038 異世界、お花摘み事情
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
美味い食事を作るためにも家を借りられないか検討する。
「さて、そろそろ行きましょうか。結構のんびりしたし」
焼き鳥とパン、それにまだ残っていたディンドルをデザートに食べ、食休みをしながら色々話し合っていた関係で、結構な時間を過ごしていた。
夕方までにラファンに着けば良いと考えれば、さほど急ぐ必要もないが、休憩としては少し長くなっている。
「そうだね。あ、でもその前にちょっと……」
立ち上がったユキがそう言って、ハルカにコッソリ耳打ちをする。
それを聞いたハルカは1つ頷くと、俺たちに声を掛けてきた。
「トーヤ、鍬を貸して。ナオは、全力で索敵」
「ハルカ!? 何で言うの!」
まるで『裏切られた!?』みたいな驚愕の表情を浮かべるユキ。
なるほど、あれか。
「あぁ、土魔法があるから鍬は要らない? でも土をかけるのは鍬の方が便利そうだけど――」
「そうじゃ無くて! 言わなくても解るよねっ!」
少し顔を赤くして詰め寄るユキに、ハルカは『あぁ』と納得したように頷くと、たしなめるようにユキの肩に両手を置いた。
「ユキ、男子に知られるのが恥ずかしいとか、音が聞こえると嫌とか暢気なこと言ってたら死ぬよ? 一番無防備なときなんだから」
「でも……」
「気持ちは解る。よく解る。私も通った道だから。でもすぐ慣れるわよ」
ハルカも最初の頃は躊躇してたみたいだが、一度、猪と『こんにちは』しかけてからは、俺たちにきっちりと言って行くようになった。
まぁ、男と違って立ちションというわけにはいかないからなぁ。
ちなみに、災害時や難民キャンプなんかで女性が一番危ないのはトイレの時らしい。
人相手ですら危ないのだから、獣や魔物なら何をか況んや、である。
「するときはこの鍬で穴を掘って、私たちに背を向けて、周りをしっかりと見ながらやりなさい。こっち側は安全だから。もし何か見えたら、丸出しでも逃げてくるのよ?」
「ま、丸出しとか!」
「汚れても浄化してあげるから安心して。丸出しで死ぬか、丸出しで生きるか、どっちを選ぶ?」
「うぅぅぅ……」
半ば泣き顔でハルカを睨んでいるが……可哀想だけど現実なのよね、これ。
男ならご開帳しても笑い話か、逮捕されるだけ(?)で済むが、女の子の場合はダメージ大きいよなぁ。
それでも普通の人なら、死ぬよりはマシだと思うが。
「まあ、死ぬときは、下半身だけじゃ無くて、身体の中身まで丸出しかも知れないけどね」
「わ、笑えないブラックジョークは止めてよぉ」
「本当は周りで警戒してた方が良いぐらいだけど、さすがにそこまでやると出る物も出なくなるし。ナオが索敵を持っていることに感謝よね」
おーい、ユキ、俺を涙目で睨んでも何も変わらないぞ?
「えーっと、索敵は生命反応と敵意ぐらいしか解らないから、あまり気にしない方向で」
「耳、塞いでいてくれる?」
ユキが赤い顔でそんなことを俺とトーヤに言うが、それはあっさりハルカに却下された。
「そんなことできるわけないでしょ。聴覚なんて索敵に重要じゃない。ほら、バカなこと言ってないでさっさと行く! 戦闘中に力んで漏らす方が恥ずかしいでしょ?」
とことん追い込むな、ハルカ。
まさか自分が恥ずかしいのを乗り越えてきたからユキにも……じゃないよな?
うん、きっとユキの健康を思ってに違いない
「あ、ナオが敵を感知したら、すぐにトーヤがそっちに行くから。その時は諦めて」
止めを刺しやがった。
ユキがトーヤを睨むが、トーヤの方は気まずげな表情で視線を逸らす。
でも仕方ないのです。ウチの前衛はトーヤなので。
万が一の時にはトーヤが丸出し状態のヤツの前に立って、敵を跳ね返さないといけない。
だから、睨むのは止めてやってくれ。
「うぅぅぅ、ハルカの、ばかぁぁぁぁ」
そう言いながらも、きちんと鍬を掴んで森の茂みへと駆けていくユキ。
まぁ、仕方ない。
入れたら出る。それが人間なのです。
そこに性別年齢は関係ないのだから。
特殊スキル『トイレに行かない』を取得できるのは、昔のアイドルだけなのだ。
「あの……ハルカ、なんとかならないんですか?」
「あら、ナツキも行きたいの?」
「いいえ、幸い今は大丈夫ですが……今後は解らないわけですし」
「生理現象なんだから諦めたら? ナオとトーヤも異性の排泄行為に性的興奮を覚えるほど変態じゃないし。ねぇ?」
「「も、もちろん!」」
デリケートな話だけにあまり話題に入らないようにしていたのに、突然話を振られ、俺たちは当然、即座に頷く。
そう言う趣味のヤツもいるらしいが、俺にはイマイチ理解できない性癖である。
出る物に男女の違いなんてないだろ?
