349 方針決定会議 (2)
前回のあらすじ ----------------------------------
初心にかえり、状況確認。メアリたちがどうしたいかも訊く。
「もっとも、私たちがそんな歳まで冒険者をしているかどうかは判りませんけどね。今のところ、引退後の資金を貯める方も順調ですし、体力の限界を感じる前に引退する方が安全ですから」
「そう、それだったな、俺たちの次の方針は。今のペースでいけば、ナツキの言う通り、体力的な限界が来る前に十分に貯められそうだよな」
「銘木の価格変動などの要因を考慮しても、森の獲物だけでそれなりに稼げるからね」
「うん、贅沢さえしなければ、十分に貯まるよね、このペースなら」
「お、おう、そうだな?」
ナツキの非常にもっともな言葉に、揃って頷く俺たちだったが、唯一微妙そうな返事になったのはトーヤ。
彼の場合、すでに『贅沢さえしなければ』の部分で引っかかっていそうである。
武士の情けで追求するのはやめてやるが。
同じ男として理解できるし、毎回大金を稼いでいれば、つい使いたくなる気持ちもまた理解できるから。
「で、まぁ、そちらで問題がないから、できる範囲で上を目指そう、という結論だったわけだな、前回は」
「おおむね、その通りね」
森の奥に進む前、一年近く前に話し合ったのはそのあたりまで。
その方針の下、努力してきた俺たちは、それなりに順調にスキルを伸ばし、レベルを上げている。
俺の現在のレベルが27。
戦闘回数を考えれば、ペースが鈍っているようにも思えるが、レベルが低い頃の上昇率と比べるのは無意味だろう。
そして、このレベルアップに俺の恩恵、【経験値ちょっぴりアップ】は効果を発揮しているのだろうか?
もう一つの恩恵、【ラッキー!】同様にさっぱり判らない。
今無事に生きているのだから、ラッキーであることは間違いないのだろうが……。
「これまで、危険なことも多少はありましたが……仕事と考えればこんなものでしょうか」
「うん、危険な目に遭ったから、仕事を辞めるっていうのは、なんか違うよね」
「私が聞いていた他の冒険者のお話よりも、ずっと安全だと思います。ハルカさんたちとの冒険は」
「私たちの場合、お金のために無理をする必要がないからね」
明日の宿がない、飯代がないとなれば危険な仕事を請ける必要があるのだろうが、俺たちの場合は、危ないと思えば、仕事を休んで訓練や準備に費やすだけの余裕があるわけで。
これの違いはかなり大きいだろう。
「あとは……ダンジョン都市に行きたいという話もあったと思うが、そっちの方はどうだ?」
一番それを主張していたと思うトーヤに視線を向ければ、彼は腕を組んで、考えるように首を捻った。
「う~ん、今のところオレは、行かなくても良いか、と思っている。ダンジョンだけが目的なら、“避暑のダンジョン”があるわけだしな」
「ダンジョンを体験してみたい、ってところが大きかったもんな。それは無事に叶えられたと」
「ですね。それにあそこなら、競合もないですから、色々安心です」
「ダンジョン内で、他の冒険者に襲われる危険もないし、好き勝手にできるからね。マジックバッグとか、貴重なアイテムを使っていても、見られる心配もないし」
「それに、オレたちがダンジョン都市なんかに行ったら、確実に絡まれるよなぁ、テンプレ的に。それも経験かもしれないが……」
そう言うトーヤの視線はハルカたち、女性陣に向いている。
メアリとミーティアが入る前であれば、男女比が二対三でまだマシだったのだが、今となっては二対五。しかも、容姿が良い。
二人はまだ幼いとはいえ、女性冒険者が少ないこの世界で、この状況を嫉妬しない男がいるだろうか?
俺だって逆なら、絡んだりはしないにしても、嫉妬はしただろう。
「そうね、防波堤として、トーヤだけじゃ心許ないわよね」
「……おや? ハルカ、俺は? 俺もいるよ?」
少なくともハルカは、しっかり守る心意気ですよ?
