324 副業は必要? (3)
前回のあらすじ ----------------------------------
酒の販売に関して、ディオラにも一枚噛んでもらうため、話を持っていく。
酒造りが上手く行けば協力するとの確約を取り付ける。
「凄く安かったですね、エゴイモ」
「えぇ、ちょっと信じられないぐらいに」
自宅に戻ってきたハルカたちはテーブルの上に並んだ四つのエゴイモを見て、想像以上に安かった価格に驚いていた。
直径三〇センチほどの芋が四つで銀貨一枚。
パンなら一個しか買えないような金額である。
「さて、どんな物か味見してみますか」
「おぉ、さすがナツキ、勇気ある!」
「確認してみないと、方針も決まりませんからね」
ナツキはエゴイモを一つ取り上げて洗うと、薄くスライスしてそのまま口に含んだが、すぐに顔をしかめて吐き出した。
「……確かにこれは、いーって感じで、イガイガですね。ハルカとユキも味見してみますか?」
「いえ、結構」
「あ、あたしも良いかな」
そう言いながらナツキがエゴイモのスライスを差し出すが、ハルカたちは揃って身を引いて首を振る。
まぁ、ナツキの表情を見て、『食べてみる』とは、普通、言わないだろう。
「それで、何とかなりそうかな?」
「美味しく食べられるように、と言われると厳しそうですが、お酒の原料としてなら何とかなる、かもしれません。これでも私、【薬学】スキル、レベル5ですから」
「薬学……まぁ、薬学よね、【調理】というよりも」
「イガイガの方はシュウ酸カルシウムでしょうか? こちらは蒸留で取り除けますね。えぐみの方はタンニンだと思いますが、こちらも問題はないでしょう」
「えーっと、そんな状態で酵母って働くの?」
「そのあたりは実験ですね。米麹を混ぜるのが良いのか、麦芽で糖化させるのが良いのか、それとも別の方法が必要なのか。ちょっと難しそうですが、芋を直接麹にすることも可能かもしれません。あの麹菌なら」
「あれかぁ……。確かにあれなら何とかなりそうな気がするよね」
ユキは異常な短期間で米麹を作り上げたあの菌の事を思い出し、腕組みをしてウンウンと頷く。
それこそ、下手に拡散すると他の食品まで汚染されそうなレベルであるが、ハルカたちが念入りに『殺菌』を使っているからか、今のところその兆候は現れていない。
「まぁ、パラシュートも作らないといけませんし、その作業の傍ら、いろいろ実験してみますね」
◇ ◇ ◇
当たり前と言えば当たり前なのだが、俺たちの森探索の結果は、芳しくなかった。
突然森に行って、都合の良く“デンプンや糖を蓄えた植物”を見つけるなんて、簡単にできるはずもない。
そりゃ頑張って地面を掘れば、山芋みたいなものは見つかるかもしれないが、それでは今回の趣旨に反しているわけで。
何回か森に出かけるうちに、俺たちの森探索は、ほとんど散歩に変わっていた。
たまに出てくるゴブリンを駆除し、猪をゲットする――メアリとミーティアが。
俺たちは、そんなメアリたちの活躍を見ながら、魔法の練習。
俺の魔法が無くても何の問題もないので、魔力の残存量を考える必要もない。
そして時にはハルカたちも誘って、山の紅葉を楽しんだり、川で魚やエビを補充したり。
そんな感じに、ゆっくりと秋を楽しんでいるうちに、庭で建設されていた酒蔵が完成した。
「これは……立派な酒蔵になりましたね!」
なぜか三階建てになっている酒蔵を前に、感心したような声を上げたのはトミー。
彼も工事途中で見に来た事はあったのだが、仕事もあるので来たのは一度きり。
その代わりと言っては何だが、猫車は三台に増量されていた。
もちろん、トミーの頑張りである。
若干の改良はされているようだが、コスト面での問題は、未だ解決には至っていないようだ。
なお、ガンツさんは仕事があるので、今日は来ていない。
「と言うか、シモンさん、二階建ての予定じゃなかったですか?」
「気が向いたんだよ! 気にすんな!」
「気が向いたって……」
建物を作るのに、そんな適当で大丈夫なのか?
