342 成果 (2)
前回のあらすじ ----------------------------------
鑑定などをしてもらうため、冒険者ギルドを訪れるとその前に、ディオラから酒についての報告を受けることになった。
「実は先ほどから、気になっていたんですよね。バックパックに入れずに、抱えていますし。かなり重そうですが、これは?」
「そうね、取りあえずは、見てもらえる?」
ハルカが一つの革袋を開けて水晶玉を出したので、俺ももう一方を開けてその横に並べる。
こうやって並べてみても、まったく違いが見つからない。
大きさや透明度、色、それに傷のない表面。
工業製品ならともかく、手作業で水晶を磨き上げ、これだけの球にするのは不可能に近いんじゃないだろうか?
それとも、凄い職人だったら、可能なことなのだろうか?
もっともこれは、人が作ったわけではなく、ダンジョン産なのだが。
「これは……水晶、ですか? 凄いですね。かなりのお宝ですよ、これだけの大きさだと」
「……あぁ、そっちの価値もあるわよね、当然」
驚きに目を見張るディオラさんに、ハルカも改めてそのことに思い至ったようで、ふむふむと頷く。
俺たちは『いったいどんな魔道具』と思って見ていたが、これだけのサイズの水晶玉、価値がないわけがない。
例えば、俺の部屋に飾っておくにはちょっと大きすぎるが、こんなのが好きな金持ちもいそうではある。
「水晶って、やっぱり高価なんですか?」
「腕の良い魔法使いや錬金術師であれば水晶も作れるとは聞きますが、このサイズになると当然、かなりの額になりますね」
「作る……あぁ、石英ですからね、水晶は」
ディオラさんの返答に、ナツキは少し考えてすぐに頷く。
だが、トーヤの方はその言葉に少し引っかかったらしい。
「なぁ、ナオ。水晶って石英なのか? 石英って、石英ガラスとかあれのことだよな?」
「そうだな。それだな。化学的に言うなら、二酸化ケイ素だな」
俺たちが作った風呂桶と同じ素材である――たぶん。
俺の魔法が失敗していなければ。
あれは白く濁ってしまっているが、俺の魔法の腕が足りていないのだろう。
逆に言えば、魔法の技術さえ向上すれば、ディオラさんが言うように、この水晶玉ぐらいに透明な石英も作れるようになるってことだろう。
「じゃあ、何か? 水晶玉って、実はガラス玉?」
なんだか期待を裏切られたような表情になったトーヤに、ユキが苦笑しつつ言葉を挟む。
「見方によっては、そーゆーことだね。あっちだと人工水晶玉ってのも売ってたけど、つまりはただのガラス玉。もしかすると、石英ガラスじゃなくて、ナトリウムガラスを使ってるところもあったりして?」
ナトリウムガラスとは、硅砂に炭酸ナトリウムなどを混ぜて融点を下げ、扱いやすくしたガラスのことで、一般的に使われているガラスの大半はこれ。
普通の学生であった俺が見たことある石英ガラスといえば、化学実験で使う試験管ぐらいだろうか。
あの試験管も大半はナトリウムガラス製だが、高熱になる実験用に、一部には高価な石英ガラスが使われている。
教師には『高いんだから絶対に割るなよ!?』と言われたものである。
具体的には、一〇倍から二〇倍のお値段がするらしい。
見た目はほぼ同じで、簡単には区別がつかないのに。
そう考えれば、水晶玉の素材にナトリウムガラスを使う業者がいても、不思議ではない気がする。
「水晶玉としての価値も気にはなるけど、ディオラさんに訊きたいのは別のこと。気にしていた通り、これって、マジックバッグに入らなかったのよ。何かの魔道具じゃないかと思うんだけど、心当たりはない?」
「ありますよ」
「やっぱそう簡単には――え? あるの?」
あまりにもあっさりと返ってきた答えに、ハルカは一瞬呆けて、改めて聞き返した。
「はい。例えば、冒険者ギルドが設置する転移装置。あれの部品もマジックバッグでは運べません」
あぁ、そっか。冒険者ギルドって、ダンジョンに転移装置を設置してるんだもんな。
そのへんの知識も持っているか。副支部長ともなれば。
