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040 今日はひとり

前回のあらすじ ------------------------------------------------------

ラファンの街へ帰還。冒険者ギルドで猪を売る。

ついでに、適当な賃貸物件の仲介を頼む。

ゴブリンを斃したことでハルカたち3人はランク1に。

「美味い!」


 『微睡みの熊』で夕食を食べたユキの第一声である。

 掛け値無し、裏表無しのその声を聞いて、無愛想な親父さんも心なしか嬉しそうである。


「本当ですね。この味の食事込みで、宿賃はサールスタットのあの宿より安いんですから……信じられません」


 ユキとナツキが加入したことで、宿の部屋割りは若干変更になり、俺とトーヤが1部屋、女性陣で1部屋という割り当てになっていた。


 広めの部屋を借りて1部屋で済ますことも可能だったのだが、2部屋に分けたところで一泊1,400レアで朝夕の食事付き。


 幸い、数百レアを節約しないといけないほどには困窮していないので、普通に男女に分かれて部屋を借りたのだ。


 第一、サールスタットに比べれば圧倒的に安くて、食事も美味いのだから、その程度払っても惜しくはない。


「でも、順調にいけばあと数日でこの宿ともお別れなんだけどね」

「ディオラさんが良い物件を紹介してくれれば、だな」


「ここなら、長期滞在しても大丈夫そうだけどなぁ」


 そう言うユキに、ナツキを除いた俺たち3人は顔を見合わせて苦笑した。


「あれ? 3人は不満?」

「いや、もちろん、他の所と比べれば十分美味いんだが……」

「どうこう言っても、『外食の料理』だよな」

「やっぱりずっと食べ続けるのは、ね」


 そんな俺たちの意見にユキは首を捻るが、ナツキは納得したように頷いた。


「ユキも『1ヶ月間、ファミレスで毎食、食べ続けろ』と言われたら嫌じゃありませんか?」

「あ~~、確かに美味しくてもそれは嫌かも」


 やはりこの世界の食事は、『別の国の料理』なのだ。

 『微睡みの熊』はかなりマシなので1日1食なら食べ続けても大丈夫な気がするが、2食、3食となるとちょいとキツい。


 『ご飯と梅干しを』とまでは言わないが、和食風の味付けの料理が食べたくなる。

 海外出張にインスタント食品を持っていく人の気持ちが分かるわ、ホント。


「だから、ハルカには期待しているんだぜ?」

「調味料があんまり無いけど……それなりに頑張るわ」

「そこは【調理】スキルでカバーだろ!」

「そんな無茶な――と言えないあたりが怖いわね」


 干し肉のことなんかを考えると、なんとかなりそうなんだよなぁ、ある程度。

 レベル1でこれだと、レベルアップしていくとどうなるんだろ?


「そういえば、鞄のことに関して、ディオラさんがサクサクと決めてたが、あれ、大丈夫なのか? 権限的に」


「あら、知らなかったの? ディオラさん若いけど、あのギルドで幹部みたいよ?」

「え? マジで?」


 決して若いとは言わないが、年齢的には精々が中堅どころだと思うのだが。


「ええ。あの人は縁故採用だと言ってたけど、実力もあるみたい」

「無ければ幹部になんかなれないか。でも、幹部なのにカウンターにいるんだな?」


「そこは、あんまり人がいないからみたいね。サールスタットに比べれば大きいとはいっても、ラファンの街自体、田舎の町だし」


 特別冒険者が多い街というわけでもないため、ギルド支部長や鑑定などの専門職を除けば、いわゆる総合職の数はそんなに多くないらしい。

 う~ん、そういえば職員の数、あまりいなかった気がする。


「ところで、明日からの予定はどうする?」


「喫緊の問題だったナツキとユキの保護はできたから、後は長期的に、それこそ人生レベルで安定した生活ができるように頑張っていくのが大方針よね」


「ホント、改めてありがとうね、3人とも。あのまま合流できなかったらどうなったか……」


「ありがとうございます。多分、危険を冒すか、ずるずると貧困状態が続いたかのどちらかでしょうから」


 ハルカの言葉にウンウンと頷く俺たちに、ユキとナツキがそう言って改まった顔で丁寧に頭を下げた。


「すでに言ったが、気にする必要は無いさ。オレたちにもメリットはあるからな」

「そうそう。信頼できる仲間がいるのはありがたいからな」


 家を借りる決断の要因の一つに、5人になってより多く稼げる事もあるのだから。


「2人のこと放置したら、一生気になっただろうからね。ひとまず明日は、2人のバックパックの作製と型紙をするつもりだけど、どう?」


「私は構いませんよ」

「あたしとナツキもそれだよね? ナオとトーヤは?」

「自由時間になると思うけど、何か考えはある?」

「俺は……訓練の他は特にないかなぁ」


 サールスタットに行く前に休暇は取ったので、特別何かしたいということも無い。

 精々、これまで行ったことの無い場所を歩いてみるぐらいか?


