361 再戦、エルダー・トレント! (5)
前回のあらすじ ----------------------------------
トーヤの怪我はそれなりに大怪我だった。
治療を終えた後は、エルダー・トレントの素材の処理を始める。
広場を掃除するかのごとく、枝を拾い集めた俺たちは、作業を終えて切り通しの前で一息ついていた。
長時間戦って消耗した体力と魔力を回復させるべく、昼食を食べつつ、エルダー・トレントが塞いでいた道の先を見る。
「ボスを斃したが、宝箱とかないのか?」
「パターン通りなら、宝箱と転移陣があるはずだけど……そもそも同じ階層に複数のボスという時点で、パターンから外れているわけだしね」
普段なら、ボスの次には小部屋があるのだが、屋外であるここには当然、そんな物は存在せず、ここから見えるのは少し上り坂になっている、切り通しへと続く道。
その切り通しも少し曲がっているのか、その先に何があるのかは見通せない。
「宝箱もそうですが、転移陣が欲しくなりますよね、これだけ消耗していると」
「ガーゴイルの所は結構遠いもんね」
「でも、あの先、気になるの」
ミーティアはそう言って、座ったまま足先をパタパタと動かす。
そんなミーティアに、メアリは頷きつつも、落ち着かせるようにその肩を押さえる。
「同感だけど、ミー、今は休みましょうね」
「解ってるの」
「何があるか判らないからね。ここなら、少なくとも不意打ちは防げるから」
見通しの良い広場。
俺たちも身を隠す場所がないとも言えるが、このエリアに出てくる魔物のことを考えれば、こちらの方が安心である。
それから、全員がどこかそわそわとしながらも、寝台に腰掛けたり、寝っ転がったりしながら休むこと、数時間。
俺とユキの魔力が問題ない範囲まで回復したところで、俺たちは撤収作業を行い、立ち上がる。
向かう先は切り通し。
その先に何があるのか確認するのが目的である。
何があろうとも、転移ポイントを設置して一度帰る予定なのだが……宝箱と転移陣、あると良いなぁ。
今から何日もかけ、ガーゴイルの所まで戻るのは、精神的に辛い。
「今度は下りね」
「ですね。曲がって下に続く道のようです」
広場から上りだったのは少しの距離。
すぐに下りへと変わり、切り立った岩の間を削り取ったような道が、緩やかに曲がりながら続いている。
「……あ、滝の音が聞こえる。やっぱりあの川の先は、滝だったかぁ」
立ち止まり、耳に手を当てたユキの言葉に、全員が立ち止まり耳を澄ませてみれば、確かにそれっぽい音が聞こえる。
「川下りで通り抜けられるなら、誰だってあっちを選ぶよな」
「ですよね。特に、あのエルダー・トレントと戦った後では、強くそう思います」
俺の言葉に、メアリが少し疲れたような苦笑を浮かべる。
かかる時間とコスト、それを考えれば、多少のリスクがあっても川下りの方がマシに思えるが、それも生きて下れるなら。
滝から落下して生きていられるとは、思えない。
「グライダーでも作れば、滝もいけるかしら?」
「いけるかもな、フライング・ガーとか、飛んでこなければな」
「……そうよね、魔物がいるのよね」
トーヤの言葉に、ハルカが少し気まずそうな表情で、視線をそらす。
川下りから滝でジャンプ、グライダーで飛ぶとか、どこぞの清涼飲料水メーカーがスポンサーになってやりそうなチャレンジだが、妨害者が存在するダンジョンでトライすることではないだろう。
「まぁ、そんな無謀なことをしなくても、もう倒せたんだから良いじゃないか。この先に転移ポイントを置いておけば、エルダー・トレントが復活しても安心だしな」
「だよね。もし、エルダー・トレントが高く売れるなら、復活した頃に再戦しても良いと思うけど……」
「む、再戦か……。オレもレベルアップが必要だな」
そういったトーヤの視線は、先ほど折れた自分の腕に向いている。
そしてそれが必要なのはトーヤだけではないだろう。
爆裂矢のような使い捨てアイテムを使ってなんとか斃すというのも、ありといえばありなんだろうが、周回して斃すのであれば、自分たちの力のみで斃せるようになりたい。
「一番良いのは、ナオとユキが時空魔法の熟練度を上げることだと思うけど……。トレントのことを考えれば、根元を切り離せれば、斃せると思うし」