しっかりと構造計算とか、そんな感じのものが必要なんじゃないのか?
「私たちとしては、自分の家よりも高いのがちょっと気になるんですが……」
「お? お前らの家も増築してやろうか?」
少し困ったように言うハルカに、シモンさんが少し面白そうに言うが、ハルカは首を振る。
「いえ、必要ないですけど。これ以上、部屋は必要ないですし」
「まぁ、見た目も悪くないから、別に良いんじゃないか?」
確かに俺たちの家よりは高いし、家の窓からの視界を一部遮るようにはなっているのだが、敷地の端に建てたおかげで距離は十分に離れていて、目障りと言うほどでは無い。
外壁にはきれいに漆喰が塗られて、トーヤが面白がって教えたなまこ壁――酒蔵の壁の模様まで再現されているので、なかなかに風情もある。
「しかし……かなり分厚い壁を作りましたね? コスト、かなりかかってますよね?」
「安くはねぇな。だが問題はねぇよ。酒造りには必要な事だろう?」
作業開始時にも思ったが、どんだけ酒造りにガチなのかと。
まぁ、酒造りを副業にしようかという俺たちにとっては、ありがたい部分はあるのだが。
ちなみに、酒造りの事業に関して、技術を提供する俺たち、各種事務手続きを担当するディオラさん、そして建物の建築や道具の作製、必要であれば人員を提供するシモンさんたちという事で、話はついている。
「さて、早速酒造りを始めてぇとこだが、そっちはどうなってる?」
「それについては中で話しましょう」
ナツキがそう言って、シモンさんたちを案内したのは、ウチの食堂。
この場にいるのは、メアリとミーティアを除いた俺たちに、トミー、シモンさん、さらにはディオラさんもテーブルに着いている。
ディオラさんは『将来に関わる重要なお話ですから!』と、仕事を抜けてきたらしい。
メアリとミーティアの二人は孤児院。
酒造りにはあまり興味なさそうだったので、遊びに行かせたのだ。
「まずは、今回のお酒造りに使うお米です。これを加熱した物がこちらです。この前のパーティーの時にも出していたので、見たことがあるかとは思いますが」
ハルカが最初にテーブルに並べたのは、生米と蒸米、それに普通に炊いた米。
生米は、籾付き、玄米、精米済みと三種類を並べている。
「この蒸米に麹を付けたのがこちらで、この米麹と炊いた米を混ぜて作ったのが、こちらの甘酒になります。“酒”と言っても、酒精は含まれないんですけどね。どうぞ、飲んでみてください」
ナツキがコップに甘酒を注ぎ、三人の前に並べる。
白く濁ったその液体を見て、躊躇いなく手に取って飲んだのはトミーのみ。
シモンさんとディオラさんはコップの中を、目を細めて覗き込んでいたが、トミーが普通に飲むのを見て、少し戸惑いながらも口を付けた。
「へぇ……僕、麹を使った甘酒を飲むのは初めてですが、こんな味だったんですね」
「トミーは飲んだこと無かったのか?」
「はい。酒粕を使った物はありますけど」
なるほど。同じ甘酒でも味はかなり違うからなぁ。
アルコール分が含まれず、独特の風味がある麹甘酒に対し、酒粕を使った甘酒は砂糖で甘みを付けるため、どちらかといえばくせがない。
アルコール分は使う酒粕によって様々だが、物によっては酔うほどに強かったりもする。
ちなみに、俺の好みは酒粕の方。
麹甘酒はその風味が少し苦手である。
「ほう、これは甘いな」
「これって、砂糖とかは入っていないんですよね? 凄いですね、想像以上です」
トミーに続いて口にした二人も、その甘さに目を丸くする。
麹甘酒の糖度がどのくらいあるのかは知らないが、俺たちが飲んでもかなり甘く感じるのだ。普段、甘味を食べる機会が少ないこの世界の人からすれば、余計だろう。
「ご覧の通り、ここまでは問題なく成功しています。後はこれをお酒にする部分ですが、これに関しては時間もかかりますし、多少、試行錯誤が必要かと思います」
「ふーむ。これぐらい甘けりゃ、そのままでも酒になりそうな気もするが、安定はしねぇか」
「はい。後は味ですね。一度成功すれば、それなりに安定して作れるようになると思いますが、私たち、冒険者としての仕事もありますから……」
