387 お仕事のお誘い (4)
「ナオ、槍を貸せ! 剣じゃ無理だ」
トーヤが剣を納め、俺の方に手を突き出した。
ヌメヌメで切れないならば、突けば良い。
そういうことなのだろうが――槍、貸したくないなぁ。
なんと言っても、『浄化』で綺麗にしてくれるハルカたちがいないし?
「まあ、待て。――『火矢』!」
俺だってのんびりと、トーヤたちの攻撃を見ていたわけではない。
デカいはデカいが、所詮は鰻。
弱点は目の前にある。
しっかりと練った魔法を頭に向かって放てば、狙い通り『火矢』はペトシーの額に突き刺さり、『ドンッ』と小規模な爆発を起こした。
「――ちっ。浅かったか」
思ったよりも、頭の骨が硬い。
額が抉れてはいるが、脳までは達さなかったようだ。
だが、確実にダメージは入ったようで、ペトシーは更に激しく胴体をくねらせ、ビチビチと暴れ始める。
それに伴い、飛び散る粘液。
慌てて逃げるトーヤとサイラス。
だが、僅かに後れたサイラスがペトシーの胴体に跳ね飛ばされ、地面に転がる。
すぐに立ち上がったのでダメージはあまりなさそうだが、その身体にはべっとりと粘液が付着してしまっている。
「ナオ、やるなら一撃でやってくれ! 近付けねぇ!」
「初めての敵相手に、無茶を言うな!」
俺もあの粘液には触りたくもないし、苦情は理解できるが、このサイズの敵を相手に一撃で斃せとか無理である。
――いや、『爆炎』ならいける? 弱点を狙う必要がないし。
これはこれで下手したら大惨事になりそうだが。
爆発で粘液が飛び散って。
それを考えれば、やはり『火矢』が適当なのだろうが、威力調整には気を遣うのだ、この魔法。
冒険中、常に最大威力で放っていては、すぐに魔力が尽きて継戦能力に問題が出るし、発動までの時間もかかる。それに加え、必要以上に吹き飛ばしてしまえば、獲物の価値も下がる。
最適なのは、相手を斃せるギリギリの威力。
目などの弱点を狙い、最小の魔力で斃すのが一番良いのだが、動き回る相手にそんなピンポイントショットを放つことなんて難しいし、外してしまえば元も子もない。
それ故、普段の戦闘では頭を吹き飛ばせる程度の威力に調整しているのだが、初めて遭遇する敵の場合、どのぐらいで致命傷になるかが解らない。
もっとも今回の場合、魔力の残量はあまり気にする必要がないので、やや威力高めで放ったのだが、それ以上にペトシーは硬かったようだ。
「次で殺る。しばらく引きつけておいてくれ」
「クッソ! こうなりゃ、自棄だ!」
「オレはあんまり近付きたくねぇんだがなぁ……」
サイラスは既にヌトヌトになってしまったからか、諦めたように剣を構え、トーヤも嫌そうな顔をしながらも、剣を抜いてペトシーに立ち向かったのだった。
◇ ◇ ◇
「ようやく終わったな」
「はい、辛い戦いでした」
「酷い有様なの」
戦いは終わった。
二本目の『火矢』で、ペトシーの脳の破壊には成功したのだが、それからが長かった。
脳がなくなったことで、ただ闇雲に暴れるだけになったペトシーだったが、その身体からは粘液が分泌され続けた。
その状態で胴体がどったん、ばったん、うねうねと動き続けるのだから、周囲には白いネバネバが大量に飛び散り、なんというか……もうドロドロである。
「いや、辛かったのはオレとサイラスだし、酷い有様なのも同じだからな!? お前ら、全然汚れてないじゃねぇか!」
「「「………」」」
俺の近くまで戻ってきたトーヤの激しい抗議に、俺とメアリ、ミーティアはそっと視線を逸らし、一歩下がる。
あえて見ないようにしていたのだが、トーヤの姿はなかなかに悲惨だった。
普通なら、ペトシー程度の動きの敵に攻撃を食らうことなどないトーヤだが、地面がヌルヌルで踏ん張りが利かないとなれば、勝手が違ったらしい。
俺の『火矢』、二本目が決まる直前に足を取られて転倒。
暴れるペトシーの胴体に蹂躙されてベトベトにされた。
