329 再始動 (2)
前回のあらすじ ----------------------------------
トーヤが戸板を背負って崖を下りる。
順当にフライング・ガーが飛んで来るが、戸板はしっかりとトーヤを守った。
「それじゃ、順番に下りていきましょ。スタック・マッシュとフローニオンは余裕があれば回収するぐらいで良いから」
これら崖に生える二つの食材は、前回採集した物を食べてみたのだが……まぁ、普通に食べられた。
スタック・マッシュはプリプリ感に乏しいキクラゲみたいなキノコで、美味しくないとは言わないが、たくさん食べたい、というようなキノコでもなかった。
フローニオンの方は少し平べったい青葱みたいな植物で、味の方は生のタマネギのような辛味と生姜のような辛味、その両方を併せ持った野菜だった。
薬味として料理のアクセントに使うのには良いのだが、両方の辛味があるその味は少し使い勝手が悪く、これまたちょっとしか使わないタイプの野菜なので、無理して採取しようと思うほどではない。
一応、冒険者ギルドにも持ち込んでみたのだが、両方とも野菜としては高い価格で買い取ってもらえたのものの、所詮は野菜としては、である。
いずれも、無理して採取しようと思うほどではなかった。
先に下りているハルカたちも、手が届く範囲で、手に持てる量を採取しているだけ。
採取に時間を掛けることもなく、俺以外が下に下り立つ。
「ナオ~、良いわよ~」
「りょーかーい」
縄ばしごをくるくると巻き取って回収し、バックパックに収納。
ロープを設置し直して俺が下りていくと、岩棚ではトーヤの戸板から、全員でフライング・ガーを収穫しているところだった。
「問題はない感じか?」
「うん。突き刺さっているのも表面だけで、間の鉄板は貫いていないよ」
「そうね。フライング・ガーの数が思ったより多いこと以外は」
「それは問題じゃないの。嬉しいことなの!」
にっこ、にっことフライング・ガーの首を折る幼女。
うん、とても嬉しそうだな。
絵面は微妙だが。
「そうだな。オレに刺さらない限りはな。――もうちょい早く警告をくれ。少し怖かった」
「そうよね。もう少ししっかりと壁に張り付いた方が良いかもね。横から突っ込まれたら危険だし」
「了解。というか、トーヤも【索敵】してただろう?」
俺の警告の前に気付きそうなものだが……。
「早いんだよ、フライング・ガーは。範囲に入ってから到達するまでが。戸板を背負って背中を向けているせいか、微妙に探知範囲が狭く感じるし。あと、滝の音もうるさい」
「あぁ、それがあったか」
耳や視界を制限されれば、索敵範囲も普通に狭まる。
そのあたりのことが影響するのが、このスキルの微妙に現実的なところ。
「でも、問題なく下りられることが判ったのは良かったよね。あとは転移ポイントを設置して、順次下りていけば良いよね」
「えぇ、頑張っていきましょ」
「うん! お魚の回収、頑張るの!」
「はい! 鳥のお肉も!」
おっと、アローヘッド・イーグルの解体をしたのはメアリだったか。
俺が下りたときにはすでになくなっていたが。
けどメアリ、頑張るのはそっちじゃないからな?
