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[Web版] 異世界転移、地雷付き。  作者: いつきみずほ
第十二章 新たな一歩と新しい命
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398 翳る月 (3)

「トーヤ、忘れていないか?」

「何がだ?」

「俺には『空中歩行(ウォーク・オン・エア)』があることを」


 空を飛ぶことはできないが、水面のちょっと上を数十メートルほど歩くぐらいなら、俺でも可能。


 川幅を考えれば一〇秒ほども維持できればなんとかなるし、失敗してもちょっと濡れるだけなのだから、さほど難しくはない。


「ぬがっ! じゃ、じゃあ、オレも一緒に――」

「あ、それは無理。トーヤ重いから」


 トーヤを背負った状態では、ほぼ確実に高度が維持できない。


 上手くすれば、あまり濡れずに向こう岸まで辿り着けるかもしれないが、既にトーヤは半裸状態、『防冷(レジスト・コールド)』もかけてあるのだから、ここは一人で泣いてもらおう。


「それじゃ、俺は先に行っているな。あ、お前の荷物は持って行ってやるから。いやいや、お礼なんて必要ないぞ」


「ちょ、おまっ!」


 何か言いたげなトーヤの荷物を素早く担ぐと、俺は焚き火に『消火エクスティンギッシュ・ファイア』をかけて走り出す。


 消えてしまった焚き火と俺を僅かな時間、見比べていたトーヤも俺を追って走り出すが、俺だってそれなりに足は速いのだ。


「ずるいぞ、ナオ!」

「ハッハッハ、効率というものだよ、トーヤ君!」


 実際、俺自身に『防冷(レジスト・コールド)』と『水中呼吸(ブレス・ウォーター)』をかけて川を渡り、二人して身体を乾かすより、俺は無傷で渡ってトーヤだけを乾かす方が魔力的にもずっと良い。


 決して、トーヤに意地悪をしているわけではないのだ。

 ……自分が濡れたくないのは否定しないが。


「あい・きゃん・ふらい! じゃなくて、うぉーく!」


 トーヤを振り切り、なんとなくかけ声を掛けて水面を走る俺。

 もちろん、『空中歩行(ウォーク・オン・エア)』は使用済み。

 しかし、水の表面張力か、浮力か、質量か。

 何かしらの影響で普通に空中を歩くより余程楽に、僅か数秒で川を渡り終える俺。

 そして振り返って叫ぶ。


「トーヤ! 片足が沈む前に、もう一方の足を前に出すんだ!」

「できるか、アホ! がぼぼぼっ!」


 俺を追いかけてきた勢いのまま川に突っ込んだトーヤだったが、川の中程で水中に没する。


 ……いや、できるかとか言いつつ、結構進めてるよね?

 さすが獣人の瞬発力と筋力。


 ちなみに、がぼがぼ言っているが、『水中呼吸(ブレス・ウォーター)』はきちんとかけているので、溺れる心配はない。


 そして待つことしばし、ずぶ濡れになったトーヤが川から上がってきた。


 魔法が効いているおかげか、寒そうではないが、耳や尻尾を振って不快げに水気を飛ばしている。


「くっそ、また濡れた。別にお前がオレを背負わずとも、オレに『空中歩行(ウォーク・オン・エア)』をかけてくれても良いじゃねぇか……」


「すまん、力不足で」


 不満げに口を曲げるトーヤに俺が素直に謝ると、トーヤは気まずそうに手を振った。


「あ、いや、できないのなら仕方ないけどよ……」

「疲れるのが嫌だった」

「できんのかよっ!」

「嘘、嘘。超全力でやればできるかもしれないが、ちょっと現実的じゃないから」


 まだ完全にはマスターしていない魔法故、自分に使うのでやっと。

 他人に安定してかけることなど、不可能なのだ。


 それに魔力がなくなってしまっては、これから先、初めての森に入るのに危険すぎる。


「途中で落ちても良いなら、だが、それじゃ意味ないだろ?」

「そりゃそうだが……なんか、納得いかねぇ」

「服は乾かしてやるから、勘弁してくれ」


 魔法の効果で身体は冷えていないので、トーヤにタオルを投げて、代わりに服を受け取り、乾かしてやる。


「……ふぅ、さっぱり」


「帰るときにはまた濡れるけどな。トーヤは」


「言ってくれるな。つか、ナオ、今思い出したんだが、前に『水面歩行ウォーク・オン・ウォーター』が使えるようになった、とか言ってなかったか? 嘘だったのか? 見栄っ張りナオ君だったのか?」


「なんでお前に見栄を張る必要がある。使える。使えるんだが……」


 トーヤの言った『水面歩行ウォーク・オン・ウォーター』は文字通り、水面を歩けるようになる魔法である。


 でもこれ、本当に『歩ける』だけでしかないのだ。

 手をつけば普通に沈むし、尻餅をつけば当然尻が水中に沈む。

 それでいて、足は沈まない。

 簡単に言えば、水中で逆さ吊り状態である。


 俺はこの魔法を風呂場で練習していたんだが、一度転けると身体を起こすことができずに大パニックだった。


 魔法を解除すれば普通に立てるのだが、突然のことにそこまで頭が回らず。

 俺一人で練習してたら、本気で命に関わっていたかもしれない。


「しかもこれ、少し柔らかいマットの上を歩くような感じでな。風呂ですらバランスを崩せば転けるのに、流れや波のある川の上とか、危険すぎるんだよ。上達すればまた変わってくるのかもしれないが……。帰るとき、試してみるか?」


