと手が出ない感じ。
稼ぎの少ないルーキーがお腹いっぱい食べるのは、少々厳しい。
無理ってワケじゃないが、武器や防具、薬、怪我したときの治療費などを考えると、無計画にお肉で散財していては、低ランクのまま燻ることになる。
「あとは、ゴブリンたちが持っていた武器か……」
魔石の回収を終えた死体を広間の隅に積み上げ、地面に転がっているゴブリンの武器を集める。
持ち帰れば屑鉄ではなく、武器として売れる代物。
戦っているときも思ったが、明らかにゴブリンが持つには不釣り合いな品質の剣である。
そんな物がここにある理由など、考えるまでもない。
「やはり、冒険者は殺されていたか」
冒険者ギルドから未帰還者の救助をお願いされていたが、元々極小だった生存確率が、これでほぼ絶望的になったと言っても良いだろう。
武器を放り出して逃げ出した可能性もゼロではないが、その状態で生き残っていると考えるのはあまりにも楽観的に過ぎる。
「これってやっぱり、たぶん行方不明になっているパーティーの持ち物だよね?」
「ほぼ間違いなく、な。――これらの武器の持ち主は、どこにいると思う?」
俺の問いかけに、全員が一つの方向へ顔を向けた。
やっぱりか。
俺の鼻ですら、微かに嫌な臭いを感じ取れるのだ。獣人である他のメンバーからすれば、判らないはずもない。
「地図によると……行き止まりか。ちょっと見てくる。お前たちはここで待っていてくれ」
「え、でも――」
「問題ない。敵もいないようだし……何があるかは、想像が付くだろ?」
戸惑ったように何か言いかけたシャリアにひらひらと手を振って、言葉を遮る。
シャリアたちは一応大人だが、メアリとミーティアはまだ未成年。
避けられるのであれば、見せるべきではない。
俺だって見たくはないが、この中で誰が行くべきかと言えば、是非もなく俺であろう。
「はぁ……それじゃ、行ってくる」
俺は少しでもマシな状態であることを祈りながら、覚悟を決めて坑道の先へと足を進めた。
「ただいま」
三〇分ほどして戻ってきた俺を迎えてくれたのは、不安そうな表情をしたシャリアたちだった。
「……どうだった?」
「ギルドカードを回収してきた。一応、人数分あるようだな。詳細については、訊くな」
坑道の先には、やはり冒険者の遺体があった。
あったのだが、その状態は酷いもの。
人の物であることは判るのだが、それが誰の部位なのか、そもそもすべて揃っているのか、性別はもちろん、体格の判別すら難しいような状態になっていたのだ。
防具や衣服も荒らされていたので、事故死ではなくゴブリンの仕業であることはほぼ間違いないだろう。
唯一の救いは、この世界のゴブリンが人間を繁殖に利用したりしないことか。
もっとも、冒険者の中に女性がいたのかどうかも知らないのだが。
「お疲れ様にゃ」
「ナオさん、ちょっと顔色が悪いですが……大丈夫ですか?」
「ありがと、何とかな」
覚悟していても、やはり気分は良くない。
元の世界では死体を見かける機会なんてほぼなかったし、こちらに来てからは時折、動物の腐乱死体を見かけたりしたが、人間のそれとなると、どうしても気分が違う。
正直、ギルドカードを引っ張り出すだけでも気が滅入るのだ。遺体の回収を依頼されても、余程の報酬を貰わなければ引き請けようとも思えない。
元の世界だと、大規模災害の後なんかに警察や消防、自衛隊が遺体の捜索をしてくれているが、実際に経験してみると本気で頭が下がる。
何気なくニュースを聞いていたが、せめて報酬面だけでも報いてほしいものだ。
「だがこれで、依頼は概ね完了だな」
「そうですね。歩いていない坑道はあと少しありますが、たぶん魔物はもういないでしょう」
他の魔物が絶対にいないとまでは言えないが、未帰還となっていた冒険者が全員、先ほどのゴブリンに殺されたことはほぼ間違いない。
「突然、死体に遭遇する可能性がなくなったのが救いか。あと、ロック・ワームに食べられた被害者もいなかったってことか」
今更ではあるが、それなら自分で解体しても――。
「ナオお兄ちゃん、行方不明になっている鉱夫さんたちは?」
「お、おぅ、それがあったか……」
ミーティアに指摘され、俺は思わず遠い目になる。
すっかり忘れていたが、元々は鉱夫が帰ってこなかったことが始まりだった。
そっか、アレは冒険者だけじゃなかったのか。
「ナオ、鉱夫の遺体はなかったのにゃ?」
「あるかどうかも判らなかった。それで察してくれ」
「うにゃ!? 見に行かなくて、良かったにゃ……」
頑張って仕分けして、パズルを完成させれば判るかもしれないが、そこはやりたい人に任せよう。
そもそもこの世界、一般庶民は共同墓地であり、メアリたちの父親のように遺骨はひとまとめにして神殿に葬る。
苦労して個人個人に分けようとする人はいないだろう。
「ま、一応、鉱夫たちはこれからも探すということで。生存しているとは思えないが」
そうして調査を再開した俺たちだったが、予想通り残りの坑道には鉱夫たちの姿も遺体も存在せず、魔物や問題となる箇所も見つからなかったため、ゴブリンとの戦闘以降は何事もなく全ての調査を終了したのだった。