そんな俺の主張に返ってきたのは、全員の苦笑だった。
「ナオくんは……威圧感には乏しいですから」
「戦いになったら別だけど、分類としては優男だもんね、ナオは」
「冒険者相手の虫除けとしては、少し迫力不足かしら」
「むっ……否定はできない」
一般人、もしくはちょいグレ程度のチンピラなら、冒険者の格好をして武器を持っている相手に絡んできたりはしないだろうが、相手はダンジョン都市にいるような冒険者。
単純に冒険者というだけでは、抑止力としては少々不足だろう。
トーヤは判りやすく強そうだが、俺の場合、魔法も含めての強さだからなぁ。
街中でいきなりぶっ放すわけにもいかないし、少し高めの冒険者ランクも、声高に主張しながら歩くわけにもいかない。
ギルドカードの色が変わるとかなら判りやすいのだが、カードにマークが追加されるだけだから、取り出して見せつけでもしなければ判らないのだ。
「逆に行くメリットとしては、冒険者としてのランクを上げやすくなることでしょうか。ダンジョン都市の場合、素材の回収依頼が、ギルドに多く出ているみたいですので」
「それはあるな。ここだと、ダンジョンから素材を回収しても、依頼を熟しているわけじゃないもんなぁ。ディオラさんは評価してくれるけど」
ラファンのギルドに並ぶ依頼は、俺たちがこちらに来てから相も変わらず。
ダンジョン都市であれば、どの階層でどんな素材が得られるかも知られているため、それらを対象にした依頼も出るのだろうが、避暑のダンジョンに関しては、俺たちが潜るだけで情報もほとんど出ていない。
ラファンの市場も狭いし、俺たちが素材をコンスタントに供給していることもあり、回収依頼が出る確率は低い。
供給していないレッド・ストライク・オックスのミルクであればまだ可能性があるが、そんなに頻繁に必要になる物じゃないだろうしなぁ。
――いや、バ○アグラの人気を思えば、欲しい人は多いかもしれないが、値段が値段。買える人は少ないだろう。
「ランクかぁ。上げることによるメリットとデメリット、どっちが大きいのかなぁ……?」
椅子の背に仰け反る様にもたれて、伸びをしながらユキが唸る。
「俺たちが高ランクになるメリットって、身を守りやすくなるってことだよな?」
「そうね、貴族からね」
平民と貴族。
争いになったとき、多少の道理は引っ込ませるのが貴族の力。
その時、平民が高ランクの冒険者であれば、ある程度の道理は通せる、そんな力関係。
少なくともこの国であれば、絶対的に貴族が強いということはないようだ。
「勿論、依頼料が高くなって儲けられる、ってこともあるとは思うけど……そこはあまり興味ないわね、私としては」
「現状、困ってませんしね。今の稼ぎで」
贅沢をするなら別なのだろうが、俺たちの中に豪遊したいってタイプの奴はいない。
あえて言うなら、トーヤの娼館通いだろうが、彼の目的は獣耳のお嫁さんをもらうこと。
良い相手を見つけて結婚してしまえば、そこまでだろう。
そもそも、高ランクなら簡単な依頼で高額報酬ってわけではないのだから、良いかどうかは微妙である。
報酬が高い代わりに面倒な依頼、危険な依頼を回されるだけなら、大した価値もない。
「デメリットは目立つことと……義務か」
「町の防衛義務があるんだっけ?」
「協力を求められるだけで、明文化はされていないけどな」
地理的に、この町が戦争に巻き込まれることはほぼないだろうが、魔物が襲ってくることがないとはいえない。
その際、高ランクであれば逃げることが難しくなる。
いや、逃げることはできるだろうが、住民を見捨てて逃げた時点で、町が無事だったとしても、戻ってくることはできなくなるだろう。
少なくとも、俺は無理。
ご近所さんからの視線に耐えられない。
「でもさ、ナオは逃げられる? アエラさんやディオラさん、ガンツさんとかいろんな知り合いがいるこの町を見捨てて」
ユキの言葉に、俺は思わず考え込んでしまう。
そうなんだよな、すでにこの町にも知り合いは多くいるわけで。
「……難しいな。だが、場合によっては逃げる」
そう言いながらチラリとハルカに視線を向けると、俺の視線と彼女の視線がぶつかる。
どうこう言っても一番大事なのは身内。
もし子供でもできれば、逃げることに躊躇はない。
少し真剣にそんなことを考えた俺に、トーヤは苦笑して肩をすくめる。
「でもさ、オレたちが逃げ出さないとやばい! って状況だと、普通に町の人たち全員、逃げ出さないか? つか、避難させないとかないだろ、ネーナス子爵が」
「ですね。そもそもそんなこと、今までなかったみたいですし、杞憂でしょう」
「それらを考えると……上げる機会があれば、上げる、ぐらいか? メアリたちはどう思う?」
「お姉ちゃんたちと一緒なら、どっちでも良いの」
「私は、単純に高ランクの冒険者は凄いなって思います。ただ、冒険者に悪い印象を持っている人もいるので、単純に誰からも尊敬されるとは……」
「そりゃそうか。人それぞれ、だよな」
警察官や自衛官、一般的には尊敬されるが、嫌う人もいないわけではない。
逆に、誰からも尊敬される存在って方が怖い。
「貴族の介入さえ、ネーナス子爵の方で防いでくれるなら、無理をする必要性もないか」
「うん。ダンジョン都市には観光で見に行くぐらいで良いかな?」
「そうね――観光といえば、他の街とかも色々見てみたいって話もあったけど……どう?」
「「「………」」」
ハルカの問いかけに、俺たちは揃って沈黙した。
コミカライズ第三話(の前半)が公開されました。
ちょっぴり不憫なトーヤが見所かも?
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_KS01201048010000_68/









