355 森エリアを抜けろ (4)
前回のあらすじ ----------------------------------
岩山を登り、森を俯瞰。森が岩山に囲まれていることを知る。
岩間の切り通し部分を目指して移動し、その場所まで到達する。
切り通しの入り口部分にあった広場は、学校の校庭よりも少し広いぐらいだろうか。
まるで戦いやすくするかのように、平らで草しか生えていない場所が、ぽっかりと広がっている。
そしてそこに唯一、切り通しを塞ぐように聳え立つ木が一本。
「あれは……どう見てもトレントだな。でかいけど」
「あぁ、あれならオレの【索敵】にも反応する――というか、【鑑定】に反応する。エルダー・トレントだと」
「【看破】でも見えるわね。ついでに言うと、【擬態】を持っていないわね、これ」
ディンドルのように非常識な大きさではないが、十分に巨木と言えるような大きさ。
もちろん、俺たちがこれまでに斃したようなトレントとは比べるべくもなく……幹の直径は三メートルほど、高さは五〇メートルぐらいあるだろうか?
動き出してこそいないが、隠れる気もないのか、ハルカが言うように、普通に魔物の反応がある。
「たぶん、この広場に足を踏み入れたら、動き出すよね?」
「そうでしょうね、きっと」
「大きすぎるの……。ミー、何もできないの」
「私の武器でも、あのサイズだと……」
口をへの字に曲げて「む~」と不満そうなミーティアと、エルダー・トレントの枝を見上げ、自分の使っているバスタード・ソードを見比べるメアリ。
それもそのはず。
それは枝というよりも、むしろ丸太である。
トレントの攻撃パターンからすれば、頭上高くから直径三〇センチを超えるような丸太が、一気に振り下ろされるようなもの。
オークが振り回す棍棒など、まったく比較にならない。
ミーティアの主武器である小太刀は言うまでもなく、メアリのバスタード・ソードであっても対抗するのは厳しいだろう。
「というか、対抗できる人、いる?」
エルダー・トレントを見上げ、俺たちを見回し、小首をかしげるユキに対し、言葉を返せず苦笑を浮かべる俺たち。
俺たちの主武器で一番ゴツいのが、メアリが持つバスタード・ソードなのだ。
単純な筋力ならトーヤの方が上だろうが、彼の武器は片手でも扱えるサイズなので、メアリの物よりも若干細い。
もちろん属性鋼故に、鉄で作った武器とは比べものにならない性能を持っているが、それでも丸太を一刀のもとに切断する、なんてことは不可能である。
「なんか、もっと切れて丈夫な剣とか、手に入らねぇかな? 魔力剣と【筋力増強】でも、ゴーレムすら倒せねぇし」
「物理的な限界だよな、そこは」
魔力剣とは属性鋼を使った剣に魔力を通した状態。
切れ味は大幅にアップするのだが、鉄の塊と喧嘩して勝てるほどに非常識ではない。
一応、鍛えられていない鉄の塊、アイアン・ゴーレムであれば、ある程度は切り込めたのだが、それでも腕の半分。
そこで負けた。
見事に、パキリと。
もちろん、そんなことをぶっつけ本番でやるのは危険すぎるので、試したのはアイアン・ゴーレムの残骸相手。
前回ラファンに戻っていたときの話なのだが。
なので実は、今トーヤの使っている属性鋼の剣は、二代目だったりする。
ちなみにその実験、俺たちが止めるのも聞かずにトーヤが強行したものだから、更新費用はトーヤの自腹である。
正確なところは知らないが、きっと今の彼の懐には寒風が吹き荒れていることだろう。
属性鋼自体は、熔かして再利用しているので、まったく新規に作るよりは安かっただろうが、それでも金貨が百枚単位で飛んでいったんじゃないだろうか?
