411 冒険者ギルドにて (5)
さすがは大都市にある冒険者ギルドと言うべきだろうか。
ヴァルム・グレの冒険者ギルドに併設された訓練場は、なかなかの広さを誇っていた。
訊けばこの訓練場、冒険者であれば誰でも利用できるようで、今も数組の冒険者たちが武器を手に汗を流している。
「取りあえずは二人ずつ、三つに分かれて模擬戦をしてみるか。アーニャはメアリ、タニアはミーティア、シャリアは俺でいいか?」
しっかりと見るのなら一人ずつやるべきなのだろうが、今回の目的は最低限の腕を見ることにある。
俺たち三人が戦ってみて、それぞれが判断すれば良いだろう。
「えっと、タニアたちは解るけど、ボクは? ナオって槍を使うって言ってなかったっけ? ボクは剣だよ?」
「心配するな。俺は剣も多少は使える」
正確に言うなら【短刀術】だが、模擬戦であればさしたる問題はないだろう。
「槍で相手をしても良いが……さすがに厳しいだろう?」
「むむっ、言ってくれるね? メインの武器で勝てるなんて自惚れないけど、サブならちょっとは相手ができるんじゃないかな? かな?」
ちょっと口を尖らせて不満を表明するシャリアに、俺とメアリは顔を見合わせて苦笑する。
「ナオお兄ちゃん、剣でも戦えるよ?」
「でも、サブなんだよね? 予備の武器なんだよね?」
メインとサブ、技術的に劣るのはサブであることは間違いないのだが……。
「私だって、さすがにミーティアみたいな子供には負けないにゃ」
「一番厳しいのは私でしょうかー。力では勝てると思いますが」
そう考えてしまうのは理解できるが、世の中、そんなに甘くないんだよなぁ。
いや、この世の中、と言うべきか?
元の世界とはひと味違うこちらでは、ミーティアのような子供でも、その外見通りの強さとは限らないわけで。
「ま、やってみれば解るだろ」
俺はちょっと肩をすくめ、おもむろに武器を構えた。
結果。
当然ながら、俺たちの全勝だった。
平然と立っている俺たちに対し、シャリアたちは地面に座り込んでいるところからして、勝敗と力の差は明確である。
「ま、負けた。しかも、結構あっさりと……。ねぇ、ナオ。本当に槍がメインなの? 実は剣の方を多く使ってたりしない?」
「しないな。自分で言うのも何だが、槍の腕前の方が圧倒的に上だぞ?」
「これ以上って……」
シャリアは肩を落として、がっくりと項垂れる。
しかし、良い勝負になるようでは俺の方が困る。
こちらに来てからこれまで、何をしていたのかってなもんである。
槍の訓練をメインにしていたことは確かだが、槍が使えない状況も考えて、結構頑張って小太刀の扱いも覚えたのだから。
「まぁ、ランク分の経験はあるからな、俺たちも」
依頼を熟した数では圧倒的に少ないだろうが、治癒魔法を背景とした継戦能力があることから、戦闘回数はかなり多い。
敢えて言うなら、対人戦の割合が少ないが、俺とシャリアの間にある差は、それでどうにかできるようなレベルにはない。
俺は苦笑して肩をすくめ、メアリとミーティアに視線を向けた。
「それで、どう思った?」
「とても読みやすかったの」
「うにゃ!? 高ランクでも、何歳も年下の子に負けると、ヘコむにゃ……」
「素直な太刀筋というのでしょうか。攻撃する場所は判りやすかったですね」
「うぅ、普通に受け止められました……」
二人の評価はなかなかに厳しく、しかも似たようなものだった。
三人とも揃って情けない表情になったためか、ミーティアが慌てたように付け加える。
「でもでも、孤児院の子たちよりは速いの!」
「技術的にも勝ってますね」
「えっと……孤児院の子って?」
「俺たちが拠点にしている町の孤児院だな。暇があれば、ちょっと手ほどきとかしている。冒険者になりたい子供も多いみたいでな」
基本的には、メアリとミーティアが遊びに行ったついでに武器の扱いを教え、俺やハルカなんかは、たまに魔法講座なんかを行っている。
素質持ちは数人しかいなかったし、使える魔法もまだまだ未熟だが、決して無駄にはならないだろう。
「孤児たちに……随分と優しいのにゃ?」
「アドヴァストリス様の神殿に参拝した時に縁ができたから、だな」
「ナオさんたちはアドヴァストリス様の信者、ですか~?」
「そういうわけじゃないが……まぁ、お世話になったからな。詳しくは言えないが」
巡り合わせと言うべきだろうか。
恩恵を貰ったり、レベルや経験値の確認ができたりしなければ、何度も神殿に行くことはなかっただろうし、孤児たちと同年代のメアリたちがいなければ、今ほど孤児院に関わることもなかっただろう。
「ちなみに、この町にもアドヴァストリス様の神殿はあるか?」
「この町はオーファー様の信者が多いけど、あったと思うよ。大きい町だから。ねぇ?」
「あるにゃ。……ちょっと小さいけどにゃ」
「そうか、あるのか。人気がないのは……そんなものかもな」
なんか、こう、あんまり尊敬されそうな神さまじゃなかったし。
