323 副業は必要? (2)
前回のあらすじ ----------------------------------
引退後に備え、自分たちも酒造りに関わろうか、と相談するハルカたち。
翌日、ナオたちが森へ出かけるのを見送ったハルカたちは、三人である場所を訪れていた。
そう、困った時のディオラさん。冒険者ギルドである。
昨日、トミーやガンツさんたちに、『酒造りを事業化するのなら、私たちも一口』と話をしに行ったところ、『ノウハウを提供するのはお前たちなんだ。お前たちに権利があるのは当然だろうが!』とか、『むしろお前たちが経営しろ』とか言われ、慌てて相談にやってきたのだ。
トミーからは、『実際にお酒ができるのは先のことでしょうし、商売になるかも判りません。運営、その他に関しては、それからでも遅くは……』とは言われたのだが、それでもすぐに動くあたり、ハルカたちのきっちりとした性格が出ていると言うべきだろうか。
「こんにちは、ディオラさん」
「はい、こんにちは。今日はどうしました? 先日お預かりしたハンマーの鑑定には、もうしばらく掛かりますが……」
いつものように、ハルカたちを笑顔で迎えたディオラだったが、それと同時に少し困ったような表情も見せる。
ボス部屋をスキップして手に入れたあのハンマー。
如何にもガーゴイルに有用そうなアレは、ダンジョンから帰ってきてからすぐ、冒険者ギルドに鑑定に出されていた。
だが毎度の如く、複雑な物をここで鑑定できるはずもなく、数日程度では結果が出ていなかった。
「それも気になるけど、今回は別の用件。私たち、副業でお酒でも造ってみようかと思ってるのよ。その相談に乗って欲しくて」
「お酒、ですか? お酒は色々と面倒ですよ? ギルドは無いですが、許可制ですし、そもそも簡単に作れない上に、作ったとしても売れるかどうか……」
冒険者であるハルカたちが口にするには、少し意外な相談に、ディオラは困惑したような表情になる。
それでもあっさりと切り捨てないのは、ハルカたちのこれまでの実績故だろう。
「作る方に関しては、たぶん大丈夫よ。ただ、経営の方が、ね」
「シモンさんや代官も関わっているようですし、許認可の方は何とかなると思うんですが、良ければ、ディオラさんにも協力してもらえたらと思いまして」
「ディオラさんにはお世話になってるからねー。……利権があれば、結婚相手も見つかりやすくなるかも?」
ニヤリと笑って付け加えたユキの言葉に、ディオラは「うっ」と呻いて胸を押さえる。
だが、苦渋の表情を浮かべて視線を逸らした。
「と、年上のお姉さんとしては、さすがにそれを受け入れるわけには……」
そんなディオラの様子にハルカたちは顔を見合わせると、にまっと笑って軽く頷く。
「あー、そうよね。ごめんなさい。軽率だったわ」
「ですよね。それに、お金に惹かれて寄ってくる相手じゃダメですよね。すみません、他を当たりますね。――やはり、シモンさんを頼るのが順当でしょうか?」
「もしくは、直接ネーナス子爵を頼るかだよね。エールと競合しないお酒なら、収入になるし、協力してくれるんじゃない?」
「そうね。それじゃ、ディオラさん、お邪魔――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
あっさりと帰ろうとするハルカたちの様子に、ディオラは慌てたように声を上げ、カウンターから身を乗り出すようにして、ハルカの腰をガッシリと抱え込んだ。
「ハルカさん? もうちょっと粘っても良いんですよ? 私こう見えて、人脈も広いですし、色々と知識もあります。ちょっと頼りになるお姉さんですよ?」
「え、えぇ、ディオラさんが頼りになるのは、この一年で良く理解しています。……今の状況を見ると、ちょっと不安になりますけど」
「おっと。コホン」