「そちらは別に心配はしてないのですが……やはり恥ずかしいですし。音とか、その――臭いとか」
「音○みたいな擬音装置があるのは日本ぐらいらしいけど。しながら歌でも歌う?」
無茶を言う。
下手に歌なんか歌ったら、『あ、今踏ん張ってるな』とかバレバレじゃん。
「できることは極力街にいる間に済ましておくぐらいじゃない? 下手に我慢したら病気になるし。まぁ、諦めるのが肝要だと思うけどね。泊まりがけで仕事をするようになったら、どうしようもないんだし」
「この世界の人たちはどうしてるんでしょう?」
「こういう事があるから、そもそも男女で組むことが少ないみたいだけど、組んでる場合はその程度気にしないみたいね。というか、気にしていたらやっていけないんでしょうね」
「そのあたりの魔道具はないんですか? この世界、そう言う不思議な物があるんですよね?」
「トイレの魔道具? 家に設置する物としてはあるかもしれないけど、野営で使う物って? さっき言った○姫?」
「それだけではあまり意味が無さそうですね……問題なのは危険性なのですから……。魔物を跳ね返す堅牢な壁?」
「それはいろんな意味で野営に役立ちそうだけど、さすがに無理でしょ。いや、もしかすると障壁の魔道具とかありそうだけど、価格的に普通の人が買えるとは思えない」
確かに。
でなければそんな便利な物、もっと普及しているはずである。
「ナオたちは何か意見がないの?」
「え、オレたちに聞くのか?」
結構意見しにくいんだが。
まぁ、少し真面目に考えてみるか。
「う~ん、まずは『何が問題か』、じゃないか? トイレに行くのを知られたくない、というのはさすがにどうしようもないだろ?」
「そうね。休憩中にコッソリ姿を消すのなんて危険すぎだし、心配だものね」
「あとは、音と臭い、可能ならもしもの時に身だしなみを整える時間を稼ぐ障壁か?」
「障壁はともかくとして、何らかの仕切りは必要かもね。今までの活動場所が森だったから問題なかったけど、平地とかだと困るでしょ? ナオとトーヤも」
「あー、確かにオレも丸見えは困るな」
「ん? 何の話?」
そんな話をしていると、お花摘みを終えたユキが戻ってきた。
もう吹っ切ったのか、鍬を担いで晴れやかな顔である。
「今後のトイレ、どうすべきかという話」
「それは、できればもう少し前に検討して欲しかった! それで?」
「音と臭いをなんとかする方法と、何か目隠しに使える物、可能なら強固な障壁が欲しいね、と」
「それだけできれば私も安心だけど……そういえばハルカって錬金術を持ってたよね? 何か良い魔道具はないの?」
「そう都合良く――ちょっと待って。そういえば錬金術事典を買ったんだった」
ハルカがそう言って、自分の荷物から分厚い本を取り出して開く。
「そうね……あ、遮音結界があるわね。密談なんかに使うのが。あと、臭いは空気の流れを調整する物を改変すればできるかな? 障壁に関しては色々あるけど、強固な物ほど難しくてコストがかかるわね」
「一応、あることはあるんだな?」
「まぁ、色々使い勝手が良さそうな物だから、研究はされてるんでしょうね。障壁――物理的な結界はやっぱり難しいみたいだけど」
用途としては、野営時の安全確保や屋敷の警備など多様なのだが、小さい物でも普通の冒険者が買うのは難しいレベルの値段らしい。
「目隠しはどうですか? 組み立て式の幕を使うとしても、結構場所を取りますが」
現代みたいに化繊とカーボンファイバーなんてないのだから、ギュッと縮められて、手を離すとポンと広がるような簡易テントなんてないだろう。
つまり木枠、もしくは金属の枠と布。
馬車でもないと持ち歩くのは厳しい。
「そうよね。最低3枚はないと身を隠せないわけだし……。霧の発生装置はダメよね。幻影関係かな? もしくは不透明の結界とか」
「だが、遮音、防臭、目隠しと最低3つの魔道具だろ? たかがトイレのためにそれだけの投資をするのか?」
おっと、トーヤ、それは失言じゃないかい?
「何を言ってるの、トーヤ! Quality of Life、すっごく重要だよ!?」
「精神的充足は肉体のパフォーマンスにも影響を与えます」
「そうね。やっぱりそのあたりの環境が悪いと我慢することになると思うし、健康にも良くないわね」
「お、おう、そうか。わかった。うん。その通りだな」
フルボッコである。
首をすくめたトーヤが女性陣から離れ、俺の横に来て座る。
「(なぁ、やっぱ気になる物か?)」
「(気にはなるだろ。俺もあった方が良いと思うし)」
「(ふーむ、確かに大の方だとちょっと気になるな)」
「(それに考えてもみろ。お前がお茶でも飲みながら休憩している隣で、俺がブリブリとやっていたら嫌だろ?)」
「(嫌だな。滅茶苦茶、嫌だな!)」
「(だろ? かといって安全を考えれば、完全に音が聞こえないほど離れるのは危ない)」
「(幸い、これまでは小さい方だけで済んだが……必要だな)」
女性陣の方も何やら合意に至ったのか、顔を見合わせて頷いている。
「つまり、足りないのはハルカの【錬金術】スキルのレベル、レベル上げと目的の物を作るための素材、そして、それを購入する資金というわけね」
「お金、稼がないといけないですね」
「魔道具自体を買うのは難しいからね。2人もそれで良い?」
そうハルカに訊かれ、トーヤはすぐさま頷き、俺も同様に頷いた。
「もちろんだとも!」
「ああ。無理しない範囲ならな。どうせ資金集めは必要だし、錬金術のレベル上げも有益だろ」
その過程でポーション類も作れるようになれば、投入する資金にも意味はある。
むしろ、短期的にはポーションが作れるようになる方が重要だろう。
ハルカの魔法があるとはいえ、この世界、怪我と病気が怖いからなぁ。
「それじゃ、方針も決まったところで、街へ向かってしゅっぱーつ!」
ユキの元気なその声に合わせ、俺たちは長くなった休憩に終わりを告げ、揃って立ち上がった。