 危険かもしれないが、と付け加えた俺に、トーヤはすぐに首を振った。


「遠慮しとく。夏にでもレジャーがてら練習しようぜ。どうせ泉には潜ることになるんだ。諦める。それともナオが潜ってくれるのか?」


「……補助魔法と、服の乾燥は任せてくれ」


「はぁ。いや、まぁ、安全性を考えればそれで良いんだけどよ。……ん? いや待て」


 そう言ってため息をついたトーヤだったが、何かに思い至ったのか、ギロリと鋭い視線で俺を睨む。


「お前、『転移(テレポーテーション)』があったじゃねぇか! あれなら、濡れずに渡れただろうが!」


「……おぉ、そういえば」


 トーヤの鋭い指摘に、俺は思わずポンと手を叩く。

 川は渡る物と考えていたが、俺には転移魔法が存在した。


 最近、転移ポイントを利用した転移しか行っていなかったが、目的地が目視できるなら、トーヤを連れて転移することぐらい大して難しいことではない。


「オレ、濡れる必要、なかったじゃねぇか!」

「いやぁ、すまん、すまん。すっかり失念してたわ」


 長距離転移すると、しばらく休まないといけないほど魔力消費が大きいこともあり、すぐそこに転移するとか、完全に意識の埒外だった。


 そうか、こういう場面でも使えるんだな、転移魔法って。


「しっかりしてくれ、魔法使い」


「いや、やっぱダンジョンとか戦闘関連で使う物という意識が大きくてな。次からは気を付ける。――が、トーヤも指摘してくれて良いぞ? 使える魔法、知ってるだろ?」


 トーヤは魔法を使うことはできないが、魔道書自体は読めるわけで。

 手持ちの魔道書すべてに、しっかりと目を通していることを俺は知っている。


「うっ……それを言われると。オレも思いつかなかったわけだし……まぁいいや。帰りに濡れずに済むことが判っただけでも。そいじゃ、行くか?」


 言葉に詰まり苦笑したトーヤに、俺も頷き、揃って森の中へと足を踏み入れた。



 ペトラス川の西側に広がる森は、ラファンの北の森に比べると木の間隔も広めで、少し明るく感じられる森だった。


 このような状況でなければピクニックに来ても良さそうな、穏やかな環境。

 だが今の俺たちには、それを楽しむ余裕はない。


 ケトラさんから、この森に泉があるという情報だけは得られていたが、その場所は不明。


 自分たちで森を歩き回り、見つけるしか方法がない。


 二人で手分けして探せば効率は良いだろうが、危険性を考えればそれは避けるべきだろう。


 入り口の近くには、さして強い魔物の反応はないが、全域に亘って同じとは限らないのだから。


 そして虱潰しに森の中を歩き回ること丸一日。

 翌日の昼過ぎ頃になって、俺たちは遂に目的の泉を発見していた。


 周囲を木で囲まれ、隠されるようにして存在したその泉は、直径は一〇メートルに満たないほどの小さな物だった。


 距離的には川からさほど離れていなかったが、木々に阻まれて遠くからは視認できず、かなり判りづらい。


 これまたこんな状況でなければ、琴線に触れるような良い感じの泉なのだが、今回に関しては見つかりやすい泉であって欲しかった。


 そんなこともあり、喜びを味わう寸暇もあればこそ、すぐに泉の中を調べ始めた俺たちだったが……。


「……見当たらないな」

「あぁ。これは、潜る意味もないか」


 非常に透明度が高く、水面が凪いでいるその泉は、上から見るだけでも容易に底まで見通せた。


 オッブニアは赤い花を咲かせ、かなり目立つらしいので、見逃しているなんてことはおそらくないだろう。


 しかも、最も深い場所ですら一メートルほどしかなさそうなのだから、潜って確認する必要すら存在しない。


「濡れずには済んだけど、これは喜べねぇなぁ。どうするよ……?」


 ここの森は更に西、未開地まで続く大きな森だけに、探索を続ければ新たな泉が見つかる可能性は、決して低いとは言えない。


 だが……。


「いや、ハルカたちの後を追おう。確率が低すぎる」


 ここで言う確率とは、『見つかる確率』ではなく、『間に合う確率』。

 あると判っている泉を探すのにも一日以上の時間がかかったのだ。

 あるか判らない泉を闇雲に探すのであれば、いったいどれほどの時間がかかるのか。

 アルの体力を考えれば、かなり分の悪い賭けになることは間違いないだろう。


 であれば、ディオラさんという強い味方のいるハルカたちを手伝う方が、余程意味があることだろう。


「なるほどな。オレも異存はない。ならば急ぐか」

「あぁ。追いつければ良いのだが……」


 ハルカたちが森などに入ってしまっていては、見つけることが難しくなる。

 可能ならばラファンの町で追いつきたい。

 俺たちは踵を返すと、すぐに全力で移動を開始したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] トーヤの扱いがネタになってきてる気がするけど もう少し優しくしてあげようよ でも、これが幼馴染の気安さというものなのかな
[気になる点] 見つからないなら、この2人の探索話やる必要あったのかな?
[一言] それこそ転移してラファンに戻れば?
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