それ以降も、無秩序に暴れるペトシーが川の中に落ちてしまわないよう、サイラスと協力してその胴体を押し返していたものだから、もう、凄いネバネバ。
バケツいっぱいの良く練った納豆をぶっかけられても、ここまでにはならないだろう。
唯一の救いは、そのネバネバに臭いがほとんどないことか。
「くっそ、蛸に続いて、またオレがこれとか、誰得だよ! サービスシーンにもならねぇ」
「……いや、仮にハルカたちがここにいても、させねぇよ?」
俺も男、ちょっぴり興味がないとは言わないが、俺だけならまだしも、他人に見せるのはダメである。
「今回もちゃんと、メアリたちは守っただろう?」
「その優しさ、オレにも分けて欲しかった! サイラス、お前もなんか言ってやれ!」
「あん? デカブツと戦えば汚れんのは前衛の宿命だろうが。今回はナオがいたからあっさり片付いた方だな。ありがとな!」
「お、おぅ。どういたしまして」
飛んでくる粘液もすべて避け――正確に言うなら、『隔離領域』で守って、俺たちはちっとも汚れていないだけに、素直にお礼を言われるとちょっと罪悪感。
「くっ! ハルカとナツキのありがたみが身に沁みる!」
「あぁ、お前らは『浄化』の使い手が仲間にいるんだったな」
「贅沢っすねぇ。俺らなんて、水を使って拭けることすら稀っすのに」
「その点、今回は運が良いな。近くに川がある」
「マジか……」
平然とそんな会話をするサイラスたちに、トーヤが絶望の表情を浮かべた。
だいぶ温かくなってきたとはいえ、川で水浴びをするには厳しい気温。
かなりしつこそうなこの汚れが落ちるまで、冷たい川の中に入って身体を洗うとか、かなりの罰ゲームである。『浄化』なら一瞬で綺麗になるだけに。
「ちなみにサイラス。近くに洗える場所がなければどうするんだ?」
「そんときゃ、できる範囲で汚れを拭い取り、そのまま帰るしかないだろ? 他に方法があるか? 魔法が使えるなら別だろうが」
確かにない。身体を洗えるほどの水を持ち歩くなど、どだい不可能だし、光魔法は当然として、水魔法ですら使える人は数少ない。
だが、この状態のまま町に帰るとか……冒険者が一般人から嫌われやすいのも理解できてしまうなぁ。
「今日のなんざ、まだ軽い方だな。血糊でべったりでもまだマシ、最悪だったのは糞尿の混ざった腸を被ったときだったな。あんときゃ、マジで泣きたくなった」
「うへぇ、サイラスさん、そんなのがあったんすか?」
「あぁ。あれはかなりの死闘だった。ギリギリ生き残ったんだが、そこから水場まで半日、その状態だぞ? しかもその後、その影響か、病気になって寝込むことになってなぁ……いろんな意味で死ぬかと思った」
聞くだけでもキツい。マジで、『浄化』って重要。
メアリとミーティアもドン引きしたように言葉を漏らす。
「うわぁ……大変なんですね、普通の冒険者って」
「ミーはずっと、ハルカお姉ちゃんたちと一緒にいるの……」
「可能ならその方が良いだろうな。――よしトーヤ、さっさと洗いに行くぞ」
「うへぇ~。ナオ、今日ほどお前が『浄化』を使えないことを恨んだことはない」
「すまん。優先度が低かったから」
今のところ、『光』に加えて、『小治癒』までは使えるようになった俺だが、ハルカがいない状況で『浄化』が必要になることなど、これまでほとんどなかった。
しかも、俺が多少頑張って覚えたところで、ハルカやナツキに頼む方が確実に綺麗になるのだから、練習する意欲も失せるというものである。
「後でお湯をぶっかけて、『乾燥』で乾燥させてやるから、早く洗ってこい」
「了解……」
水魔法でお湯は出せるが、トーヤとサイラス、二人のしつこい汚れが落ちるほどに大量の湯を出し続けられるほど魔力はないし、俺にできるのはこの程度。
肩を落としたトーヤは、トボトボと既に川に入っているサイラスの後を追ったのだった。
 