「その時間が取れませんよね」
ハルカの説明に、ディオラさんも納得したように頷く。
「では、私は、お米を安定的に手に入れられないか、検討してみます。産地の調査や流通経路なども含めて。もしかすると、近隣で作っているかもしれませんし」
「ありがとうございます。私たちも、クレヴィリーで買ってきただけで、そのあたりについては、さっぱりですから」
あそこで売っているということは、どこかで作っているのは間違いないわけで。
商品の仕入れ先なんて、簡単に聞き出せるものではないが、冒険者ギルドの情報網や貴族との伝があるディオラさんなら、きっとどうにかしてくれるだろう。
「なら儂は、必要な道具作りだな。木材で作る道具は任せろ」
「人手の方は僕……と言うか、師匠が。真面目にやるのを探しておく、と言ってました」
「じゃあ、その人たちに造り方の指導をするのが、あたしたちのお仕事ってことだね。すぐには成功しないと思うけど、長い目で見てね?」
「わぁってる。見習い数人の賃金なら、数年程度は大したことねぇ。まぁ、酒の方は早く飲みてぇけどな」
「そこまではかからないと思いますが、失敗が続くようなら、なんとかします。その点は安心してください」
ハルカたち曰く、『お酒にするだけなら難しくない』らしい。
美味しい酒になるかどうかは別として、極論、パンを作るイースト菌と砂糖水でも酒はできる。
そんな酒でもアルコールであることは間違いないので、どうしても上手くいかないようなら、果物の皮などから適当な酵母を培養し、蒸留酒を造ることも考慮に入っているようだ。
そうやって造った蒸留酒に価格競争力があるかどうかが問題なのだが……そのあたりは今から考えても仕方がないことだろう。
◇ ◇ ◇
数日後、やって来たのは三人の若者だった。
名前は、ジェイ、ピータ、キセ。
全員、俺たちと同じか少し年下ぐらいの男だったが、技術指導をするナツキに対する態度はガチガチで、かなり緊張しているのが、はっきりと感じられる。
ナツキが可愛いから? とか、ちょっと思ったのだが、どうもそんな感じでも無い。
あんまり緊張しすぎても上手くいかないだろうと、同じ男同士という事で、トーヤが話しかけて訊き出してみたところ、ここに来るにあたって、注意を受けた――いや、はっきりと言ってしまえば、脅迫に近いぐらいの、かなりぶっとい釘を刺されたらしい。
ガンツさん、シモンさん、そしてディオラさん。その三人にサボったり、手を抜いたり、秘密を漏らしたりしたらどうなるか、と。
ガンツさんとシモンさんの迫力は言うまでも無く、ディオラさんもギルドの副支部長をやっているのは伊達じゃないからなぁ。
……普段はとても優しげなお姉さんなんだけど。
ナツキは『もう少し気軽にやってもらっても……』と声を掛けたのだが、三人揃って必死に首を振って『人生が掛かっていますから!』と口を揃えた。
事情を訊いてみれば、三人は所謂“余り物”。
継げる家業や農地も無く、このままいけば冒険者になるしかない状態らしい。
つまり、これを成功させれば、安定した職業を手に入れることができ、結婚も可能。
晴れて明るい人生が約束されるが、失敗すればその時点で終わり。
ギルド副支部長のディオラさんの覚えも悪く、普通に冒険者になるよりも悪い状態で、マイナススタート。
ほとんどデッド・オア・アライブって感じである。
うん、巻き込んでしまって、なんだか申し訳なくなるな。
だが、成功する確率はかなり高いから、頑張ってくれとしか言いようがない。
そんな状態でのナツキの指導は三日ほどで終わり、無事に最初の仕込みも終了。
まだ酒は完成していないが、後は上手く酵母が付いてくれることを祈るだけである。
そんなこんなで、俺たちはやっと本来の仕事、ダンジョン探索へと戻る事になる。
暫しお休みを頂き、次章からはダンジョン探索再開です。
Twitterを初めてみたので、掲載再開のお知らせはそちらでも流そうと思います。
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