408 冒険者ギルドにて (2)
慌ててミーティアたちの方へ視線を向けてみれば、メアリとミーティアを囲むように、三人の冒険者っぽい男が立っていた。
いや、少年と言うべきか?
身長は俺と同じぐらいで、多少がっしりとした体格をしているが、トーヤと比べれば明らかに見劣りし、その表情などには、どこか幼さも見受けられる。
全員が獣人ながら、その系統は不明。
熊っぽいのが一人と、狼か犬っぽいのが二人。
格好からして冒険者なのだろうが、メアリとミーティアを相手に凄んでいるその姿は、控えめに言っても格好悪い。
冒険者であれば、ギルド内でトラブルを起こすリスクは理解しているはずだが……。
「はっ。半端物は冒険者のうちに入らねぇんだよ!」
「ガキは町の中で雑用でもしてろ。俺たちの邪魔をしてんじゃねぇよ」
半端物はランク一になる前の冒険者、一般的には日雇い労働者や町中での雑用、採取依頼のみを行って、魔物を斃していない冒険者のことだったか。
ミーティアの外見から、そう予測するのも理解はできるが……ミーティアたちは、お前たちよりも強いからな? 俺の【看破】によると。
強い相手に対する【看破】はあまり信用できないが、見えたステータスにスキルレベル1とか2が並んでいるところを見ると、おそらくほぼ正しいだろう。
ちなみに【剣術】などの武器に関するスキルはなし。
体格差からは想像も付かないが、メアリなら真っ正面からガチンコ勝負してもあっさりと勝てるだろう。
そしてそんな実力差は、ミーティアにも感じられたのか、嘲るように笑う少年たちを睨み付けて、鼻で笑った。
「ふん、弱い犬ほど良く吠える、なの!!」
「なんだと!!」
「このガキッ!」
おっと! ミーティアが悪い言葉を覚えてる!?
俺たちはそんな言葉をミーティアの前で使ってないはずだし、これはあれか? 孤児院の子供たちか?
保護者としては注意すべき?
新しく覚えた言葉を使いたがるのは、子供には良くあること。
だからあまり気にする必要もないのかもしれないが……女の子としてはあんまり良くないよなぁ。
でも、冒険者をやるのなら、舐められないような向こう気の強さも必要だろうし……。
「こら! ミー!」
「お姉ちゃん……」
と思ってたら、メアリが注意した。
「本当のことでも、直接言っちゃいけません。相手が傷つくでしょ? お姉ちゃん、ミーにはナツキさんたちみたいに優しい人になって欲しいの」
「解ったの! ナツキお姉ちゃんたちは、ミーの目標なの!」
注意の方向性が微妙に違った。
……いや、違わないのか?
しかし、ナツキたちが目標か……う~ん、いや、う~ん?
優しいことは間違いないのだが、それは身内に対して。
それ以外となると……。
だが、それぐらいが良いのかもなぁ。
博愛主義なんて言っていられるほど、この世界は甘くないから。
しかし問題は、注意したメアリも実質的には少年たちを煽っていること。
メアリの言葉を聞いて暫し呆けていた少年たちも、その意味を理解するにつれて段々と顔が赤くなり、怒鳴り声と共に手を振り上げた。
「テメェ!」
「そこまでにしてくれるか?」
さすがにそれはマズいと間に割って入った俺を、少年たちが睨み付けてくるが、やや迫力不足、だなぁ。
こちらに来た当初ならいざ知らず、自分の何倍もある魔物との戦闘を、何度も経験した今の俺からすれば、その程度の視線など微風のようなもの。
穏やかに笑って諭す余裕すらある。
「お前たちもギルドで問題を起こすのはマズいだろう?」
冒険者同士のトラブルにギルドが介入するかどうかはともかく、失点には確実になる。
そうなるとランクアップにも響くと忠告してやったのだが――。
「関係ねぇヤツが割り込んでんじゃねぇよ!」
残念ながら受け入れられなかったようだ。
「女の前だからって、格好付けてんじゃねぇ!」
「そうだ! この優男が!」
「ふむ。……褒めても何も出ないぞ?」
「褒めてねぇよ!!」
うん、だと思った。
でも、優男とか他人から言われる機会なんてなかったから、つい。
「まぁ、取りあえず退いておけ。な?」
「ふざけ――っ」