でも、俺たちが世話になっているのは間違いないので、また今度参拝に行こう。
レベルアップ毎に能力値がアップするわけでもないので、経験値はもうあまり気にしなくなったが、その増え方で訓練の成果が出ているかは確認できるので、そこについては重宝しているし。
逆に言えば、怠けてもよく判るわけで……うん、この休暇中にはあまり行かない方が良いかもしれない。心安らかに過ごそうと思うなら。
「ところで、アーニャたちはどこかで剣術を習ったのか? ルーキーだと、まともに剣を扱えない奴らも多いって聞くが」
「はい~。町の道場で短期の講習を受けました。金貨数枚で、基礎を教えてくれるんです」
「ちょっと頑張って節約してね。ボクたち、全くの素人だったから」
「我慢した甲斐はあったにゃ。講習を受けてなかったら、きっと怪我してたにゃ」
「なるほど、どうりで」
俺の【看破】では、全員レベル1の武器スキルを持っているのが見えるが、ルーキーと考えれば、これはかなり珍しい。
冒険者になる奴らなんて、大抵は余り物の子供など。
武器に関するスキルを得るような機会もないし、少なくともラファンの辺りでは、採取依頼などをしている冒険者の大半は、持っていないのが普通だった。
金貨数枚はルーキーからすれば決して安くはないが、それでレベル1のスキルが得られるなら、無理をしてでも講習を受ける価値はあるだろう。
「道場なんてあるんですね。私たちの町では見たことないですが」
「この町は獣人が多いから、血の気の多い奴らも多いにゃ。そんな奴らに、道場は人気なのにゃ」
「と言っても、大半はお金持ちの道楽か、ボクたちみたいな冒険者が短期講習を受けるか、少し余裕のある家の子供が成人までに通うぐらいだけどね」
「人気はあっても、道場に通ったところで、仕事にはなりませんからねぇ。趣味みたいなものですから~」
残念ながらこの世界の庶民は、休日なんてなくて当たり前。
病気や外せない用事で仕事を休むことはあっても、趣味のために休むなんてことはしない。
普通に考えれば道場の経営なんて成り立つとは思えないのだが、それでも存在するということは、需要があるのだろう。
まぁ、町から一歩出れば危険なことも多いこの世界、音楽教室とかそういった所謂カルチャースクールに比べれば、実用性のある分、商売としてはやりやすいのかもしれない。
「道場に通ってから、兵士や騎士を目指す人もいるけど、本当に極一部なのにゃ」
「でも、講習を受けた価値はあると思いますよ? 私の知っているルーキーの冒険者だと、力任せに振り回すだけでしたし」
「その技術でも、メアリちゃんには負けてるんだけどね~」
「そこは実戦経験の差、だろうな。これでもメアリたちはかなりの回数、戦いを経験しているわけだから。シャリアたちはあまり討伐依頼を請けていないんじゃないか?」
「うっ、否定はできない……」
俺の指摘に、ガクリと項垂れるシャリアたち。
ルーキー、つまりランク1ぐらいだと、雑用や採取依頼などが主体で、場所にもよるだろうが、そんなに頻繁に戦闘なんて発生しない。
それ故、積極的に時間を取って訓練をしなければ、戦いの技量なんて上がらないだろう。
そもそもメアリたちに比肩するぐらい強いなら、俺たちを誘う必要もなかったわけで。
及ばなかったからといって悲観するようなことでもない。
俺がそれを指摘すれば、シャリアは気を取り直したように顔を上げ、上目遣いで窺うように、俺の顔を見た。
「……うん、まぁ、さすが高ランクってことで! それでどうかな? 一緒にお仕事、できそうかな?」
「そうだな……メアリ、どう思う?」
「たぶんですが、ゴブリンの上位種ぐらいであれば、問題ないと思います。仮に少し強い魔物がいても……坑道のような狭い場所限定ですが、オークぐらいまでの魔物も大丈夫じゃないかと」
「オ、オーク!? ボクたち、斃せないよ!?」
「戦ったことはないけど、絶対無理にゃ!」
「見たこともないです~」
慌てて首を振る三人に、ミーティアが胸を張り、自信満々に言い切った。
「大丈夫なの! 危なくなれば、ナオお兄ちゃんが魔法を使って助けてくれるの!」
「本当、なのにゃ? 足手纏いがいても、大丈夫にゃ?」
「問題ない。戦いの邪魔をするような素人でもなければ、オーク程度は問題にならない」
『火矢』があれば遠距離から斃せるし、接近されたとしても、俺はもちろん、メアリたちも戦える。
前後から挟まれたりすれば少し危険だが、そもそも俺には【索敵】があるので、不意を打たれる可能性もほとんどない。
まさか坑道で出てくる魔物が、避暑のダンジョンの現時点での最下層、森で出現する魔物より隠密能力が優れているとも思えないしな。
「さ、さすがは高ランクだね!」
「頼りにしてます~」
「ま、まぁ、それなりに経験は積んでいるからな」
三人の女の子からキラキラとした尊敬を含んだ瞳で見つめられ、少し居心地の悪くなった俺はコホンと咳払い。
「さて。依頼について、話を詰めようか」と言葉を続けた。









