368 マークス無双 (3)
問題はない、と言ったマークスさんの言葉に嘘はなかった。
基本的に俺たちの戦い方は、敵を事前に察知して先制攻撃、もしくは待ち構えて対処するのだが、マークスさんは違う。
ズンズン歩いて行って、襲いかかってきたら剣を振る。
直前まで気付いていないようなのに、不意打ちをされることもなく、あっさりと切り伏せているのだ。
いや、正確に言うなら、不意打ちは喰らっているし、たまには攻撃も当たっているのだが、ダメージがない。
シャドウ・バイパーにがっぷり咬みつかれているのに、牙が刺さってないとか、なんなの?
確かに、高ランクの冒険者なら『包丁が刺さらない』とかいう話は聞いていたが……。
さすがランク八、ぱない。
ほとんど、なめプである。
途中までは真面目に索敵して警告していた俺も、そんなマークスさんの様子に、仕事を半ば放棄。
俺よりもスキルレベルの低いトーヤたちの練習を兼ねて、警告するのをやめた。
というか、マークスさんが敵を気にせず、かなりの速度で進んでいくので、ずっと索敵していたら、はっきり言って俺の精神力が保たない。
そんな感じで森を進み、数度の野営を経た頃。
「そろそろ森を抜けるよ」
ユキがそう言った数分後、俺たちが辿り着いたのは、エルダー・トレントと戦った広場だった。
この広場は魔法によって滅茶苦茶に荒れ、周囲には回収しきれなかったエルダー・トレントの残骸が放置されていたはずだが、それらの痕跡は既になく、最初の時同様の綺麗な地面が広がっていた。
違いは、あの目立ちすぎるエルダー・トレントの巨体がないことだけか。
「ここがエルダー・トレントのいた場所か? 復活はしていないようだな」
「はい、少し安心しました。準備のない状態で戦うのは、少々不安でしたから」
「武器はあっても、消耗品はなぁ……」
マークスさんの存在は大幅な戦力アップではあるが、爆裂矢や油など、エルダー・トレント戦に備えて用意したアイテムは、まったく補充されていない。
他の用途にも使えそうな物だけに、少しぐらいは買っておいてもよさそうなのだが、ハルカ曰く『残念ながら、共通費が残り少ない』らしい。
まぁ、当然といえば当然。
俺たちが普段使っているメイン武器と同ランクの武器を、パーティーメンバー分、もう一揃え用意したのだから。
武器の価格だけで、普通に家が数軒建つ。
もっとも、個人に分配された宝石や報酬はまだまだ残っているので、いざとなれば追加徴収して共通費を増やすことは可能。
それ故、本当に困窮しているわけではないのだが。
「ちなみに、マークスさん。エルダー・トレントと戦ったことは? トレントみたいに、あっさり斃せたり?」
「戦ったことはないな。エルダー・トレントとトレントとは別物だ。俺が加わったとしても、簡単には斃せないだろうな」
「やっぱ、ですよねぇ……」
むしろ、あっさり斃せるとか言われたら、かなり怖い。
高ランクの冒険者はどんだけ化け物なのか、と。
そんなのがゴロゴロ(?)いて、治安の悪そうな迷宮都市とか、絶対行きたくない。
俺たち、トラブルに巻き込まれやすそうな、面子だし。
まぁ、本当の高ランクなら人格もそれなりに信用できるだろうから問題ないと思うが、ランクの上がらない強い奴とか……いたら嫌だなぁ。
「私たちもなんとか斃しましたが、大赤字なんですよ。エルダー・トレント、やっぱり冒険者ギルドでは買い取れませんよね?」
「買い取れるぞ」
「ですよね、無理――え?」
「買い取れる。ただし、即金は無理だ。エルダー・トレントともなると、オークションに出すことになるからな。支払いは数ヶ月後――いや、運搬の問題があったな。半年……タイミングが悪ければ、一年近く後になるか?」
目を丸くしたハルカに、マークスさんは再度肯定しつつ、顎に手を当てて考えるように首を捻る。
冒険者ギルドもマジックバッグは持っているが、さすがにエルダー・トレントが入るような物はないようで、荷馬車を連ねて輸送することになるらしい。
「それぐらい時間がかかっても良いなら、トレントも引き取れるぞ」
「オークションに出せば売れるんですか? 普通のトレントでも」
「オークションが開催されるのは、この国の王都だからな。その分、運搬に時間がかかるんだが……」
