327 再始動に向けて (3)
前回のあらすじ ----------------------------------
ナオも、多少『空中歩行』が上達したが、トーヤは支えられないという話になる。
「それで言えば、あたしたちの小太刀の鞘、それもトレントになったよね?」
「えぇ。ガンツさんは勿体ないって泣いてたけど」
普段、鞘で何かするわけじゃないので、更新したことに深い理由はないのだが、万が一の際、『鞘も武器として使えるかな?』ぐらいの軽い気持ちで作ってもらった。
ハルカが言う通り、ガンツさんは『もったいねぇ!』と叫んでいたが、トレントって高すぎて、微妙に使い道に乏しいのだ。
少しはガンツさんも買い取ってくれたし、ギルドにも卸したが、それでもまだ十分に残っているので、シモンさんに要求されても渡せるだけの量はちゃんと確保している。
「ミーたちも武器が凄くなったの!」
「はい、私たちも新しいのにしてもらいました。ありがとうございます」
「二人は頑張っているからな」
今回、時間があったので、『二人の稼ぎの分』という形で、鎖帷子を光の属性鋼に、ミーティアの使う小太刀は風の属性鋼、メアリの使うバスタード・ソードは炎の属性鋼に変更している。
実際の稼ぎとしては、単純に頭割りをしたとしても装備の代金には不足しているのだが、これからの活躍への期待と、俺たちでもフォローできない強さの魔物への備えである。
トーヤでも結構な怪我をする状況では、『相応の装備で鍛える』ことよりも、取り返しのつかない事態を避ける方が優先だ。
「武器といえば、鑑定に出していた戦槌も戻ってきたわね」
「あぁ。予想以上に良い武器だったな」
宝箱から見つけたあの戦槌はインパクト・ハンマーという名前で、対象物を攻撃すると同時に衝撃波が浸透し、ダメージを与える機能があったらしい。
それこそ、普通の岩程度なら粉砕できるほどの攻撃力があるようで、ガーゴイル相手にはかなり便利そうである。
もっとも、相手は魔物。どれぐらい効果があるのかは不明なのだが。
「強化点などに関してはこの程度でしょうか。あとは探索にあたって、必要な物……個々人で食料を多めに持っておくべきかもしれませんね。万が一、はぐれたときに備えて」
「他には浮き輪とか? 流されたとき、俺たちは何とかなったが……」
泳げることと救命具の必要性は、また別の問題。
体力は無限ではないのだから。
その後、それぞれが多少の意見を出し合ったところで、話し合いは終了。
俺とトーヤはその話し合いで出た足りない物を買い込みに出かけ、女性陣は全員で大量の食事を作り、マジックバッグへ貯蔵。
その翌日に、ダンジョンへと向かって再出発した。
◇ ◇ ◇
前回から時間が経っていたこともあり、復活していたダンジョンの魔物を斃し、採集物をしっかり回収しながら、俺たちは二一層へと向かう。
転移を使えば無視もできるのだが、ボスの討伐は武器の使い勝手の確認やメアリたちの訓練にも有用なので、スキップする理由もない。
そして、各種資源の回収も同様。
美味しい物は見逃せない。
……いや、実際のところ、家に置いたままになっているマジックバッグには、売ることもできない物が大量に詰まっているのだが。
過剰在庫ってヤツである。
安値で売ってしまうと、俺たちもギルドも、そしてその他の関係者も幸せになれないので、安易に売却もできず、在庫として積み上がってしまうのだ。
その副作用として、さりげなくアエラさんのお店で食べられる料理のコスパが急上昇していたりするのだが、それを理解できるのは一部の金持ちだけだろう。
庶民にはグラム二千円の肉も、グラム八千円の肉も、区別が付かないようなものである。
いや、テレビの格付けなんちゃらを見ていると、『庶民じゃなくてもそんなものなのかも』とか思ってしまうのだが。
まぁ、そんな状態であっても、回収に勤しんでしまうのは貧乏性の故、そして、現実に貧乏を経験してきた故だろう。
そして俺たち以上に貧乏性に年期が入っているのが、メアリとミーティア。
よもやメアリたちが、エゴイモを食べるような生活を送っていたとは……。
あれを一度味見すれば、ミーティアが食に貪欲なのも理解できる気がする。
そんな感じに各層を攻略しながら、俺たちはある程度の日数をかけて、二一層へと戻ってきていた。
「それじゃ、ここからは前回の所まで、スキップしましょうか」
転移が制限されている様子の二一層だが、それでも短い間隔であれば、そして転移ポイントがあれば、安全に転移が可能だった。
前回ハルカたちが戻ってくるときに転移ポイントは設置済みなので、前回俺たちが落ちたところまでは、問題なく転移で移動できる。
それ故、敢えて危険を冒して崖を下りる必要はないのだが、ミーティアはそれを聞いて少し悲しそうに眉を下げた。
「お魚、回収しないのです?」
「心配しなくても、十分回収できると思うわよ? ナツキたちの話を聞く限り、どこからか、この岩山の中に入ることになるとは思うけど……かなりの距離を落下したのよね?」
「そうだな。具体的に何メートルとはいえないが、俺たちが体勢を整えられるだけの高さがあったからな……」
何秒とか数える余裕はなかったが、それでも数十メートルという距離でないことは判る。
どのくらいの位置に入り口があるのかは不明だが、たぶん、まだまだ崖を下る必要はあるんじゃないだろうか?
