325 再始動に向けて (1)
前回のあらすじ ----------------------------------
酒蔵を使って大量に仕込むことに決定し、三人の作業員がやってくる。
その三人に作り方を指導し、ナオたちは本業へ戻る。
「さて。色々あったけど、これで引退後の収入の当てが一つできたわね。気軽にダンジョン探索、進めましょうか」
「まだ酒造りが上手くいくとは決まってないけどな」
「エゴイモを使った酒造りも、上手くいってねぇんだろ?」
「はい。理由はよく解りませんが、何故か糖化が進まないんですよね……」
当初は『味はともかく、造るのは可能』と思われていたエゴイモを使った酒造り。
だが、実際にやってみると、そう簡単にはいかなかった。
糖化の原理は、アミラーゼによるデンプンの分解。
なので、エゴイモを磨り潰して麹を混ぜ、四〇度ぐらいに保てば、糖化はできると思っていたのだが、これがダメ。
麹の代わりに麦芽を使ってみたが、これも同様。
何かしらの阻害要因があるのだろうと、現在ナツキが研究しているが、俺たちの本業は冒険者。空き時間にやっているだけなので、今のところ目処は立っていない。
もっとも、エゴイモの作りやすさを考えれば、ある程度の研究はされているはずで、そう簡単に実現できるはずがないのも当然だろう。
「ま、そっちは、長期的に、だよ。お米のお酒ができれば、問題なし、なし!」
気軽に言うユキに、ハルカも頷く。
「できさえすれば、販売や許認可には問題ないんだからね。自分たちがやるなら素敵よね、権力者にバックアップされた商売って」
「商売敵だったら、最悪ですけどね」
権力者との癒着というと聞こえが悪いが、郷に入れば郷に従え。
社会システムに文句を言っても仕方ない。
俺たち、別に革命を起こすつもりはないし。
「その代わり、ジェイたちの精神的にはヤバそうだけどな!」
「関わってる人が、あれだからなぁ……」
代官としては、この事業にそこまで大きな期待はかけていないようだが、酒造りを任されることになったジェイたちからすれば、少しでも関わっているだけで、ある種、恐怖だろう。
代官の上には当然、この領の最高権力者であるネーナス子爵がいるわけで。
今のネーナス子爵はまともだが、以前の領主が行った横暴は、未だ町の人の記憶に残っているのだ。
「けど、そのおかげで、お米もなんとかなりそうだよね」
「そうね。……思ったより、近くで栽培されていたのが、意外だったけど」
ディオラさんが調査してくれた結果、俺たちが手に入れた米のうち、一種類については、思ったよりも近くの町で栽培されていることが判明した。
そこは、サールスタットの東側にあるキウラという町。
正確にはその町の近くにある村らしいが、ラファンからの単純な距離でいえば、ピニングに行くよりも近いほど。ただし、道はさほど良くないので、交通の便としては圧倒的にピニングの方が良い。
その村の米の出荷量はさほど多くないようだが、酒造りに成功すれば、そこから購入できるように手配してくれるらしい。
それどころか、ディオラさんはネーナス子爵と上手く交渉し、お酒の出来次第では、この周辺での米の栽培も考慮する、という約束も取り付けてしまった。
近隣での栽培実績があるのだから、気候的には問題ないと思うが、それにしてもさすがの交渉力である。
「ま、お酒のことは措いておくとして」
ハルカがパンパンと手を叩き、話を切り替える。
「なんだかんだで、一ヶ月ほど間が空いたから、それぞれの結果、共有しておきましょうか」
「だな。一緒にやってた部分もあるが、別々にやってた範囲もあるからな」
俺たちもここ最近、決して副業の方だけにかまけていたわけではない。
というよりも、副業は二割程度、後の八割は本業の訓練や準備に費やしていたと言っても過言ではないだろう。
「おう。それじゃ、共有する情報があんまないオレから。補強した戸板の盾は作ってもらったぞ。ガンツさんとトミーには笑われたが、フライング・ガーを何匹かやったら、コロッと態度が変わった。縄梯子の補修と追加も済んでいる」
あぁ、あれな。
俺が食べたのは家に戻ってからだったが、なかなかに美味かった。
かなりの数を丸干しにして、それを使った出汁も(ナツキたちが)取ったのだが、それもまた美味かった。