「ここ、辺境ですもんね」
「そういうことだ。オークションの開催は年四回。いろんな物が出品されるが、エルダー・トレントなら、一千万レアからってところか。場合によっては、一億レアを超えるかもな」
「い、一億レア……」
「想像もつかないの……」
あっさりと言ったマークスさんの言葉に、メアリとミーティアが目と口を丸くし、唖然としたように言葉を漏らした。
俺たちも口にこそ出さなかったが、想像以上の金額に顔を見合わせてしまう。
「あ、落札価格の一割は、ギルドが手数料としてもらうからな? 出品料も一割かかるから、お前たちに支払われるのは、落札価格の八割だな」
それでも、1人当たり一千万レア。
実際にそんな値段で売れるかは判らないが、とんでもない額であることは間違いない。
「ちなみに、個人で出品は?」
「できるぞ。だが、あまり奨められないな。俺たちも現役の頃はそれなりに稼いでいたから、やってみたことはあるんだが……」
尋ねたハルカにマークスさんは頷きつつも、曖昧な笑みを浮かべ、肩をすくめた。
現役時代のマークスさんたちは、たまたま王都の近くで活動していた時、手数料を節約できないかと売り手としてオークションに参加してみたらしいが、実際にはほとんど節約になんてならなかったらしい。
出品手続きの面倒さ、オークション開催日までアイテムを保管するコスト、オークション当日の立ち会い等、単純な費用だけなら多少は節約できたのだが、その間、冒険者として活動できないことを考えれば、まったく得にはならなかったんだとか。
「その点、ギルドに任せれば、近くのギルドで手続きができる上に、売り上げもそこで受け取れる。運搬コストなんかを考えれば、かなりお得だぜ?」
「王都に自分たちが行くことを考えれば、そうなりますか……どうするか、考えてみますね」
慎重な言葉を返すハルカに、マークスさんはニヤリと笑う。
「おう、俺がお前たちと会うのはこれで二度目だからな。ディオラにでも相談してみろ」
「あ、いえ、マークスさんの言うことが信用できないわけじゃないのですが……」
やや慌てたように言ったハルカだったが、マークスさんの方は気にした様子もなく首を振った。
「気にするな。裏を取るのは重要なことだからな」
「そう言って頂けると……」
「ちなみにマークスさん。そのオークションなら、ミスリルの剣を入手できるか? いや、それ以前に、オレでも入札できる?」
「参加費を払えば、入札はできる。だが……トーヤ、お前が持っているタイプの剣は、まず無理だろうな。貴族連中と張り合うことになる」
「やっぱそうなのかぁ。――手に入りやすそうなのは?」
「どれも難しいことに違いはないが、それでも片手剣に比べれば、まだ他の武器は落札しやすいだろうな。ただ、使い手が少ない分、出品頻度も大幅に少ない。参加したときに欲しい武器が出品されている、なんて幸運は、そうそうないだろうな」
人気がある武器は作製数も多く、出品頻度も多くなるが、求める人も多くなって価格も上がり、なかなか買えない。
人気がない武器は、そもそも数が作られないから、滅多に出会えず、手に入らない。
当然といえば当然だが、上手くはいかないものである。
「ま、好みの剣を手に入れたければ、少しずつミスリルを買い集めることだ。俺も長年かけて集めたミスリルで、この剣を作ったんだからな!」
そう言いながら、マークスさんがポンポンと叩くその剣はかなり大きく、仮にミスリル含有率が一割だとしても、豪邸が買えるぐらいのコストは、軽くかかっているはずだ。
「やっぱ、近道はないか」
「ダンジョンで手に入ることもあるが、そっちの方が難しいだろうな」
ため息をつくトーヤに、マークスさんも苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
実際、俺たちがこのダンジョンを探索し始めて一年ほど。
独占状態ですべての宝箱を手に入れているにも拘わらず、ミスリル装備は一つもなし。
もっと難易度の高いダンジョンなら、確率も上がるのかもしれないが、手に入りづらいのは間違いない。
結局、地道にミスリルを買い集めることが、一番の近道なのだ。