「『空間分断』か? あれなぁ……色々調べてはみたんだが……」
「実は、生物相手に使うのは厳しい、って書いてあったんだよね」
生物が内部に持つ魔力によって、ある程度のレジストができるのは他の魔法も同じなのだが、『空間分断』は対象の身体がある部分が発動対象となる。
つまり、相手の魔力がある部分に自分の魔力を割り込ませ、その部分の魔力の支配を奪うわけだ。
言ってしまえば、相手がぎゅっと握っている物を、遠くから手も触れずに奪うようなイメージだろうか。
それが難しいことは容易に想像できる。
つまり、最初にガーゴイルに遭遇したとき、仮に魔法が間に合っていても、効果を発揮しなかった確率の方が高かったのだろう。
「無生物であれば影響はないみたいなんだが……」
「魔道書には『マジックバッグを作れるような相性の良い錬金術師がいない場合、石切場で働けば、数十人分の賃金が貰えるゾ!』とか書いてあったよね」
「手作業で石を切る手間を考えれば、それも当然ですよね」
電動工具など存在せず、大まかに割った上で手作業で表面を整える石工。
それにかかる手間と時間は膨大だが、『空間分断』を使えば一瞬で平らに加工できる。
魔力量次第かもしれないが、数十人分の賃金を払ったとしても、十分に元は取れるんじゃないだろうか。
「……でも、普通のトレントには効くのよね?」
少し不思議そうに尋ねるハルカに、俺とユキも頷く。
「そこは、トレントだから、だな。植物と魔物の中間みたいな感じだから」
「ゴーレムも、頑張ればなんとかなる、とは書いてあったよね」
だが、エルダー・トレントはさすがに無理っぽい。
少なくとも今の俺の魔力量や熟練度では。
「ってことは、もしかして、トーヤを巻き込むように『空間分断』を使っても、実は問題なかったの?」
「あぁ。大抵の場合はレジストできるからな」
「怖いことを言うな! やるなよ? 絶対にやるなよ? 振りじゃねぇからな?」
「やらねぇよ。トーヤ本人は無事でも、持ち物は違うんだから」
持ち物。
つまり、衣服。
トーヤのお宝ご開帳とか、俺も見たくない。
そして万が一、女性陣を巻き込めば、俺がハルカに殺される。
「……あぁ、そうか、なら安心? だな」
「でも、そうすると、『空間分断』の魔法だと、武器とかも簡単に壊れちゃうってことですか?」
「いや、そうでもない。例えば俺たちが使っている属性鋼の武器。これに魔力を通した状態だと、まず無理」
「鎖帷子の方も同じ。だから、実際のところ、あたしたちが『空間分断』でどうにかなる危険性はほとんどないんだよね」
つまり、トーヤのお宝ご開帳は、回避されたのだ。良かったね。
「それ以外の普通の服でも、身体の近くにある物に関しては、難しいみたいだな。……よっぽど高位の魔法使い相手でもない限り」
所詮、俺たちの世界は狭いこの地域のみ。
例えば俺たちが持っている時空魔法の魔道書、あれを書いた人は確実に俺たちより上だろうし、冒険者ギルドが抱えている、転移装置を作れる魔法使いも同様だろう。
人間でもすっぱりと切断できる人が、いないとも言い切れない。
「ま、エルダー・トレントとの再戦は、今後の課題として。ボス討伐の報酬とか、転移陣とか、見つけた人、いる?」
ハルカの問いに、全員が首を振る。
「ありません」
「何にもないの」
「すでにボスエリアから数百メートル以上歩いてるだろ? たぶん、ないんじゃないか?」
「せめて転移陣は欲しかったんだがなぁ……」
「だよね、かなり広かったもんね、森エリアは」
結局、あそこを引き返すこと、確定か。
この道も結構長いし……岩山を抜けたらどこに繋がってるんだ?
「山エリア、森エリアときたら、次は平地か?」
「どうでしょうか? ダンジョンですからね。何があるかは予想できないところも……あ、抜けたようですね。――っ、これは……」
「おぉ……」
先頭を歩いていたナツキとトーヤが立ち止まり、言葉を途切れさせる。
一瞬疑問に思ったが、その隣に立ち、理由はすぐに判明した。
急に明るく開けた視界。
そこに広がっていたのは――海だった。
以下、次章に続く。
一ヶ月以内には再開予定です。次章もよろしくお願いします。
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