419 坑道の中へ (2)
坑道の探索を始めて三日目。
特に問題が発生することもなく、探索は順調に進んでいたが、残念ながらシャリアたちの精神の方はダレ始めていた。
当初こそ緊張で固くなり、ちょっとした音でもビクついていた三人だが、これまで一度も魔物と遭遇していないこともあり、緊張感の維持が難しくなっているのだろう。
ダンジョンであれば、こんなに長時間、敵と遭遇しないなんてことはないのだが、ここは坑道。基本的には敵がいない場所なのだ。
気持ちは理解できるが、どこかに魔物がいるのはほぼ確実なのだから、この状態はちょっとマズい。
そろそろ注意するべきか、それともシャリアをリーダーとしているのだから任せておくべきか。
そんなことを考えていたら、メアリが「ちょっと待ってください」と手を上げて全員を止めた。
メアリも気になったのか、などと思ったのも束の間、彼女が口にしたのは別のことだった。
「そこの横穴、地図に載っていません」
「横穴ってこれ? ただの記載漏れじゃないのかな?」
メアリの指さした先にあったのは、直径一メートルに満たないほどの丸い穴。
まるでシールドマシンで掘り進めたかのように綺麗な円形で、ランタンの明かりでは見通せないほど、遠くまで真っ直ぐに続いている。
「それはあり得ないと思います。そもそも、人が掘った穴じゃないと思いますし」
「ちょっと小さいし、形が綺麗すぎるにゃ。これ、なんだにゃ?」
例えば放水路などであれば、このような形の穴もあり得るだろうが、坑道と考えるならあまりにも狭すぎるし、ここまで綺麗に整える必要性もない。
おおよそ予測は付くが……。
「メアリは何だと思う?」
「おそらくですが、ロック・ワームが通ったあとじゃないかと思います」
「おぉ、ちゃんと勉強していたか。えらい、えらい」
そう言いながら俺が頭を撫でると、メアリは「えへへ」とはにかみ、嬉しそうに胸を張った。
「環境を整えてもらってますから。鉱山に出そうな魔物については、ちゃんと復習しておきました!」
魔物の情報が載っている魔物事典は何巻もあり、それなりに稼いでいる冒険者でなければ買うことは難しく、持ち歩くこともまた難しい。
それに拠点としている町から移動しないのであれば、その周辺の魔物については冒険者ギルドに情報があるため、無理して買う必要性もなかったりする。
「むー、ミーも魔物事典は読んでるの! だからちゃんと判ってたの!」
「そうか、そうか。それじゃ、他の魔物である可能性は?」
「この穴の大きさだと、たぶんないの。アシッド・ワームも岩山に来ることがあるけど、壁の跡が違うの」
しゃがみ込んだミーティアが指でなぞったのは、縦方向に刻まれた筋のような物。
それが穴の全周に亘って細かく刻まれている。
もしもアシッド・ワームなら、これがもっとツルツルで跡が残っていない穴となる。
「よく覚えていたなぁ。ミーティアもえらい、えらい」
ミーティアの方も撫でてやれば、鼻から息を吐きつつ、メアリ以上に胸を張る。
「むふんっ。魔物事典はもう何回も読み返してるの!」
それにしたって、言われてすぐに出てくるのは、きちんと覚えている証拠。
やはりミーティアは、かなり地頭が良いのだろう。
俺は出発前に読み直していたから思い出せたが、そうでなければアシッド・ワームは出てこなかっただろう。
「他にもこんな穴を掘る魔物はいるが、ミーティアが指摘した跡からして、ロック・ワームで確定だろうな」
「へぇ……さすがは高ランク冒険者、知識も豊富――えっ? ってことは、今回の事件は、そのロック・ワームが原因ってことなの!? 全然、ゴブリン関係ないよっ!」
シャリアはどこか拍子抜けしたように叫ぶが、俺は首を振ってその言葉を否定した。
「それはどうだろうな。この穴、外に続いていそうじゃないか? 空気の流れも感じられるし」
「ゴブリンなら、十分に通れる大きさなの」
「逆に言えば、オークやオーガーが侵入している確率は、かなり低くなったとも言えそうです」
「ついでに言っておくと、ゴブリンよりロック・ワームの方がよっぽど危険だからな?」
個体差はあるが、ロック・ワームの長さは直径の一〇倍から二〇倍。
この穴の大きさからして、一〇メートルを超えることは十分に考えられる。
その巨大なワームの先頭部分はほぼ全てが口になっていて、岩をガリガリと削り取る丈夫な歯が並んでいるのだ。
そんな物に噛みつかれでもしたら、余程丈夫な防具でなければ、簡単に齧り取られてしまうことだろう。