「あれって、重い物が多いので、設置が大変なんですよね。ダンジョンの深い場所まで運ばないといけないので」
もっとも、普通は手作業で運んだりはせず、時空魔法の使い手が『転送』で送るらしいのだが、マジックバッグに入らない部品は時空魔法全般が効きづらくなるので、それはそれで大変らしい。
「えーっと、つまり時空魔法関連の魔道具は、時空魔法と相性が悪い?」
「そうなりますね。全部が全部じゃありませんが、マジックバッグの中にマジックバッグが入れられないようなものですね」
「ならこれも、時空魔法関連の魔道具ってことになるのかしら?」
「私は専門家ではないのでなんとも。ですが、その可能性は高いでしょうね。むしろ、ナオさんたちの方が詳しいのでは?」
ディオラさんに『マジックバッグを作れるんですし?』みたいな視線を向けられるが、所詮俺たちはにわかである。
魔法を使えるようになって、まだ一年少々。
魔道書に載っている物を少し改造するぐらいが関の山。
研究とかそのへんのことはさっぱりなのだ。
「どうします? 買い取りましょうか? それとも、鑑定に回しましょうか? ダンジョンで見つけた魔道具ですから、標準価格で鑑定がご利用になれますよ?」
「鑑定……使い道ってあるの? 私たちが持っていて」
「そのあたりもやはり専門家でないと……。私が思いつくのは、インテリアとか?」
困ったように言うディオラさんに、俺たちも頷かざるを得ない。
インテリア以外の使い道なんて、魔道具関連、時空魔法関連だろうが、それらに関わっている俺たちが判らないのだから、ディオラさんも訊かれても困るだろう。
現状、使い道がないのだから、売ってしまっても良さそうだが、難点は今後もし必要になっても、簡単には入手できそうにないことか。
「どうする?」
「……無事な方は、取っておきましょうか。幸い、ゴーレム素材があるので、当面の資金には困りそうにないし」
「そうですね。では、ディオラさん、こちらの破片は買い取りで、無事な水晶玉の一つは鑑定に回してもらえますか?」
「解りました。では、こちらは奥へ持っていきますね」
「あぁ! ディオラさん。それは後でオレが運んでおきますから。かなり重いので」
水晶玉を持ち上げようとしたディオラさんの手を、トーヤが慌てて押さえた。
「ですね。破片の方も含めて、俺たちで運びます」
「そうですか? ありがとうございます」
あれ、家に帰って計ってみたら、四〇キロ近くあったからな。
それに加えて破片。
細かいのは放置してきたが、四つ分もあれば一〇〇キロは超える。
ディオラさんも見た目よりは力があるが、普通の女性に持たせるような物じゃない。
そして、それを普通に持っていたミーティア、さすがである。
「重いといえば、今回のダンジョンでは、ロック、ストーン、アイアン・ゴーレムが出てきたんですよ。持ち帰ったのはアイアンだけですが、買い取り可能ですか?」
「アイアン・ゴーレムですか!? それは凄いですね! 鉄が採れるとなると、これはかなり有望なダンジョンですよ!!」
軽く訊ねたつもりだったのに、返ってきたのは予想外に大きな反応だった。
目を丸くして腰を浮かしたディオラさんに、俺はやや気圧されながら聞き返す。
「そんなに、ですか?」
「はい。鉄は重要な戦略物資ですからね。アイアン・ゴーレムが出てくるダンジョンを持つ領地は、かなり潤うんですよ。――あぁ、でも、かなり深い場所なんですよね? 持ち帰れる人が限られますか……。いえ、出現数によっては、転移装置の設置が認められるかも……? これは当ギルド、躍進の時?」
顎に手を当てて、『むむむっ……』と悩み始めたディオラさん。
その様子に、なんとなく事の重大性が解り始めた俺たちは、顔を見合わせる。
正直、『鉄が手に入るとか、儲かりそうでラッキー。重いのは面倒だけどね』ぐらいの気持ちだったのだが、戦略物資と言われると、ちょっと尻込みする。
だが、主張すべきは、きちんと主張しておくべきだろう。
俺はやや遠慮がちに、口を開いた。
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