あれは是非に確保しておくべき食材である。
下手をすればこちらが殺されかねない、なかなかに凶悪な食材ではあるが。
「私たちの方も、かなりの量のロープを確保できました」
「いろんなお店を回ったの!」
「うん、確認したわ。二人ともありがとう」
ハルカが頷いてお礼を言うと、メアリたちはピコピコと嬉しそうに耳を動かして笑顔になる。
「私のパラシュートは、“それなり”でしょうか。ハルカたちにも協力してもらって、錬金術で強度と軽さを両立できないかと試行錯誤した結果、ある程度は効果のある物ができたと思います」
「えぇ、あれは苦労したわね……錬金術よりも、実験の方が……」
実験のときのことを思い出したのか、ハルカが肩を落として深く息を吐いた。
そして、これの実験にはハルカだけではなく、俺も協力していたりする。
以前、ロッククライミングの練習に使った崖。
あそこを使って実験したのだが、高さがあまりないだけに、そして下が岩場だけに、飛び降りるのは滅茶苦茶怖かった。
かといって、協力できるのが曲がりなりにも『空中歩行』を使える俺とハルカだけだったから、やるしかない。
もちろん、俺たちが飛び降りる前には錘を使ってテストしていたので、ある程度の安全は確保されていたのだが、怖いものは怖いのだ。
絶対、バンジージャンプの方がマシである。
やったことないけど。
「あたしの魔法は、ちょっと微妙かな? 一応、『爆炎』を重点的に練習してみたけど、【火魔法】のレベル自体はまだ4だから……ガーゴイル相手だと、効くかどうかは判らないね。ゴブリンぐらいなら、まったく問題なかったけど」
その言葉を聞いて、実験に付き合っていたらしいトーヤとナツキが顔を顰めた。
「問題ないっつーか、オーバーキル……いや、大惨事だっただろ?」
「はい、あれは正に大惨事でした」
幸いなことに俺はその時いなかったのだが、ユキが使った『爆炎』でゴブリンの身体が爆散。
跡形もなく消し飛んだならまだしも、中途半端な感じに爆発したものだから、それが周囲に飛び散り、ナツキとトーヤに降りかかったらしい。
『過去最大に、ナツキの『浄化』に感謝した』とはトーヤの談。
ちなみに、前衛二人から一歩引いた場所にいたユキは、図らずも難を逃れることになり、珍しくナツキからチクチクと責められていた。
そのことを思い出したのか、ユキはバンッとテーブルに両手をつくと、額をテーブルに擦り付けて深々と頭を下げる。
「その節は大変、申し訳ございませんでした。再度お詫びさせて頂きます!」
「……ワザとじゃないですし、もう良いですけど」
「まぁ、戦闘してれば、そういうこともあるよな。……二度目は要らねぇけど」
「はい! 次回からは使う相手、距離をよく考えて使用致します!」
顔を上げ、ビシリと敬礼をするユキ。
うん、人の振り見て我が振り直せ、俺も気を付けよう。
俺も『爆炎』を使う機会があるだけに。
「ユキじゃないけど、私の『空中歩行』も不完全ね。ナオよりはマシってレベル。そっと歩けば何とかって感じで、落下し始めて使っても、空中に踏み止まれるまでには至っていないわ」
ハルカの【風魔法】スキルはレベル6。
俺よりは上だが、『空中歩行』は本来、レベル8の魔法である。
完全とはいえないが、それでも崖から落下したときに減速して着地できるぐらいの効果はあるので、これとパラシュートを合わせれば、十分に安全の確保はできそうである。
ハルカが落下した人を捕まえることができれば、だが。
中途半端に低い場所から落ちる方が、捕まえるだけの猶予がない分、危険かもしれない。
ちなみに危険すぎるので、こちらの実験や訓練はやっていない。
パラシュートで降りる方はともかく、捕まえる方は減速せずに飛び降りないといけないわけで……。
あの時は咄嗟だったから飛び込めたが、冷静な状況でもう一度やれと言われたら、俺も尻込みしてしまうだろう。
別作品にはなりますが、『新米錬金術師の店舗経営 02』が今月20日発売、
『異世界転移、地雷付き。3』が来月5日発売となっております。
書き下ろしのショートストーリーも含まれますので、よろしくお願いします。
また、前回同様、紙書籍お買い上げの方には特典小説を公開予定です。
詳細は活動報告やTwitterでご確認ください。