ディオラはハルカの腰から手を離すと、座り直して咳払い一つ。
「ちょっと、はしたなかったですね」
ちょっとじゃない、とはハルカたち共通の気持ちだったが、彼女たちにはそれを口に出さないだけの分別はある。
「えっと、でも、ダメなのよね?」
「ダ、ダメって言うか……その、年上としては、おこぼれに与るみたいなのは、ちょっと抵抗があるというか……」
この期に及んで渋る様子を見せるディオラに、ハルカも少し面白くなったのか、うんと頷いて、踵を返そうとする。
「そうよね。ではやはり、誰か他の協力者を――」
「わ、解りました! そこまで! そこまで言うなら協力しましょう! えぇ、全力で!」
ドンと胸を叩くディオラに、『そこまでは言ってないです』と言ったりしないだけの優しさも、ハルカたちは持ち合わせていた。
三人で顔を見合わせて笑うだけにとどめ、話を先に進めた。
「では、お願いします。えっと、どうしましょう? お酒に関する手続きはシモンさんからしてもらうのが良いですか?」
「いえ、お任せください。代官に話が通っているのであれば、さほど難しいことでもありませんから。……他にもできる事があれば何でもおっしゃってください!」
両手を握り力を込めるディオラに、ハルカは少し考えてから訊ねる。
「他には……あ、ディオラさん、エゴイモって知ってる?」
「エゴイモ……あぁ、“最初にして、最後の糧”と呼ばれるアレですか?」
「え、何、そのちょっとカッコイイ名前!」
初めて聞く言葉に興味深そうな表情を浮かべたユキに対し、ディオラの方は苦笑。
「由来はそんな良い物じゃないですけどね。開拓の際、最初に植えられるのがこれなんです。荒れ地でも水さえあれば、異常なほどの短期間で育ちますから。だから最初の糧」
「へー、そんな理由なんだ?」
「なるほどね。最後の糧の方は?」
「こっちはもっと悲しいですよ? 貧乏になって食べる物が買えなくても、エゴイモぐらいは食べられるって話ですから」
「おぅ……。それは本気で悲しい」
呻くように言葉を漏らしたユキの頭をよぎったのは、たまに食べていた風な事を言っていた、メアリとミーティアの姿。
だが実際には、あまりお金が無い庶民の間では、時々食べられる程度の物なので、決してメアリたちが底辺だったわけではない。
どうこう言っても中流以上、どちらかと言えば上流寄りなディオラが、そう聞いただけの話である。
「凄く簡単に育つので、本当にお金が無くても何とかなるようですよ? 芋を適当に刻んで地面に埋め、水をやれば一ヶ月から長くても三ヶ月ほどで、これぐらいまで育つらしいですね」
そう言いながらディオラが手で示したのは、直径三〇センチ弱の円形で、厚みは一五センチほど。
仮に三ヶ月だとしても異常なほどの成長率だが、事実それだけ成長するのがエゴイモなのだ。
「魔素が成長に影響しているんじゃないか、って話もありますけど、そのへんは良く判ってないんですよね」
「それはちょっと興味深いですね。――もし、そんな芋でお酒が造れたら、凄いと思いませんか?」
「えっ、できるんですか? できたら凄いのは間違いないですけど、難しいと思いますよ? エゴイモの活用法は、色々と試されていますから」
ナツキの言葉に、ディオラは目を見開きつつも、懐疑的な表情を浮かべる。
事実、そんな効率的な植物が研究されないはずもなく、これまでも美味しく食べる方法は無いか、他の物に加工できないかなど、試行錯誤は行われている。
その結果が、“最初にして、最後の糧”なのだから、研究成果は改めて言うまでも無いだろう。
「それに、万が一お酒ができたとしても、美味しくないと売れませんよ?」
食べたことは無くても、エゴイモの不味さは話に聞いているディオラからすれば、そんな物で造るお酒が美味しいとは、とても思えなかったが、いろんな意味で常識外れなところがあるハルカたち。