「なら良いの。お魚は大事なの!」
「ミー、私たちの安全の方が大事だからね?」
「それも当然なの! でも、美味しいお魚が食べられるのは嬉しいの」
腕を組んで満足げに頷くミーティアに和みつつ、俺たちは転移での移動を開始。
数分後、前回落下した場所まで到達していた。
見れば、前回落下した岩塊はすでになく、上を見上げれば崩落したはずの場所は元の状態に戻っている。
それに気付き、ナツキの顔に憂いが浮かぶ。
「これは……やはり、罠だったようですね。すみません、私が気付ければ良かったんですが」
「気にしない、気にしない。幸い――って言っちゃダメだけど、落ちたのはナツキで他の人に迷惑は掛けてないし、結果的に無事だったんだから」
「いえ、ナオくんには……」
「大丈夫だよ。聞けば二人で抱き合っていたとか? 役得だよ。ナオは迷惑だなんて思ってないよ。ね? ナオ?」
「あー、うん、そうだな?」
ユキに確認され、ちょっと曖昧ながら俺は頷く。
いや、もちろん迷惑とは思っていないが、さすがに『うん、役得だった。柔らかかったです』なんて言えない。
それに、結構怖い目に遭って必死だったので、そんな余裕もなかったし?
もちろん、この場でそれを口にしたりはしないが。
「だが、罠に対する警戒が、疎かになっていたのは否定できない部分だな。俺たちも含め」
「そうね。次からは全員で気を付けましょう。私たちも安全と思っていた節があるから」
「ミーも全然気付かなかったの!」
「ですです。あれはさっぱりでした!」
「ありがとうございます」
ハルカたちにもフォローされ、ナツキの表情にも笑みが浮かぶ。
「今回の罠に関して言えば、下りる前に打音検査でもやってみれば良いんじゃね? ちょうど、最適なハンマーも手に入れたことだし」
「いや、あれって、下手したら罠がなくても崩れそうなんだが……」
対象に衝撃波が浸透し、破砕するって機能があるのだから。
「逆に言えば、あれで壊れなけりゃ、大丈夫ってことだろ?」
「う~む、どうだろうなぁ? 自然崩落に関しては判別できそうだが、罠だと……」
普通なら崩れない場所が崩れるからこその罠。
発動条件次第としか言えない。
解りやすく言うなら、『敵が来たら爆破するようになっている罠』を打音検査したところで、崩れるかどうかは判別できないだろう。
もちろん、まったく意味がないとも言い切れないので、そこは実際に試してみるしかないだろう。
――ということで、俺たちは適度にロック・スパイダーを処理しつつ、岩棚があるところまで移動、慎重に地面を調べてみる。
俺とナツキが重点的にチェックし、何もなさそうと判断したところで、トーヤの出番。
「よし、トーヤ、やってみてくれ」
「了解!」
力強く応え、インパクト・ハンマーを振り上げたトーヤを、俺は慌てて止める。
「ちょい待ち! 勢い付けすぎ。それ、打音検査じゃなくて、マジに破壊するモーションだから!」
「おっと、そうだったな。こんな感じか?」
振り上げるのはやめたものの、それでもなかなかの強さで「ガツン、ガツン」と地面を叩くトーヤ。
その度に、足元が微妙に振動するのが怖い。
これ、通路丸ごと崩落とか、起きないよな……?
そんな俺の不安は、幸いにも現実になることはなく、岩棚部分が崩落することも、またなかった。
「……問題、なさそうね、一応は」
「まぁ、連続して同じ罠ってのも、芸がないしな」
「つまり、油断してきた頃が危ないってことだね~。気を付けよ」
うんうんと頷くユキに、俺たちも頷く。
油断してやられたのが、前回のパターン。
今回は毎回確実に、忘れずやっていこう。
「それじゃ、縄ばしごをしっかりと固定して……」
これまでは、ここからミーティアと俺の出番だったのだが、今回は――。
本日は『新米錬金術師の店舗経営 02』の発売日です。
書き下ろしのショートストーリーも追加されていますので、よろしくお願いします。
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