「魔法を使える私たち――ナツキ以外が攻撃、他はそのサポートってところでしょうね、できるのは」
「トレントのことを考えれば、なんとかなる、と思いたいが、ならなかったら……」
「ならなかったら?」
「逃げる。来た道を」
聞き返すハルカに、俺はあっさりと答え、岩山沿いを指さす。
ここのボスからは逃げられるのだ。
危なくなって逃げないなんて選択肢はない。
「だが、間違っても、森には突っ込まないようにな」
「ですね。この森ほど、逃げるときに危ない森はないですし」
走っている途中にトレントを感知するなんてほぼ不可能、シャドウ・マーゲイやシャドウ・バイパーなら、なんとか気付けるかもしれないが、対処できるかは別問題。
突然足下から襲いかかってくるスタブ・バローズだって、決して侮れない。
「それじゃ、無理はしないを基本方針で、行ってみましょうか。ミーティアは力負けしそうだから、注意を引くぐらいで、距離を取っておいてね」
「解ったの」
本当なら、広場に入る前に魔法攻撃を加えたいところだが、さすがに距離が遠すぎる。
俺たちは魔力を練りながら慎重に近づいていく。
広場に足を踏み入れれば、即座に戦闘になるかと危惧していたのだが、エルダー・トレントが動き出す様子はなく――やがて、魔法の射程に入った。
「「『空間分断』!」」
トレント相手にはこれ。
動かない的にはとても有効な魔法を、俺とユキが同時に発動。
「むっ?」
「あれ?」
俺がその手応えに違和感を覚えた次の瞬間、エルダー・トレントが動き出した。
その動きはこれまでに見てきたトレントと瓜二つだったが、サイズがまったく異なるので迫力が違う。
そして、俺たちが攻撃した部分は――。
「切れてナーイ!」
「カミソリかっ! ――じゃねぇ! レジストか!?」
どこぞのCMみたいなことを言うユキに思わず突っ込みを入れつつ、俺もトレントを観察するが、その動きにはまったく支障が見られない。
俺とユキがターゲットにしたのは、幹の左右、幅一メートルほど。
『空間分断』の範囲的に狙えたのはその程度だったが、見た感じ、そこが切れているようには見えない。
いや、木の皮部分には切れ込みが入っているようなのだが、おそらく切れているのはそこまで。本体部分には達してないのだろう。
「簡単にはいかないか」
「魔力、足りなかったかな?」
スキルに【魔法障壁】が存在するように、自身の内部にある魔力によって対抗することで、魔法の効果は軽減ができる。
『石弾』のような物理的な魔法を、このスキルで防ぐことは難しいのだが、火魔法や風魔法の多くはある程度軽減できるし、状態異常の魔法も抵抗できれば効果を現さない、らしい。闇魔法を使えないので体験したことはないのだが。
そして、時空系の魔法はある意味、状態異常の魔法に近い。
例えば、『時間遅延』などの魔法もこれで対抗できるし、『転送』などは相手がほぼ無抵抗でなければ、効果を発揮しない。
もっとも、もし抵抗ができないのであれば、面倒な敵を空中に転送してしまえば、簡単に倒せるわけで、これは当然といえば当然だろう。
ユキがちょっと口にしたように、魔力を多くつぎ込めば抵抗しにくくなるようなのだが、その価値があるかはかなり微妙。
大量の魔力を使って『時間遅延』を使うより、普通は同じ魔力で『火矢』を大量に撃つ方が効果的。
そんなこともあって、最初にちょっと試してみて以降、戦闘中に時空魔法を使う機会はほとんどなかった。
その代わりと言ってはなんだが、抵抗に失敗してもダメージはないことを利用して、自分たちの【魔法障壁】をレベルアップするために、地味に有効活用していたりする。
「どうする? もう一度やるか?」
「速度的には、なんとかなりそうだけど……」
地面からずるりと引き抜いた根っこを、地面にズガンッ、ズガンッと打ち込みながら近づいてくるエルダー・トレント。
バサバサと揺れる上半身(?)も相まって、その迫力はなかなかではあるが、素早さの方は、一見すると普通のトレントと変わらないように見える。
だが実際のところ、二倍の体躯で同じように見える動きをしているわけで……末端の動きは確実にトレントよりも速いだろう。
「それは効くのか? お前らの魔法が効かねぇなら、逃げる準備に入りたいんだが?」
「ナオくんとユキの転移は逃げる際にも重要です。その余裕があるなら、ですが……」
『空間分断』の場合、オール・オア・ナッシングであるのが悩ましい。
大量の魔力を使っても、抵抗されたらほぼ無意味。
それでも試してみるべきか……?
悩んだのは僅かな時間。
決断したのはハルカだった。