「俺やメアリたちの着ている鎖帷子なら耐えられると思うが、シャリアたちの防具だと……」
「ボクたちのは、安物の革だよ!? 岩なんかより、ずっと柔らかいから!」
「そ、それって、私たちで斃せるにゃ?」
「俺が参戦すれば?」
「ナオ抜きだと?」
「正攻法じゃ無理だろうな。状況を整えれば、なんとかなると思うが……」
これは単純にスペースの問題。
この通路で戦うとなると、敵と対峙できるのは一人が限界。
ほとんど動けないこの場所では、シャリアやアーニャはもちろん、メアリでも一人で斃すのはたぶん厳しい。
その間、他のメンバーは手持ち無沙汰となるし、頑張って石を投げたとしても、ロック・ワーム相手ではほとんど意味はないだろう。
せめて弓でもあれば多少は効果があるだろうが、それで斃せるかどうかはかなり怪しい。
「ど、どうしましょう~?」
「えっと、えっと……外まで引っ張り出す?」
「そうだな、上手く引っ張り出して、罠なんかを併用すれば、ワンチャンあるかもな。――どうやって釣るかという問題があるが」
ロック・ワームは魔物であるが、その捕食対象は岩。
人間を積極的に襲ったりはしないので、何かを餌にして誘導することが難しい。
一応、岩が餌と言えば餌なのだろうが、周囲にいくらでもあるのだから、食いつかせることは困難だろう。
「ナオさん、この穴の中に『光』を入れてもらえますか?」
「ほい、ほい」
この状況で魔法禁止もないだろう。
俺は『光』の魔法を唱え、穴の中に侵入させる。
ふよふよと漂うその明かりはランタンと比べると段違いに明るく、穴の中をずっと遠くまで照らし出したが、それでもなお穴の果てを見通すことはできなかった。
「すっごく深いね……。どれぐらいの長さがあるのかな?」
「この穴、ちょっとだけ上方向に傾斜してるにゃ」
「地上に続いているとしても、この地図だと距離までは判りませんよ~」
「かといって、入るのも危険ですよね。頑張ればなんとかなるかな、とは思いますが……」
メアリが迷うように俺の顔を窺う。
「そこまで危険を冒す必要はない、か」
今回の依頼内容は、坑道の調査とそこにいる魔物の討伐。
地図に載っている坑道をすべて歩いて、そこにいる魔物を斃せば依頼は完了である。
厳密に言えば、地図にないこの穴を放置したとしても、依頼達成と強弁することもできるだろう。
「シャリアたちのランクなら、むしろそうするのが正解なんだろうが……」
「そういうものなのにゃ?」
「そういうものだ。実力に見合わない仕事を無理にするより、正しい報告をする方が正解だ。無理をして死んでしまえば、対応可能な人を派遣することもできないわけだからな」
これまでの冒険者がこれを見つけたかどうかは不明だが、ロック・ワームがいるという報告が最初にあれば、二度目のパーティーの全滅は防げたんじゃないだろうか?
当然、ロック・ワームに対応できる冒険者を雇う必要があるため、依頼料は上がっただろうが、それが危険に見合った報酬なのだからそうあるべきだろう。
「けどまぁ、今回は俺がいるからな。依頼料も上乗せさせたわけだし、ちょっと行ってくる」
「えぇ!? ナオが一人で? 大丈夫なの?」
「だ、誰かついていった方が良いような~?」
「いや、一人で良い。屈んだ状態では戦えないだろ?」
穴の直径は一メートル足らず。
四つん這いとは言わないが、腰をかがめた状態でなければ移動も難しい大きさ。
武器を振るとか、振れないとか、そういう問題以前である。
一番影響が少ないのは、元々小柄で小太刀をメイン武器にしているミーティアだが、彼女一人だけでこの穴に突入させるのはあまりにも酷。
きっと悲しいことになってしまうだろう。
――具体的には、それを容認した俺が。
ハルカたちに知られると、な。
ミーティア自身は、危なくなれば普通に逃げ帰ってきそうだが、そんなリスクを取る価値があるとは思えない。
「ただ、さすがにこの穴の広さで、後ろから襲われると厳しい。シャリアたちはこの入り口をしっかりと守っておいてくれ」
「ま、任せて! そのぐらいはボクたちでもなんとかなる……と、思う!」
「強い魔物が来なければ、大丈夫にゃ」
「大剣は振れないですが……頑張りますぅ~」
「微妙に不安だなぁ……。頼んだぞ?」
この中では年少ながら、信頼感は他の三人以上。
俺はメアリとミーティアに視線を向け、二人が力強く頷いたのを確認して、慎重に穴の中へと足を踏み入れた。