俺の胸元に伸びてきた手をガシリと握り、ゆっくりと力を込める。
最初こそ、忌々しそうに俺の手を振り払おうとした少年だったが、その手が動かないことに顔色を変えた。
「問題を起こしても、得るものなんかないだろう?」
「――っ!!」
更に伸びてきた左手の方も押さえてやれば、他二人も異常に気付いたのか俺と手を掴まれている少年の顔を見比べる。
「お、おい?」
「どうしたんだ?」
体格的には明らかに俺の方が劣っているのだが、この世界、幸いなことに見た目の筋肉と膂力は必ずしも一致しない。
エルフと獣人、同じだけの鍛錬を行えば、体力面での成長は獣人が勝るのが一般的。
しかし、俺とコイツらには明らかな経験の差があり、更には【筋力増強】などのスキルもある。
なので、見た目的には優男の俺でも、手の骨を砕くぐらいの握力はあったりするわけだが……。
「退いてくれるよな?」
腕を掴む手から少し力を抜いてやれば、少年は慌てて色が変わり始めていた手を引き抜き、一歩後退した。
そして、プルプルと震える手を守るように左手で抱えると――。
「しょ、しょうがねぇ。今日のところは退いてやる! おい、行くぞ!!」
「え、あ、あぁ」
「ま、待てよ!」
そんな捨て台詞を残して、足早にギルドから出て行った。
「ふぅ……」
「さすが、ナオお兄ちゃんなの!」
ため息をついた俺を、ミーティアが瞳を輝かせて見上げてくるが、俺はその額をペシンと叩いた。
「あいた!」
「こら、ミーティア。ああいうのは、あまり良くないぞ?」
「……ごめんなさいなの。でも、冒険者は舐められたら終わりなの!」
ミーティアは素直に謝罪しながらも、ちょっとだけ頬を膨らませる。
「解らなくもないが、腕力で叩きのめすだけが方法じゃないだろう? そんなことしても一レアにもならないどころか、怪我でもしたら大損害だ」
他の冒険者との関わり合いが少ないことの弊害だろうか。
確かに侮られることは面白くないが、そんなことより重要なのは冒険者ランク。
依頼主の信頼も、報酬額も、ランクが高い方が有利だが、喧嘩に勝ってもランクは上がらないどころか、むしろマイナス。
万が一、蓄えのないルーキーが喧嘩で怪我でもして、数週間でも依頼を請けられなくなれば、生活レベルはガクンと下がり、下手をすればそのまま路頭に迷う。
「あんなのは、適当にヨイショしておけば自尊心が満たされるんだ。喧嘩するだけ無駄だぞ? ミーティアたちには、トラブルにならない対処方法を学んで欲しい」
あおり運転なんかと同じように、圧倒的に相手が悪くて腹が立っても、対抗するだけ無駄。実害がないのなら、逃げておく方が余程良い。
「もちろん、譲れない一線を越えた――手を出してきたり、酷い侮辱を受けたりした場合は、問題のない方法で叩き潰すことも必要だけどな」
「解ったの! 問題のない方法を学ぶの!」
「……いや、トラブル回避の方を頑張って欲しいんだが」
俺が困ったように呟けば、メアリも苦笑を漏らした。
「ははは……私から、きちんと言っておきますから。――でもナオさん、さっきは別にヨイショしてませんでしたよね?」
「そこは……まぁ、な?」
俺もちょっとは格好を付けたいお年頃だから。
妹分の前であんまりペコペコするのは格好悪いし、下手に出すぎて容易い相手と思われれば、それもまたトラブルの種となる。
程々に威圧ができて、逆恨みされず、且つあんまり格好悪くない対処法。
それがあれだったんだが……上手くいったかどうか。
人の命が安いこの世界。
俺たちも既に人を殺しているが、積極的にやりたいことじゃない。
彼らがあれで理解できないほど、バカじゃないと思いたいんだがなぁ……。
もっとも、他人の命より身内の命。
下手なちょっかいをかけてくるようなら、容赦するつもりは微塵もないわけだが。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
今年の更新もこれで最後になりそうです。
来年も応援のほど、よろしくお願い致します。
寒い日が続きますし、色々と大変な情勢ではありますが、お体にお気を付けて、よいお年をお迎えください。