もしかしたらという気持ちもまたあり、ディオラはハルカたちの話を頭から否定はしなかった。
「絶対とは言えないけど、可能性はある、ってところかしら? エゴイモだけに絞ってるわけじゃないけど、どうせなら意外な物、普通なら食べられない物で作りたいし。ディンドルでお酒を造っても、あんまり意味が無いでしょ?」
「それは勿体ないです! ――あ、でも、ちょっと飲んでみたいかも?」
ハルカの言葉を被せ気味に否定したディオラだったが、その味を想像したのか、迷うように視線をさまよわせる。
とは言え、食べて美味しい果物を使えば、美味しいお酒が造れるとは、必ずしも限らないのだが。
「心配しなくても、ディンドルでお酒を造ったりはしないわよ。私たち、お酒はあまり飲まないし、普通に食べる方が美味しいと思うからね」
「そうですか……」
ホッと息を吐きつつも、どこか微妙に残念そうにも見えるディオラ。
ディンドル好きなだけに、お酒を味わってみたかった事も否定できないのだろう。
「ま、それはそれとして。試しにエゴイモを手に入れたいんだけど、市場で手に入るかしら?」
「私は買った事がありませんのでなんとも言えませんが、たぶん売っていると思いますよ。えっと、ちょっと待ってください。……こんな感じの芋ですね」
少し席を離れたディオラが一冊の本を持ってきて、ハルカたちにその一ページを示す。
そこに描かれていたのは、喩えるならば蒟蒻芋のような物。
カボチャを大きくしたような黒くて丸い芋から真っ直ぐに茎が伸び、その茎から放射状に広がるように葉が伸びている。
背丈は一・五メートルほどで、葉の形はイネ科の葉の様に細く長い。
ただし、形こそ似ているが、育てるのが案外難しい上に、収穫まで数年間が必要な蒟蒻芋に対し、エゴイモの方は放置していても成長し、収穫まで数ヶ月。
その点はまったく異なる。
「これですか……そう言えば、市場で見かけたような気がします。その時は良く判らないので、買わなかったんですが」
「私も見かけたわね。蒟蒻芋かと思ったから、スルーしたんだけど。さすがに蒟蒻の作り方は知らないし、わざわざ作りたいと思うほどの物じゃなかったから」
「まぁ、無理して食べたいと言うほどの物じゃないよね。あれば買うけど。……ちなみにディオラさん、これって、増産して欲しいと思ったら、増産できる物かな? お酒の原料にして、手に入りにくくなったら、他の人が困ると思うし」
それこそ、“最後の糧”と呼ばれるような代物。
下手にハルカたちが買いあさってしまっては、それで生活している人が困る。
そう考えてのユキの言葉だったが、ディオラはすぐに問題ないと頷いた。
「先ほど言ったとおり、片手間で育てられる物ですからね。農家に声を掛ければ、適当に畑の脇にでも植えてくれますよ。それこそ、数百キロ程度なら、ハルカさんたちの家の庭でも育てられると思いますよ? 世話の必要も無いですから」
「少しならそれもありね。あの肥料もあるし」
ユキたちが『ガーデニングをやる!』と言って作った花壇など、まともな状態の方が少ないのだが、家を空けることが多い彼女たちではそれも仕方が無いこと。
その点、エゴイモは適当に刻んで埋めるだけで良いのだから、冒険に出かけるハルカたちでも安心である。
灌水も自然の雨で十分なため、空き地さえあれば、本当になんの手間も無く育つのだ。
「でも、それも上手くお酒ができてから、ですね。今日のところは、エゴイモを買って帰りましょう」
「そうね。ディオラさん、上手くできるようなら、また相談に来るわね」
「はい、お待ちしております。下準備はしておきますから、決定したら声を掛けてください。きっちりと、許可を取ってきますから!」
力強く応えるディオラに手を振って、ハルカたちは冒険者ギルドを後にしたのだった。