「オレは少し考えがあるから、いつもの訓練をしたら出かけるつもりだが、良いか?」

「ええ、問題ないわよ。それじゃ、明日は各自適当に行動、ね」


    ◇    ◇    ◇


 翌朝、各自訓練を終えた後、トーヤは早々に出かけていき、ハルカたちはバックパック作りのために部屋に籠もってしまった。


 俺はと言えば、自分の部屋で手に入れた時空魔法の魔道書を読みながら練習をしていたのだが、さすがに数時間もすると魔力的に厳しくなったので、ベッドに転がって休息していた。


 できるだけ早くマジックバッグを作りたいのだが、この調子だともうしばらくはかかるかも知れない。一応、【時空魔法の素質】はあるのだが、そう簡単にはいかないようだ。


「ふぅ……思えば、1人になるのは初めて、か?」


 3人部屋だったので、僅かな時間を除けば常にハルカかトーヤがいた気がする。


「それに、ある意味で暇な時間というのも」


 単に暇なわけじゃなく、魔力回復のための休息ではあるのだが。

 自分で言うのも何だが、俺たちはこちらの世界に来てから、かなり真面目に働いた。


 サールスタットに行く前に休暇を取ったと言えば取ったが、あれも買い出しがメインで、厳密に言えば休暇とは違う気がする。


 深刻シリアスに生活がかかっているだけに、サボろうとか、そんな気持ちは欠片も起きなかったのだ。


 世のニートもこの環境に放り込めば、一週間後には確実にニートではなくなっていることだろう。――その生死は別として。


「……昼飯でも食べに行くか?」


 下の食堂で食べるのが味の面では確実なのだが、散歩がてら街を歩いてみるのも一興だろう。

 せっかく、空き時間ができたわけだし。


 潤いという面では、看板娘もいないこの食堂は少々物足りない。

 他人から見れば、ハルカたち3人がいて何を贅沢な、と言われるかも知れないが、それはそれ、これはこれである。

 下心とかじゃなく、単純にこの街で知り合いを増やしたい。


 知り合いと言えるのは、ディオラさんとこの宿の親父を除けば、精々が武器屋の親父、ガンツさんぐらいしかいないのだ。

 暮らしていくなら、やっぱりご近所付き合いぐらい必要だろう。

 現代社会とは違うんだから。


「そうと決まれば……」


 部屋に籠もっていても知り合いは増えない。


 俺は楽な部屋着から外出用の服に着替え、解体用に使っている短剣のみ持って宿を出る。

 一人歩きで丸腰は少し不安だが、さすがにメインウェポンの槍を持ち歩いて知り合いを作ろうというのはちょっと違う気がする。

 冒険者ならともかく、そんな状態で一般人と仲良くなれるはずがない。


 まぁ、ディオラさん曰く『一部の治安の悪い場所に近づかなければ武器がなくても大丈夫』らしいが、その『一部』を把握できていないので、短剣は一応の用心のためである。


「さて、どこに行こうか?」


 俺たちの宿屋『微睡みの熊』亭があるのは、街の中心から北に延びる大通りから小さな路地を少し入った場所である。

 人通りが多いのはもちろん大通りで、商店が建ち並んでいるのも大通り沿いである。


 街の中央には広場があって、ここには行商人や農村部から作物を売りに来た人たちの露店や屋台などが並ぶ。


 ウィンドウショッピングでは無いが、見て楽しめそうなのはこのあたりなのだが……。

 少し考えた俺は、大通り方向では無く、そこから延びる路地を選んで歩き出した。


 大通りはハルカたちと何度か歩いたが、路地を散策した事は無いし、これからもそんな機会はあまりないだろう。


 こういった路地には、基本的には普通の民家が建ち並んでいるのだが、もしかすると『微睡みの熊』亭の様な掘り出し物のお店があるかもしれない。


 薦められるままに決めたこの宿、後から調べてみると料理の味、料金の安さ共に近隣と比べるべくもない、非常に良い宿だったのだ。


 大通りに面していないがゆえの知名度の無さから宿としては繁盛していないようだが、料理が美味いため、食堂は地元住民で毎日賑わっている。


 逆に地元住民ですら宿というのを忘れがちという弊害もあるようだが。


 ちなみに、なぜあの門の兵士が薦めてきたのかと言えば、宿の親父さん曰く、彼の実家がこの宿の近くにあるからだろう、とのこと。


 うん、実家で良かった。

 自宅だったら毎日顔を合わすことになって、面倒だったかも知れない。


「しかし……うん、異国情緒」


 路地沿いにある建物は基本的に民家で、そのほとんどは平屋。たまに2階建てが混ざり、3階建てはほとんど無い。


 構造としては木と漆喰、レンガ作りで、綺麗に整えられた外国の観光地とまではいかないまでも、あまり薄汚れた感じも無く、それなりに楽しめる。


 とはいえ、さすがに花を育てたりする余裕は無いのか、窓辺や玄関周りに花の植木鉢が、というような家はほぼ皆無である。


 そんな家々を眺めながら数時間ほど散策を続けた俺だったが、案外路地にはお店が存在しない。


 たまにあっても、いかにも常連さん専用、という雰囲気が醸し出されているので、チラリと覗くだけで素通りしてしまう。


 元の世界ですらそんなとこ入りづらいのに、この世界で、しかも一人で入るなんて難易度高すぎである。


 正直、時間的にはそろそろ昼食を食べたいのだが、このあたりに屋台はないし、入れるようなお店もまた見つからない。


「う~ん、大通りに戻るしか無いか? ……お?」


 その新しいお店が俺の視界に入ったのは、そんな時だった。

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