それから、同じことを繰り返して崖を下ること、一〇回あまり。
その中で一度、インパクト・ハンマーで叩いたことで崩れた崖もあったのだが、叩く前の時点で怪しいと俺とナツキが判断していたので、これまでのところ怪我人はゼロ。
もちろん、落下してしまった人もいない。
順調にお魚と鳥肉の在庫を増やしつつ、崖を下り続けて夕暮れ。
それが現れたのは、そんな時間帯だった。
「あれは……」
発見したのは俺。
それは単純に、視界の問題だろう。
戸板を背負っていて、圧倒的に周りが見えづらいトーヤは当然として、ハルカたちも縄梯子を下りるため、ロープを使って下りる俺に比べると、やや視界が狭い。
俺がそれに気付いたのは、岩壁でロープを擦ってしまわないよう、身体を起こし、岩壁に脚を突っ張って下りていたからだろう。
俺たちが縄ばしごを下ろしていた位置から、左側に六メートルほど。
上の通路から下の岩棚のちょうど中間ぐらいの場所に、少し飛び出した岩に隠れるようにしてポッカリと穴が空いていた。
大きさは俺が立って頭が閊えないぐらい、幅は一メートルほど。
単なる裂け目ではなく、通路状の穴。
それがそこにあった。
「えっと……」
どうしたものかと少し悩んだ後、俺は一度上に戻り、再度縄梯子をセットしてから、ハルカたちの場所へと下りる。
当然、そんなことをすればハルカたちも疑問に思うわけで。
「どうしたの?」
「こっからは見えないが、中に入れる穴――通路を見つけた」
俺が下りるなり訊いてきたハルカにそう答え、穴のある場所を指さしてはみるが、案の定というべきか、この岩棚からは岩が邪魔をして、その場所を見ることはできない。
狙って配置しているのだとすれば……やはり意地が悪い階層である。
「確かなのかな? って、ナオに訊いても仕方ないか。入ってみるしかないよね」
聞き返したユキが途中で首を振れば、ハルカもまた頷いて同意する。
「そうね。取りあえず戻って、その上に行ってみましょ」
再び縄梯子を登り、上に戻った俺たちは、俺が見つけた通路の場所へと縄梯子をかけ直した。
最初に下りるのはトーヤ。
ちょっと場所がずれているので、一応の用心のためだったのだが……案の定と言うべきか、飛んできました。フライング・ガー。
さすが、この階層の意地の悪さは健在である。
先ほどよりは数が少ないものの、それでも一〇匹以上のフライング・ガーを背中にはやしたままのトーヤは、一度通路の位置まで下りると、中に入ろうとはせず、そのまま戻ってきた。
「どうした? 通路じゃなかったか?」
「いや、少なくとも見える範囲では奥に繋がっていた。だが、さすがにこれを背負ったままじゃ、入れねぇ」
「あぁ、そうよね、さすがに重いわよね」
「重さもあるが、邪魔すぎる。普通に閊える。あの穴のサイズだと」
そういえば、俺がちょうど入れるぐらいのサイズだった。
俺よりもデカいトーヤ、それよりも更にデカい戸板。入るのはきついだろう。
「では、戸板は片付けないとダメですね」
「収穫するの!」
言われる前に動き出したミーティアが、トーヤが背中から下ろした戸板から、フライング・ガーを手早く回収。
すでに数多く繰り返した作業だけに、その手際は見事。
いつも最後に下りる関係上、基本的には『収穫』に参加しない俺なんかよりも上手い。
「あと、縄梯子じゃなくて、ロープで下りる方が良いな。縄梯子からあの穴に移るのは、正直怖い。ロープなら、真上から飛び込めるが」
こんな感じに、とトーヤが地面に絵を描いて説明。
イメージとしては、特殊部隊がビルの屋上からロープで降下して、窓を蹴破って飛び込むような感じである。
確かに上手くできれば、縄梯子からあの穴に移るよりは安全そうである。
「そうね。となると、誰が最初に行くかだけど……」
「俺が行こう。トーヤの戸板が使えないなら、俺が適任だろう」
少し悩むように俺たちを見回すハルカに、俺はすぐに手を挙げた。
これまでのパターンを踏襲するなら、再度フライング・ガーが飛んで来ることはないと思うが、この階層だけに油断ができない。
その点、俺は『隔離領域』で背中を守ることができる。
問題は、飛び込んだ通路の中に敵がいた場合だが……その場合は、素の防御力が高いトーヤの方が適任となるんだよなぁ。
「んー、ほぼ同時に行くか? ロープを二本使って。同じ場所にいれば、オレの背中も安心だし」
「そうね、その方が安心ね」
少しホッとしたようにハルカが同意するが、それにユキが異を唱えた。
「あ、でも、トーヤとナオだと、明かりはどうする? 中に入ると暗いよね?」
「ふっふっふ、ユキ、忘れたのか? 俺も『光』ぐらいは使えるようになっているんだぜ?」
『光』だけだけどな!
なかなか練習時間が取れないから。
ついでに言えば、俺が使う機会もないから。
光魔法の専門家、二人もいるし?
「あっ、そっか! さすがエルフ。ズルいね!」
「いや、ズルくはないだろ? 練習しないと使えないんだから」
これでも寝る間も惜しんで練習してるんだぞ?
ちゃんと努力してるのに、ズルいとか言われると、心外である。
……まぁ、他の魔法の練習時間に比べたら、ちょっとだけ、なんだけどな。
 









